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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第三章 人狼の村事変 編
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第029話 三つの依頼

 翌朝、冒険者ギルドヘイホー支部―――


「それでは、わたし達はサザミ銀鉱址へ行ってくるよ」

「皆さん、またお会いしましょう!」


 臨時パーティを組む事になったアデルさんとサップ君。俺達に代わり、あの岩軍鶏達の再調査を引き継ぐ事になった二人がギルドを後にする。


「さぁって、うちらも依頼を探すとしますかー」

「まぁこんな時間だから碌な物が残ってないけどな」


 時刻の程は午前九時半。大半の冒険者達は既に本日の依頼を受け街を出発した後であり、残っているのは特に急ぐものでもないものか難儀な依頼ばかり。今更急いでどうなるものでもなし、精々自信ありげなはったり顔でも作りつつ今後の予定を決めるとしよう。


「それ以前ニ約一名動ける状態じゃ無いのが居るみたいだヨ」


 うむ、そこが一番の問題だな。


「頭、痛ぇ……」


 その厳つい見た目に似合わず、事務手続きにもそこそこ通じている我らが頼みのリーダーはこの通り。情けなくもソファへと横になり、見送りも出来ずに唸っていた。対するピノは昨日の酒の影響すら見せず。ピノ、恐ろしい子……!


「そういえばサリナさんもいないな」

「今日はお休みなのかな?」


 昨日は俺達と同じくギルドに泊まった筈だから居てもおかしくはないんだが。

 サリナさんの所在を聞こうとギルドカウンターを覗き見知った顔が居るか確認をしてみるか……お、カタリナが居るな。


「カタリナ、お早うさん」

「あ、皆さんお早うございます!依頼ですか?」

「おはよー。それもだけど今日はサリナさん居ないのかな?」

「あー。おか…サリナお姉さ…サリナさんは二日酔いで午後出勤に……」


 二度言い直してしまう辺りまだ昨日のダダ甘感覚が残っているようだ。そんな様子につい苦笑が漏れ出てしてしまったが、当のカタリナはといえば顔を赤らめながらも何も言い繕おうとしない辺り、懐かれてますなぁサリナさん。

 それにしても、だ……。


「……二日酔いで午後出、って仕事として良いんか」

「受付としてはあ~んまり良くは無いんですけどぉ……どうも打ち上げの前に今日の分の手続き関係の処理は全部終わらせてたみたいでして。半休申請もいつの間にかされてたんで緊急の案件さえ来なければ問題無しと言いますか……」


 何とも言えない表情で語るカタリナの様子に、皆呆れて物が言えなくなってしまった。用意周到というか本末転倒というか。それでも手続き上は完璧に処理をされているらしいので、サリナさんには誰も文句が言えないんだそうだ。


「それはそれとして。有休なんてあったのか」

「?はい、ありますよ」

「凄いわねこっちの世界って……」


 この世界には何と有給休暇というものがあるらしい。福利厚生完備とまではいかないようだが、相変わらず当初想像していた中世ヨーロッパ風の世界辺りと比べると良い環境だよなァ。


「それにサリナさんは受付嬢の纏め役兼任ですので、あの人に怒れるのはギルマスサブマスそれに一部の外回りのベテランさん位なんですよぅ……」


 仕事自体はかなりのやり手ですし注意される事も殆ど無いんですけどね、と続けるカタリナ。

 あぁ、それで爆破事件のもみ消しや登録案件の自宅への持ち帰りも特に咎められなかったのか。まぁあの人の仕事っぷりはここ数日の待機期間で俺達も色々と目の当たりにしているからな、仕方が無いっちゃ無いか。


「まぁ良いや。前サリナさんにギルドでは冒険者パーティごとにギルド職員が担当制になってるって聞いたからさ。あの人が休みの時はどうすれば良いのかなと思ってね」


 とは言っても釣鬼があんな調子だし、朝一の依頼争奪戦にも参加しそびれちゃったからな。今日はこのままのんびりとお休みでも良いんだが。


「ははぁ、成程。頼太さん方はサリナさんが担当でしたね。担当制になった理由はご存じで?」

「それも聞いたね」

「ではこの担当制というもの自体冒険者の方々へ対するサービスの一環として始めたということはお分かりとは思います。ですがそれイコール冒険者の方々がそれぞれの担当者へ手続きをしないと依頼を受けられない、という訳では無いんですよ」

