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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
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第269話 妖精郷に生きる禍々④

 先程の不穏のモノが現われた際のそれとは違い、自然の夕焼けに至る部分が徐々に染まり往く森の中で妖精郷の住人達との対峙へと臨む。取り巻きのシルバニアウルフ達、仮にこれらを子狼としよう。子狼達の初撃を両腕に付けたアダマンタイト製の手甲により辛くも凌ぎ、森の内部へと紛れ込む。

 先にも軽く触れた通り、シルバニアウルフ達はピコと同じく相当に高度な思考能力を持つ魔物に分類される存在だ。通常の狼よりも強靭な身体は勿論、その高い知能により個体によっては簡単な作戦を立てることさえ可能とするとも言われている。

 ここまで挙げた要素から鑑みれば、仲間達の協力なしに剣さえ持たぬ身で相対するのは無謀以外の何物でもない。だが俺は同種であるピコと密に過ごしてきたこれまでの経験という、何よりの強みを持っている。

 ピノと出逢って以来、暇さえあれば手近の獣耳や尻尾をモフったりモフったりと日々を満喫し、夏にミチルが俺の下へと帰ってきてからは連携戦法などの研究にも余念がなく。ピコを四足獣の仮想敵としてスパーリングを手伝ってもらった事も数知れずだ。その経験により、強力でこそあるが同時に諸刃の剣ともなるであろう、シルバニアウルフ種特有の特徴についても知り尽くしている。

 それは――本来野性の獣であれば持ち得ない、高い知能を有するが故に付随する思考の僅かなタイムラグだ。


「がうっ!?」


 走る勢いはそのままに、手近な木の幹を踏み台として三角跳びの要領でほぼ百八十度の方向転換を披露する。対する子狼達は俺の直前の行動より森の奥へ逃げ込むと判断していたのだろう。先回りをしようと更なる加速を付けていた身体を取って返すべく、揃って四肢を踏ん張って制動をかけた後に慌てた素振りを見せながらひと固まりとなって追いかけてくる。

 その様子を確認し、道なき下生えを蹴りながら目標地点へとひた走る。待ち構えるは対峙を始めてより自らは動く事もなく、痛々しい傷痕を残す片眼により俺の一挙手一投足をつぶさに観察し続けていたらしき親狼だ。


「ミチィル!」

「わんっ!」


 俺の声に応じ、陰に潜んでいたミチルが姿を現した。親狼がその気配に振り向いた時には既に跳躍の頂点へと達しており、あとは着地点へと襲い掛かるだけだ。

 三匹の子狼達はこの場に到達するまでにもう少しばかりの時間を要し、そして俺とミチルは親狼を基点として挟み込む形に位置取っている。その狙いは無論のこと、親狼へ対する挟み打ちの形となる電撃作戦。


「グル……ガァッ!!」


 そう、親狼も考えた事だろう。そして親狼は背後のミチルを敢えて無視し、正面へと立ちはだかる俺へと飛びかかってくる。

 互いに不退転の決意を示した結果、硬い物同士がぶつかり合う甲高い音が響く。数瞬もしない内に元の力と体格差によりあっさりと組み伏せられてしまった俺は、手甲ごとその左腕を噛まれていた。


「ぐぅ、ぁあああっ」


 流石はイヌ科最大級のサイズからくる咬筋力。デッドリー・ブルのハルクにも劣らない圧力により、接合部が嫌な軋り音を立て始める。当然それに伴う激痛は耐え難く、手甲の軋り音に合わせるかの様に呻き声を上げてしまう。


「ギア!もうやめてっ、勝負は付いたでしょう?」

「グルルルッ!」


 更に数秒程が経ち、子狼達が合流して俺の周りへを取り囲む。このピアの言葉、やはりこいつ等は妖精郷の護り手として何らかの試しの儀を担っていたという事か。

 本来であればここで試しは終わり、あるいは立ち入る資格無しと断ぜられたのかもしれない。だが俺は敢えて言わせて貰おう。まだ慌てるような時間じゃあないと。


「ひ、ひひっ……死なば諸共、ってかぁ」

「ガゥ?」


 激痛に顔を歪め、それでもこの手に握った勝利の予感。その顕れを俺の引き攣った笑みに見て取った狼達は何を思ったろうか。それが証拠に親狼の俺を咬む力は気持ち僅かに弱まり、それを確信した俺は残る右腕で自らの顔を覆いその一言を呟いた。


「『着火(ティンダー)』」


 本日二度目の着火魔法。俺の持つ僅かな魔力量では、簡易化された生活魔法と言えども同種の使用回数は二回が限度。それでも二回目であれば、少なくとも望む効果は得られよう。

 はたして小さな炎が湧き起こり、辛うじて牙の難を逃れた左の掌部分に開く、球形の物体へと引火する。


「ガッ!?」


 派手な炸裂音と共に巻き起こる閃光。ピノの朦朧破(スタン・ブラスト)を参考に考案された皇国シノビ衆の試作煙玉だ。オリジナルの域にこそ達しはしないものの、間近でそれを受けた狼達は堪ったものではないだろう。視界は勿論、獣の代名詞とも言えよう鋭い聴覚を一時的に潰された狼達は大きな動揺を晒して動きを止める。

 だが、それで終わりではない。狼達の動きをまとめて止めたとはいえ、俺の身体は変わらず親狼に組み伏されているのだから。そしてまだ終わらないというのであれば……それは、続く煙玉の効果にも当てはまる事。


