第237話 ピノとミーアのハッタリ神霊宣教団①
「――およ?」「お?」
と帝都の昼下がり。冒険者ギルド帝都支部のロビーにて、壁に貼られた一つの依頼書を取る手が重なった。片や明るい金髪を今日の気分でワンサイドアップにまとめ、金色の犬を連れた愛らしい少女姿。そしてもう一方は年季の入った軽装備に身を固め、これまた長年の熟練を感じさせながらもどこかくたびれた中年姿。その傍らにはやや頼りない印象を受ける神職らしき少年を伴い、こちらもまたぱちくりと目をしばたかせるというふとした日常の一幕。
「どーぞどーぞ」
「いやいや、俺達は別に急いじゃいねーからな。お嬢ちゃんに譲るぜ」
「むぅ」
少女姿――とあるパーティに所属する妖精族のピノはここで一つ、可愛らしく眉根を寄せて考える。普段のピノであれば躊躇いもせず好意に甘え、さっさと依頼書をカウンターへと持っていくところであるが、現在はあまり人目を引かぬよう心掛ける理由があった。その理由とは他でもない、先日に起きた教会乱闘事件だ。
仲間の一人が逮捕されたどさくさに紛れて裏口より逃げ出していたピノは、現行犯ではないもののやはり当時の捜査の対象となっていた。多分に政治的な思惑も絡むこの事件であるがため表向きにはこうしてのんびりと依頼を探せる身ではあるものの、今の帝都支部に在籍する職員の殆どは軍属達の隠れ蓑。裏事情を知る者達からはすっかり問題児扱いをされ、また妙な事をやらかさないよう微妙な注目を受けていた。
それでなくとも遺棄地域開放の報を受け、耳聡い冒険者達がここ一月程でちらほらと舞い戻ってきている大事な時期だ。悪目立ちはしてくれるなと仲間達より念を押されている事でもあるし、慣れない気を使ってみた結果がこの現状。どうせなら強欲な冒険者らしくさっさと依頼書を持って行けというのだ。
内心そんな悪態を吐きつつも表向きは愛想を振りまき、そんな空気の読めない中年男の顔を改めて確認する――とどこかで見た気がする赤ら顔の横では、やはりこちらも見覚えがある優しげな小顔。
「あ~!ガラムのおっちゃんにサップじゃん!」
「うぉっ!?いきなり大声出すんじゃねぇよ……って、誰だ?」
「さ、さぁ?あの、どこかでお会いしましたか?」
今日も今日とて騒ぎ始めたピノに職員達の溜息が揃って吐かれるも、ある意味これもここ暫しで根付いてしまった帝都支部の日常だ。本人が考えているよりは随分と緩い注目を受けた後に、周囲の雰囲気は平常運転へと戻るのだった。
そして当のピノはと言えば、二人の言葉に今の自分の外見を思い起こす。そういえばこの二人と最後に会ったのは夏に異界へと赴く前であり、今の成長したピノの姿では気付かないのも無理はない。
「ボクは――」
自身の素性を語るべく、そこまで口にしたところでふと妖精たる身の習性が疼いてしまう。これはあるいは、大っぴらに悪戯心を満たせるチャンスではなかろうか。
先にも触れた通り、ピノは妖精族を出自とする。分類としては比較的穏やかで臆病かつ内向的とされるフェアリー族に該当するが、人族と同じく中には変わり種もいるものだ。なのでどこが穏やか?とか臆病っておいしいの?といったピノを表すにふさわしき正論の数々についてはこの際、見て見ぬふりをするが得策と言えよう。
改めて妖精族についての特徴を簡潔に語ろう。妖精族は大別してフェアリー族とピクシー族に分類され、その差異は見た目のサイズの他にその性格にも表れている。
フェアリー族については先述の通り。もう一方のピクシー族は対照的にお祭り好きで能天気かつ、フェアリー族と比較すれば社交的と言えなくもない。そして二者に共通する点として、好奇心旺盛で悪戯好きという伝承に語られる通りの悪癖が見られるのだ。
過去に人間達の治める国へと出没した妖精族の噂は事欠かない。姿を隠して式典中の王侯貴族が乗る馬へと近付き、その尻へ針を刺した結果馬が大暴れをしてあわや世継ぎが儚くする大惨事になりかけたといった話、あるいは戦場一杯に恋蜜ジュースの雨を降らせ、敵味方入り乱れた酒池肉林を作り上げてしまったなどという洒落にならない話等々。その全てを鵜呑みにする者はいなかろうが、そんな滑稽話に些かの信憑性を持たせてしまう程度には妖精族は総じて悪戯好きな傾向が強いのだ。
