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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第231話 紅咲く一輪、後日譚

「お前にしては珍しく、随分と踊らされてしまった様だな?」

「は……お恥ずかしい限りで……」


 帝都北部域に位置する軍務参謀府、その軍事基地内の一室にて。帝国軍の将校服に身を包む二つの声が木霊する。

 一方は伊達に片眼鏡(モノクル)をかけ、一見物腰柔らかに見えながらも若干の無念げな表情を見せる壮年の男。対峙するは治める者としての覇気に漲りながらもそれを散逸させる事もなく、徹底した自己の抑制を体現する青年男。凡そそのやり取りからは青年の側が上官に当たろう姿勢が見え、報告は続けられる。


「――といった次第です。スコルピオの素性については仰せ付かった通り、他の報告の一切で触れずにはおきましたが……」

「済まないな。本来であればこの私が貴族方の為に動くなどあろう筈もなし。だがセルヒオの奴め、兄貴の名まで出してきたのでなぁ」

「陛下、ですか」


 ギーズの口より出た、皇帝陛下の名前。それを出す程にあのスコルピオは帝室にとって重要度の高い存在なのであろうか。ギーズの指令にはそう思わせる圧力があり、言ってしまえばその背景故に狂い狐の台頭を許してしまったようなものだ。


「宜しければ、そのご事情についてお聞かせ願えますでしょうか」

「ふむ、此度はお前にも迷惑をかけたからな――口外はするなよ?」

「無論のこと」


 そう前置きをした上でギーズは語り始める。スコルピオと帝室の知られざる関係、そして帝室の成り立ちについて。

 その内容は俄かに信じ難いものではあった。しかしそれはギーズが何故に皇弟といった生まれにも関わらず幼き時分より軍の側へと組み込まれたか、今や参謀府の代表の一人とも言えるギーズが故に軍務参謀府における七不思議の一つにも挙げられよう皮肉な結果となった理由として足るものでもあったのだ。


「――つまり、私は軍に対する帝室からの保険を兼ねた人質であったという訳さ。それが何の因果か、気付けば軍の顔となるとはな」

「……何とも皮肉な話でありますね。これも先の『戦争』のお陰という事でございましょうか」

「違いない、むははっ!」


 表面的な言葉だけは朗らかながら、その先は言ってくれるなとばかりに手で制す。成程そういった事情であれば、ギーズが軍の実権を握ったとされる北部戦線より十と余年が経過した今でさえ未だ諜報の目を警戒し、こうして僅かな伴をも置かぬ姿勢を貫くのにも納得がいこうものだ。

 幸いにしてジェラルドは当時の戦働きにより、ギーズ手ずから参謀府へと引き揚げられた叩き上げの将校だ。当時の参謀府内で横行していた権力争いの類には無縁な身であるし、ギーズ率いる神職部隊と同じく参謀府本体の影響少ない独立した手駒を持ち得ているが故に、こうして裏の事情とも言えよう重大事項を明かされたのだろう。その事実は本来において情報将校といった位置に立つジェラルドには何事にも代え難い武器と成り得るが、それ以上に厄介極まりない要求をされたものだと頭を悩まされてしまう。


「くく、相も変わらずこういった機微には聡いお前の難儀な性質、私にとっては好ましいと言えような」

「これで僕も、めでたく猊下の思惑通りに傘下へ組み込まれたという訳ですか……」

「なに、当時の暗澹たる内紛の再現をしろとまでは言わぬさ。お前も直に戦場で見えた事だろう、アレ等の脅威を目の当たりにしてまで無為な権力争いをする暇など、我等にはないからな」


 言われジェラルドは当時の北部戦線にて遭遇した、およそ人でありながら人ならざる者達の在り様を思い起こす。つい先程まで背中を預けていた筈の戦友が次の瞬間には自らの影に忍び寄る刺客となり、あるいは敵意も何もない、ただただ膨大なる灼熱の鉄の礫が敵味方関わらず天災の如く降り注ぐ地獄絵図。

