第028話 宴の後
打ち上げも終わり、翌未明―――
「やっぱり目が覚めちまうんだよな」
少し寝た事により脳の起床スイッチが入ってしまったのか、意識が覚醒してしまった。仕方が無しに雑魚寝状態からむくりと起き上がり、妙にすっきりとした頭で宴会内容を思い返す。結局酔っ払い連中が完全にダウンして収拾が付かなくなってしまい、ギルドのロビーにマットを敷いてのお泊まり会という流れになったんだったな。
ふと膝下辺りに重さを感じ、視線を降ろしてみる。そこには俺の足を抱き枕にしてぶら下がるピノの姿。そしてその胴体を扶祢が抱き枕化し、更にその扶祢の尻尾を枕代わりにしてピコが寝ているというもっふい行列。うわ、涎がふくらはぎにべっとりと。
「この生意気幼女め」
涎の罰にそのもちもちの頬っぺたをつねくりながら頑固にしがみ付いてくるピノの両腕を引き剥がし、ピコの尻尾へと巻き付けておく。
「ふぅ、これで良し」
うむ、見事な癒し系もふリング、プラスワンの完成だな。俺の作業に目を覚ましたらしきピコが何か言いたげな上目遣いをこちらに向けてくるが、何も見えない聞こえなーい。
完全に目が覚めてしまった俺は、高揚した気分を抱いたままに周囲をぐるりと見渡した。
「こちら深夜ロビー警備員、特に異常は見当たらず。緊急を要する重大案件は発生していない模様、どーぞ」
「何寝ぼけたこと言ってんだ」
「ふおっ!?」
そんな阿呆な独り言に背後よりかかるドスの利いた低い声。この不意打ちには思わず飛び上がってしまった。
「だっ誰だ貴様ッ!?」
慌てて声のした側を振り向くと……でけぇ。
釣鬼とまではいかないが身長178cmの俺よりも頭一つ高く、ガタイの良い身体で立ちはだかる渋面の男。筋骨隆々といった感じではなく、猫科の肉食獣のそれを思わせるしなやかかつ、強靭そうな筋肉に覆われた体付きをしている。
「俺か?お前等が持ち込んでくれた大事の残務処理に追われて、そのまま深夜番シフトに組み込まれた哀れなサブマス様だよ」
「!?」
サブマスですと!?それに、今『お前らが持ち込んでくれた大事の残務処理』と言ったような?
ここで俺氏、あまり得意ではない思考タイムへと突入。ぽく、ぽく、ぽく……ちーん。
「へへぇ!お手数おかけいたしやす!」
「全くだ、と言いたいところだが。これはしょうがねーさ、むしろよくやった」
「え、あ、ありがとうございます」
夜中のロビーを占拠して冷たい目で見られるかと思いきや、予想に反して褒められてしまった。どう反応して良いかも分からず、ありきたりな返しでお茶を濁す事にする。
「とはいえ、サリナも居たしある程度は手伝って貰おうかと思ってたんだがな。まさかここで酒盛りを始めるとはなぁ……お蔭で一人で延々と書類仕事をする羽目になっちまったぜ。まぁ元々俺の担当だから仕方ねーんだけどよぉ」
そう言って深いため息を吐くサブマス様。何というかお疲れ様です。
「んで何してたんだお前は」
「ええ、ちょっとこの幼女が人のふくらはぎに涎を擦り付けていやがったんでね。兄弟分のこの犬っ子の尻尾で涎を吸収して貰うついでに、この華麗なもふリングを作成していたんですよ。どうです、癒されるでしょう?」
「お、おぅ……」
どうやらこの造形美に感動してまともな言葉が出てこないようだな、フッ。
「しかし、このちびっ子が例の妖精族か……翅が無ければただのお子様にしか見えんなぁ」
何故かは分からないが何かから気を取り直した様子でそんな感想を漏らすサブマスター。
あー、世間一般の妖精族ってもっとか弱い幻想的なイメージだもんなー。
「こいつは妖精族の中でも結構な変わり種ですからね」
「ほぉ」
