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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第256話 精兵策すは反攻への道筋

 今、退路を断たれた北部棟エリアでの防衛戦は窮地を迎えていた。


「将軍ッ!門前の防衛線、もう保ちませんっ!」

「"白虎"を出す。奴が一時的に押し返している間に橋頭保とされよう門前路を落とし、全軍敷地内へ撤退せよ」

「で、ですが……了解ッ!」


 ―――グルォォオオオオッ!!


 多大な混乱を見せる兵士達とは裏腹に、場を統べる者による些かの情緒も見せぬ指令が下される。躊躇を見せる下士官へと冷たい声色で淡々と指示を出す様には有無を言わせぬものがあり、それを見て取った下士官もまた、揺れる思考を抑えた様子で指令を前線へと送るべく走っていった。

 総司令官たるギーズが不在の状況ではあの北部戦線を支えた強兵師団と言えど十全な機能は期待出来ず、そして平時の隙を衝いたかなこの大攻勢。それに即応し得たのは僅かにギーズ直属である神職部隊の一部、それに加えて会談の為に訪れていた国務大臣護衛の任を負うジェラルド将軍麾下の獣人部隊のみだ。

 まさかこの帝都で白昼堂々と内乱を起こそうとする輩が居ようとは。今日この日に会談が行われていなければ、こうして厳しい選択を迫られる事さえなしに制圧をされていただろう。その場に立たされた自らの数奇に複雑な想いを抱え、それでも上官より託された任務故に最善を尽くすべく次の手を打たんとする。


「セルヒオ閣下。精鋭を見繕い、決死隊による退路を作らせます。御身はお退き下さいませ」

「ふほっ。それには及びませんぞ」

「……閣下?」


 この大臣の人となりからすればもっと取り乱すものとばかり考えていたが。そんな意外を抑えつつセルヒオの側を見れば、知らぬ間に飛来していた護法文書がその手の中で開かれていた。


「どうやら王城の側でも非常事態が発令されたようですぞ。幸い本日のあちらにはアトフ閣下がおられます。たとえ越権と非難されようとも陛下の御身を護るべく、吾輩の優秀な部下達をそれはもうこき使ってくれる事でしょう」


 その言葉に前後して部下からも同様の旨の報告が上げられる。それによればアトフと同行をしていた狂い狐――否、皇国特使団の長が出雲率いる手勢までもが公の場に姿を見せ加勢をしているという。

 それらは皆が皆、真白な仮面を被りどちらが襲撃者か分からない程の大混戦を呈しているとの事ではあるが、一先ず皇帝陛下とその皇子殿下二名の無事は確認されたとある。


「ですので慌てて外へと逃れたところで伏兵に見つかり捕えられるよりは、兵に護られたここで震えて耐える方が醜聞を広めぬだけ幾分マシというものでしょう」


 そう軽い調子でまくしたてる恰幅の良い中年男。蒼褪めて震えが止まらないながらも大臣の任にある者としての責任を果たすべく、殊更に軽薄な笑みを浮かべてワインを片手に優雅に振る舞いながら。その様子を無言で眺め、やがて控えていた部下へと二、三耳打ちをする。


「それでは些か周囲の雑音が過ぎましょうがごゆるりと。こちらのカンナを付けておきます故、何かあれば存分にお申し付け下さい」

「ほっほ。戦時の最中にあってこのような綺麗処を見繕っていただけるとは、いやはや分不相応な大臣職の役得というものですなぁ」

「お褒めにあずかり、恐縮です。ですが今は非常時、戦場の女神の不興を買わぬ程度にはご自愛下さいませ」

「ほひっ!?この副官殿、ちょっと怖すぎですぞぉー!」


 戦場で場違いな醜悪を晒す上官は例外なく背後よりの「不幸な事故」に見舞われる、といった意味の戒めの言い回しだったか。使うタイミングとしては絶妙ながら、完全に戦闘モードへと入ったカンナの目線をしてこれを言うのは些か恫喝が過ぎる気もするが。

