表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
330/439

第271話 妖精郷に生きる禍々⑥

 松明片手に森の中へと入り込む。銀狼達とのせめぎ合いの際には見る余裕もなかった、控えめな主張をするささやかな生命の息遣い。そういったものが満ち溢れているのをぼんやりと感じ取る事が出来る。

 さて、ニケの奴はどこへいったのだろうか。そこかしこから明確な気配、とまでは言えないものの息づく者達の存在感を感じる以上、その中から目標を探り出すといった作業はピノの得意とするところだ。そういった能の無い俺としてはまずは地道に、虱潰しに探すとしよう。そう決めて社に灯された光を振り返り、空に浮かぶ月との位置関係により方向を確認する。


 見られて、いる―――


 そんな折のことだ。比較的はっきりと感じられる、何者かの意志持つ視線。

 試しに右を振り向いてみれば左から、そして左を向けば更に逆方向から、何かしらの視線を受けているのは間違いない。俺についてきたピコへ振り返り、その反応より確信を抱く。その正体は言わずと知れた、この妖精郷の住人だろう。

 歩を進める度、下生えに混ざる枯れ落ちた枝の折れる乾いた音が木霊する。その度に感じる視線がある方向へと誘導をしている錯覚を受けながら。その中に僅かではあるが、期待と不安の入り混じった踊る感情の発露を嗅ぎ取れなくもない。

 陽は既に沈み、視界は闇に閉ざされゆく逢魔が時。このまま当てどもなく探し続けたところでとても結果が出るとは思えない。半ば嫌な予感に晒されながらもその誘いに乗り、一歩また一歩と森の中を進んでいく。


「……ニケ?」


 ふと、暗がりの中に見覚えのある薄水色の身体が見えた気がする。俺の声が聞き取れない距離ではない。だのにその後ろ姿は何かに惹かれるかの様子で森の奥へ奥へと進んでいく。

 待て、待つんだ。声に出して追いかけながらもまるで届いていないかの様に、重力の枷に縛られず宙を浮かんでふよふよと漂うニケとの距離は一向に縮まらない。

 どれ程の間を追い続けていただろう。気付けば方向感覚も曖昧となり、広場のあった方角も大まかにしか分からなくなってきた。それでもここでニケを見失う訳にはいかないと道なき道を押し開きながらひたすらに追い続け……不意に視界が開けた。


「ニケ、どうした?」

「―――」


 妖精郷に入ってより、ピアとの邂逅をした初の泉。それと酷似した泉のほとりにて、ニケは独り後ろ姿を向けたまま。何の反応も見せないその既視感にこれまでの嫌な予感にも後押しされ、最悪の事態を想像してしまう。


「おい!ニケっ……ぇぇえええっ!?」


 まさかお前までもがと思いつつ、あってくれるなと願いつつ。揺れる心を震える手に乗せ足を踏み出した瞬間、世界が浮き上がる様な衝撃と共に視界そのものが反転する。

 敢えて補足をするならば、そうだな……意識がどうのとか、景色が裏返ったとか、そういった抽象的な話ではないんだ。あくまでも視界が一瞬にして上下反転、つまりは逆さまに吊り下げられて宙ぶらりん、が正解に最も近い表現だろうか。


「ヒッカカッター!」

「イケニエダー!」

「きゃはっ!いけにえー?」

「わふっ!?わんわんっ!」


 まぁ待て落ち着け、まだ慌てるような時間じゃあない。つい先程にも似た様な事を口走った気がするがそれは気のせいにしておくとしてだ。

 まずは困った時の状況確認から。俺氏、松明片手に森の中へと入ったところ、こちらへ背を向けたまま中空にふよふよと漂うニケ発見。ピアや俺の身に降りかかった異常も含め、妖精郷深部へ入ってからの流れが流れだっただけにうそ寒いものを感じ、ニケに意識を集中して追いかけてしまったのが運の尽き。

 そのまま泉まで誘導をされてニケへ追い付くも灯りをかざしていたのが祟ったか、暗い足下の確認不足により仕掛けられた罠へと踏み込んで今に至る。以上、解説終わり!