「そうなんだ?」


 こちらの確認に、ですです!と何故か嬉しそうに返事を返すカタリナ。期待に満ちた熱い視線でこちらをガン見していらっしゃる。えーと、つまりこれは……。


「なら仕方ない、午後にまた出直しますか」

「残念ねーほんと」

「そーダネ、釣鬼も使い物にならないシ」

「えぇえええ!?そこは普通カタリナ(わたし)にお願いするって流れになるんじゃないですか!?」


 うぉ、不意の絶叫で鼓膜が……。キーンと鳴る片耳を押さえ、


「いやだってほら、そんなにキラキラした目を向けられると悪戯心がだな」

「うぅ、頼太さん意地悪です……」


 さーせんでした!でも他の二人も同罪なのに何で俺だけ言われるんだろう、奴等にも報いを!


「くっ……ベタな反応有難うって言いたいところだけど、み、耳が……」

「扶祢っテ、獣人族には思えない程にドンクサ……」

「ピノちゃん、酷いわ……」


 隣では、すかさず耳を塞いで被害を免れていたピノが扶祢のハートに突き刺さる暴言を吐いていらっしゃった。扶祢には天罰てきめんだったようだ。


「それじゃあ今回はカタリナに斡旋をお願いしようかな。釣鬼があの調子なんであまり急がないやつで頼む」

「承りましたっ!!」


 そんなこんなでカタリナに斡旋をお願いすると張り切って答えてくれた。実は暇だったとか?


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「――お待たせしました!この三つ辺りでどうでしょうかね?」


 それから待つこと十分強。別に待つという程でも無かったが、むしろ大量の紙の書類を漁ったにしては随分と早いな。


「早いねー。てっきり張り切り過ぎて空回りしちゃって、サリナさんが来るまで書類の群れと格闘し続けるものとばかり思ってたけど」


 扶祢も同感だったらしく、割と容赦の無い言い様であった。


「扶祢さんまで意地悪言わないでくださいよぅ。最初の半年位はそんな感じでしたけど、これでも私だってプロのつもりですから。その辺りの処理は抜かりなし!ですよっ」

「後は昨日みたいな恫喝への対応が出来れば完璧だったのにネ」

「はぅっ」


 実はこのちんまいのが一番容赦がないかもしれない、ここぞって所で的確に抉ってきやがる……。


「ま、まずはこちらをご覧下さいませ……」


 それでもめげずに書類を提示してきた。頑張る子だネ。


「「どれどれ」」


 そして早速扶祢とピノが飛びついて依頼書を読み始めていた。さぁ、どんな内容かな?




 ・依頼書その1:家出の猫捜索


 依頼者:マリノ

 難度:E

 地域:ヘイホー全域

 依頼期限:無し

 報酬:5000イェン


 依頼者コメント:この子探してます、見つけたらご一報下さい。地の果てまでも飛んで行きます。




「猫探しって……」

「猫探しなのにE?」

「出されたのが二月程前なんですが、飼い主の方は毎日のようにきていらっしゃるんですよ。先週更新されたコメントでも分かる通り、とても大事にしていたみたいでして……難度はこの街全域から猫一匹探し出す難しさからとなりますね」

「成程な、ついでとして見つかれば御の字ってところか」

「そうですね!これは納品系に当たる依頼なので見つけた後にこちらで受諾即完了という形にも出来ますよ!」

「うーん、それっぽいのを見つけたら報告してみます」


 文面からも切迫感が伝わってはくるが、5000イェンでいつ見つかるか分からない猫を探すのもなぁ。

 メインに据えるのはちょっと難しそうなので、一先ず次の依頼に目を通す。




・依頼書その2:メガプラムの採取


 依頼者:クァンタク

 難度:E

 地域:トワの森奥地

 依頼期限:一週間

 報酬:10000イェン+追加5個につき2000イェンずつ、上限50個まで。


 依頼者コメント:最低25個は取ってきてほしい。薬の材料にするので多少傷ついていても構わない。




「トワの森…っていうとピノちゃん達が滞在してたあそこよね」

「ダネ、でもメガプラムってあの馬鹿でっかい果実じゃなかったっケ?」

「そうですね!プラムの一種みたいなんですが直径30cm程あります!もう別物ですねっ!」

「でかっ!?」

「そのサイズで25個からスタートなのにこの値段は……ねぇ」


 だよなぁ。こういったものの相場もまだよく分からないが、扶祢の言う通りちょっとばかり安すぎる気がする。

 その指摘を受けたカタリナはギルド職員用の資料をぺらぺらとめくり始め―――


「この人、薬の研究しか考えてなくて相場に疎いのにおまけにケチなんですよねぇ……ただ普通に考えると依頼料は若干安く見えますが皆さん良質な荷台をお持ちのようですし、あの森に滞在していて慣れているピノさんが居れば他の冒険者の方々よりは実難度は下がるんじゃないかなと思いまして」

