第268話 妖精郷に生きる禍々③
~休稿のお知らせ~
突然ですが、ちょっと試験対策がきつくなってきたので試験勉強に集中する為、次回6/27(火)の投稿の後、一回ほどお休みいただきます。ご了承下さいませm(_ _)m
改めての自己紹介をした後となり、集落の側へと向かうその最中。嫌が応にも意識せざるを得ない、先程までとの決定的な差異が一つ、微笑ましくも物悲しさを醸し出す。先程までの積極的な言動は鳴りを潜め、ちっちゃな身体を更に縮こまらせるピノの似姿だ。
「姉ちゃン。巫女たる者が率先して真名を名乗るのハ、まずくなイ?」
「あぅうぅ……」
「しかも、ボクの名前までばらしちゃってたよネ。爺共に怒られソー」
「うぁあぁ……」
こうして見る限りではあの時の異常、そして少しばかり妹愛が過ぎてしまう程の快活な物言いはなんだっのかと思う程。伝え聞くフェアリーそのものとも言えよう、引っ込み思案な泣きっ面だ。
「そ、そう言うピエラだって正規の道も通らずに泉の周りにあんな大穴開けて……爺様達にどうやって言い訳するのぉ!」
「あれは爺共の妨害が原因って言ったじゃン。それに元々ボクは郷を追い出されたよーなものだシー、しーらネ」
「ピエラぁ!?」
そんな他愛のないやり取りを続けながらに、妖精姉妹は揃ってピコの背に揺られゆく。儀礼顕現も解けた素の状態ではより妖精族としての愛らしさが強調され、先程の正体不明の怪異との遭遇が夢か幻だったかのような錯覚を受けてしまう。
「お前、本当にフェアリー族だったんだな」
「どういう意味だヨ!?」
お約束のような合の手が入れられる俺の背後からは概ね同意を示す言葉が二つ程。ピノそっくりな顔でここまでの気弱を見せられてしまうとな。普段は妖精詐欺にしか思い得ないピノではあるが、正に妖精然としたピアと双子の姉妹という一点において、伝承に違わぬフェアリーそのものであると納得出来る。
「ところでそのっ。爺様方には名前の件、どうか内密に、お願いしますっ」
「了解。でもそうすると二人共ピノになっちまうからなぁ……どうすっか?」
名を知ってはいても呼べない、というのは中々に歯痒いものだ。不明のモノに呑まれていた際には全く見せる事のなかったある種の抵抗。実際にピアが目覚めた後にその名で呼んでみたところ、顔を真っ赤にしながら縋りついてきていたものな。えてして習慣とはそういうものなのだろう。
「それじゃあ表向きには巫女様、とカ」
「へ、何で?」
「だって姉ちゃン、巫女やってるかラ」
ほーん、巫女ねぇ。言われてみればピアは最初、泉で何かをしていたようにも思う。詳細はまだ聞いていないがあの不明のモノに対してもそう驚いていないところを見るに、巫女特有の儀式をしていたところに俺が突っ込んでしまい、儀式が中断してしまった事による何らかの悪影響が出てしまった線が濃厚か?