「妖精族にありがちな臆病さが見られない、どころかむしろ好戦的。焼肉は美味そうに食い漁る。宿屋のロビーで犬を部屋に入れろと土の上級攻撃魔法をぶっ放しかける。気まぐれ……ではあるのかもしれないけれど、どちらかと言えば理論的かつ集中力が高く、オーガすらも酔い潰す程のウワバミ。およそ妖精の印象とはかけ離れてる気がしますね」
そもそも比較的臆病で警戒心が高めと言われるフェアリー族にしては珍しく、好奇心旺盛でお祭り好きなピクシー族並に……というか元気いっぱいで自重を知らないお子様といった感じだからな。
「種族的に変わり種って訳じゃなくて性格の話か。夕方の漫才もどきもちらっと見たがそこの狐人族の娘と言い、見た目と中身のギャップが凄いもんだな」
「全く以て見た目詐欺ですな」
「見た目詐欺、なぁ。そういえば、その筆頭のアデルまで居るな」
「ぶっ!?」
いや何となくそれは思ってはいたけどさ。エルフに対する印象は万国共通なんだな。
俺の反応を見たサブマス様はそこでニヤリと笑う。
「同意したな。お前は今此処で共犯者となった」
「一体何の共犯っすか!?別に失礼な事思ったりなんかしてませんよ!」
「声がデケェ。獣人族は耳が良いんだから気付いちまうだろ」
「それ言ったらアデルさんだって同じじゃないっすか……それに扶祢なら一度寝ると寝起きがとことん悪いんで大丈夫っす。もし気付いて目が覚めたとしても緊急時じゃなければそのまま二度寝するんじゃないですかね」
「そ、そうなのか……」
聴覚に限らず全般的にスペック高めで戦闘時に限らず探索でも頼りになる扶祢だけど、こいつの感覚の鋭さってどっちかというと達人の研ぎ澄まされた集中力的な感じだもんな、野生E-だし。
よく考えるとこいつが獣人族って性格的に無理があるんじゃなかろうか?外見はまごうことなき狐人族だと言うのにね。尻尾の本数は置いといて。
閑話休題。
「あの捕り物騒動の前に丁度アデルさんがタイミング良くヘイホー支部に帰って来たんですよ。それでその辺の話をしてたら流れで打ち上げに参加しようっていう事になりまして」
「アデルらしいな。Aランクになっても相変わらず気取らず、貴族様の癖に人当たりも悪くねぇ。もっとお淑やかにしていれば嫁の貰い手なんざ引く手数多だろうに」
「そういう平穏な生活に飽き飽きしてるんじゃないっすかねー。実家にもSになって箔を付けてこいって言われたみたいですし」
「まぁギルドとしちゃこいつに色々任せられる分大助かりなんだがな……そういえばこいつの実家はかの変人揃いの辺境伯だったか」
結構ずけずけと言うなこのサブマス。見るからに元冒険者の叩き上げって感じではあるし、応接室爆破事件の直後に会ったギルマスよりもむしろこの人の方がマスターみたいに思えてしまう。
「そういえば、お名前聞いて良いですかね?俺は陽傘頼太です」
「ああ、まだ名乗って無かったな。俺はリチャード・マッケローって言うモンだ。一応今も日々の鍛錬程度は欠かしていないが、現役としては結構前に引退をしている。時々大規模な魔獣退治や荒事に狩り出される事もあるけどな。大抵はギルマスのヘンフリーと入れ替わりで総務や対外的な交渉にあたっている、宜しくな」
「宜しくお願いします。残りの面子は今寝てるんで――」
「ああ、良い良い。俺もそろそろ書類仕事に戻らねーとなぁ」
リチャードさんはそう言って疲れた様子で首をゴキゴキと鳴らす。うーん、仕草が様になってるなぁ。
「残り物ですけどつまみと飲み物でも持っていきます?確かそっちのテーブルにまとめておいたような……」
「お、助かる。じゃあ幾つか貰っていくぜ」
「ほいどーぞ」
そしてリチャードさんは奥に引っ込んでいった。
「さてどうすっかな」
そんな風に独り言つ、ふと天上の窓の外を眺め……その景色に―――
「ああ――今夜はこんなにも、月が綺麗だ―――」