 ともあれセルヒオへの対応としてはこれで良いだろう。幕僚達の一部からはやれ口ばかり達者な無能だ、血筋の上に胡坐をかくのみな腰の引けた豚大臣だなどと揶揄する声もありはするが、こう見えて物の見極めは確かな男だ。叩き上げの武官でさえ混乱を隠せぬ状況で、焦燥に駆られて見当違いな口出しをしてこないだけでも大したものと言える。


「さて――未だ専任魔導師からの魔砲兵車部隊が出ていないのが不幸中の幸いか」

「付け加えますならば、敵性部隊は歩兵のみ。それぞれの連携もうまくは取れていないとの報告が上がっております」

「ほう?相手側は一枚岩ではないという事か、あるいは……」

「お蔭で隊長も、長年に亘る天上(ヴァルハラ)よりのしつこい招待を今回も逃れたようですよ」


 これもカンナなりの冗談だろうか。珍しくも薄い笑みを浮かべそんな事を言って来る。

 ボルドォ健在の報せは僥倖だ。今後の作戦の幅も大きく広がるし、何よりも長年を共に戦場で過ごした相棒同士。こんなつまらない勢力争いで失うには少しばかりその存在が重すぎる。


「結構だ。ではカンナ、お前はセルヒオ閣下を猊下の執務室へとお通ししろ。警護の任へあたる者のピックアップ、それと非常時となった際の判断の全権を与える」

「承りました」


 さしあたってはこんなところか。上げられた報告より浮かび上がる敵性部隊の実情を早速頭の中で纏め上げ、それを作戦室の戦況図へと書き上げていく。そして取り急ぎ導き出した複数の仮定を基に次なる一手を打ち出したジェラルドは控えていた連絡員へと幾つかの指令を与え、自らもまた状況を見極めるべく物見塔へと足を運ぶのだった。








「――そうか、ご苦労。引き続き状況の把握に努めよ」


 身の安全の為に仮の装いへと新たにした頃となり、クーデター勢力の王城と参謀府への同時進行という最新の情報が入ってきた。

 それによれば軍務参謀府側では発起した兵の総数こそ圧倒的ではあれどその実、統率をされていると言うには程遠い事実が判明する。応戦したジェラルド将軍が大門への接続路を落とし北部棟エリアを封鎖した後は、ぎりぎりどうにか持ち堪えている状況だという。

 そして王城に至っては元より差し向けられた者の数が比較的少数であったからか、狂い狐が直に率いる仮面を被った数人組が後続として投入された段となって一気に巻き返しを見せ、既に状況は鎮圧の方向へと大きく傾いているとの報告さえ受けた程だ。


「中々どうして、こういった防衛戦ともなれば君のお仲間達もやるではないかね。ともあれ流石はジェラルドだな、不意を打たれた圧倒的不利にも関わらず良い仕事をしてくれる」

「おじさま……」


 それに対する反応は二通り。いずれにせよ、早い段階での対処が必要となろう。

 今やギーズ愛用の装甲馬車を離れ、三人はとある裏路地の店へと赴いていた。

 広き帝都に点在する、諜報の任にあたる者達が利用する御用店。そこでもやはりクーデターの主犯と思われる者達の接触の形跡は見られず、逆に何が起こっているのかとの質問で返されてしまった程だ。


「こいつぁ、秘密裡に事を進めていやがるのか」

「そう断じるにはあちら方の反応がどうにも芳しくないな。出どころはヴィクトル大総長で間違いないらしいのだが、あの御老が動いたにしては動きが鈍すぎる……齢が祟って惚けでもしたか?」


 冗談じみた軽い口調で皮肉気に口の端を歪め軽口を叩きながら、第一報を聞いたその時よりはギーズが目に宿す光の昏さは幾分と薄らいでいた。あの尋常ではない覇気も今は収まって見える。


「大将も準備は万端ってとこか。そんで、どうする?」

「そうさな――不謹慎ではあるが折角の非常事態だ。どうせならばこの機会を利用して、新たに創った防衛機構の実験にでも立ち合ってみるかね?」

「……あぁ?」

「実験、ですか?」


 齢の頃に似合わぬ悪巧みを見せる人の悪い笑みに、隣では今にも心細さからか泣きそうな顔を見せるルシエル共々オウム返しをしてしまう。そんな釣鬼達の反応をひとしきり愉しんだ素振りを見せた後、諜報員を兼ねる店員へと何かを指示したギーズは二人へ出発するとの言葉をかけた―――