「巫女、だって……」
それに反応を示す震え声。先程から俺達の会話の傍ら対照的に黙りこくり、ガラムのおっさんとの妙な緊張感を見せるエイカさんだ。
「ちびっこ。確かお前んとこの故郷の巫女ってな」
「ソー!なんたって姉ちゃんハ、この妖精郷を代表する当代の巫女だもんネ!」
「うぅ。その、はい」
ついで確認するかの様に尋ねるおっさんの言葉へ対し、ドヤ顔を晒すピノにそろそろ赤面甚だしくなってしまったらしきピアという好対照。
こいつぁ、びっくりだ。まさか殿下の探し求めていた人物と副総括が望む条件を交渉するべき相手がまとめて揃ってしまうとは。しかもその相手はピノと最も縁深き血を分けた双子の姉。
特に副総括の求める結果を出す為に補助すべく派遣をされたエイカさんは心穏やかではいられない。正式な交渉を持つべく早速ピアへとその旨を口にする――が、そこに待ったをかけたのはピノだった。
「っと、いう訳にもいかないんだよネェ」
「はい……最終的な決定権こそ巫女たるわたしにありますが、やはり爺様方をはじめとする長老衆の意見を無碍には出来ませんので」
俺達の訪問目的はこの短い道中である程度は語っている。その最中にピアは幾度かピノの側へと意味ありげな視線を送り、ピノはピノで微妙な反応を返していたのは皆が知るところだ。ピアがこの妖精郷の代表という立場にあるのであれば確かに、その理由がどうあれ帝都に構える殿下の元へと呼び寄せる形になる訪問は論外であるし、あの時にピノが殿下へと返した言葉も理解が出来る。
そして俺達が妖精郷へと赴いた真なる理由。建国より数百年が経過し、疎遠となった帝国と妖精郷との縁をより戻すには、どうしても長老衆の説得が欠かせない。入り口からしてあんな拒絶の意志をぶつけられた俺達は、改めての立ちはだかる壁の高さを再認識させられるのだった。
「――着きました。改めまして妖精郷へようこそ、我が妹の友人達」
そうこうしている内に妖精郷の集落に入ったとの知らせを受ける。見た目としては殺風景な広場の中央に一段高い小屋がぽつんと、祀られるかの様に佇んでいた。周囲からは濃密に薫る草木の清香。冬場とは思えない程に森全体より生命の息吹というものを感じ、それ故かどこか荒涼とした印象を受ける広場にしては予想していたよりもずっと暖かい。
「さっきのあの対応からすれば、もっと荒っぽい歓迎を想像してたんだけどな」
「ごめんなさい。基本的にわたし達フェアリーは、争いを好まない内向き志向ですから」
「……言いたい事があるんだったラ、はっきり言えバ?」
どうやら自覚は多分にあるらしい。ご要望の通りにはっきり言ったらつむじ風を纏ったコークスクリューブロウによる心臓打ちを叩き込まれてしまった。
「ごへっ!?」
「……やはり、特に反応はないな」
渾身の道化漫才を演じてみたが、周囲の空気は変わらず静かなまま。だだ滑り感に揃って気まずい面持ちを晒すも、おっさんは既に手近な木々を調べ始めているしエイカさんは変わらず周囲を睥睨するばかり。仕方がない、ここは大人しく先導に従っておこう。
広場へと向けて一歩を踏み出す、そんな俺の袖口を引く感触。ピコだ。
「何だ?」
「WRRRRRHゥ……」
いつの間に現われたのか、広場の入り口部分へと佇む四足の影。フォルムとしてはピコの出自を彷彿とさせる白銀の狼が三匹程、揃って俺へと向けて警戒感剥き出しの唸り声を上げてくる。俺達の側ではそんな狼達へとピコが何かしらを伝えようとアゥアゥと鳴いてはいるものの、それに取り合う素振りは一切なく。
そして最後に姿を現した一匹。先の三匹と同じく白銀の毛色に身を包みながらも、その三匹よりも一回り大きい今のピコさえも圧倒するサイズ。大きな創に片目を塞がれながらも年季の入った凄みを感じさせる、白銀の狼。
「坊主はこいつしか見た事が無いっつってたな。これが、本来のシルバニアウルフとしての成体だ」
「わひゅぅ」
おっさんのアドバイスに応えるかの様に弱々しい鳴き声を上げ、ピコは俺を離すまいと袖引く力を強めて訴える。それに気を取られている間にも白銀の狼達は徐々に包囲網を狭め、俺達――ではなく俺一人に照準を定めた様子でにじり寄ってきた。
そんなシルバニアウルフについて、過去に読んだ図鑑の記述を思い出す。