「確かにいけそうだけどー」

「果物宅配便だしなぁ、人気が無いのも分かるというか」


 さっきの猫探しもだけど、心躍る冒険って感じじゃあないんだよな。そりゃ現実的には冒険者の仕事って何でも屋に近くはあるんだろうけどさ。


「それにアレ、熟れ過ぎるとちょっとした刺激で破裂して汁まみれになるんダヨ……」

「うっわぁ……」

「やめやめ、割に合わん」

「手付かずで残ってる依頼ですしねぇ。何らかの問題はあるかと思います」

「ううむ……」

「三つ目はなんだろ?」

「こちらになりますね」


 この依頼も見なかった事にして、俺達は最後の依頼内容を確認する。そこには以下のような内容が書かれていた。




・依頼書その3:人狼族の村との交流の為の交渉


 依頼者:ヘンフリー

 難度:D(受諾条件に制限有)

 地域:サカミ村

 依頼期限:無し

 報酬:100000イェン


 依頼者コメント:獣人族が所属しているパーティのみ受諾可。ここの村との交流が解放されるとクシャーナの港街への安全な陸路が出来るので、是非達成してほしい。成功報酬としてギルド評価点も高めに用意している。




「……ん?ヘンフリー、ってどこかで聞いたような」

「ここのギルマスさんよね、ほら私達が登録しにきた日に会ったちょっと疲れた中間管理職みたいな感じの人」

「あぁ、あの人か」

「実際領主への報告義務や街の有力者達との折衝なんかで中間管理職みたいなものだって嘆いておられますね。最近色々あって頭皮へのストレスが心配なんだそうです!」

「そうなんだよ君、今みたいに人のプライベート事情に関してあっさり口を滑らす受付嬢が後を絶たないものでね……」

「うひゃいっ!?ぎぎぎギルドマスター!お早うございます!いえこれはそうではなくてですね!」


 おおぅ、誰かと思えば当人参上。迂闊な発言を聞かれてしまったカタリナはと言えば物の見事に驚愕して挙動不審な態度になってしまう。


「ほぉ、どの辺がそうではないのかね?僕にも解り易く説明して貰えると嬉しいかなぁ」

「はぅあ、すっすすすみませぇぇん」

「はぁ……まぁ良い。昨日はご苦労だったね、怖くはなかったかい?」

「あっ…はい!昨夜の打ち上げでサリナさんに甘えまくったので、元気成分充填済ですっ」


 人が少なくなったとは言え受付嬢が大声でその発言をするのは良いのだろうか。扶祢とピノも呆れた様子の表情をしていたが、


「……そうか、無理をしていないなら良い」


 と、ギルマスさん、少し神経質そうに見えるその顔に苦笑を浮かべカタリナの頭を撫でていた。


「あ――えへへ」


 カタリナも満更ではない様子。最初に会った時は爆破事件直後でいきなり説教喰らったから少し苦手意識を持っていたんだけれども、この人案外―――


「見た目とは裏腹に思いやりがありそうな人だね」

「苦労人ってだけかもネ」

「だなぁ」


 同じ感想を抱いたらしい扶祢の耳打ちに始まりピノも小声で同意する。良い人じゃないか。


「それにしてもカタリナも嬉しそうだな、日頃から可愛がられてるんかな」

「やっだ、頼太が言うとなんかひわーい」

「このエロ坊主ー、溢れんばかりノ精欲を持て余してボク達の事モ妄想で汚しまくってんダロ!」

「おまいら…つぅかピノ手前ぇは種族的には俺より余程お子様だろうが誰が坊主だくのくの!」

「アダダダダ!?頭ガ!痛イ痛イ痛イ!放セーこのセクハラ野郎ー!」

「というかピノちゃんって発言が結構エグいわよね」


 今更ですか。ピノのこめかみをグリグリと捻じり込みながら扶祢の対ピノ美化意識にちょっと戦慄してしまう俺が居た。


「ええと、そろそろお話大丈夫ですか?」

「うおおっ!?」

「ウワァッ」

「ひゃうっ!」


 どうやら阿呆な内輪話に花を咲かせている内に俺達の方が声が大きくなっていた様だ。気を取り直して依頼の話に戻ろうか。


「これは依頼書に書いてある通り、ヘイホーとクシャーナを結ぶ交易路としての発展を見込んでの事なんだがね」


 そして依頼内容についてヘンフリーさんが話し始める。


