第234話 新入り野郎の雇われ囚人物語③
「――言葉が話せなくなるとはまた面妖な。心当たりなどはあるのであるか?」
『無い訳ではないんすけどねぇ……』
一仕事を終え昼の休憩中、改めてキェゾさんと面会し互いの近況などを軽く交換し合う。
キェゾさん達のパーティは前の夏に開通した帝国への直通路を通り、秋口辺りからその活躍の場を帝国の側へと移していたのだそうだ。今は帝国の知己の伝手によりこういった監督業務の経験があるキェゾさんだけがこの場の仕切りを担当し、ガラムのおっさんにサップ君の二人は別口の外回り依頼をこなしているという。
そういえばピノ達も西方面の外回りを担当しているとか言っていたな。たしか妖精郷、だったか。ピノの故郷であるというその森もデンス大森林程ではないものの相当な広さと深さを誇るらしいからな、さぞかし蒐集系の依頼には事欠かないことだろう。新たな地域の散策といった響きに少しばかり食指が動いてしまうというものだ。
「ふむ……ときにライタ、君は良からぬモノに憑かれているのではなかろうか」
『……分かります?』
「うむ。その無言症とはあるいは、それが原因か?」
キェゾさんも精霊魔法と魔導系魔法の双方を使いこなす精霊導師であるらしい。本来の狐人族はエルフと同程度以上に術法に適性を持つ種族とも聞くし、そういった神秘力の異常にも聡いのかもしれないな。
なお、身近の駄狐共に関しては以下略―――
そんな阿呆なセルフ突っ込みを入れている間にも、キェゾさんによる俺を取り巻く神秘力周りの軽い精査が執り行われる。あるいはあいつの存在を想起させる何らかに行き着き慄かれてしまう展開も予想されたものの、幸いにしてチャンネルを断線していたお蔭かそんな危惧が的中する事もなく精査は進められていく。
『ところでキェゾさん、遺棄地域の話って聞いてます?』
「噂に聞く死の地域か。帝都支部で仕入れた話では一月ほど前に厳戒態勢が解かれはしたが、未だ予断を許さないと聞いているが」
若干手持無沙汰となったついでに世間話の続きを振ってみるも、特に目立った反応は帰ってこない。やはりあそこの軍属達も表立って情報を開示する気はないようだ。
遺棄地域の状況としては既に厳戒態勢からは数段下がる注意喚起程度となっており、それでもここ数年の死の悪夢の恐怖が抜けないからか、帝国民は一切が近寄ろうともしないのだ。軍の側では唯一ジェラルド将軍率いる一派のみがあの地域の復興に一枚噛んでいるこの状況、早々一般人に情報を開示して自ら旨味を減らす事もないという意向なのだろう。
ここで俺は考える。最終的には莫大な恩恵を得られるであろう遺棄地域へ対するアドバンテージの大半はアトフさんが握っている訳だが、それを実行に移す為の人員にとことん不足をしている現状だ。キェゾさん自身は今は動けないかもしれなくとも、外回りの依頼をしている二人が加わればまるまる一パーティ単位での人員の確保に繋がるだろう。そしてガラムさんと言えばヘイホー支部でも探索にかけては相当に優秀な部類に入ると聞いている。この三人であれば調査兼連絡人員としてはこれ以上ない適性を持つのではあるまいか。
『キェゾさん。それなりに裏も取れていて割の良い話があるんすけど、ヘイホー支部繋がりで一口乗る気はありません?』
「――ほう?それはつまり、今の監督作業よりも冒険者らしい仕事に心当たりがあると、そういう事であるか?」
変わらず俺の精査を続ける中、鋭い目に好奇の色を灯したキェゾさんが俺の振ったネタへと早速喰いついてくれる。この辺りはやはり同業者だな。冷静そうに見えてその実、根っからのフロンティア精神を持つ変わり者。であればこそ閉鎖的と噂される狐人族の出身であるにもかかわらず、安定とは程遠い冒険者業などに身を置いているのだろう。
『ええまぁ。ただ紹介料替わりという訳ではありませんが、何か表には出せない情報なんかが仕入れられればなーなんて思いましてね』
「ふふ。ガラムから聞いていたのとは違い、随分と冒険者らしく貪欲な姿勢を見せるではないか」
『そりゃあれから半年も経っていますからね。特に情報の重要性と採算に関しちゃ色々と身をもって味わってますもんで』
