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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第240話 ピノとミーアのハッタリ神霊宣教団④

 冬の寒さ染み渡る森の中、半人の一族を率いる長であった者は機を織り続ける。


「っつぅ……」


 その姿を見れば蜘蛛を模る多脚の半数以上が痛々しくも焼け落ちており、残る脚そして上半身の右半分も同じく皮膚が醜く焼け爛れているのが分かる。その外見に違わず時折奔る傷の疼きに顔を顰め、それでもなお織機に手をかけ糸を紡いで織り続けようとする。


「元長。やはり傷の具合が」

「それでも、これだけは……」

「元長ッ!?」


 不意に上がる伴付きの悲鳴。それを聞き駆け付けた半人達の目に映るは息も絶え絶えとなり、臥せながらも何かを懸命に掴もうとする元長の姿。

 どうか、どうかとうわ言を発しながら還らぬ子達の身を案じる。そんな元長の悼ましい容態に半人達は皆、己の無力さを嘆いていた。そして皆が見守る中、元長に宿る僅かな灯は徐々に燻り逝き―――


「警報、警報ーッ!お嬢がまた他の種族達とのドンパチを始めましたっ!東部の蚕産地が無茶苦茶ですうっ」

「なんだってェ!?」

「はうっ……」


 突如として伝えられた報に伴付きが思わずといった激する声を上げ、その拍子に元長を支えていた手が外れてしまう。皮肉な事に地に頭を打ち付けてしまった激痛が気付けとなったか、忍び寄っていた死の足音は僅かに去って息を吹き返すという何ともやりきれない寸劇が俄かに繰り広げられる。


「いっ、今すぐあの跳ねっ返りを連れ戻してきなさいっ!ここでは外様な我々がそんな真似をして仮に森に棲む古参の者達を相手取ってしまえば、最早最後の居場所さえも失いかねないのですよっ!」

「そ、それがそのっ……交戦相手の中に特殊体と思われる精霊とその術者らしき黒エルフを確認っ、更には森人(もりびと)らしき個体までおりまして……」

「……はううっ!?」


 衝動的なその叫びに対し即座に返された言葉に、今度は肉体よりも精神的な衝撃を受けた様子で胸を抑えて倒れ込んでしまう。そんな元長へと側付き達は先程にも増して不憫な眼差しを送り、引き続き看護を続けるのであった。








「どうしよっか」

「どうしましょうかね?」

「むしろどうしたらそんな落ち着いていられるんだよ、お前達は……」


 上半身は人の女、その腰より下からは巨大な蜘蛛の胴体を生した異形達の不意打ちの前に、ピノ達は為す術もなく捕らわれてしまっていた。今や場の全員が蜘蛛糸に絡め取られて地へと伏し、身じろぎさえ困難な有様。魔法的な適性を持つ者達の目にはうっすらと糸に通される精霊力の類を感じ、それが簡易的な神秘力封じの役割を持っている事が察せられる。


「その糸はあらゆる神秘力を縛り付ける特別製だ、大人しく観念するんだな」

「うっ、くぅっ……」


 比較的冷静を保っている三者とは対照的に一人蜘蛛の半人の足元に転がる形となったサップは女の冷たく見下ろす視線と言葉に蒼褪め、半ば無駄と悟りつつも蜘蛛の巣にかかった蝶の如くもがき逃れようとする。罠にかかった獲物をじっくりいたぶる様な粘着質なその目線。自らの肢体にそれを這わせた後、多脚の一本にて軽々と持ち上げる蜘蛛女の脅威に鼓動は早まり、知らず恐怖に息が荒くなるのが自覚出来る。