「元々港街クシャーナへは川を下る直行便が有りはするのだけれども、川だと上りが面倒でね。魔力炉でも積んでヘイホー(ここ)まで運ぶ事も可能ではあるのだが…いかんせんコストがかかり過ぎるのだよ。その分トワの森を経由せず直通可能な陸路が開拓されれば街としても大幅な経費削減が見込めるし、何より港町からヘイホー(ここ)までの全ての町や村との交流が活発に密になれるからね」


 ふぅむ。それで人狼族の村と交易をする為に交渉を持ちたいという事か。


「領主様も前からここの人狼族の村との交易は考えておられたようで、何度か使者を送ってはいるらしいがまだ芳しい成果は得られていない現状でね。昔の帝国ではあるまいし公国内で今のご時世思う通りにならないからといって武力で制圧する訳にもいかない。なので冒険者ギルド(うち)からも解決に向けて何か働きかけをお願いできないかと以前の首長会議で要請されてな。こうして特別依頼の形で貼り出しているのだよ」

「成程ぉ……あれ?それで獣人族が所属するパーティのみ受諾可ってことは、もしかして?」

「うん――扶祢くんと言ったね。種族指定をするのは差別との声もあるかもしれないが、妙な諍いなどが起こらぬ内にこの平原一帯の平和的な交流の為、ここで獣人族である君が所属するパーティが交渉に当たってくれると大変助かるのだが、どうだろうか?」


 そう言いヘンフリーさんは真摯な眼差しで扶祢を見つめてくる。それに対する扶祢の答えはというとやはり今一そういった感覚が掴めない様子で、戸惑いながら言い始める。


「えっ…と。特に獣人族がどうとかそういったのは気にしていませんけれど。私の一存で決める訳にもいきませんし即答というのはちょっと……他の獣人族のひとってヘイホー支部には居ないんですか?」

「む、懸念の大きい事案なので気が逸ってしまったか、すまない。居る事は居るんだがね、獣人族のみで構成されたある意味最も適していそうに思えるパーティはあまり僕達人族と友好的とは言い辛くてな。受付嬢にも猫人族とのハーフの娘が居るが、ヘイホー支部(ここ)じゃあの子としかまともに会話をしているのを見たことが無いのでね。他にも一人だけ獣人族が居るパーティもあるが、やはり交渉の難易度故か断られているのだよ……」


 そんな扶祢の質問に、ヘンフリーさんは非常に無念そうな様子で肩を落としながら言う。

 むーん。種族差別は案外根深いんだなァ。交渉役っていうのは大事な役目ではあるし、少しばかり荷が勝ち過ぎる気はするが冒険者への依頼としては真っ当な部類に入るだろう。しかし現実的に、ある一つの問題があるんだよな。


「扶祢、そもそも獣人族のふりって出来る自信、あるか?」

「無理無理」

「即答カヨ」


 だよねー。


「え?ふりをする、ってどういう意味です?」


 おっと、そういえばカタリナも居たんだった。ギルマスはやはりというかそれを聞いても特に驚くような様子は見られなかったが、カタリナにとっては寝耳に水だろうしな。

 その言葉に扶祢の側を見ると首肯で返された。まぁ種族さえばらさなきゃ別に良いか。


「あぁ、扶祢(こいつ)。実は異邦人ってやつでね。俺もなんだけど」

「ええぇぇええぇ!?」


 今度はしっかりと音波攻撃をガード出来たぜ!周りを見たら扶祢も被害を免れていたし、ヘンフリーさんまでがっちり鼓膜ガードを展開しておられた。つまりそんな反応が即座に出る程に、カタリナは普段から絶叫していたって事か……まぁそれはそれとしてだ。


「ギルドマスターはサリナさんから報告を受けていたでしょうけれど――」

「ああ、聞いている。だからこそ、と言うかな。変わり種に期待をする気持ちもあったのかもしれないね」

「そっかー」


 そして少しの間沈黙が場を支配する。そこに―――


「さっきから煩ぇなぁ……二日酔いに響いて仕方ねぇや」


 のっそりとソファから頭をもたげる我らがリーダーのお出ましであった。

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