「けひゅっ……けひゅんっ……」

「ぎゅっ、きゃひん!?きゃひんっ!?」


 音と閃光に遅れること数瞬。真っ先にむせ込み始めたのは至近距離で炸裂を身に受けた親狼。その異常は付近で同じく巻き込まれた子狼達へも広がっていき、場はさながら咳とクシャミの発表会。今度こそ多大に生まれたその隙に組み敷かれた状態を抜け出した俺さえも、例外なくその悪影響を受けてしまう。


「ぶぇっくし!げぇっほ、げほっ……『水道構築(アクアワークス)』――っぷう」


 目鼻に奔る痒みと痛みに堪えて転がりながら場を逃れた後、水作成の生活魔法により発生した水を顔全体にぶっかけて洗い流す。焼け付いたヒリヒリ感は多分に残るものの、これで俺の目鼻はどうにか物を認識する程度には復調した。

 対してシルバニアウルフ達。今も混乱のままに咳込み続け、その内一頭などは情けない鳴き声を上げながら森の奥へと逃げ込むほどに戦意を喪失。流石は裏方作業を得意とするトビさん特製の香辛料炸裂弾だ。持参していたのは非常用のこれ一個きりだが、使うタイミングといい相手との相性といい、効果は絶大だぜ。


「おい、ピコの親ってんなら俺の言葉も分かるんだろ。勝負ありで、いいな?」

「げひゅっ、げひゅっ……ぐるぅ」


 相手の体勢が整う前に背後へと回り込み、その後ろ脚を力一杯握りしめる。そして意識して低い声で語りかける俺に対し、親狼は一度唸ったきり、そのまま身を伏せた。これにて決着だ。


「おっつかレ~」


 ――どばっしゃん。


「ぶはっ……」


 気の抜けたところに降り注ぐは大量の水。勝負がつくのを見越したピノが俺と同じく『水道構築(アクアワークス)』を使い、狼達に付着した各種香辛料を洗い流した。ついでにその巻き添えで全身ずぶ濡れとなってしまった俺は凍える身体を温めるべく三度着火魔法を試みるが、やはりガス欠。魔力適性皆無な平時の扶祢ばりのしょぼい火花しか発生せずにただでさえ少ない魔力を更に消費してしまう。


「さっ、寒ッ!?火、火ぃ~!」

「アイヨー」


 いつの間にやら周囲の枝をピコが集めてきていたらしい。場に残る香辛料の臭気に鼻を顰めながらも枯れ木を重ね、そこにピノが火精による純正の炎を宿す。は~、ようやく一息吐けたぜ。


「爺様、見ているんでしょう?この通り、この人はあの魔の体現に侵されたモノとは違う。何よりこのピエラ自らが見初めて連れ帰ってきた、当時の建国王の再来なのだからっ!」

「エッ」「はっ?」「なん、だって」


 空を仰ぎ心苦しいまでの悲壮を抱くピアのその叫び。一方では異口同音の間の抜けた声が重なってしまう。え、何だこのぶっ飛んだ話。あと姉君、ピエラがどうとか言ってはいるけれど、当の本人までもが目をぱちくりとさせちゃってるんですけど?

 そんな突拍子の無い話の流れに全員が呆けてしまったその時のことだ。広場の側よりピアを見ていた位置の関係上、それを確認出来たのは恐らく俺とピコのみだったろう。


『ケタ、ケタ……』


 先に全身が溶け落ちて消滅した筈の、名状し難きモノ。体組織は腐り落ち、見苦しくも諸々を垂れ流したままに水面に浮かぶ海月の様に、中空より垂れ下がったその魔手を伸ばし、ピアの頭上から襲い掛からんとしていた。


「避けろおっ!」

「があーっ!!」


 俺が叫ぶと同時にピコが一息にそれへと飛びかかる。辛うじてその尻尾を掴み、引っこ抜く動作を取る反動により金の一筋の一部と化した俺はそのまま、ヤツへと自らの身体を激突させ―――


《――穢れの無きその肢体を、儂の、ものに》


 老人特有のしわがれた声。そこには凡そ人間味のある感情が感じられず、だのに支配欲のみは色濃く渦巻く悪意の塊。それでも大地への着地こそどうにか果たせたものの、その後がどうにも芳しくなかった。

 体中に冬の寒さからくるものとは明らかに別種の怖気が奔り、目に映る景色がぐにゃりと歪む。


「**ッ!大**!?」


 どうやら視覚だけではなく、聴覚にまで異常が起きているらしい。あるいは良からぬモノが裡へと入り込んできた影響か、自覚が出来ていないだけで身体の認識そのものに異常が生じているのかもしれない。


「ぎぼぢ……わりぃ……」

「**!?*******ノッ!?」

「****、****へっ!」


 相変わらず、何を言っているのかよく分からない。そんなまともに物を考える事も出来ない頭の片隅で、それでも何故か、周囲に立ち込めていた何とも言えないモヤモヤとした霞の気配が薄らいだ事だけははっきりと感じられた。

 先の異常の際から感じていたピアを取り巻く儚い雰囲気。それさえも消え果てた錯覚を感じ、何故だか安心してしまう。


「ぼじがぢで……おで、のっどらで……だ?」


 それに対する答えはやはり理解不能な言葉の羅列。それでも頬を相当強く張られた衝撃だけは鈍くなった感覚の中にもぼんやりと知覚する事が出来た。ひでぇなピノのやつ、こちとら重傷なんだ。もっと優しく扱いやがれって、の―――

 次回、試験勉強につき休稿となります。

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