「そうだよな!あいつの眷属やってる時点で今更そこらの汚染効果にかかる筈もないよな!」

「よなー!きゃははっ」

「ですがそこではしゃいでる君、もうちょっと常識というものを勉強しましょーね。旅の仲間をハメるとは何事ですか!」

「きゃ~。はめるだなんてきーすさま、えろーい」


 間違いなく意味も分からず吹き込まれたなと確信出来る、ミッションコンプリートの証に元気一杯に拳を突き上げてみせるあっけらかんとした笑顔。少しばかり沈みがちな気分を癒してくれる今回のマスコット的立ち位置なニケではあるが、突発的に古典トラップの代表格な逆さ吊りにかけられてしまった我が身にとって、それを許容するには至れない。

 そしてその罠を仕掛け、無垢なニケを騙くらかして生き餌とした犯人達。お前達、許されないよ……?


「ヒイッ……ソ、ソソソンナ怖イ顔シテモ知ッテルンダカラナ!オマエ、ギアニアッサリ組ミ伏セラレタ、雑魚ダロッ」

「ソーダソーダ!セコイ真似シテ巫女サマカラオ情ケモラッタダケノ凡人面メ!」


 ―――ぷっちーん。


「よっし、お前らピノ枠な?」

「ハアッ!?ジョーダン、アンナ常識知ラズト一緒ニシテ欲シクナイワケー」


 あぁやっぱりあいつ、この郷でもそういう扱いなのな。

 物言いまで当時のピノそっくりな妖精族達の嘲る声に若干の懐かしささえ感じながら、それとこれとは話が別と吊られたままに腰へ手を回す。そこに差さっていた探索用キットのパーツを極細パイプに見立て、これまた懐より取り出したぷにキエールを塗り付ける事により一時的に強度アップ。然る後に集中を整え、パーツの内部へと本日打ち止めとなる『水道構築(アクアワークス)』を展開する。


「これぞ、生活魔法流用技法における秘技が一『水流斬(アクアカッター)』なりッ!」


 ―――シュバッ!


「ッテ、チョット!ナンデオマエ、強化シタ弦ヲアッサリト斬ッチャッテ……キャアアアッ!?」


 これにより両足を雑に縛っていた弦を破断する。華麗に空中で宙返り、をするにはやや心許ない高さであるので両手を付いてからの四つん這いに着地をし、その体勢からクラウチングスタートの要領でジャンピングタックル。今のピノ相手では更にもう一捻りを加えないと通じないであろう懐かしき捕獲コンボだが、相手はこの妖精郷でのんびりと暮らしていた妖精族達だ。この程度の不意打ちでもあっさりと捕まる程度には……平和ボケをしちゃってるのさっ!


「キャーッチ!さ~ぁ、お望み通りエロ屈辱的なうっすい本展開にでもしてやろぉかぁ?」

「ヤダァッ!?人族ナンカニ掘ラレルゥ、オーカーサーレールーッ!」


 さっきのお返しとばかりに捕まえた妖精族の一人を逆さ吊りに揺さぶりつつ、殊更に下卑た顔で迫ってみる。対する妖精族は一変して怯えの色濃く泣き叫び、それを見たもう一方の妖精族も腰を抜かして目に大粒の涙を浮かべ、ガタガタと震えはじめてしまう。


「ビエエエエッ!」

「フエーン」

「……む」


 これはもしかしなくても、傍から見ればただのロリ&ショタコンの異常犯罪者呼ばわりをされかねない絵面を晒しているのではあるまいか。ついピノ相手の感覚でここからの反撃までをも想定していたが、どうやら奴とは違い見た目通りの他愛のないと言えば他愛のない、普通に妖精族をしている子供達らしい。