 あの戦場に出向いた者達の実に半数以上が帰らぬ者となり、残る半数の内のやはり大半が正気を失い帰国の後に儚くなっている。ジェラルドそしてボルドォの二人はそんなこの世のものとは思えぬ死地より生還したあの阿鼻叫喚の僅かな目撃者であり、目の前で泰然と座すギーズもまたそんな一人である一点に於いて認識は共有していると言っていいだろう。


「部下達への諸々の配慮の程、宜しくお願い致します」

「あぁ、そこは任せておけ」


 これにてこの話には一先ず区切りが付き、ジェラルドの疑念もまた一つ晴れる事となる。そんなジェラルドの様子を窺い一つ満足げな頷きを見せるギーズではあったが、そこに次の質問が被せられた。


「時に猊下。もう一体の吸血鬼に関しては如何致しましょうか」

「む……報告にあった銀の鬼か、どうしたものかな。種としての格はともかく、直接的な戦闘力に関しては大叔母御を遥かに凌ぐというが」

「は。ボルドォの報告によれば先の対峙の際には明らかに手を抜かれていた、とまで評されました。奴にしても本気ではないと豪語してはおりますものの、有事の際は決して見過ごせぬものと思われます」


 ここで二人は先程までとは違った意味で憂慮を抱いてしまう。

 ギーズもよく識るその身に魔を纏う若者をはじめとして、狂い狐の手駒には兎角不穏な素因を持つ者が多過ぎる。しかしながらあの銀の鬼は毎夜毎夜の社交界へと堂々と参加をし続けている通り、その性質としては後ろ昏きものを一切感じさせないという不整合。更には先のスコルピオの一件にて、当初はジェラルドへの協力姿勢まで見せていた程だ。

 故に一概に危険要素と断じるにもいかず、また外交特権に関わる立場がために扱いにも困るといったこの現状。然るに吸血鬼の如き存在を放置していては軍の面子にも関わるからこそ、こうして頭を悩ませてしまうのだ。


「……確か、お前の報告によればあのハーフエルフの娘。彼の興隆都市では妖精族を名乗っていたのだったな?」

「は、それと帝都支部での小火騒ぎの際にはあの娘がその背より虹色の翅を開き飛び去ったのを複数の部下が目撃しております。恐らくは厄介事を忌避し、素性を偽っているといったところでしょうが」

「となると、あの姿は儀礼顕現か――そこまでを可能とする程の者であれば、妖精郷との繋がりがあると見て間違いなかろう」


 その言葉にジェラルドも首肯を以て応じる。

 以前にジェラルド自身も立ち会った水晶鑑定の結果では当代で右に出る者は無しと言われたジェラルドの神秘力感知能力をも凌ぎ、また持ち得る精霊使役技能もあの齢で耳長族(エルフ)の系譜と言うにしては突出している。その上でギルドの活動ではあの魔を抱える若者と行動を共にし、外務省に出入りをしている辺りを見ても同じく狂い狐の手駒の一つと類推される。であればその程度の隠し札はあって然るべきだろう。

 こうして誤解と虚構の積み重ねにより読み合いを是とする者達の疑念は膨らみ続け、結果として当人達にとっては思いもかけない、されど果たすべきとされる概要の詳細が知らぬ間に練られ始めてしまう。暫し外務省側へと突き付ける要求のすり合わせを続けた後、ジェラルドは参謀府を後にした―――








「――という事で、釣鬼君には済まないが矢面に立たされてしまったらしい」


 その日の午後となり、軍務参謀府よりギーズ副総括とジェラルド将軍の連名にて要求状が届けられた。内容は言わずもがな、夜の釣鬼に対する危険性の示唆とその対策についてとなる。


