第030話 扶祢、心の叫び
「サカミ村ぁ?」
「ここヘイホーからクシャーナへ続く道程の半ばにある小さな村、なんだが」
「……あぁ、あの人狼族の村か!」
寝惚けた眼で大欠伸を見せながら詳細を聞く釣鬼は呆けた様子で頭を掻いていたが、やがて思い出した素振りを見せ、膝を叩いて大声を上げる。
人狼族!地球の伝承でもワーウルフまたはライカンスロープといった名で呼ばれる、あの魅惑の種族ッ!やはりリアルなファンタジィ世界は一味違う。排他的であるらしいその村との交流を図るべく、ここ最近のお狐様で培った俺の華麗なモフりテクの出番だなっ!
「そこの、自重しろよ?」
あっはい。即座に釘を刺され、俺氏、消沈。
「そうだ。釣鬼殿、いや今は釣鬼君と言うべきか、あの頑固頭の一族とどうにか交渉をして貰いたいのだよ。自給自足で平穏に暮らしている村の方々には申し訳ないが、ここまでここのところ各方面からの要請がかなり強まってきているんだよ」
「名前は好きに呼びゃあいい。しっかし、あいつ等と交流、ねぇ……」
その言葉に分かったような分かっていないような曖昧な顔で考え込む。
釣鬼も多少はその人狼族達を見知っている風な話ぶりだったが、何か思い入れでもあるのだろうか。
「いっそギルドに上から目線で要求ばかりしてくる連中の方をこっそりヤっちまう、って手もあるが」
思い入れどころか全く無関係でしかもえらく不穏な事を考えていたらしい。流石は元傭兵、考え方がシビア過ぎた。
「勘弁してくれ!?君なら現実的に本気で制圧しかねないじゃないか!」
「冗談だ、流石にそんな下らねぇ事で指名手配をされるのは御免だからな」
「本当に頼むよ……ただでさえ昨日の件でギルドの信用に若干傷が付いてしまっているのだから。はぁぁ……」
ハハハと軽く流す釣鬼。でも、okが出たらこいつ割と本気でやりかねないよね、ヘイジョウの乱闘事件みたいに。ヘンフリーさんも惨劇のレッドオーガ事件は記憶にあるらしく、慌てた様子で念を押していた。
「とすると、交渉に行くことになる訳だが」
「じゃあ、この依頼で決まりかな?」
「皆が良ければ、だけどよ。見たところ反対意見もねぇようだな」
まぁ皆嫌がる様子もないし釣鬼待ちなところもあったからな。
「それじゃあ決まりかな?」
「失敗してもペナルティは無しで頼むぜ」
「勿論だ、そこは安心して貰いたい」
こうして、人狼族の村に対する交渉役の依頼を受注する事に決まった。
それにしても、人狼族との交渉ねぇ。人狼ってあれだろ、狼男のことだろ。獣人族の排他的な性質はよく聞くところでもあるし、厄介な事にならなきゃ良いんだが……。
「では手続きを済ませますね」
「ならその間に方針でも決めとくかぃ」
「有難う、宜しく頼む」
そう言ってギルドマスターは奥へ引っ込んでいった。
カタリナが手続き用の書類を作成している間にサカミ村についての最新情報をギルド員用の情報誌で見てみたが……殆ど不明となってるな。ここ十年程情報の更新もされておらず、人狼族達が住む自給自足の田舎の村、としか書かれていなかった。
「うーん……これじゃ前情報は無いに等しいわね、どうしよ?」
「そういや釣鬼のさっきの話ぶりだとサカミ村の人狼族のことを知っている風に聞こえたけど、行った事でもあるのん?」
「知り合いって訳じゃねぇが。あの付近で昔魔物に襲われていた人狼の子供を助けた事があってな、それでちっとばかり村に立ち寄ったことがあるだけだ。その時もあまり歓迎って感じじゃ無かったからな」
