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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第241話 ピノとミーアのハッタリ神霊宣教団⑤

「妖精族、ってフェアリーじゃないか!?こんな薄情者を連れてこられたって、きっとまたあの時みたいに見捨てられるに決まってるっ!」

「見捨て……?あの、どういう事でしょうか?」


 先程までは捕らわれてもまだ気丈と言えよう態度を取っていたアラクネーのリーダー。しかしピノの姿を見て一瞬呆気に取られた後、以前にもまして憎々しげに、まるで怨敵を居殺さんとする視線でピノを睨み付けてくる。

 今更何をしに現れた――そんな恨みの言葉が聞こえてきそうな程に歯を軋り、紅く染まった瞳はその憤怒を体現するかの様に輝きを増すばかりだ。


「ピノさん、これは一体……?」

「知らなイ。あの爺共がいつものヘタレ癖でも出したんじゃなイ」


 あるいは過去に面識でもあったのだろうか。そんな考えが頭をもたげ疑問を口にしてみるものの、当のピノはと言えばこの通り。アラクネーの主張へ対し全くの心当たりがないという訳でも無さげだが、その物言いからすれば少なくとも自分は関係ないと言わんばかりの強情が強く表れて見えた。

 そんな二者の主張から概ね想定されるのは恐らくはアラクネーの側に起きた何らかの不都合と、その救援要請に対する妖精族側の拒絶の意。あくまで想像の段階ではあるが両者の都合を秤にかけ、ミーアはふと心の裡にて呼びかける。


(ふむ……リセリーさま?)

《お前個人が捧げる信仰に対しての報いならばともかく、そんな慈善紛いの願いまでは聞く義理もつもりも無いわよ》


 どうやら我が主は不躾な信徒の呼びかけに対し、本日も何だかんだとは言っても律儀にお言葉を下さるようだ。そんな不器用な優しさについつい苦笑を漏らしつつ、畏れ多くも奉じる存在へと訂正の言葉を返す。


(いえいえ、そうではなくてですね――)

《――はぁ?》


 後から振り返ってみれば、我ながらあの時はよくぞそこまで鼻が利いたものだと自画自賛をしてやりたくなる。そんな冴え渡る思考に若干高揚しながらその心中にてある仕込みの概要を呈し、リセリーよりの言質を賜った後にピノ、そして地に伏せるアラクネー達へと同じくある種の提案を出した。対し両者がそれぞれ返した反応は―――








 朔も近き夜半が故か、天に光るは煌めく星ばかり。一際光る月は見られず、それが為に闇夜に蠢くモノの姿もまた朧げだ。そんな闇夜の中で、蠢くモノ達と似たシルエットを有しながらもじっと息を顰める者がいた。


「――本当にこれで、大蜘蛛様の真意が分かるんだろうな?」

「ボクを誰だと思ってるのサ?これでも郷を治める巫女に次グ、巫女守(ミコノモリ)の任を勤め上げたんだかラ。物言わぬモノの声を聞き取る程度、朝飯前ダヨ」

「あぅ?わふん」

「ウッセ!」


 弟分の声に怒りの鉄拳で応じながらも木陰へと身を潜め、昔懐かしき瞑想に励むは自らを薄情者呼ばわりされ、大人げなくも売り言葉に買い言葉を返してしまったピノだ。その間も自前の神秘力感知や馴染みの雷精による電磁波反響等々の協力を受けて周囲への警戒は怠らず、それがいかに集中力を要する作業であるかはその額に浮かぶ汗を見るに想像に難くはないだろう。

 一方でその傍らに潜むアラクネーの姿は一つのみ、昼の対決姿勢はどこ吹く風で不安気な表情を見せながらもピノへと寄り添い、護ろうといった素振りさえ見える。


「ところでこの妙な筒は、何なんだ?それなりの精霊力こそ感じるが、土の精霊そのものという訳でもなさそうだし」

「大蜘蛛ぶっ殺し用の秘密兵器、ってところカナ」

「大蜘蛛様を殺す、だと……」


 至極あっさりと言い切ったピノの言葉にアラクネーの娘はぽかんと口を開け、俄かに硬直してしまう。しかしその硬直は相容れぬ考えを受けた拒絶を示すそれではなく、まるでその考えに及びもつかなかったといった意識の転成か。

 あの有事の際に一族を護ってくれなかったばかりか、過去の偉大な力を取り戻す為と嘯いて更なる贄を要求し、結果一族は元いた住処までをも失ってしまったのだ。いかに代々の言い伝えと言えど、今や彼女達にとって脅威以外の何物でもない。棲む場を変えようとも逃れられぬあれ(・・)よりの要求が為、このまま緩慢な滅びの道を享受するならば、いっそのこと……。


「……来たヨ」


 気付けば昏い考えを巡らせていたアラクネーの娘は、横合いからかけられた声により我に返ると共に先程までの自らの想いを顧み、身震いをしてしまう。自分は何と畏れ多い事を考えていたのだ―――


