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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第244話 ピノとミーアのハッタリ神霊宣教団:完

「う、ん――」

「元長っ!」


 戦禍免れし集落の朝に、蜘蛛の長であった者は最後の目覚めを迎える。

 耳に馴染みの深い声からは気の強さを見せながらも母へ対する強い依存を感じさせ。光木漏れる窓の外の光景を見て、全てが終わったのだと確信する。

 もう、これで悔いはない。最後の帯を編み上げられなかった事だけは心残りではあるけれど。


「ラニ」

「なん、だ。元長」

「あなたには次の長たる者として、随分ときつく当たってしまいましたね」

「………」


 そんな母の告解に娘は気丈を装いながら、唇を真一文字に引き締める。

 この娘がアラクネーらしからぬ気丈に育ってしまったのは他でもない、元長たる自分が問題を先延ばしにし、集落の維持ばかりを考えてしまったからだ。そんな気弱を傍らで見て育ったこの子は強い責任感からか、いつしか武器を手に取り姉妹達を引き連れて森の者達との縄張り争いの真似までする様になってしまった。結果として娘達をあの大蜘蛛達へ剣持て立ち向かわせてしまった我が身の不甲斐無さに、今は唯々恥じ入るのみ。


「最後に一つだけ、ごめんなさい。しきたりに縛られて集落を失わせた愚かな長の汚名は、私が地獄まで持っていきます。過去の姉妹達もきっと、あなた達の未来の為に分かってくれることでしょう」

「……おっ母ぁ!」


 もう、我が身を虫食む全身の痛みすら感じない。何もかもが中途半端な判断で娘達には辛い思いをさせてしまったけれど、せめてこの子が自由に先へと歩めるよう、全ての罪を受け持って旅立つとしよう。


「その傲慢こそが、お前達の抱えてきた罪の証……なーんて、その辺りの神職ならば諭すのでしょうけれどもね」

「あなた、様は――」


 そこにかけられるは憶えも新しき女の声。戦火の夜に夢枕へと立った知られざる女神との盟約。その現身を目の当たりにし、いよいよそれを果たす時が来たかと静謐なる心のままに現実を受け入れる。覚悟は、出来ている。


「最早この煤けた魂以外に差し出せるものはございませんが、改めて。大蜘蛛の脅威から娘達をお護りくださり、感謝の念に堪えません」


 臥せながらの無礼を心の中で詫びつつも、黒の女へ捧げる想いと共に深々と頭を下げ。一人瞑目をして来るべき終わりを待ち続ける。

 その横では愛娘達が涙ながらに元長の名を叫ぶのが耳に残る。あぁ、こんな自分でも存外慕われていたのだな。場違いな面映ゆさと共に昂ってしまう想いを抑えつつ、元長たる蜘蛛の母はその意識を闇の中へと沈めていき―――


「さて、何の話かしらね」


 だがしかし。そんな元長へとかけられた響きは予想に反し、何とも突き放したものだった。驚きに再び目を見開けば黒き女は我関せずの様子で仲間達と札遊戯らしきものに興じ始めており、意味ありげな目の光を湛えながらも空惚ける素振りを見せていた。


「ワタシはしがない森の旅人です。それは死病の熱に魘されたお前が見た、一夜限りの夢だったのでしょう」

「で、ですが……!」

「だいたい捧げるとは言ってもお前、その元気な身体で何をどう捧げるつもりなのかしら?」

「……え」


 それでもと意気込む元長へ対し、不意に投げかけられるその問いに。自らの身体を見下ろしてみれば、長年を醜く刻んでいた火傷の一切が消え去っていた。焼け落ちていた半身も全てが蘇り、恐る恐ると動かしてみれば何の抵抗もなく意志に応えてくれる蜘蛛の多脚が見え隠れ。

 感激よりもまず先に現実離れしたこの状況に茫然を晒し、そして次に取った行動が現実を再確認する為に力一杯抓った頬をその後に擦り涙するといった幼児退行。それ程までに自らの身に起きた事態は理解し難いものだったのだ。


