第260話 ダブル・ブッキング:前編
実験試作的に読み物モドキっぽいツールを作ってみました。
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1266935.zip.html
よりどうぞ。データベースやjdbc、展開用のexeなども入っているので少々サイズは大きくなっております。
内容は狐耳の第0章~第4章終了時まで、それと「おとなりさん」と「子狐さん」の三本立てでございますm(_ _)m
「わぅん?」
「ん、悪いなピコ。そろそろ行くとするか」
呆けた気分をどうにか引き締め直し、それでもやはりどこか上の空な心情で帝都の往来を練り歩くこと十数分。視界の端にて控えめな主張をし続けるアイコンの残り時間が半分を切った頃となり、帝都支部の門構えが見えてきた。
まともに顔を出すのはいつぶりだったか。玄関口をくぐって見覚えのあるロビー部分へと足を踏み入れてみれば、すっかりピコの姿にも慣れた様子の軍属扮する冒険者姿達より揃って向けられる微妙な視線。
「あの。俺とピコだけでここに来いっていうお達し、だったんですけれども」
「……カンナさんを呼んでくる」
「はぁ」
顔を晒しこそしなかったものの、やはりあの夜会の一件で明確に敵対行動を取ったのが尾を引いているのだろうか。その声からはピリピリとした緊張感の様なものを感じ、知らず背筋を伸ばしてしまう。
その後に姿を見せたカンナさんも平時の沈んだ調子はどこへやら、どこかあの夜に近い鋭い雰囲気を醸しながら言葉数も少なくピコ共々奥へと招き入れてくれる。念の為にピコにはリードを通しておいたものの、特にそれには触れもせず。これはミチルは早々に引っ込んでおいてもらって正解だったかな。
「お連れしました」
「入れ」
案内された一室の前ではそんな短いやりとり。聞き覚えがある気のする硬い男の声に少しばかり記憶を手繰り、やがて思い至ったその正体に思わずカンナさんの側へと首を巡らせてしまう。返されるは変わらず軍属としての仮面を被りながらも同情を含んだかな複雑な眼差し。
手早く自分の恰好を確認し直し整える中、ゆっくりと扉が開かれる。その先には客人用に誂えられた最高級の椅子へ座して周囲に数人の娘達を侍らせた、豪奢な儀礼服に身を包む青年の姿。長く下ろして背後で結ぶその髪色は焼けた小麦の色にも近く、絞られた目に映る瞳は碧。
ここまでであればあのギーズ副総括を彷彿としてしまうかもしれないが、あの人とは似て非なる雰囲気を抱える赤の他人。いや、厳密に言えば他人という訳でもないか。
「下郎。あの時と同じく、挨拶も無しか」
「……生憎と尊き方々を賛美奉る言葉には疎いんでご容赦をば。先日振りっすね、レオナール殿下」
以前の出所騒ぎの際、地下水路内での逃走の果てに辿り着いた帝室専用の避難経路。意図せずそれを逆走した結果、直々に俺へと手枷を嵌めてくれた上級騎士こそが目の前で不機嫌そうに俺達を睨み付けてくる、この帝国の次の時代を担うであろう第一皇子だ。
一週間ほど前に起きたクーデター未遂事件。その際にも縁あって面する機会を得たものの、やはりこの尊大な態度だけは馴染めない。同じ尊大でも副総括のそれとは違い、全体的に不安定な威圧とでも言おうか。出雲や副総括のようなスペシャリストが事あるごとに理不尽な要求をしてくる際に使いこなす、本物の威圧との接点を持ったからこそ分かる、ある種の余裕の無さとも取れよう僅かな綻び。
「所詮は罪を犯すごとき下郎か。礼節の一つもまともにこなせないとはな――下がれ」
「は――」
その冷たい声一つでカンナさんが一礼をし、退室する。残るは相も変わらず苦虫を噛み潰したように眉間に皺寄せ俺を睨む、第一皇子殿下とその周囲に侍る取り巻き達。対するはこちらも胸糞の悪さをかみしめながら不機嫌な顔を敢えて晒し、その一方で気分を鎮める一環として脇に伏せるピコを撫でくる俺だ。
「下郎」
「なんすか」
歪んだ尊大に対して意地の不遜で返す。特使団の一員として外交官に準じた立場を使う様でなんだが、それを言い出せばあちらさんは帝室の権威を全面に押し出してくれているんだ。そうそうお偉方の思い通りになると思ったら―――
「そのゴルディループス。少し、触れはしないものだろうか」
「……は?」
しかめっ面はそのままに、心なし威圧感を減じた口調からはそんな響きが伴って。ええと……何言ってんだ、このおっさん?