旅を始めた当時は見るもの全てが真新しく、報酬などは二の次でとにかく色んな物を見て回りたいという気持ちが強かった。それがいつからか報酬条件等々をしっかりと確認し動く様になったのは諸経費等の必要に駆られての背景もあるし、そういった面を気にする余裕が出始めたという証でもあるのかな。以前よりも僅かに成長をした自身を自覚し、少しばかり誇らしげに胸を張る。
「それでは事態の解決に繋がるかは分からないが、ライタの無言症の直接の原因についての推論を語るという事でどうか?」
『まじっすか!?』
これは予想外。てっきり表向きには異常無しと出るか、あるいは原因不明で微妙な空気が流れるいつものパターンかと思っていたばかりに、その言葉に驚きを隠す事が出来なかった。
「まずは良からぬモノに関してであるが――これはある種邪霊とでも言おうか、年季の入った動物霊とでもいった存在を感じるな」
あぁ、良からぬモノってそっちか。そういえばミチルは分類としては邪霊の最たるものと言われていたっけ。出てきた言葉に若干の拍子抜けした思いを抱えつつ、誤解なき様訂正だけはしておこう。
『それは特に問題ないっすね。むしろ俺の奥の手みたいなもんなんで』
「……そうか」
若干気まずげな様子で口にされたその事実へと気負いもせずにそう返し、そんな俺の態度を見たキェゾさんも次に伝えるべき言葉を吟味し始める。やがて考えが纏まったらしく、昼の休憩の合図が鳴り響く中で早口に語り始めたのだ。
「時間も無いので手早く済まそう、今のライタの裡には魔法的効果の一切が働かない状態だ。それを踏まえた上でライタの症状を鑑みるに、可能性として浮かぶのは共通語の口語発信部分に組み込まれたと伝えられる、魔法的な翻訳機能の欠如。これ以上の詳細についてはまた次の機会に、だな」
言い終わるなりキェゾさんは手早く荷物を片付け、監督作業へと戻っていく。俺もそろそろ持ち場に戻らないとな、囚人生活に自由は無いのさ~。
『ただいま戻りゃ~した~』
「ほぉら、俺の言った通りでしたでしょう衛兵殿?こいつのこった、きっと時間通りに戻ってくるってさ」
「ちっ……どうせならあの現場監督をもっと引き留めて、休憩時間を増やしておけというんだ」
帰ってくるなりお役所仕事の改善するべき点を発見。既に衛兵も囚人もなくだらけきり、目に見えて午後のお仕事に手を抜く気満々なのが見え見えっすね。とはいえ、冬にしては比較的暖かな今日の天気に重労働の高倍率コンボだ。始めから別の目的があってこの現場へ出向いた俺とは違い、おっちゃん達は付き合いみたいなもんだものな。そこまで強いては些か酷だろう。
こうして俺は先のキェゾさんの見解について自分なりに推論を進め、リセリーに報告すべきレポート題材を練りながら午後の作業へと従事する。魔法的な翻訳機能、かぁ。言われてみればやはり当時に釣鬼からそんな話を聞いた気もしなくもないな。
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陽が赤らんで地平線へと降り往く中、作業の終わりを報せる鐘の音と共に場の皆が地面へとへたり込む。流石に俺も、昨夜の不本意な鬼ごっこからのほぼ徹夜な重作業となると疲れが半端ない。さっさと監獄に戻って泥の様に眠りたいものだ。
「おい、現場監督殿のお呼びだぞ」
『監督、っすか?』
俺達囚人組が監獄へと戻る為に整列していたところ、担当官である衛兵達におっちゃん共々お呼びの声をかけられる。
現場監督、って事はキェゾさんだよな。俺を呼ぶのは分かるが、何故におっちゃんまで?そんな疑問を顔に出しつつおっちゃんの側を見てみるものの、おっちゃんも特には心当たりがないらしい。衛兵曰く特別許可証が出ているので後はキェゾさんに監督権が移るなどと言われ、そのまま二人で首を傾げつつキェゾさんの下へと向かう事にする。
「来たな、ライタ。それとそちらのついでな中年も」
「……俺の扱い、酷くねぇ?」
それについてはノーコメントを貫かせてもらうとしよう。どうせ今の俺、直に喋れねぇし!