 そんなか弱き獲物の有様をひとしきり堪能した素振りを見せ、女はそのまま身動きの取れぬサップを自らの蜘蛛の背に乗せてしまう。


「こいつは種として愉しめなくもないな。他の連中は全員、大蜘蛛様への生贄だ」

「……え"っ」

「んまっ!」

「あらやだ」


 蜘蛛女の唐突な言葉に揃って上がる異口同声。しかしながら各々より発せられるニュアンスとしては何ともはやだ。その種族観に真っ向から物申すかな俗に染まりきった娘二人のみならず、獲物認定をされてしまった当事者でさえ言葉に詰まり、僅かな間を置いた後に顔を真っ赤に染め上げていた。


「ピノさんっ、この方達ってその身体的特徴からしても半人蜘蛛(アラクネー)ですよね。それが種を欲するって事は、もしかして、もしかしちゃいますっ?」

「サップ、大人の階段を登っちゃうの?ロマンスしちゃうの?」

「二人共、そんな期待に満ちた目をしてないで救けて下さいよぅ!?」


 謎の期待に熱く瞳を揺らしながらミーアが口にした半人蜘蛛(アラクネー)の名。神話時代の伝承にその起源を持ちそして目の前に立つ者のシルエットに表れる通り、雌のみで構成されるという特異な性質を持つ種族だ。

 自然界には稀に変性別生物や単為生殖をする生物などが確認されるものの、それらを除けばほぼ雌雄に分かれ繁殖するのが通常だ。ではアラクネーをはじめとする、雌のみに偏った種族はどうやって繁殖を為すか――それは主に人型を有する他種族の雄を巣へ連れ込み、種馬代わりに使う事で解決するのだ。

 亜人の中でも半人属に分類される半人半蛇(ラミアー)と同じく、遺伝の優位性により生まれる子等は全てがアラクネー。その面においては面倒な落とし子が生まれる事もなく、また必ず他種族の血を取り込むという性質により単為生殖に見られる血の劣化も起こらない、生物学的に見れば極めて優秀な種族と言えるだろう。

 定番の文献知識か、あるいは自らもまた特殊性を持つ種族としての共通項を持つが故か。そんな恰好なゴシップネタ、もとい学術的な見知の機会と知ればミーアが舞い上がらぬ筈もなく。結果として憐れな子羊は抵抗空しく蜘蛛女の背に乗せられたままにか弱き悲鳴を上げるのだ。


「……うし、何とか切れた。黒エルフの姉ちゃんの方はどうだ、動けるか?」


 若者達が場違いにも盛り上がりを見せる中、ガラムは一人後ろ手に縛られたまま隠し持っていた小型の刃物により器用に糸を切り裂いていた。ガラムにとって幸いだったのは、パーティの面々が見るからに魔法を得意とする外見ばかりだった事だ。これによりアラクネー達は魔法封じの硬糸を主軸として面々を拘束し、それ故に物理拘束力の強い粘糸を使われなかった点にガラムのツキはあったのだ。

 こっそりと自らの拘束を解いたガラムはそのまま起き上がる事なしに、まずは手近のリセリーへと小声で問いかける。


「ワタシなどよりも余程対物理に優れた娘達が居るでしょう。細腕の非力な種族に何を期待しているのかしら」


 一方では周囲の面々と同じく蜘蛛糸に縛られ地に伏す姿。今のリセリーはあくまで物見遊山として参加しているに過ぎず、その旨はピノをはじめあの物好きな連中には前もって伝えている。先程の襲撃を事前に知りながらもそれを報せなかったのは偏にその立ち位置が為、仮にこの場でアラクネー達に全員が喰われようとも自ら手を差し伸べるつもりは毛頭無い。


「今のあいつらを見りゃわかるだろ、感情のムラが有り過ぎる。こういった場面では上っ面の能力よりも判断力と決断力が高い奴こそが事態を打開する鍵を握るって、昔から相場が決まっているもんさ」