「感謝をするつもりでしたら分不相応に張り切っていまだ起きる事すらままならない、そこの未熟な俄か神官にする事ね」

「うぅ、リセリーさまったらツンデレにも程がありますよぅ……」


 見れば澄ました女の裏側では、そんな泣き言を零しながらもう一つの寝台に臥せる碧の娘。過ぎた神秘を願った代償として精根尽き果て身動きの取れぬ肢体を余計な一言の報復に弄ばれ、素っ頓狂な声を上げる神職の娘を見ながらに元長はその含みを理解するに至る。


「失礼いたしました。アル・ミーアさま、老い先短いこの身をお救い下さり感謝申し上げます」

「うん、それで良い。ワタシはあくまでただの付き添い、何か言いたい事があるならばこの不肖の娘を通して女神に捧げるがいいわ」

「また私にそういう面倒な事を押し付けて……あひぁっ!?そこ、らめれすぅっ!」

「お前はっ、最近っ、一言多いのよっ!空気を読みなさいっ」


 元長達アラクネーが過去に棲んでいた森にもその言い伝えは残っている。

 小鬼を統べる者達の中でも更に一握りの祭祀達は、然るべき試練を経た後に自然の代弁者たるその適性により妖精族にも比する霊的交信能力を持つに至る。それ即ち、森人(モリビト)なり―――


「そうそうおっ母ぁ、前からの念願だった妖精族とも交渉を持てたんだっ。これであたし達も安泰だなっ!」

「ここまでの騒ぎを起こしちゃったらもうあの爺共が受け入れ姿勢を見せるとは思わないけど~。でもこの集落の場にも見劣らない、い~ぃ住宅地域には心当たり、なくもないよ?」


 どうやら自分の知らぬ間に、子供達は新たな道へと歩み始めていたらしい。そんな弾んだ娘とその新たな友人達を涙に濡れる視界の中、柔らかな木漏れ日を受けて元長は眺め続ける。

 古き傲慢の影は去り、ここに新たな道が拓けた。ならば我々は紡ぐものとして、この新たな友人達へと感謝と友情を機織り続けよう。

 これが妖精郷に一時の寄る辺を求めた、哀しくも穏やかなる種族の終わりにして次への始まりとなる決断であった―――








 紅咲く夜会の一幕も終わりを見て、その身に魔を宿す若者が再び奉仕作業へと従事始めた頃のこと。冒険者ギルド帝都支部へと物見の兵より危急の一報が入る。


「――何?アラクネーの一団が帝都に攻め入ってきた、だと?」

「報告によればその他にも付随する、翠色に染まった大蜘蛛の群れも押し寄せているそうです……警邏の者も混乱を見せております故にその確度は疑われますものの……緊急事態につき、すぐに動けるギルド所属の軍属にも応援要請をお願いすると……」

「はっ、最近の新兵共はなってないな。翠の大蜘蛛――はともかくとして、アラクネーたる種族がどんなものかも分からずに何を無闇な臆病風に吹かれているんだか」

「彼女達は本来、温厚な種族ですから……あるいはそれが集団で押し寄せる程の事態が起きたのやも、しれませんね……」


 副官が扮する沈んだ受付嬢によりそんな意見を受け、ボルドォは作業の手を止めふむと顎に手をやり考える。

 報告によればアラクネー達は帝都の西方より迫っているという。その目立つ外見により、帝国領内へと姿を現せば此度の一報と同じくすぐにでも情報が入る事だろう。それが帝都間近に迫るまで判明しなかったという事は、恐らくは妖精郷に棲んでいた者達が何らかの理由により帝都へ出向かざるを得なかったと推測される。

 そこまでを考えたところでふと一つの可能性へと思い至り、ボルドォは思わず副官の側へと首を巡らしてしまう。それに返されるはより一層沈み調子となった声。


「……はい。現在ミーア殿とピノさん、それともう二名程のギルド員が臨時パーティを組み依頼に赴いております……」

「まぁた、あいつらかっ!?」


 何かを察してしまったボルドォの遣る瀬の無い叫びがギルド全体へと響き渡り、その直後にロビーの側より響く爆発音に建物内が騒然とし始める。今や獣の血を引く証によりはっきりと聞き取れる生意気そうな怒鳴り声に、知らずそのこめかみには数本の青筋が浮き上がり。