「そんな事など出来る訳がないっ。大蜘蛛様は古よりそうと伝わる、我等アラクネーの守り神なんだぞっ!」

「シーッ!静かニ……そっかナー。だったら昼間に会ったお前の母ちゃんハ、どうしてボク達に救けを求めたノ?」

「そ、それは……」


 奥の湖畔沿いに広がる生贄の祭壇付近へと姿を現した、優にアラクネー達の数倍にも達する巨大な蜘蛛。その姿に本能的な恐怖を感じながら、当代のアラクネー達の中では最も勇気ある者を自負する娘はピノの素朴な疑問へ何かを反論しようとし……しかしながら納得に足る答えを返す事が出来なかった。


 昼の衝突が起きた後、アラクネー達の集落より更なる使者が訪れた。その使者は震えながらも妖精郷へと訪れた冒険者達を自らの集落へと招き、そして迎え出た元長は傷だらけの身体を引きずりながらも皆の前に伏して、血気に逸った娘達の非礼を詫びてきた。

 元はピノ達も蒐集系の依頼を果たす為に妖精郷へと足を運んだ身。袂を分かったとは言えども故郷である森で好んで殺戮を楽しむ様な歪んだ嗜好な持ちはせず、また事情を聞いた神職二人による熱き語り口もあって先の襲撃については水に流す事となったのだ。


「ミーアは何か企んでの事みたいだけどサ。サップにまであんなに熱弁されちゃうなんてネ……惚れちゃっタ?」

「ぅなっ!?べっべべ別に!我等アラクネーにとっては他種族の雄共などただの種に過ぎないからなっ」


 ここ暫しを成長した姿で過ごした成果はそれなりにあったらしい。そんなアラクネーの娘の狼狽する姿をひとしきり楽しむ素振りを見せた後に、ピノは一転して厳しい表情を形作りながら再び祭壇の側へと目を向ける。


「やっぱりネェ……ラニ、お前達が大蜘蛛様と呼んで崇めていた連中ハ、お前達をただの餌としてしか見てなかったみたいダヨ」


 傍らで語るその声にラニと呼ばれたアラクネーの娘は憤りにぎりと更なる軋みを見せ、今や殺気さえ籠もった視線をそれらへと突き刺した。そこには母なる元長より胎を同じくして生まれた、当時の災禍の犠牲者達が死してなお蜘蛛の糸によりその屍体を縛られ、続々と集まってくる大蜘蛛達の餌食と化していたのだ。そこに生贄たる儀式の意味などありはせず、言ってしまえばただの保存食。


 ―――ゴハン、ゴハン。オナカヘッタ。

 ―――モット、血ヲ飲ミタイ、肉ヲ食ベタイ。

 ―――私達ダッテ食ワレタンダ、痛カッタ、怖カッタ。


 妖精族の娘を介して伝えられた大蜘蛛達の声なき言葉。それにはあまりにも残酷で、救いの無い、受け入れ難き真実が含まれていた。


「嘘、だろ……嘘だと言ってくれ!?」

「……あの大蜘蛛達モ、元は喰われたアラクネーの成れの果てだったって事カナ」


 我が身に起きた境遇を嘆きながらも同胞であった者の屍体へと喰らいつく大蜘蛛達。アラクネー達と同じ色を宿すその目に当たる部分からは止め処ない涙を流し、それでも空腹に耐えかねたとばかりに既に意志の響きすら感じさせることのない生贄達を貪り続ける。そんな同胞であった者達の惨状を目にしてしまったラニの口からは怨嗟の顕れが溢れ、そして紅く染まった瞳よりは大蜘蛛達と同じく止め処ない涙が溢れ出る。

 激情のままに飛び出すかと思われたラニではあったが、ピノが押し留めるまでもなく自らを糸で周囲の木々へと縛り付け、せめて足を引っ張るまいとくぐもった嘆きを漏らしていた―――


「じゃあ、やっちゃうヨ」

「……頼む。あの子達の魂までもがあの汚らわしい大蜘蛛共に喰らい尽くされる前に、せめて開放してやって……ください」

「ボクはそういった方面には縁遠いから、物理的に消滅させる事しか出来ないけどネ。戻ったらあの二人にお願いするといいヨ」


 そう言って上空にて広域探査の補助を行っていた雷精を呼び戻し、ピノは今この場に居る大蜘蛛達へと砲塔の照準を向け発射する。紅蓮の轟火よりも遥かな破壊力を持つ不可視の衝撃は周囲に広がっていたアラクネー達の蚕産地をも巻き込み、場の全てに等しく滅びを齎す万死の槍と化すであろう。

 複数回に亘った砲撃の耳鳴りも収まってきた頃となり、ピノ達の視界に表れたのは跡形すらもなく吹き飛んだ祭壇の基礎部分と、僅かに残り散らばる、今や見分けも付かぬ程にこま切れとなった蜘蛛であった者達の破片のみ。やがて周囲の感知を終え大蜘蛛達が全滅した事を確認したピノはピコへと跨り、嗚咽を堪えてさめざめと涙を流すラニへと気遣うようにそっと声がける。