それでも突出した知的好奇心の反動か、そういった面ではかなり落ち着いているピノではあるが、やはり悪戯好きな種族の血は争えない。専らその欲求をぶつけ晴らしていた対象が投獄中の今、少なからず物足りなさを感じているのは事実。ここは一つ知己のよしみで犯罪にならない程度に楽しませてもらおうと、心の中でほくそ笑む。
「ボ……わたし、ガラムさんのファンなんですぅ~!アイブリンガー辺境伯領でのご活躍、耳にしておりますことですのよ、おほほほほっ」
「うぇっ?あ~、あれかぁ」
一先ずしなというものを作ってみせはしたものの、今一しっくりこない気もする。まぁ良いか、おっちゃんは褒められて満更でもなさそうだしと次なる目標を見定めた。
「えっと、その……?」
その反応を見る限りでは、この神官見習いの少年の気弱さは相変わらずらしいと判断する。実際のところ見た目としては年頃な少女よりこう間近に見つめられてしまえば、神職としての修業一筋で初心な少年が顔を赤らめ舞い上がらぬ筈もないのだが。相変わらず自身の今の外見に対する自覚がいまいち薄いピノだった。
「うふふ……こちらの坊やは可愛らしいわねぇん」
再び考えた後に、今度は一度やってみたかった大人の色気というものを実践するべく某山荘のすねかじり、魔改造トリオが紅一点の真似を演じてみる。見ればサップは更に顔を赤らめ、その目を白黒とさせていた。二人の反応をひとしきり愉しんだ後に、本日の被害者達を周囲で不憫そうに見守る軍属達へと一睨み。余計な事を言わぬよう先手を打って釘を刺す。
「ところでこちらの依頼書ですけどぉ。もしよろしければ、わたしの仲間と一緒に共闘しませんかぁ~?」
既にノリノリとなってしまったピノは止まらない。傍らで物言いたげに見上げてくるピコをこれまた姉の強権的視線により黙らせ、その一方で仲間の駄狐もかくやと思わせる程の媚び媚びな少女を演じ、野郎二人へと提案する。
「共闘、か?」
「はい~。ただいまあと三人程が商店街の方で別行動をしているんですけどぉ、わたし達女性ばかりで、討伐系の依頼はちょっと怖いんですぅ~」
「どの口で言っ……」
思わず上がってしまったらしき若い男の声に合わせ、目の前の二人から見えぬ位置より『空気弾』をズドン♪不可視のアッパーカットを喰らい床へと倒れ込む、栗鼠の尾を持つ獣人族は然る後に軍属達の手により奥の部屋へと投げ込まれてしまう。臭い物には蓋をせよとはよく言ったものだ。
「なぁーる。嬢ちゃん達、女同士でパーティ組んでたんだな。そりゃあの森を探索するにゃ心細いってもんか」
「えぇ。とりあえずはそんな感じですことのよ、ほほほっ」
「あの、あなたってもしかしてどこかで……」
流石に魔法職の目につく場で精霊力を起動したのは迂闊だったかもしれない。何やら異常を察した様子を見せるサップは先程の様子から一転、何かを見透かそうとする様にじっとピノの顔を見つめ始めてしまう。
「さ、さーそうと決まれば善は急げですっ!早速依頼の受注手続きにいきましょー」
「おほっ……嬢ちゃん、中々積極的だな」
「わっ!?えっとあの、腕に……ごにょごにょ」
これはまずいと焦ったピノは、これ見よがしに二人の手を取り強引にギルドカウンターへと引きずっていく。その際上がった二通りの声におませな自尊心を満足させながら、エロオヤジとむっつり君の二名様ご案内と心の裡でガッツポーズを取るのだった。
「カンナ、この依頼手続きお願い!」
「はい……今回は共同の案件処理という事でよろしいでしょうか?」
カウンターへつくなり胡散臭い芝居をしていたのも忘れ、ピノは素の口調のままに依頼書を渡し話しかける。それを受けるは帝都支部名物の一つである、場の全てに陰鬱補正を付与する特殊能力持ちと専らの噂な、沈んだ空気を今日も振りまく受付嬢。