「――ふふん?お前、悪くないわね」


 しかし人間を観察するという今生の目的の一つに相応しき、非常時における咄嗟の判断力を見せ付けられてしまえば話は別だ。リセリーの素性を知る事無しに、それも力ではなく一個の人格の方に期待を寄せるなど……故に自らの心の琴線へと僅かながらに触れたガラムへの好奇を以て、ここにひと時ばかりの助力を約そう。


「生憎とこの細腕で出来る事は限られているけれど、そうね。凡庸ながらもその生を全うせんと励むその姿勢に免じ、応援くらいはしてあげましょう――『頑張りなさい』」

「……な、にっ!?」


 力有る言の葉が発せられた瞬間、ガラムの全身に往年を思い起こさせる圧倒的な活力が漲ってくる。更にはガラムには知る由もないが、見る者が見れば一目でそれと分かる、不穏の魔狗を彷彿とさせる形状を見せる黒鎖の鎧。闇の祝福とも言えようそれはガラムの全身を覆い始め、しかしながら一瞬の後には掻き消えてしまった。


「何だ、こりゃあ……」

「あの小虫と違い、お前にそれへの適性はこれっぽっちもありませんから。ワタシが護ってあげたとしても三分が限度ね。さもなくば魂までもが魔気に浸食され、骨の髄まで爛れて生き地獄を味わう事になるわよ?」

「はあっ!?」


 その見た目としてはくたびれた外見のままでこそあったが、今や中身は明らかに別物。過去の全盛期以上に漲って身体の裡より湧き続ける活力にガラムは慄き、その後に続く悪魔の如き囁きに空恐ろしさからの悲鳴を上げてしまう。


「ついでに頼もしい番犬も付けてあげましょう。泡沫の英雄譚、精々楽しんでくる事ね――ニケ、お散歩させて良いわよ」

「はるくー!」

『ガウアーッ!!』


 アラクネー達がガラムの悲鳴に反応をするとほぼ同時に、元気いっぱいな精霊の少女の声が場へと木霊する。それに応え少女の裡より顕れるは死してなお主人を護らんとする闘犬の亡霊(デッドリー・ブル)。一声吠え上げ敵を怯ませるなり、その巨体を揺らしアラクネーの群れへと渾身のぶちかましを仕掛ける。


「ぐアッ!?」

「っきゃあああっ……あ?」

「よっ、と」


 不運にもその進路上に立っていたアラクネーのリーダーらしき女は突進の勢いに弾き飛ばされ、その背に括りつけられていたサップもまた空高く投げ出されてしまう。縛られたままに地へ打ち付けられるかと悲鳴を上げたサップはしかし、落下の慣性が付く前に落ち着き払った声の持ち主により受け止められた自身を自覚する。


「がっ、ガラムさん!?飛行術もなしにどうやって……」

「そういうのは後だ。お前は後ろに下がって、これで他の連中の糸も切って解放しとけ――あぁ残り二分もねぇじゃねえか!」


 着地の勢いそのままにサップの身体を絡めとっていた糸を黒鉄鋼のナイフで纏めて切り裂き、然る後にそんな慌て声を上げながら再びアラクネーの群れへと突っ込んでいく。普段のガラムを知るサップ故にその行動はいつも通りの足止めを目的とすると知りながら、常とは段違いの踊る様な動きを目の当たりにし呆気に取られた様子でその大立ち回りを眺め―――


「――あっ、そうだ。ピノさん達を開放しないとっ」

「もう外したヨ」

「ええっ!?」


 若干舌足らずな滑舌になったピノの声に慌てて振り向けば、そこにはサップにとっては馴染み深き、夏にヘイホーでよく見かけた幼女の姿。どういった絡繰りかは分からないが、身体が縮まった事により余裕の出来た隙間を使い抜け出してきたようだ。その証拠として金の衣は未だその形状を維持しつつも蜘蛛糸に絡まれており、縮んだピノは下着姿のまま弟分である愛犬へと絡まった蜘蛛糸をぶちぶちと不満を零しながらに剥がし続けていた。