「ふ~ん。あなた、随分と面白い体質をなさっているんですのね」

「ふほほ、まさか大叔母上と同じく妙ちきりんな事情を抱えた方がおりますとはなぁ」

「……何故、お二方は当然の様に外務省(ここ)で寛いでおられるのだ?」


 さて、ここ外務省皇国特使団が逗留エリアの小サロンでは、今日も今日とて取り巻く状況に反した暢気な場会が開かれていた。その主は言うまでもない、ここ暫しを悪戯三昧もとい、やりたい放題に機略を巡らせ、概ね後始末をアトフに押し付けては一人高笑いを上げる、皇国特使団の長たる出雲だ。


「どの道スコルピオの件でこいつらが参謀府に睨まれるのは避けられんと思ってな、どうせだからと情報の共有も兼ねて引き入れてみたのだっ!」

「どうせおじさまは秘事を知ったところで自分で動きはしませんものね。ですのでアトフ閣下、おじさまはただの置物として考えて頂ければ結構ですわ」

「ふほっ!?吾輩これでも一応大叔母上の後見人だというのにこの扱い、あんまりですぞー!とまぁ実際、吾輩の仕事は優秀な部下に任せきりで割と昼間は暇ですのでな、こうしてついでに参上した次第ですぞ」


 常識というものをどこかに置き捨ててきたであろうこの連中とは一度きっちりと話を付けておくべきか。心なしかしくしくと痛みを訴えてきた胃を押さえながらにそんな想いを抱えるアトフとは裏腹に、場は極めて和やかに進んでいく。


「ところで結局、ルシエル様とスコルピオさんってどういうご関係なの……でしょうか?」

「扶祢さまったら、そんな畏まられなくても。今まで通りで結構ですわ」

「そ、そうですか。それじゃルシエル、殿?」

「……その呼び方も、扶祢さまの人となりが知れた今では違和感がありますわね」


 一部では素性を偽っていた者同士のこの様な微笑ましいやり取りがありはしたものの、互いに特に気負う素振りもない様子。そして一つ息を置き、場に面する者達の視線が集まった段になりルシエルが語り始める。


「あたくしとスコルピオは元より一心同体――生前、といった表現が正しいかは分かりませんけれど、生来の虚弱多病であったあたくしは床を離れるのもままならず、苦労をしたものですわ……」


 先日の夜会の演目にあった事は須らく事実――そう皆に想わしめるどこか寂しげな表情を形作りながら、過去を懐かしむ様に謳い上げる。それはどこかあの演目の続きを彷彿とさせ、知らず面する者達の顔もまた真摯なものへと変わっていた。


「唯一、事実と異なるのはスコルピオが本来の意味の吸血鬼ではなく。あたくしの想像によって生み出された架空の存在、だったという事でしょうか」

「架空の……で、でもあの夜のルシエルちゃんはどうみても吸血鬼の特徴を宿していて……」

「スコルピオとやらの気配も間違いなく感じたなっ!」

「そこに、傍流ながらあたくしが受け継いだ帝室の血の由来があるのですわ」


 当然の事ながら出る疑問の声に対し、ルシエルはセルヒオへと一度目配せをした後にその真相へと言及する。

 曰く、帝室には代々ある種の異能を持つ者が生まれ易い傾向があるという。過去のルシエル然り、当代では出雲と釣鬼が直に確認したというギーズの尋常ならざる気配然り。その背景にはあの夜にルシエルが倒れ伏していた廟堂内にも刻まれていた、名も無き「神」の加護があった。

 それを耳にした時点で場に面する者達がまず連想したのが堕ちたる者の存在。しかしよくよく詳細を詰めてみれば無貌の女神とはまた別の、帝室にのみ伝わる一族の守り神といったものらしい。


「当時のあたくしが受け継いだのは、今となっては当時を振り返っての想像に過ぎませんが、恐らくは想いを模る異能。それもスコルピオという『夜の貴族』を自らの裡に創る事で力を使い果たし、今となっては自らが吸血鬼と化した名残でこうして細々と生き永らえているに過ぎませんけれども」

「実際に大叔母上が目覚めたのは数年前のこと。皮肉にも当時それを発見したのが信仰篤き猊下でありましてな。あの時は吾輩も廟堂の大掃除に駆り出され、その上での眠り姫のお目覚めに立ち会うといった、それはもうロマンティックな出会いでありましたぞ」