 ・

 ・

 ・

 ・


 ―――ゴゴ、ゴゥン。


 金属同士の擦れ合う耳障りな音と共に重苦しい振動が響き渡った後となり、参謀府の東部に位置するバイパス路が開かれる。自然の流れを押さえ付ける形で水の奔流もまたその往く先を変え、それに比例して封鎖された側の水量は徐々に減っていった。

 やがて自慢げにひけらかすギーズの指し示す先にあるそれを目の当たりにし、ある種の納得を覚えると共にこの男の本質を識った釣鬼の口からは、乾いた笑いが漏れ出てしまう。


「ハハ……その手の基地にゃこういったモンがあって然るべきって事かぃ」

「ふっ、些か急であったが為に衆目への口止めへは労力を割かねばなるまいがね」

「今も昔も殿方って、こういったものを好みますわよね……」


 果たしてこれは褒めるべきか呆れるべきか。感心を通り越して呆心の心情に近い面持ちを晒してしまった二人の目の前には、今や水の引いてきた軍用水路の脇にぽっかりと口を開ける、何らかの通用門。


「ここ十年程の軍事予算計上を地道にやりくりして造り上げた、虎の子の秘匿経路というやつだ。浪漫があろう?」


 夜会の一件の折にルシエルより伝え聞いた人となりからもその疑いは出されていたが、参謀府の実権を握る軍務の長ともあろう人物の本質は言わば一軍を遊び場とする餓鬼大将そのものだった。セルヒオ国務大臣などはその類縁たる立場により、幼少の頃より齢の近いギーズに毎日の様に振り回され続けていたと外務省での茶会に寄る度に零していたものだ。


「あいつには工事の際の人足の都合も付けてもらったからな。無事であれば今頃は、私の手の裡にも想像は付いているだろうさ」

「なら裏口から一気に敵さんの本拠に乗り込んで制圧、これで良いんかぃ?」


 念を押す様にその意図を言葉にする。それに応えるは力強い頷き。

 水門の操作を終えた直属の実働部隊が水路の壁面へと然るべき処置を施した後、ギーズを始めとする面々は乾いた地面へと足を踏み入れる。


「さぁ、それでは惚けてしまった御老に正気の喝を入れるべく馳せ参じるとしよう。なに、御老もかつては当代一の英傑として民草の口に囁かれた程のお方だ。少しばかりやり過ぎたとて、我等のやんちゃ程度はその大きな器にて受け止めてくれる事だろうさ」


 一片の光さえ差し込まぬ地下通路へと足を踏み入れながら、茶化す様な口ぶりで皆へと語りかける。そんなギーズの後へと続く専任の神職軍人達は、上官の性質の悪い冗談にこれまた緊張を見せる事もなく軽い調子で笑い合い。その様からだけでも、この神職部隊の練度が窺えようというものだ。

 知らず釣鬼も傭兵時代の心持ちを思い起こし、一人極度の緊張を見せるルシエルの頭へとぽんと掌を乗せ笑いかける。一度は飛び跳ねる程に過剰な反応を見せたルシエルではあったが、乗せられた掌へと少しばかり視線を移したその後に、齢相応の凛々しくも愛らしい覚悟の表れを向けてきた。


「くっく、大叔母御も一端の心構えが済んだようだ。ここに居並ぶ連中は皆、あの北部戦線の悪夢をも潜り抜けてきた生え抜きの帝国軍人です。大叔母御が本性を晒したとて、軽はずみに白木の杭持て追いかける真似などはしないだろうから安心したまえ」

「それ、暗にスコルピオを使えって言ってますわよね……」


 その言葉にどこかほっとした様子を見せながらも恨みがましい目付きで睨むルシエルに、殊の外愉しげな貌で返すギーズの二人。周囲を固める神職部隊の様子からしても、あの国務大臣の若かりし頃は似た様な扱いをされていたのだろう。

 その場面を想像した釣鬼は場違いにも噴き出してしまい、これまた少女の昂った緊張を無用に逆撫でしてしまうのであった。

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