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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
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第281話 先触れは雨の色:後編

 夜、それは一日の片面を支配する闇の時間―――


 世界に遍く生きとし生ける者。夜行性のそれを除けばやはり過半が昼の疲れを癒すべく、もしくは明日への活力を貯めるべく、一時の安息を求める頃合いだ。

 そしてここ妖精郷の夜もまた、幾多の地域と同じく夢路へと誘う、静かな安寧の闇に満ちている。


「つってもお前ら、今は魔物だもんな。むしろこの時間帯の方が本番だよな」

「ピキッ!?ピーッ!」


 心外だ、とばかりに声を張り上げるは今宵の班のリーダー役。ニケと二人でひもじいサバイバル生活を送っていた際に遭遇した、飢え死に回避の功労者だ。

 こいつに限らず、パピヨン達の発声器官は明確な言語を話すにはあまり適していない。だというにも拘らず、今の俺はピノやニケといった通訳担当を同伴する事もなしに何の苦労も無く、意思疎通を果たせている。

 あるいは突発的にそういった能力に目覚めた――だとすれば、どれだけ射幸心を満たせる事か。

 だが、現実はいつだって残酷だ。やっとこの俺にもレベルが上がっただけの名も無きモブから脱する機会が得られた、などという都合の良い妄想を完膚なきまでに叩き潰してくれる、理路整然とした法則の支配下にある事実をまざまざと見せつけられて、しまうのだっ……。


『魔物、違う!』


 社二号制作の折、各種目印用として作成した携帯サイズの手製黒板。それに白墨で拙い文字を書き殴り、どうだ見ろと言わんばかりに押し付けてくる。覚えたばかりの簡易的な単語の最後にご丁寧にも感嘆符までを付け、主張をしてくるその様は何とも微笑ましい。


 思い返せば思念感知を可能とする面子へと通訳を頼む度に、一々首を傾げながら曖昧な反応を見せていたパピヨン達。当初は細かいニュアンスが上手く伝わっていないものとばかり思っていたが、その割には何かと気も利くし、時には通訳担当が居なくとも話が通じるといった妙な既視感。

 何の事はない。以前に俺自身も味わった、口語機能の失認体験。今の俺とこいつらは、それをトレースするかな関係となっていたのだ。

 その事実が判明してからは話が早かった。ピノは殊更に建築主任としての忙しさをアピールして丸投げしてくるし、本人が言っている事を理解していないニケの場合はむしろ、通訳を挟む方が時間がかかってしまうという皮肉っぷり。

 こうして晴れてパピヨン達との交渉担当役へと就任した俺は、ここ数日の殆どをこいつらとの接触に費やす事となった。


「白さん曰く、魔の気質を誘う者としてのお勤めに殉じた結果、自らが魔の落とし子ってやつになっちまったんだったか……やっぱ魔物じゃね?」

『魔物、身体の中に魔核ある。私達、そんなの無い』

『人族、ばか。差別反対!』


 とまぁ、こういったデリケートな話題に触れられる程度には打ち解ける事が出来たと思う。こいつらの中身は俺もよく知る憎たらしくも憎めない、あの賑やかな幼女達と変わらないという事実を改めて体感する。


「へ~へ~、どうせ俺ぁおつむのよろしくない非道な人族野郎ですよ~ん」

「キキーィッ!」


 それでもやはり、問題が無い訳ではない。

 幾ら中身が妖精族であった者達とはいえ、今やその見た目から受けるものは魔物達とさして変わらぬ危険な印象。ましてや荒ぶった際に見せる解体された昆虫の口、としか表現のしようもない奇怪千万な光景を一斉に晒されては、慣れた俺でさえ若干及び腰にならざるを得ない。


「どっ、どうどう!落ち着けっ!」

「キィッ?キキッ!!」

「キー!」


 そんな俺を見る目は憤りから一転、一様に茶目っ気のある好奇の色へと染まってしまう。

 繰り返すようだが、こいつらは長きをこの外苑部へと閉じ込められ、種の本能とも言えよう悪戯心を満たせなかった元妖精族。一度こうなってしまえばお祭り騒ぎが収まるか、手痛い目を見るまで収拾が付かなくなるのもまた事実。宵闇迫る昏き森の中、一斉に俺を取り囲んで群がってくる様は中々に衝撃的だ。