むぅ、釣鬼からの伝手の線は潰れたか。ちょっと期待してたんだけどな。
「それじゃあやっぱり……」
「誰かさんに狐人族プレイをしてもらうしか……」
「ないよネ」
こうして俺達三人の意見がまとまり残る一人へと振り向くと、そこには物凄く嫌そうな顔をした狐耳が唸っていた。
こいつの素の性格では確かに無理があるとは思うけど、コスプレはキャラになり切る事が肝要であり誇りであるとかデンスの森に居た頃にあれだけ熱弁してたんだから、こういう時にこそ役立てれば良いのにな。何故ここまで嫌そうにしているんだろうか。
「うぅう~、大体獣人族の風習ってどんなのよ……イメージが湧かないと芝居を打つにも限度があるんだから」
「「あー」」
そういう事か。芝居を打つのが嫌なんじゃなくて、なりきるにしても対象が不明でどうすれば良いか分からないってだけか。サカミ村の情報、殆ど皆無だったしな。
「ええっ!?……って、そうでした。扶祢さんって異邦人だったんですよね」
「うんー。元の世界じゃ向こうの人間とあまり変わらない生活してたから獣人、って言われてもなー。う、向こうの人間、って別者扱いの言い方したらちょっと心に刺さったのだわ……」
「向こうじゃ正体を隠さざるを得なかったってだけで普通に日本人してたもんな」
実際の所、扶祢も種族が妖狐なだけで、電子機器にまみれた人間と変わらない生活を送ってたらしいからな。
このように、種族間の軋轢なんて言われても現代日本で生きてきた俺達にはまだ中々ピンと来ないのだ。そこは想像の範囲を出ないが、地球側で最近話題沸騰中な大陸方面の近隣諸国への嫌悪感情が身近にあるようなものなのかな?
「それでは軽く獣人族について説明致しますね!……何故だか違和感がありますが」
うん、傍から見れば獣人族に対して獣人族の説明してるようなものだしな。しかしその違和感は是非プロ根性で抑え込んで頂きたい。その間にこちらはこちらでプランを練り合うことにしよう。
「それはそれとシテ、交渉自体はどんな流れにするつもりナノ?」
「うーん、獣人族って言っても昔はともかく今は人族とそう変わらねぇからな。まずは正攻法でいってみっかぃ」
「獣人族と同行してることで仲良しアピールをしながら交渉に臨む感じかね」
「それで駄目だった時はどすル?」
「最終目標がここと港町の直通ルートを創り上げる事、となると揉めるのは拙いわな」
「それならまだ失敗しましたー、って爽やかな顔しながら報告する方がマシか」
「そうだろうケド……何デ爽やかな顔……?」
こうして簡単な方針だけがあっさりと決まったが、基本力押し大好きなうちのパーティじゃ策士をやれる人材など居る筈も無し、こんなもんだよなぁ。駄目なら駄目で現地でまた考えるしかない。
「――えぇぇええっ!?」
こちら側で軽く方針を立て終わった辺りでまたしてもカウンター側から絶叫が鳴り響いてきた。そろそろ他の冒険者達から騒音によるクレームとかが来てもおかしくないんじゃないかなと思わないでもないが、幸い今は昼前だ。こんな時間にたむろしている暇人はそう多くはなかったようだ。
そして絶叫の発信源はカタリナ……ではなく扶祢だった。
「なんだなんだ?」
「どしたノ?大声出しテ」
その声に暇人らしい他の冒険者達も何人かは興味を引かれたか、ぞろぞろと寄ってくる。一体何があった?