これが危険度D~C?学者先生方、冗談も程ほどにしてほしい。当時のピコの例を挙げても明確な通り、こいつらの最大の武器は学習からくる判断力に見られるその知能の高さだぞ。しかも群れのボスらしき個体はピコとまともにやりあっても押し勝てそうな程に、身体の各部分に過去の歴戦の証を見せている。森の死角を利用してこうして群れで事に当たる分には相当な大物相手でさえも通用しそうだ。
「その子、ピコの親だかラ。頑張ってネ~」
「ギア、この人は妹の友人なの。お願い、下がってっ!」
対照的な妖精姉妹の反応を見る限り、どうやら俺はこの妖精郷を侵略する悪の手先とでもいった扱いをされているらしい。体高は軽く1.5mを超そうあの巨大狼がピコの親というのであれば、周囲の三匹もまた類縁である可能性が高い。となればこいつと共に旅をする身としては、出来るだけ傷付けずに無力化をする必要があるだろう。
「俺はあくまで妖精郷の経験者って事で探索担当に選ばれただけだからな、こういったドンパチはお前らの専門だろ」
「右に同じく、だ。こいつらが妖精郷の手の者である以上、少なくとも今後が決定付けられるまでは手を出す訳にはいかないからな」
さて、これはいわゆる孤立無援というやつだろうかね。増援である筈の二人はあっさり不参加を宣言し、ピノはピノでやる気もなし。一人ピアだけがギアと呼ばれた大狼へと語り続けるも、やはり狼達への説得には至らない、か。
「よく分からんがこの数の差だ、ミチルは使わせてもらうからな」
言って振動剣の柄を背から外し、後方へと放り投げる。小さい身体の割にそれを難なくキャッチしたピノの顔は実に満足げときた。その理由は分からないが、そこまでの期待をされているならば仕方がない。
今回は初期のヘイホー道中へ向かう際に相手をしたただの狼とは違い、正真正銘の魔物とされる種が相手。イヌ科最大の四足獣であるウルフ種特有の強靭かつしなやかな四肢に加えて前述の通り高い知能を有するとくれば、まっさらな状態ではまともな太刀打ちなど出来やしない。リュックを降ろす最中も唸りを上げて威嚇し続ける狼達を横目に見つつ、一人密かに心を奮い立たせる。
俺のやる気を察したか、狼達は一定の距離置き揃って足を止める。その目の前に雄たけびを上げて姿を現わすは、黒毛に覆われたドーベルマン。主へ向けられた敵意に剥き出しの怒りを湛えて対峙し、その身より垂れ流された怒りの証は周囲の植物を害していく。
「ミチル。瘴気は無しな」
「がるるるっ……わふっ?」
「地元の怖いお兄さん達とよく試合形式でやったろ。あれのルールでいくぜ」
「わふん……」
うん、良い子だ。周囲へと漂い始めた瘴気はその体内へと戻っていき、駆け付けたピアがしおれた植物を癒し始めるのを見ながらミチルの頭を軽く叩いてハッパをかける。
「そんじゃあ、始めるとするかっ!」
「わぉーん!」
その声をきっかけとしてまずは取り巻きのシルバニアウルフの内、二頭程がタイミングをずらし襲い掛かってきた―――
「――何とまぁ。呆れることよ」
「無謀とは正にこの事さな。どう思うよ、紅苑の」
「否。不吉の人族、眼の光に一切の翳りなし」
頼太と銀狼達との対決が始まった同時刻。妖精郷内部に点在する『泉』の一つの周囲には水面に映った画像を見る者達の影。誰も彼も見た目としては愛らしさを残したまま、それでもその表情はどれも世を拗ねた疲れに近いものを見せていた。
「我らが郷に数年来忍び来る脅威。我等手を尽くし、祓うに至らぬ。げに恐るべし人族よ」
「えぇと……つまり、なんだ?」
紅苑――そう呼ばれた妖精族はその名の元となろう、紅き髪をやる気の無さげに揺らめかせ、そのまま答える事もなく黙り込む。対して蒼き髪持つ妖精族は額に青筋を浮かべ『泉』へ移し込まれた末裔の一人と同じく口汚い言葉で罵り始める。しかし紅髪は涼しい顔で取り合う様子も見せはしない。
「紅苑のはあの悍ましきモノを仮にとはいえ、あっさりと撃退したこの若者こそを警戒しろ、と言っているんだろ」
「あぁ~。それならそうと、もっと分かり易く言わんかい。お前は昔っから歯に挟まった物言いばかりするんじゃ」
「………」
いずれにせよ『泉』を通して現場の状況を見守る三人。この妖精郷を古くから知り、現役を退いた後にもその方針を決定づける長老衆と呼ばれる者達だ。
彼等はその後も若者への危惧と警戒感を募らせ、口々に何事かを言い合いながら『泉』を眺め続ける。彼等の疑念の底に沈んだ、何かの真実を見通さんとするかのように。
試験後の投稿予定は7/3か7/4辺りとなります。