「きーすさまー?」

「あん?……うぉおっ!?」


 さてこの悪戯っ子共をどうしてくれようか。微妙に頭を悩ませていたところ、袖引く声に振り向いてみれば、蛇。俺の胴体程もあろうかといった馬鹿でかい蛇の頭が、突拍子もなく目と鼻の先で舌をちらつかせていた。

 まさか妖精達の集落付近にこんな馬鹿でかい魔物が居ようとは。思わず叫んでニケの首根っこを引っ掴みながら飛び退ってしまう。


「白蛇サマッ」

「怖カッタヨォ!」


 あわや置き去りにされた妖精族がその餌食に、といった光景を俄かに妄想する。だが現実にはまだら模様の蛇は俺達を見据え、警戒を示す様に鎌首をもたげたまま。見ようによっては妖精族達を護ろうとしているかにさえ思える。

 気付けば辺りに響いていた虫達の囁きは鳴りを潜め、蛇の発する特徴的な呼吸音の他には一切が無音。

 その思惑がどうあれ、対峙の姿勢すれば俺達にとってはあまり喜ばしくはない相手だ。散策ついでという事で装備やリュックは社に置いてきてしまったし、諸事情により今現在ミチルは使えない(・・・・)

 これが通常の蛇であればその巨体から毒を持たない種と判断し、タックルからの巻き付きにさえ注意すればどうにかなるとも思えるが、いかんせん相手は一般常識の通用しない魔物という存在。かすっただけで死に至る毒、なんて物騒な代物を持ち得る恐れすらある。

 ニケに氷魔法を撃ってもらってそのままとんずら、とも考えはしたものの、この位置から大蛇の動きを止める程の氷嵐となると妖精族達をも巻き込んでしまいかねない。俺の焦燥を察したらしきニケがやや不安気にすり寄ってくるのを確認しながら、じりじりと刺激をしないよう下がっていく。


『その精霊は、随分と君に懐いているようだ』

「……へっ?」


 助走をつけるに十分な距離まであと少し、といった所にまで距離を開いたところで予想外にも流暢な共通語にて話しかけられる。一瞬目の前で起きた事柄に付いていけずに呆けてしまったものの、すぐにその意味するところを知る。

 そうか、ここは神秘の色濃き妖精郷。こういった非常識の可能性も考えて然るべきだった。


「ふはぁ、何だよ。言葉、通じるんじゃん」


 そのまま脱力任せにへたり込んでしまう。ここまでの脱力を見せるのは襲ってくれと言っているようなものかもしれないが、改めて眺めたこの蛇から受ける印象は知的で静か、だもんな。その物言いは思慮を感じさせ、取り巻く妖精達はひっしと庇護を求める子供の様にも思える。これを見て無闇な緊張感を維持しよう程には、俺の警戒心は強くはない。


『……我が姿を前にしてそこまで平静を保てるか』


 すっかり気が抜けてしまった俺へとかけられるは、至極不思議そうな響き。ややくぐもった声ながら耳障りという程でもなく、覆面を被り籠もった声とでも言おうか。肩車の形で乗っかったその頭をわしゃわしゃと撫でる事で気分を落ち着かせ、くすぐったそうに声を上げるニケを抱えて膝の上へと乗せ直す。


「ええまぁそりゃあ。その手のモノとの接点はそれなりに持ってますんで」

「きゃはぁ」


 対するニシキヘビにも似たまだらの大蛇は、そんな俺達の様子を感情の読めない顔で暫し眺め続ける。やがて蛇特有の舌を出し入れする動作を繰り返した後、再び言葉を投げかけてくる。


『一つ、頼みがある』

「へ?なんすか」


 またいきなりな話だな。それまで護る素振りを見せていた妖精族の二人をその尾でそっと押しやるようにこちらへと送り、その間も目線はずっと俺を定めたまま。そして押しやられた妖精達はまるで親に見捨てられたかの様な心細い表情で蛇へと手を伸ばす。