「そ、そうですね?」
「ふぁっ!?」
いやー!また見られたー!もうやめて!ぼくのライフはゼロよ!あまりの恥ずかしさにその場でゴロゴロと転がりながら悶えるという奇行を披露してしまう俺。
「だ、大丈夫ですか!?」
その俺の奇行に若干引きつつも気遣いの言葉を投げかけてくれたのは、件の素行不良な元冒険者達のパーティに組み込まれていた侍祭のサップ君だった。
「あー、うん。ちょっと厨二病が自爆しただけなのでお気にせず……」
「……?は、はぁ」
俺の反応に困る返しに曖昧な笑顔を作るサップ君。
「うん、それはこっちに置いといて」
「は、はい」
「サップ君もご苦労さんだったね。あんな連中に痛めつけられて、それから解放されたと思ったら酒と料理の配膳にうちの釣鬼の介抱まで。ほんとスンマセン」
「いえ!あのパーティのことはともかく、解放された後は僕も結構楽めていましたし」
俺の言葉にしかし、サップ君は思ったよりも明るい様子で答える。
いや、この子には本当に苦労をかけてしまったからなぁ。釣鬼を開放する傍からピノにお前も飲めと酒を押し付けられていて、それを見かねた扶祢が暫しの間抱きピノの刑に処した位だし。
「そうか、楽しんで貰えたのであれば何よりだ。と言っても俺特に何もしてないけどな」
「あはは、頼太さん達のやり取りも面白かったですよ」
「突っ込み役が酒に潰されてたからなぁ。あの状況はカオス過ぎた……」
「ピノさんてお酒物凄く強いですよね。あんなに身体が大きな釣鬼さんが飲み負けるなんて」
「だよなぁ」
そんな当たり障りのない事を話しながら、サップ君とテーブルでお茶を交わし静かな時を過ごす。
思えば俺は普段賑やかな連中と居る事が多くそれはそれで楽しくて良いのだが、サップ君みたいな物静かなタイプとのんびり過ごす夜もたまには悪くない……別に薔薇趣味では無いからね?
「そういえばサップ君はあいつらと別れた訳だけど。これからどうするのかな?」
「ええと、ですね。実はアデルさんから良ければ今度の調査も含めて暫く付き合ってくれないかとお声がかかっていまして。僕、回復とサポートだけは得意なので、お声をかけて貰えたのであればそのお手伝いでいきたいなと思っていまして」
「おー。アデルさんと暫く同行するなら問題無いか、良かった良かった」
冒険者としてのアデルさんをこの目で見た訳ではないけれど、Aランクにもなれる程の人だしその実力は折り紙付きなのだろう。もし当てが無ければお試しでスカウトでもと思ったが、そういう事なら安心か。
「あ、もしかして心配してくださいましたか?有難うございます」
「いやいや、半分は回復役の知り合いを作るというお目当てもあったのサ」
「あは、下心が半分程度なら十分好意だと思いますよ」
「言うねぇ」
「僕、前は肉potって呼ばれてましたし……」
「……うわ」
いきなり重い事を言って凹むサップ君。余程辛かったんだなァ……。
「ま、まぁ良かったじゃんか!アデルさんみたいな綺麗処と一緒に旅出来るなんて男冥利に尽きるってモンだぜ。コノコノ!」
「は、はい……モゴモゴ」
あらら、サップ君ったら真っ赤になってモジモジとし始めてしまった。素の仕草と若干の幼さ残る見た目から、どことなくショタっぽさを感じなくもない。はっ!?アデルさんまさかショタ属性か……?
流石にアデルさんに失礼か。自重自重。
「ふぁあぁ……む、欠伸が」
「うん、僕もそろそろ眠くなってきました」
「んじゃ寝なおすかー」
「ですね、お休みなさい」
「おやすー」
こうして俺達は宴の後の和やかな語らいを終える。では、そろそろ寝直すとしようかね。
冒険も何も無い上に野郎オンリー回。
え、扶祢とピノ?今回はモフモフとフワフワ担当ですし。