「ちょまっ、でへぇっ……」

「ピキッ、キキキッ」

「キャッキャッ!」


 気圧されてしまった俺は思わず後ずさり。見事にご期待通りの転倒芸をお披露目してしまい、目論見が見事に当たったらしきパピヨン達は揃って大はしゃぎ。良いけどさ……。

 そういった、俺達にはそれなりに慣れた日常の一コマではあれど――事情も知らぬ者がこの光景を見れば、果たしてその目にはどう映るか。


「そこの方、無事ですかっ!?」

「忌むべき魔の落とし子共め、遂に人喰らいの本性を現したなッ!」

「キィッ?……ピー!?」


 一喝に伴って吹き抜けるは渦巻く旋風。パピヨン達の悲鳴が沸き起こる中、俺の目の前へと飛び込んでくる小さな影が二つ程。

 颯爽とも言えよう登場シーンに俺は転倒した姿勢そのままで。見上げる先では顔の半ばまで雲の合間に揺れる月の朧な光を照り返し、警戒を強める素振りで中腰に構える小柄な体躯。

 その周囲には拳大に淡く光る、多数の宝玉のようなもの。重力を無視して浮かぶそれらよりは、帯電の証として危険ラインを遥かに上回るであろう、怒りの体現とも思えよう迸る稲光。


「魔に染まり切った悪しき落とし子共。穢れに冒された紅苑に代わり、蒼郭(ソウカク)が次期巫女候補たる、このマニが滅してやるっ!」


 運悪く巻き上げられたパピヨンの一人へと向けられた、殺意の塊。未熟に練り切れないながらも濃密なその殺意を向けられた側も、自らの終わりを悟ってしまった事だろう。蒼褪めた顔を一度二度と首振りながら、震える眼よりは大粒の雫。


「蒼穹より下されし神霊の裁定、その身に受けよっ!」


 声高に宣言される、この旋律には覚えがある。

 懐かしきは三つの世界(トリス・ムンドゥス)。かつて安易に悲劇の英雄として祭り上げられ、非業の人生を歩み続けた大精霊導師アーク・エレメンタラー。彼女の最も得意とする、雷雲よりの必殺魔法。

 目の前で今にも放たれんとするそれよりはあの時程の脅威は感じられず、また宝玉より集められた雷の気配も単発と比べるべくもない。だが魔に堕ちて精霊への影響力の大半を失ってしまった、あのパピヨン達にそれが防ぎきれるかと言えば、否。

 そして、唯一状況の全容を把握してしまった俺の目の前では外部の者と分かっていても誤解から生まれた正義感か、俺を護ろうと立ちはだかり、無防備に晒される妖精族らしき背中。


「『処罰の(パニッシュメント)――』……えっ?」


 つい反射的に取ってしまった、恩のつもりを仇で返すであろう俺の行動。

 突如として背後より腰を掴まれ、先程に比べて随分と可愛らしい声を上げてしまった妖精族。その視線はそのまま弧を描き、無情にも頭頂部より大地への着地を果たしたのだった。








「――マニちゃんっ!?」


 蒼郭(ソウカク)の巫女候補が逆さ大股開きの形で白目を剥き崩れ落ちる中、ゆらりと立ち上がるは人族らしき見た目を持つ若者。

 否……人族、では決して有り得ない。同じく白の銘持つ氏族の候補に名を連ねる身であるからこそ理解出来る、あの若者の抱える悍ましきまでの異形達。中でも比較的大きくあった異形の抜け殻が今まさに、あの裡にてより大きな魔に喰らい尽されたのが『視て』取れる。


「っちゃぁ、やっちまった……」


 だのにあの若者と言えば、表面的には何の変化もないといった素振りのまま。片手を頭に当てながらも困った様な溜息一つだけを零す一挙一動に、全身より粟立つ痺れが奔ってしまう。