「てぇいっ!こちらも脱出完了ですっ」

「もーやべぇ、時間ねぇっ!黒エルフの姉ちゃん、この呪法さっさと解いてくれェー!」

「お前、根性無いわね~。まだあと十五秒も残っているじゃない」

「身体が腐り落ちてまで狂戦士(ベルセルク)の真似事なんざしたくないっつーの!?」


 その傍らにて上がる気合いの声と時を同じくして、アラクネーの群れを足止めしていたガラムがそんな情けない声で訴えながら戻ってくる。奥の側では相変わらず複数の軋む音と闘犬の怒号が響き渡ってはいるものの、ほぼ大勢は決した様子。

 やがて黒鎖の加護より解き放たれた中年男の安堵の溜息が吐かれる傍らでは、自前の闘拳や凍結効果により力尽くで蜘蛛糸をはち切らせたミーアとニケもその乱闘へと加わり――そう時間もかからぬ内に這う這うの体で逃げ延びた数体を残し、アラクネー達は揃ってお縄に付いたのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「くっ、畜生ッ!離せこの変態親父っ!お前みたいなくたびれた種には用は無いんだよっ」

「……なぁ、俺さっきから扱い酷くねぇ?」


 アラクネー達を縛り付けた後となり、蹲るリーダーらしき女の前では涙する中年男のくすんだ後ろ姿。その背後では神官見習いの少年がかける言葉も見つからずにおろおろとしており、更に横ではそんな二人を愉しげに眺める黒エルフの女。そんな場を見回して、まともに交渉出来そうな者が居ないと察したミーアは一人アラクネー達の前に歩み出る。


「あなた達は森を荒らす者への天誅を謳っていましたが、どういう事でしょうか?確かに少々賑やかに過ぎはしましたが、元よりこの森は支配者の居ない中立地帯と聞きます。そこまでの閉鎖的対応を受ける謂れはありませんよね」

「ふんっ、誰が教えるか!」


 対するアラクネーのリーダーは手足を自らの糸により縛られた状態そのままにそっぽを向き吐き捨てる。紅く染まる瞳はどこか悪戯のばれた子供の様な気まずさを醸し出し、頬を膨らませながらに意地を張る様子を見るにその見た目よりは随分と齢若き身にも見える。


「どうしても知りたければ心を読むという、この森の最奥に棲む妖精族の連中でも連れてくればいいだろう。あたしは何も吐かないからなっ!」

「そうですか。では噂の妖精族さん、おいでませ~」

「え……はぁああ~!?」


 何故か楽しげに口ずさむミーアの声に導かれ、噂の妖精族――今や本来の幼女姿と化してしまったピノがアラクネーの前へと姿を現す。こちらはこちらで妙に不貞腐れた素振りを見せながら抵抗空しく引きずり出され、その手を握るミーアへと恨みがましい目を向ける。一方のミーアはそんな視線などおかまいなしといった様子でニケまでも連れ出し、懲りもせずに布教活動を始める始末。

 この様子を本来の仲間達が見ればこう思う事だろう。やはりこいつらを野放しにしてしまうと纏まる話も纏まりはしない、と。そんな暢気な中弛みを見せながら妖精郷での午後の時間は過ぎていく、次なる事態が訪れるその時まで―――








「――続報です!お嬢が敵さんに捕まっちゃいましたっ」

「………」

「元長ァッ!?気をしっかり!」


 最早祈る神すらないといった心境、焦燥を通り越して理不尽な怒りすらふつふつと湧いてくるその報告に、辛うじて元長を支えていたこれまでの悲壮な覚悟は完全に吹き飛んでしまう。思ったよりは残っていた最後の気力を振り絞り、自らの眷属による不始末の尻拭いをするまではこの命果てる訳にはいかぬとばかりに、先程までに比べればやや情けなくも前向きな想いを燃やし命を繋ぐのであった。

 久々の幼女様。

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