「……耳と尻尾が」
「「ん?」」
「獣人族の風習だと、家族以外に耳と尻尾を触られるのは禁忌なんだとか……獣人以外には見られるのも嫌うって言うから……」
「「「……んん?」」」
「狐の嬢ちゃん何言ってんだ?獣人族ならそんなの常識だろう。嬢ちゃんだってそうだろうがよ」
扶祢の発言を聞き昨日の夕方にここで飲んだくれてた親父の一人がそんな事を言ってくる。無精髭を生やし薄汚れた恰好をして、野盗さながらといった出で立ちのだらしない姿の親父だが、実はこの飲んだくれ、これでもBランクの凄腕らしい。
「私の居たとこじゃむしろモフられてナンボというか。耳と尻尾に誇りを持ちこそすれ、見られるのを嫌うなんて有り得ないんだけど!」
あぁ、それでカルチャーギャップにショックを受けてたのか。扶祢はむしろ堂々と見せつける方だしなぁ。
「あぁ、それでか。獣人、しかも本来気位の高い筈の狐人族が何でここまで堂々と尻尾を振ってはしゃいでるんだろうなとは思ってたんだけどよ」
まぁ俺等にとっては好ましい話だがなぁ、と付け加える髭親父。その発言に先程まで憤慨した様子であった扶祢だが、一転してその口元が緩むのが見て取れた。
「だよねー。ツンケンするより余程良いよねぇ、おじさま分かってらっしゃるぅー」
「わはは。おじさまも悪くねぇけどガラムって名前があるんでそっちで呼んでくれよ」
「あいあいさ~」
髭親父、もといガラムさんの発言ですっかり機嫌を良くした扶祢が上機嫌で戻ってくる。そして―――
「と言う訳で!フリをするのは無理があると具申いたしますリーダー!」
「あー、分かったというか分かってたからもう良い座っとけ」
「はい……」
ため息を吐きながらそう返す釣鬼。お疲れ様です。
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「それでは、こちらがサカミ村までの簡易マップとなります。今から行けば明日の午後には到着すると思います」
正午を回って昼食後。カタリナから現地までの地図を受け取り、出立の準備を終える。
「明日の午後、ってことは一泊野宿かぁ」
「だな、テントはもうリヤカーに積んでたと思ったけど」
「じゃなくて、頼太。何か忘れている事はないかな」
「?……何かあったっけか」
首を傾げリヤカーの荷台と手持ちの荷物を確認し直し、特に不足も無いだろうと判断。何だろうな?今一心当たりが思い付かない。
「あのね、この街に着いてからというものつい他に意識が向く事が多かったし、今までは外出しても日帰りだったから宿屋に戻れば特に困ることも無かったんだけどさ。今夜はお風呂入れないのよ」
「そうだな?……あ、クリーナーか!」
そういえばここに来る前に話してたよな、真っ先に覚えるぞ!っと。すっかり忘れてたぜ。
?さっき扶祢が言っていたように宿屋には風呂があるし、しかもちょっと割高になるけど専業魔導師による洗浄請負まであってだな。先の依頼も日帰りばかりだったから不便が特に無かったんだよな。ボス鶏とのバトルの時の怪我はピノが全部洗い流してくれていたし。
「そう!まだ少しは時間の余裕もあるみたいだからさ、今の内覚えていかない?」
「おぉ、おぉ!良いね!」
生活魔法の件を思い出し、こみ上げてくる思いのままに俺達は揃ってそう意気込む。しかし、
「お二人共、ごめんなさい!そのクリーナーのスクロール取り扱ってるのがサリナさんなんで……」
と、カタリナが申し訳無さそうに謝ってきた。なんてこった……。
「サリナさんって今日、何時出勤なんだ……?」
「えぇと、出勤予定は午後の二時以降になりますね」
「のー!」
「くそう……」
期待させておいてこの仕打ち、上げて落とすとは正にこの事だろう。
「今回はしょうがねぇから諦めとけ。帰ってきたら、な」
「クリーナーと言わず、ボクがまた洗って乾かしてあげるヨ」
「うぅ、お願いします……」
そして傷心のまま、ヘイホーを後にするのであった。これで向こうの村で風呂も無かったら訴えてやる!
ここにきてようやく生活魔法に言及、しかし尺の都合でまた今度。




