第239話 ピノとミーアのハッタリ神霊宣教団③
明日4/1(土)、悪魔さん第45話投稿しまス。
時間としては陽も頂点へと達した頃、さりとてその恵みは半ば以上が遮られ相も変わらず薄暗い森の中。ここ暫しの帝都支部での冒険者不足により、悩まされていた素材系蒐集作業がとある臨時パーティにより大々的に行われていた。
「人面根菜の十本目、発見しましたぁぁ……」
「了解ですっ。今から叫ばせますので皆さん、離れて耳を塞いでくださいねー!」
まずは薬用素材としての第一人者とも言えるマンドレイク。平時は土に埋まっており、人参にも似た形。迂闊にその茎を引き抜けば身の毛もよだつ金切り声を上げ、それを聞いてしまった者は正気を失い死に至るとも伝えられる、危険植物の最たるものだ。
この種が発見された当時にはその危険性ゆえに幾多の犠牲者が出たものの、今となっては然るべき対策さえ施せば確実に入手を可能とする為に、依頼の難度としては比較的軽いものであるのは多くの冒険者達が知るところだ。その理由からピノ達も真っ先に採集対象としての狙いをつけ、午前中いっぱいをかけて作業へと取り掛かっていたのだ。
「いざっ、参ります!――我が身奉じる無貌の女神よ、その僕たるこの器へと貴女様の御力を満たし賜えっ。はいやーっ!」
―――ンキョエェエエエッ!!
「きゃあああっ!?」
「ふっ。無貌の女神さまの御業にかかればこの程度の呪声、どうという事はありませんっ!……あれ、サップさん大丈夫ですか?」
そんなマンドレイクの叫声対策としては数々の試行錯誤が重ね続けられた歴史があり、今では幾通りかの手法が確立されている。
一つは地球での伝承にも広く語られる通り、犬などに紐を括りつけその茎を引っ張らせる事による採集法。これには一定量の犠牲がつきものであり、時には奴隷階級や犯罪者達への見せしめに使われたりと至極残虐な手口として広まった為に、今ではその心証の悪さからか殆ど使われてはいない。
そして二つ目は叫声による狂い死にという状況経過へ対する対策傾向だ。
主に神職の精神防護をかけた上でかつ、精神力の強い者が声に耐える前提で引き抜くという力技。魔法的技術が発達したこの世界ならではの一つの回答ではあるものの、これもまた一定の危険が付きまとう為にマンドレイク採集の歴史における過渡期の緊急的措置な側面が強かろう。それでも辺境などでは未だ類似手法が見られる地域も残っているが、やはり前時代的と言わざるを得ない。
「――とまぁ、あの姉ちゃんが今やっているのは正にそれだな。ゴブリン達に伝わる伝統採集法と聞いてどんなものかと見てみたが、まさかあんな手垢のついた引っこ抜き方をするとは思わんかったぜ」
「皆さんも~、無貌の女神さま信仰に乗り換えるなら今ですよぉ~!驚きの特典として、何とっ!将来の神殿幹部候補の優先権をプレゼントしちゃいますっ!」
呆れた様子で皆に解説するガラムの更に奥の側ではミーアの助手と化したサップが精神防護を突き抜けたらしき叫声を受けて倒れ込んでおり、そんなサップへと気付けの術を施しつつ元気に布教活動を勤しみ上げる高らかな声。控えめに言っても怪しげな新興宗教活動にしか見えないが、その実情としてもまた印象に違わぬ辺り、宣伝効果としては実に微妙なところだろう。
「わひぃ……」
「だっらしないなーピコったら」
「流石にそれは、動物虐待じゃねぇか……?」
一方では犠牲犬担当として三本程を引き抜かされ、気力が尽きたとばかりに地面に臥せるピコの姿。こちらもやはり精神防護を突き抜けての叫声効果を受けており、暫くは使い物になりそうにない。神職に共通する精神防護程度では信仰対象の差はあまり関係なく、生死を分かった要素としては偏にミーアの強靭に過ぎる思い込みの賜物が挙げられるだろう。
「しゃあねぇ。こんなところでうちの新人を潰す訳にもいかねぇからな、この俺様が採集のイロハってやつを見せてやるぜっ。ちびっこ、手伝いな」
「あいよー!」