「心優しき殿下は幼少の砌より、それはもう大の動物好きにおわします」
「はぁ」
「思うところはございましょうが、どうか殿下の思し召しに叶われますよう」
「あの?」
「ど、どうか……お願い申し上げます……」
侍る者達、三者三様それぞれの物言いを受け、半ば気の抜けた有様を晒しつつそれぞれの言葉の意味を吟味する。そして再びレオナール殿下の意図を確かめるべく目を移せば、渋い顔を見せながらもその瞳の奥には期待をするかの様な、僅かな揺らめき。少しばかり思案をしたのち床に伏せるピコと視線を合わせ、そのままそっと押しやってみれば二歩三歩と歩いた後にレオナール殿下の脇にてお座りをする。
その見た目に反しそろそろと遠慮がちに手を伸ばす殿下へと、サービス精神旺盛なピコが応えている姿を見て何とはなしに思う。この殿下、もしかして不器用なのだろうかと。
扶祢達より伝え聞く、弟殿下であるパーシャル第二皇子の人となりはやや手癖こそ悪いものの人の目を惹く華といったものを感じる。対し目の前に座すレオナール殿下は常に取っつきにくそうな顔をしており、その尊大な物言いも相まって心証としてはとても好意的に捉えられるものではない。
外務省でのお茶会でたびたび出くわすルシエルお嬢様によれば社交界への参加も最低限に留め、夜会になどは殆ど出もせずに皇帝陛下の補佐役としての政務を全うし続けているという。パーシャルなどより余程皇子としての義務を果たしておりますわ、とはその際の惚気だか何だかよく分からないあの人の言葉だ。
「―――」
「わぅ?」
ここで俺は考える。これまで俺が見てきた中では表面の言動の印象ばかりが先行し、尊大で嫌な相手だという思い込みからくるレッテル貼りをしてはいなかっただろうか。
少なくとも今、目の前でぎこちなくピコを撫でるレオナール殿下からは嫌なものは感じない。あるいは先程の物言いは、帝室の一員に生まれた者として見せねばならない姿勢へ対する義務感の顕れなのかもしれないな。
そう考えたところで引き締めていた口許が緩んでしまう辺り、自分も随分と単純だなと思えてしまう。
「それで殿下、此度は如何様な御用でございましょうかね。ピコとの触れ合いの場を求めるならいっそその辺りを散歩する、なんてオプションもございますが」
「……む」
この人が何らかの依頼を携えて帝都支部へとやってきたにしても、あのクーデターの際に接点があった中でもわざわざ俺を選ぶ理由がない。ピコ同伴、という条件付きであればピノが求められるが本筋だろうし、なんだったら王宮方面繋がりで扶祢であっても良かった筈だ。それがわざわざほぼ部外者である俺を名指しした、そこにこの呼び出しの真意があるのは明白だ。
「その、だな――」
僅かに逡巡する素振りを見せた後、レオナール殿下が語った詳細。それは俄かには信じ難く、そしてある意味では何故俺をその相手に選んだかの納得に足るものだった。
「うぅむ」
「少々の無礼は許す。率直な意見を聞かせるがいい」
やはり生来の物言いだけは直る事もなく、それでも真摯な姿勢だけは伝わってくる。その不器用なアンバランスに、内心くすりと漏らしてしまった失笑が表へ出ないようにするために随分と苦労をさせられてしまったものだ。
「現状の手札では何とも言えませんね……調査にお時間を頂いても?」
「あぁ、構わん。徹底的に調べ上げよ」