「ピィーッ、ピィィ!」

「あーほら、もう大丈夫だからな……げほっ、げぇっほげほっ!?」


 長老衆が何を優先してでも排除すべしと謳った、あの魔の落とし子達。舞い散った毒蛾の粉を吸い込み、盛大に咽込みながらもその群れと睦み合うかなやり取りをする様は、とても人の振る舞いとは思えない。


「に、逃げなきゃ……でもマニちゃんが……」


 白の巫女候補は完全に怖気づき、半ば抜けた腰を引き摺りながらに後ずさる。

 ここまでの道程を共に歩んできた同胞は地に斃れ、巫女たるべく振る舞ってきた気高き様も無様に潰えている。その惨状を嫌が応にも見せ付けられてしまったもう一人の候補の心は完全に断ち折られ、済まないと詫びながらも場よりの退避を選択する。

 その音に気付かれはしないだろうか。平時であればすぐにでも気付こう常識的な思考さえも置き去りにし、ただひたすらに、決して相容れる事のなかろう黒と魔に染め上げられたモノ達より離れようと手足を動かし続ける。

 やがて茂みの中へと辛うじて潜り、視界より若者達が消えた段階となってより暫し。すっかり衣装の尻部分を土と湿ったものに汚してしまった段となって、ようやく少しばかりの平常心が頭を覗かせる。


「んで、お宅はどちらさん?この物騒な幼女の仲間みたいだが」

「んきゃぁああああああっ!?」


 喉から心臓から飛び出るとは正にこの事。耳元の死角より不意にかかったその声に、自らも驚きを覚えてしまう程の大声が夜の森の中へと響き渡る。

 驚いた勢いからか、白の巫女候補は後方にでんぐり返り、後方の大木の幹へと激突。そのまま相方を彷彿とさせる姿勢でこちらもまた、白目を剥いてしまう。

 片や残された人族の若者、そして取り巻く魔物達は困った様子で互いの顔を見合わせ――仕方がなしにといった風に若者が膝を付き、蒼の巫女候補と同じく介抱をし始めるのだった。


「ん?こいつ……付いてるな」

「ピッ!?キーッ!」

「あぁはいはい。デリカシーがなくて悪かったな」


 ふと呟かれたその言葉に、魔物達からはその外見に似合わぬ常識的な非難の声。それらを適当にあしらいながらも二人の妖精族を地に横たえる様子は何とも手慣れたもので。


「確か近くに禊の泉があったよな。あそこならどうせお前らか巫女以外入れない安置だし、置いとくか」

「キキッ?キー?」

「いや、だってほら。さっきの発言からしたらまた面倒な事になるのは目に見えてるだろ……それとも要らん世話をして狩りの時間が無くなった結果、今日の晩飯、抜きになる方が良いか?」

「……ピッ」


 騒ぎ立てていた魔物達。若者による至極現実を見据えた意見に言葉を失い――ややあって一斉に頷いた後にそっと巫女候補達の身体を持ち上げた。


「お、また小雨が降ってきたな。今ならお前らの毒粉も舞い上がる前に雨に流されるからこの二人がむせる事もないし、ちょっくらスピード上げてくか」

「ピキッ!」


 その声を皮切りにして、意識を失った妖精族二人は若者と魔物の手により夜闇の中へと運び込まれていった。通り雨の降りしきる中、地面へと残された身も蓋も無い一連の哀しき事情もまた、洗い流されていく。

 あるいは新たな悲劇の幕開けとなったかもしれない一つの邂逅。それに伴う悲劇はこうして自分本位とも言えようやらかしてしまった面々のご都合主義により、人知れず闇の中へと葬り去られたのであった。

決まり手

 紅の巫女⇒チョークスリーパーホールド

 蒼の候補⇒ジャーマンスープレックスホールド

 白の男の娘⇒もろ出し


※ついでに射幸心云々の部分の没投稿、一部紹介。

頼太『事あるごとに能無し君でも頑張ってステータスを上げれば何とかなるよ……たぶん、と慰めになっていない慰めをされたり、いっそ種無しになっちゃえこのロリコンだのと心なき追い打ちの不名誉なレッテルを張られたりと不遇であった日々も終わり。ようやく、この俺にもっ――人様に自慢の出来る異能バトルフラグ成立キタコレ!と言える日が、来たのだっ!』

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