どうやらあまりの不甲斐無さを見せる面々の惨状にガラムが触発された様子。探索業の先達の技を見られると知ったピノもまた、少なからず心躍らせマンドレイク採集作業へと加わるのだった。
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「まずはおさらいだ」
「「わくわくっ」」
「あぅぅ、まだ頭がくらくらします……」
通算十一本目となるマンドレイク発見の報の後、その周囲では現地実習の体を為した人の円が出来ていた。これより採集のプロでもあるガラム教官による特別授業の始まりだ。
「魔法薬素材としてのマンドレイクは基本、叫ばせたら終わりだ。こいつらは叫ぶ事で長年根の部分に溜め込んできた天然良質な魔力が目減りして、商品価値が著しく下がっちまうからな。逆に滋養強壮の食品として使う場合は、叫ばせる事により過剰な魔力が適度に発散されて食感が良くなるらしいがな」
地面を黒板代わりとし、愛用の剣の鞘で器用に図解を描きながら生徒達への解説は続いていく。場に居並ぶ面々は皆、伝え聞くマンドレイクの噂話にばかり目が向いていたのだろう。ガラムの話す現実的な解説にある者はふんふんと頷き、またある者は教官へ対する尊敬の眼差しを向けながらメモを取っていく。
「それじゃあこれまで採ったマンドレイクは全部、魔法薬素材には使えない安物なんだ?」
「そ、それは初耳でした……まさか、叫ばせてはいけなかっただなんて……」
「その辺りはブツの相場維持の観点もあってあまり広く知られてはいねぇからな。本を読むだけじゃあ分からねぇ事もあるもんさ」
約一名程が実体験を伴った一言に衝撃を受ける中、背嚢より棒状の物体を数本取り出したガラムはそれをマンドレイクの周囲の地面へと突き刺してみせる。
「あれ。これって魔極、だっけ?」
「よく知ってたな。そうだ、鍛冶屋の工房なんかで使われる、微弱な魔力を流す実験器具だな」
今もピノがその身に纏う、金の衣を作る際にもライオスの工房でお目にかかった魔極。今回ガラムが使用したのは雷を象徴する薄黄色、それの五本目をマンドレイクの周囲へと刺した後、内蔵魔力を設定しながら再び生徒達へと語り始める。
「マンドレイクの叫びのメカニズムについてはまだよく分かっちゃいねぇんだが……ある種の刺激に対するカウンター反応らしいんだよな。そこでこいつが役立つ訳だ」
「電撃効果が、ですか?」
「そういうこった」
恐る恐るといった素振りで質問する後輩へとそう返し、ガラムは魔極の出力を最大に設定した後に魔極を起動させる。次の瞬間、等間隔に差し込んだ魔極から同時に放たれた電撃効果により、地表へと軽いスパークが起こったのが確認出来た。
「よっ……っと。ほい、これで高品質魔法薬素材の出来上がりだな」
「「おお~!」」
表面上は特に変わった気配は見られなかったが、目に見えて違ったのが引き抜く際のマンドレイクの反応。特に気負う事もなく引き抜かれたマンドレイクは沈黙を保っており、状況を確認したガラムはそれを得意気に皆に掲げて見せ、周囲からは拍手喝采が沸き起こる。
見ればこれまでのマンドレイクとは違い、ガラムが引き抜いたマンドレイクの人面部分は断末魔を想起させる歪んだ表情を見せてはいなかった。また毛細血管状に絡み付く根毛も半ばより焼き切られており、引き抜いた際にこれまた惨殺死体の如き惨状と化す体液流出も起きてはいない様子。
「噂じゃこいつら、埋まってる間は意識みたいなものがあるなんても言われてるけどな。睡眠導入魔法なんかが試された事もあったらしいが、最終的にはこうして直に電撃を打ち込むのが無難になったって言われているんだよな」
「電撃かー、ボクもやってみよっと」
「あっ、待てっ……!」
そんな解説を聞いたピノは、早速とばかりに捕捉していた次のマンドレイクへと実践をするべく向かう。慌てた様子でそれを止めようとするガラムではあったが既に雷精へと指令は下り、一足先にその結果を見に行った野次馬二人が巻き込まれてしまう。
―――ウキャアァッ!!