言動と挙動の乖離が激しい皇子様を微笑ましくも眺めた後、少しばかり視線をずらしある一点へと向けてみる。その先にはこれまた随分と複雑な表情を浮かべながら、それでも場の空気を壊さない程度には敵意もとい、やるせない怒気を向けてくる一対の瞳。その反応を見た後に視界の端に映るアイコンの残り時間を確認し、つくづく効果だけは凄まじい無貌の女神の恩恵に身震いをしてしまう。
「それでは連絡手段についてとなりますが――」
「ではアトフへと言伝をすれば届くようにしておこう」
その後、再び入室してきたカンナさんにより条件諸々のすり合わせや報酬の取り決めなどの要項が埋められていった。
ギルドを介した依頼となるため規定以上の額にはならないのが玉に瑕ではあるが、相手はこの帝国の将来を担う第一皇子その人だ。冒険の旅路とは違い、人との接点が重要となる街中での行動には人脈が物を言うのはどこの世界でも変わらない。ここはこの人との接点を持てた事こそが成功報酬と言えるだろうな。
「では頼太さん……くれぐれも、守秘義務については違えませぬよう……」
「あ、はい」
「仮に殿下の御意向が表沙汰となった場合、真っ先に取り調べ対象となった上で最悪極刑に処されます事も念頭に踏まえ……」
「誠心誠意をもって事に当たらせて頂きますッ!?」
流石は帝室の一員よりの正式な依頼だ。人脈的な報酬が過大な分、それに伴う責任としての縛りの部分も半端なかったらしい。ま、まぁ約束を破らなければいいだけの話なのさっ。
こうしてレオナール殿下直々の調査依頼を受ける事となった俺は、副総括愛用の装甲馬車にも見劣らない重厚な馬車へ乗り去っていった殿下を見送った後にギルドロビー内へと舞い戻る。
「よう坊主、暫く見ない内に随分とお偉方とのコネが強くなったんじゃねぇの。順調に仕事を進めてやがんな」
早速かけられる揶揄い交じりの声。視界の端の残り時間へと意識を割きながらもある程度の納得と諦観の想いを裡に抱え、その言葉へと返す。
「ども、お久しぶりっす。ガラムのおっさんも固定のボスを持てたみたいで何よりっすね」
「へっ、その様子じゃあもうばれちまってるか。そういやキェゾの奴、お前と顔を合わせたって言ってたもんなぁ」
「妖精郷の一件ではうちのちびっこ達もお世話になったって言ってましたからね。こっちに引き込む事が出来なくて残念無念ですよ」
そう。大げさにも肩を竦める俺の前ではかつてのヘイホー支部でよく見た光景を再現するかの如く、空いたテーブルの一つについたくたびれた中年親父が上機嫌に酒をかっくらっていた。奥を見れば先の依頼の受注処理を終え、次の用件を告げるべく俺を手招きするカンナさん。そして何よりも。
―――『無貌の祝福Lv8』の持続時間、残り一分を切りました。加護と呪いは表裏一体、次回のご利用を心待ちにしております。
何とも不安を煽るかな聞き慣れた声による文言に、死んだ魚の様な目付きを晒す俺。それを見たガラムのおっさんからは人の悪い笑みをもって送り出され、途中カウンターのカンナさんより告げられた部屋番号に今度こそ世の無常を痛感してしまう。
「――よう。レオナールの無茶振りには苦労をかけさせたようだな、平民」
ですよねー。扉を開けると同時にご丁寧にも無貌の女神による祝福が切れたアナウンスが俺の裡へと鳴り響き、直後に俺の視界へ入るは真に尊大を使いこなす者の愉悦に満ちたご尊顔。これはもう、狙ってやったとしか思えないよネ……。
このリアル死亡フラグを目の当たりにさせられて、あの時にカンナさんが向けてきた複雑な視線の意味を今更ながらに知った俺であったとさ。