「んー、どうもそうなっちまったらしいな。そういや嬢ちゃんのランクはどの位なんだい?」
「Cだよー」
「えぇっ!?僕よりも高かったんですか……」
「ほ~。嬢ちゃん、見た目に似合わず熟練してんだなぁ。見たところハーフエルフか?実は結構齢いってたりしてな」
びきびき。ガラムによる年齢詐称疑惑に内心ではそんな擬音を上げながら、この先どこまで騙せるかとピノは秘密の悪戯に心馳せる。そしていよいよ報酬周りの割合等々を決めた後に手続きが終わり、それぞれのギルドカードへと受注情報が焼き付けられた。
「それでは言ってらっしゃいませ……ガラムさま、サップさま……そしてピノさま」
「……あ?」「えっ」「あっ」
「わふぅ……」
驕る何某は久しからず。有事の際の優秀さの欠片も見えない沈み調子な受付嬢により、場の全てが暫しの凍結を見た後となり。駄目だこりゃとでも言わんばかりの鳴き声を上げる愛犬とその飼い主の間を二対の視線が泳ぎ、揃って驚きの声が上がってしまう。その向かいでは折角の悪戯が不発に終わった腹いせにカウンターの側へと噛み付くお子ちゃま、対し相変わらず分かっていない様子で気怠げに首を傾げる受付嬢の姿があったそうな。
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「はぁ~、まさかあのちびっこが成長するたぁな」
「ふふ~ん、畏れ入ったか!」
場面は変わり、商店街の中心部へと向かう大通り。定番の蓑虫状態となり弟分の背に括りつけられた問題児は自らの状況に悲観もせずにドヤ顔を晒し、帝都支部での経緯などを軽く二人へと説明していた。だがその内に今更ながらに人目を気にし始めたのか、何事かを呟いた直後その意志に従ったかの様子で身体を縛り付けていた麻布が解け落ちたのだ。そのままピコの背に乗り直し、続く諸事情を当たり障りのない範囲で語り続ける。
「帝都支部に所属する冒険者の殆どが軍属だったなんて、驚きです……」
「むしろそんなお堅い連中だってのに、どうして暴れ出したちびっこへの対処があそこまでスムーズなんだかなぁ」
「まったく、あの連中ってばレディの扱いがなってないよね」
微妙に噛み合わないそれぞれの言葉より、その後に起きた諸事情が見えてこなくもないだろう。どうやらピノの中ではただ目立つだけであれば悪目立ちじゃないよね、という理論が大勢を占めているらしい。
「まずは今一緒に動いてる仲間を紹介するよ。依頼の方はその後で良いよね?」
「おう。どうせこっちもキェゾの奴が知己の伝手だとかで現場監督業に持ってかれてっからなぁ、正直言うと後衛火力職が欲しいところだったんだよな」
「そこはまっかせといてー!約一名程、ちょっとその……とんでもないのが居るけど」
「「?」」
ここで口籠るとはこの少女にしては珍しい、と評するには二人はそこまでこの妖精族との関わりが深くもなく、そしてピノもまた彼等の疑問に答えるつもりはない様子。自然とその後の言葉数は減り、やがて三人と一匹は待ち合わせの場所へと辿り着く。
「おかえりなさい、ピノさん……そちらのお二人は?」
「キースさまがふえたー!」
「あら、そっちの子も神職なのですね。これは新たな、改宗案件かしら?」
さてこの場合、どれがとんでもない相手であろうか――出迎えた面々を見たガラムとサップの心中は細かなニュアンスこそ違えども、概ねそんな疑問で埋め尽くされているに違いない。それ程までにピノより紹介をされた三者の装いは二人の目に異端として映り、しかしながら立ち振る舞いに限って言えば昼下がりの安閑な場の雰囲気にこの上なく溶け込んでいるその奇妙。
この出会いこそが帝国へと活躍の場を移した、とある冒険者パーティにとっての波乱に満ちた日々の幕開けとなる事を当時のガラム達は知る由も無く、ただただ戸惑いの視線を交わし合うばかりであった。
という訳でどう考えてもパワーバランスのおかしい連中のお話。自重?何ソレ。