「止めを刺したボクが言える事じゃないケド、大丈夫?きついんだったラ、後はボク達が引き受けてもいいヨ」

「……いい。あたしは将来、一族を率いていく立場にあるものだ。こんな程度でへこたれて堪るものかっ!」


 だがその問いかけに返されるは心折れてしまった声では決してなく、先の衝撃を引きずる昏い情感を湛えながらもしかとした意志を以て立ち上がった。こんな事で負けてなるものか、と。


「まだこれで終わりじゃないからネ。仲間達を護って、生かしたいと思うならこれからが本番ダヨ」

「分かった。あたしもすぐに追いつく、先に行っててくれ!」

「オッケー、ピコッ!」

「わぉーう!」


 その言葉を最後に闇夜の森を黄金の軌跡が奔り、残されたラニもまた木々を伝いそれに続いて森の奥へと消えていった。その先に待ち受けるものは、果たして―――








 ―――ズズ……ゥゥン。


「う、おっ……何だ、今の地響きは?」


 アラクネー達の住処でもある、森の内部を切り拓いた蚕産地の中心部にまで響く強烈な地鳴り。場に面する大半はその慣れぬ響きに恐れをなし、また数多な経験により肚の据わっているガラムですら落ち着かない様子で轟音の響いてきた側の空を仰ぎ見てしまう。


「落ち着きなさい。あの子が大蜘蛛共の一派を殲滅しただけでしょうから」

「殲滅、ってンな簡単に言うけどよ……」


 この集落へ訪れてより半日程が経った今、アラクネーの元長からの説明により彼女達を取り巻く状況についてはほぼ把握をするに至っていた。

 アラクネー達は元はこの地に棲む者ではない。今を遡ること十数年前に起きたとされる帝国と神聖国間の中規模戦線により付近の森に居を構えていたアラクネー達も巻き込まれ、見た目の異質さからか問答無用に退治すべきモノとしての扱いを受け故郷を追われてしまったのだ。

 元長の全身に広がる痛々しい火傷の跡はその際に受けたもの。治療の心得を持つ者達の見立てでは今まで生きていられたのが不思議な程であり、偏に故郷を追われた一族の行く末を案じるが故の親心により命を繋いでいたのだろう背景が察せられた。


『どうか、どうかお願いします……叶うならば、未だ我々の影へと忍び寄るあの大蜘蛛達から、あの子達を開放してくだ……』


 そこまでを言い力尽きたアラクネーの元長は、今は織物小屋に特別に誂えられた寝台で臥せっている。そしてその傍らには何を考えるか、特段表情を変える事もなくそれを見下ろす黒き女の姿。


「元長さんの様子は、どうだい?」

「もって数日といったところかしら。既に蜘蛛の半身は随分と壊疽も進んで死に体ですし、どの道助かりようもないでしょうけれど」

「……そうか」


 その見解を聞き、ガラムは僅かに唇をかんだ後に蚕産地の周囲へと目を馳せる。明確な感知能力に乏しいガラムにさえ感じさせる不穏なざわめき、先程の地響きが響いた後よりこの一帯を覆い始めたその気配は徐々に集落を取り巻き始めていた。


「コレを気遣うつもりがあるならば、せめて遺言を果たすべく動くべきでしょうね――ミーアの準備が整ったそうよ。お前の為すべきは差し詰め、らしく(・・・)やれといったところじゃあないかしら」

「おうよ。俺は精々分相応に、穴埋め作業に終始するとするさ」

「ふふん。仮に儚くなったその際には、せめて迷わぬよう神の御許へと導いてあげるから安心なさいな」


 そんな茶目っ気たっぷりな軽口に縁起でもないとばかりに顔を顰め、しかるにその後ろ手に片手を上げて去り往く熟練の冒険者。その背へ向けてささやかながらの祝福を添え、黒き姿の傍観者は愉しげに笑みを浮かべて見送った。


 ―――きゅるぅぅぅい。


 ガラムの姿が森の中へと消えた後、集落全体へと耳障りな軋み声が響き渡る。どうやら子を殺された母蜘蛛がその報復をすべく乗り出してきたようだ。

 その一声で始まりを察したリセリーは誰へともなしに言い放つ。至極悦びに満ちた、歪んだ美貌を晒しながらに。


「お前達の言う通りに下拵えはしてやったし、一先ずワタシのお仕事はここまでかしらね。さて、観戦観戦~っと♪」


 そのまま虚空へと染み込む様に消えゆくリセリーの姿。だがしかし今宵の危急に際し総出で駆り出された集落の面々の目にそれが留まる事は無く、故に騒ぎも起こらない。

 やがて集落を囲む至る箇所より響き始める軋み声。これが妖精郷にて明日をも知れぬ暮らしを細々と営んでいたアラクネー達の前に唐突に舞い降りた、自らの運命を決する一夜の始まりの合図となる―――

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