「きゅう……」
「……これは、中々に響くわね」
「黒エルフの姉ちゃん、どうやったらあれの直撃喰らって生きてられんだよ……」
残る面々にとっては比較的発生源から距離があったのが幸いしたか、叫声の直撃を受けてしまったニケとリセリー以外は大した被害は無かったようだ。片方は目を回してはいたが大事には至らなかったらしく、その傍らで耳を押さえながらに顔をしかめる最後の一人はまぁ、この状況をどうやって誤魔化すかといった問題こそ残るものの特に語るまでもないだろう。
二人の無事を確認した後まずは迂闊に先走ったピノに拳骨を落とし、黒焦げとなったマンドレイクを抜き出したガラムによる講義は続く。
「ちびっこは精霊の扱いにかけちゃ随分と自信があるんだろうが、後先考えずに動き過ぎだ。さっきも言った通り、マンドレイクはある種の刺激――地上の茎部分と根毛部分へのストレスに過剰反応するんだ。もっと慎重にいけっての」
「ちぇ~」
聞くにあの魔極による採集法はある種完成された手法であるらしい。石打漁法にも通ずる、電撃による気絶効果も相まってマンドレイクの反応を抑え、その隙に手早く引き抜く事により被害を受けずに決着を付けるといった確実な手口。その仕組みを知った面々は揃って好奇の光を宿し、次なる獲物を探し始める。
「ふむ……マンドレイクに意識に類するものがあると仮定して、とすればニケさんの氷魔法でもいけるかもしれませんねっ」
「こおり、はくー?」
「いえいえ、まずは地面にこうして手と足をですね……」
その中途、何やら思いついたらしきミーアの提案によりニケが両手両足を地面に差し込ませていた。どうやら電撃ショートの要領で、周囲の地面ごと凍らせる事によるマンドレイク採集を試みる模様。
「はいっ、今です。葉と茎には触らない様に!」
「こおれー」
―――パキィィン!
「「おおー!」」
どうやらその試みは成功したらしい。引き抜いたマンドレイクは凍り付いてこそいたものの、その根より感じられる魔力は濃密なまま。これにより味をしめたパーティ全体の採集効率、そしてそれに伴う皆の意欲は更に増していく。
「妖精蜻蛉の群れの付近に一本発見!」
「ついでにレア物の鱗粉もゲットしちゃいますっ」
「馬鹿っ、処理が雑過ぎ……」
―――ムヒョオァアアアッ!!
「こっちにも一本ありまし――きゃああっ!?大蛇がっ……締めっ、締まっ!?」
「こおれー!」
―――ヒィエェェッ!?
「ありましたっ!灰色熊ファミリーの巣の目の前ですがっ」
「めんどーだし叫ばせてまとめて熊鍋、いっちゃおー」
―――ッキィイイィイイッ!!
時には処理に失敗したり、はたまた天然の殺傷トラップとしての利用をしたり。その度に幾許かの犠牲は出たものの、総計で見れば長年の採集経験を誇るガラムでさえ記憶にない程の大量のマンドレイクの収集を成していた。
「まだ入り口付近だってのにここまでの高級素材の宝庫ってな、さっすが神秘の最たる妖精郷だなぁ。暫くここで採集まみれの生活してぇ……」
「お蔭さまで学術的な知見も深まりましたし、無貌の女神さまへ奉納する信仰も沢山狩れました。あぁっ、充実ですっ!」
「あの、ピノさん。この人って実は邪神の僕とか、そういった危険人物だったりするんじゃあ……?」
「ノーコメ」
すっかり熱に浮かされた様子で奉じる神への賛美を口ずさむ娘の前では微妙な面持ちを湛える主の姿。それと一部ますます慄く神官見習いが居たものの、概ね稀に見る大漁となった結果に沸いていた。
しかしそれが故に木々に紛れて背後の頭上より迫る影の存在を察知出来た者は少なく――唯一それを知る者は自らの立ち位置故に過剰な加護を与えはしない。
「えっ……うわぁっ!?」
「うぉっ、何だこりゃ!」
「きゃああっ」
結果として迫る影達の不意打ちは半ば成功に至り、採集に勤しんでいた面々は頭上より降り注ぐ糸により雁字搦めに絡め取られてしまう。まるで意志を持つかなその糸は柔らかながらもしなやかに締め付け、もがけばもがく程に身を封じる枷となる。
場に立つ者がなくなった段となり、樹上に潜んでいた影達が厳かに謳い始めた。地に伏す者達にとってはあまり歓迎の出来ない、不穏な予感に満ちた句を。
「森への敬意を持たぬ不届き者に、裁きを――」
「大蜘蛛様に捧げるのだ――あのお方はこと娘の血肉を好む――」
気付けば周囲の頭上よりは数多の視線が注がれて、それと同じだけの硬い何かを打ち鳴らす音が木々のざわめきに紛れ響き渡る。やがて場全体へと広がる囁きが落ち着いてきた頃となり、一つの巨大な異質の影が音も無く舞い降りてきた。
「……ひっ」
心弱き身では正視に堪えぬであろうその姿。故に神官見習いの少年がそんな声を上げてしまったのを責められる者はいなかろう。
上半身は碧の娘と同じく、何らかの紋様に彩られた肌に鮮麗な衣装を身に纏い、しかしながら腰から下は巨大な多脚の巨体を持つ、昆虫然としたシルエット。悲鳴を上げた少年へと一瞥をくれた冷たい目を持つ半人は周囲を見回した後に頭上の影へと合図を送り、直後その場へと異形の群れが降り注いできた―――