「そこまで言う程のものだったかしら……」


 目覚めた娘がギーズによる恫喝極まる尋問を受け、涙ながらに語った過去の記憶は帝室にのみ遺る口伝との一致が確認される。こうして表沙汰には出来ないながらも、ルシエルは今の帝室へと迎え入れられたのだという。


「でもよ。当時のお前ぇは白木の杭を打ち込まれたんだろ、それがどうやって生き永らえたんだぃ?」


 そこまでを二人が語った時点で口数少なく耳を傾けていた釣鬼が一つの疑問が解けぬ様子で口にする。

 たとえ真なる吸血鬼ではないにしろ、伝承を元に模られた存在であればその性質もまた受け継ぐ筈。吸血の呪いや多岐に亘る弱点等々、その中の最たるものな白木の一穿しを受けてなお生き永らえるなど、伝え聞く真なる祖でもなければ有り得ない。


『――それについては私がお答えしよう』


 その疑問に応えるは少女の裡に潜むモノ。昼間であるからか夜に生きる者特有の気配は感じられず、まるでルシエル自身が腹話術でもしているかの体ではあれどもその声色は間違いなく、スコルピオのそれ。


『あの時ルシエルへと打ち込まれた一穿しはこのスコルピオをも巻き込み、そのまま消え逝く筈だった……しかし私は感じたのだ。ルシエルを護る何らかの力が働き、辛うじて生と死の境界線で踏み止まれた事を』

「そこについては猊下も概ね似た見解でしたな。つまり、大叔母上は吸血鬼へ対する不死の如き印象をも異能により模ってしまったのではなかろうかと」


 既に本来の存在としては一度死に瀕し帝室の一族としての異能を喪った以上、それを証明する手立ては残されていない。だが仮にそうだとすれば当時の悲劇による消滅を免れたのにも納得がいこうし、厳密には吸血鬼に似て非なる存在だとするならば、こうして釣鬼と同じく陽の恵みの下で活動出来るのにも頷ける。


「不死とは言いましても、死なないだけで齢はお召しになられておるようですがな。昨年もささやかながら健気に胸回りが成長したご様子で」

「……おじさま?」

「ふほほっ、これは失礼致しました」


 二人は最後にそんな仲の良さを見せ付けながら、スコルピオ騒動にまつわる最後の謎を解き終える。しかしながら皆が曖昧ながらも成程といった表情を見せる中、一人幼少より培われた母譲りの逞しい想像力によりとある残酷な真実に行き着いてしまい、慄く者がいた。


「で、でもそれって……老衰しても死ねないって事じゃあ?」

「……え?」

「ほら、齢を取っているって事は不死ではあっても不老ではなくって。という事は数十年後にはよぼよぼのお婆ちゃんになっちゃって。最悪、老衰死一歩手前の状態で永遠に生きる事に、とか……」

「「………」」


 先程までの真摯ながらもどこか郷愁溢れる語りから、打って変わって身も蓋も無い現実がその身に降り注ぎ。場は一転して戦慄奔るものと化してしまう。とはいえそれは、仮定の上に成り立つ結論ありきな想像でしかないのだが。


「ど、どうしましょうおじさまっ!?あたくし、そんな惨めな老後を送りたくなんかありませんわっ!」

「ふほほっ。どの道その頃には吾輩、とっくに天寿を全うしておりますからな。頑張って下され」

「それって時間切れで逃げる気満々じゃない!?おじさまの薄情者ぉ!」

「はーっはっはっは!ともあれ中々面白い話だったなっ、褒めてつかわすぞっ!」

「それより俺っちにかかった嫌疑、どうやって晴らしゃいいんだよ……」


 このようにして外務省の午後のひと時は騒々しくも和やかに過ぎていく。そんな中、要注意人物認定をされた釣鬼は一人、要求状を片手に呆然と呟くのみであったそうな。

 これにて扶祢サイドは一先ず終了。お次は監獄の中のアイツの出番。

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