キェゾさんの説明によれば、俺一人をあの囚人の列から引っ張り出しては目立つだろうからとの計らいらしい。見事についで以外の何物でもない真相におっちゃんますます不貞腐れ。少しばかり憐れに思いつつも詫び代わりに差し出されたワインを美味そうに飲み始めた時点で申し訳ないが意識の外へ。酔いどれ親父の搬送業務が本日最終のミッションだな。
「午後の作業の合間に知己へ連絡を取った。本日中に監獄へと戻れば問題ないよう許可を得ておいたから心配の必要はない」
『どもっす。それじゃあ、昼の続きですかね』
「うむ、さてどこまで話したか――」
そう言ってキェゾさんは俺の無言症についての推論を改めて語り始める。その内容とは明確な証左こそ世に顕れぬものの、この世界に暮らす人々であれば一度は聞いたであろう、近代共通語に組み込まれるという魔法的な翻訳機能。
詳細部分については専門用語が飛び交い俺の頭では理解に至らなかったものの、神代に伝えられたとされる統一言語は完全なる魔法言語であったが故に、神が言葉を分けた――世に遍く何らかの法則が瓦解しそれに伴って当時の人類は言語を喪ってしまったのではないかという推測。
その説を耳にした際には突飛に過ぎるのではと思いもしたが、よくよく聞いてみれば一定の割合の古代史研究家達の間では様々な部分で信憑性の高い証拠が遺されているらしい。
「そこで先程話した知己にもその見解を求めてみたのだが、予想外に喰い付きが良かったのだ。先方は同伴でも構わないと言ってくれているし、ライタさえその気があれば秘密裡の資料を見るまたとない機会だ。行ってみないか?」
『え、今からっすか?』
「うむ」
そいつはまた急な話だな。話の内容そのものは実に興味をそそられるものではあるが、キェゾさん曰くその知己は軍属であるらしい。となれば行先は当然軍務参謀府となり、更には現在の俺、表向きとはいえ世を憚る囚人生活中。ジェラルド将軍辺りと鉢合わせた日には先日の件について徹底的に絞られかねない危険がなぁ……。
暫しを悩んだ末に、仕方が無くその申し出に応じる旨をキェゾさんへと伝える。ここまで真相に近付いておいてヘタレ根性を発揮したと知られてしまえば間違いなくヤツからのお仕置き確定。それに別途の状況調査を命じた出雲にしても、
「そこまで入り込むのであれば、いっそ全てを掴んで来るがいいっ!」
とでも言ってくれそうだからな。こういった神秘ネタも好物とする扶祢にしても、好奇心に満ち満ちた瞳を向けながら根掘り葉掘り聞いてくる事間違いなし、ここは仕方があるまいて。
『それじゃあ、よろしくお願いしまっす』
「うむ、任せておけ」
「う~ぃっく……帰ぇ~るのくぁ~?」
おっちゃん、下戸過ぎ。たった一本でもうべろんべろんじゃないっすか……。
酒臭い息を吐くおっちゃんに肩を貸し、キェゾさんの先導のもと俺達は軍務参謀府へと向かう。どうか、この胸に不穏に立ち込める悪い予感が当たりませんように。
そんな切なる俺の願いはある意味叶い、そしてある意味ではそれ以上にババを引いてしまう事となる。何故ならば、だ―――
「何だ平民、今度は言葉を話せなくなったと聞いたぞっ。先日の状況証拠満載の活躍と言い、相変わらず面白い事をしてくれるものだ、むはははっ!」
「Jesus……」
案内された先の部屋にて引き合わされ、その衝撃に我が身の現状を忘れ素の発言を晒してしまった俺の対面に泰然と座すその将官は。正しく軍務参謀府の切り札たる、ギーズ副総括その人であったらしい。キェゾさん、あんた何つぅ人とのコネ持ってんすか……。
味方として引き込んでみたら思いっきり罠でしたな心境。あくまで頼太の心境。
次回投稿、明日3/20(月)となります。