「ヤダァ!白蛇サマ、イカナイデッ」

『不躾ではあるが。ここで我を見た事、何より我がこうして汝と会話をした事はこの子達ともども口外しないよう、お願いしたい』


 言って人間臭い仕草で頭を下げてくる。この蛇と妖精達のやり取りから見えてくるのは、強い信頼関係か。暫し思考を働かせる為に指を動かし、この蛇達の関係について想像する。

 妖精達が蛇に見せる態度は先に挙げた通り、そしてまた蛇の側も、自らを慕う子供を慈しむ親のそれに近い気遣いを見せ―――


「ひーひゅひゃまー。ほっへ、のびゆー」

「お、悪いな」


 変わらず間延びした声による苦情を受けて我に返る。見ればやはり緊張感の欠片もないままに俺を見上げるニケの瞳。そこから大蛇の側へと視線を移せば、二人の妖精はそんな俺達をどこか、眩しそうな目で見つめていた。


「事情は分からないが、つまるところその子達を無闇な脅威に晒されないよう、護ればいいんだな?」

『……助かる』


 話している内に、やっと目が辺りの暗さに慣れてきた。その目で改めて大蛇を見れば、まだらの模様は白と黒。妖精達が白蛇さま、と呼ぶ辺りにややこしい事情が見え隠れもするな。


『外の者達は見返りを求めると聞く。約定の証としてその裡に巣食う黒き禍々(カカ)、我が代わりに受け持とう』

「むっ」


 言って大蛇はその鎌首を俺の下へと伸ばしてくる。うぉお、害意はないと分かってはいてもこのインパクトはつい身構えてしまうっ……。

 そんな俺の心情は正確に相手へと伝わってしまったらしい。表情の見えない顔ながら大蛇はやや傷付いた様にも見える。さーせん、ヘタレで本当にさーせん!

 それでも無事に接触は終わり。心持ち重くなってしまった気怠い気分のままに目を見開けば、そこには幾分黒さを増した蛇……と続くのがこういったもののセオリーではあるのだろうが。


『……これは、何とした事か』


 その全身は予想に反して真白に染まり、激しく明滅を繰り返す蛇であったモノ。蛇自身の物言いからも強い動揺が見え隠れ。やがて人の目には耐えられない程にその光は強まっていき、視界が埋もれていく。


『すまない、時間切れだ。また明日の夜、ここで――』


 その最中のことだ。耳元へと囁きかける、どこかで聞いた覚えのある凛とした声。その正体に思い当たる暇もなく、光の最後の一片がはじけ飛んだ。

 直後に闇の幕が垂れ下がり、辺りは平時の静けさを取り戻したのだろう。止まっていた虫の囀りが再び辺り一体を包み始め、先程までの幻想的な情景はその名残さえ見当たらない。


「何だったんだ、ありゃ……」

「きーすさまー?」


 茫然と呟く俺に応えるかの様に、本日幾度目かになろうニケの呼びかけ。

 こちらの聞き慣れた響きは間違いない。かちかち山を筆頭にして割と手遅れを察した際にニケが発する、嫌な予感の顕れというやつだ。ニケとは逆の側に伏せるピコはと言えば唖然とした様子で毛を逆立てており、完全に腰が引けていた。


「えっとニケくんや。なるべく精神的な衝撃を緩和出来るよう、柔らかな表現かつ可能な限り迅速な告知をお願い致します」

「わひぃ……」


 最低限の保険をかけるつもりで切な言葉を吐く俺の顔は、さぞかし引き攣っている事だろう。対しニケは分かっているんだかいないんだかよく分からない笑顔で首を傾げてみせる。然る後に申し出てくれた言葉、それはとても納得に足る―――


「……まっくろくろすけ?」


 その言葉に神速の心構えで反応し、泉の水面に松明をかざし自らの姿を確認する。

 そこに映っていたのは……ご指摘の通り一面黒に塗りたくられた、いかにも健康に悪そうな冴えない人族の姿であったとさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