「……オレは西門へと行って来る。今、あの馬鹿共と顔を合わせたら正気を保っていられそうにない」

「賢明かと思われます。事情聴取ほか諸々については任されました」


 どうやらこの察しの良い副官が思わず軍務の仮面を被ってしまう程に、今の自分は怒りを剥き出しにしているらしい。そんなやりきれない現実に憤然とした思いを抱えながら、それでも努めて平静を意識し裏口よりギルドを去っていく。


「生きたマンドレイクの根、百本採ってきたー!短期間でここまでの成果を出すなんて、たまに自分の才能が恐ろしくちゃうよねっ!」

「やかましいわ、この糞餓鬼がぁっ!」


 その際に入り口付近からのドヤ顔的自画自賛が耳に入ってしまい、往来よりついつい怒鳴り返してしまったのはまぁ、哀しきご愛敬というものだろう。








 ―――モウ、苦シクナイ。

 ―――ウン。痛クモナイシ、哀シクモナイ。

 ―――ワタシタチ、頑張ッタモンネ。


 いずこともしれぬ霧靄の中、囚われていた者達の意識は優しく包まれ、まどろみながら揺蕩っていた。怨嗟の鎖はとうに解かれ、後はこのまま消え逝くのみだ。

 それは残念な事だけれど、最期にほんのちょっとだけ、勇気を出せた。だからもう満足なんだ―――


「――本当に、そうかしら?」


 眠りの安寧に揺蕩う中で、差し込まれるは惑いの誘い。夢に包まれていた魂達は安寧を遮る冷たい響きに僅かばかりの震えを見せる。

 やがて徐々にその震えは大きくなっていき、気付けば生前の姿を一時ばかり取り戻した魂は、涙に濡れながら口々に想いの丈を吐き始めてしまう。


『苦シクナンカ、ナイ。デモ……こわい、やっぱり怖いよぉっ』

『いやだ、本当はわたしだって終わりたくなんかないよ!』

『妹達と一緒にお喋りしたい、もっと色んな物を見て――幸せになりたい!』


 今やはっきりと大蜘蛛の姿を取りながらに、恐怖に震え声にならぬ声を振り絞って訴える。もっと、生きていたかったと。


「ですがお前達は既にアラクネーとしては終焉を迎え、今在る通りに大蜘蛛の姿。今更還ったところで魔物扱いをされ、無惨に殺されるだけかもしれないのよ?」


 変わらず囁きかけてくる不可視の声に、大蜘蛛達はそれでもやはり戻りたいと迷わず声を張り上げる。その目に映るは苦しみの道を再び歩もうともまだ見ぬ未来(さき)を求めんとする人の業。安寧の眠りを前にしてすら残酷な生の実感を渇望する想い。


「ふふ、その欲望(おもい)こそが今を生きる者としての責務――運が良かったわね、お前達。この無貌の女神に願い奉る事を誓うならば、その眷属としての見苦しくも足掻き続ける切なる願い(おもい)。全うさせてあげましょう」


 その声に、蜘蛛と化した娘達は俄かには理解を示せぬまま。一つまた一つと翠の光に包み込まれていく。やがて戸惑いながらも朧げに言葉の意味を理解したその頃となり、薄れていく意識の中で優しく頬に触れてくる柔らかな何かの感触を感じ……。


「まぁ、もしかすれば間違えてまたアラクネーの姿を取り戻せる日が来るかもしれないものね。精々ワタシを退屈させぬよう、生き足掻く姿を見せてみなさいな」


 それが新たな蜘蛛の子と化した者達の、今生の最後にして始まりの記憶となる。

 哀しき日々にお別れを――そして新たな日々よ、こんにちは。

 先往き知れない此度の生、今度こそ精一杯生きてみせます―――

 終わり。次回から少し日々の小噺的な話を書いた後、いよいよ後編本題へ。

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