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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第227話 その名はスコルピオ:前編

「――それでは最後にもう一度、貴女のお名前をお教えくださいませ」


 全く、失礼しちゃいますわ、あたくしを誰だと思っているのかしらね。

 今もあたくしの目の前で淡々と作業をこなす雇われ者達。何でも軍属の将校から依頼をされての調査作業というお話ですけれど、それにしては統制が取れ過ぎています。全員が全員、獣の血を引く証を頭から覗かせている辺りをみてもあのジェラルド将軍麾下の獣人部隊に属する者なのでしょうね。

 そんな内心などおくびにも出さず、不毛なやり取りに業を煮やした素振りを見せつつも貴族の嗜みとして努めて優雅に見えるよう、自らの薄紅色の髪をかき上げながら自負をもって名乗る。


「ルシエル・フェリシアーノ。セルヒオおじさまとのご縁あってつい昨年に養子縁組をなされ、社交界へとお目見えした貴族子女が一人ですわ。これで良いかしら?」

「……これにて簡易検査の全過程完了、ルシエル様に異常は見られませんでした。改めて、ご協力感謝致します」

「でしたらそろそろ、お暇させて頂きますわよ」


 慇懃に礼を向ける猫耳の獣人族を一瞥した後、押し問答でやや崩れたドレスを整え直して部屋を出る。ふぅ、これでやっと解放されましたわ。

 それにしても出雲さまったら、どういうおつもりかしら。昨夜の事件は界隈では周知の事実です、今のあの方にまともな思考が期待出来ないのは先の雇われ者達の説明からも理解出来たけれど、どうにも妙な事になりましたわね……。


「今宵は新月。奇しくもあの怪盗めが現れるに相応しき、絶好の闇夜です。どうかお気を付け下さいませ」


 部屋を出るとほぼ同時に閉じゆく扉の背後より流れ出る声。それにふと窓際を眺め見れば、既に夜の帳が迫り来る時分。

 そんな事、あなた方に言われずとも重々承知しておりますわよ。あたくしこそが、彼の怪盗に最も縁深き者なのですから。


「とはいえ、スコルピオが現れるには未だ時期尚早といったところでしょうか」


 今宵の仮装会場となる宮殿内第三サロンホールを見回してみたところ、ここ数日で頻発するスコルピオ出現の報により若干ながら新参達の集まりが芳しくはない様子。高貴なる貴族たるもの、この程度で無用な動揺を晒してどうするのでしょうね。一昔前はもっと、一本筋の通った剛毅な方々が多かったといいますのに。

 そんな愚痴めいた独り言を零しつつも、本日のお相手を見繕うべくホール内を巡り始めたところで一人の殿方の声により呼び止められる。明るい小麦色の髪に碧の瞳を持ち、凡そ人懐っこくも思える見た目の第一印象としては多少の嫉妬を別とすれば大多数が靡いてしまうであろうその容姿。若くして皇帝陛下の信望厚く実務にかかりきりのレオナール第一皇子殿下とは対照的に、セルヒオおじさまと同じく夜会へ入り浸りな放蕩第二皇子、パーシャル殿下ですわ。


「や、ルシエル。君がこの仮装会で何の装いもせずというのは珍しいな。ありのままの君もまた、将来性に満ち満ちて麗しいものだけれど」

「身内にまで色惚けた賛辞を贈る暇があれば、さっさと今宵のお目当てでも見繕う方が建設的ではありませんこと?あたくし、今日は少々面白くない事態に見舞われまして、虫の居所が少しばかり悪いんですの」

「おおっと、姫に続き君までご機嫌斜めとは。僕の女難の相も、中々に熟成されてきた昨今かな」

「ふん、言ってなさいな」


 おじさまとは違った意味で夜会を満喫している殿下の寝言に、懐かしさと共に苦笑を覚えつつもその舌鋒は鋭く。この手の殿方は困ったことに、こういったやり取りに歓びを見出してしまうやんちゃな方々ですもの。この帝国の次代を担うであろう殿方を立てるのもまた、淑女たるあたくしの義務ですわ。

 本格的な会が始まるまでを殿下との妙趣に費やしながら、その横目ではいつも通りに参加者の顔ぶれを見て回る。そんな日課をこなす間にもやがて黄昏の気配は薄まり、いよいよ我らが社交の夜本番を迎えた最中にその騒ぎが起こったのです。


「――あハはははハッ!宵闇の妙に惹かれ、スコルピオここに見参っ!」

「……はあっ!?」


 段取りも何もなしに不意に響く、心覚えも強く通る美声。その顔こそ覆面により半ばまでを隠されてはいたものの、腰にまで届くであろう艶のある黒い長髪より覗くは狐の血を引く証を顕す特徴的な長い耳。同じく腰からは勿怪面妖たる七尾を揺らめかせ、スコルピオを名乗る女が現れる。


「ちょっ、ちょっと出雲さま。いきなり何て頭の悪そうな真似をなさっているんですのっ!?いくら今宵が仮装会とは言っても、それはやりすぎではなくって!」

「……わっ、(わたし)は出雲ではなくスコルピオだっ!だって(わたし)の視界は今この時ですらこんなにも紅くって、精神操作を受けた証左として皆が(わたし)をそうと疑っているのだからッ!!」


 どこか正気というものを置き捨ててしまったかの様な説明台詞に仮装会場の至る所より安堵と納得の吐息が漏れ、スコルピオを名乗る者へ対するずれた暖かさの視線が向けられる。きっとそういう設定だと認識した者が多かったのでしょう。この宮殿にて偶さか行われる仮装会では、貴族らしからぬ突飛な趣向をこらす方々も少なくはありませんし。

 ですがこればかりは譲れません。あたくしの大事なスコルピオ像を貶めるかのごとき、赤面甚だしい横紙破りな真似はっ!出雲さまったらよりにもよって、的確に初心そうな新参達を見繕い片っ端からその腰を取って愛を囁き始めたのです。


「大体何なんですの、パーシャル殿下も真っ青なそのたらしな振る舞いは!?そんな品行下劣な真似をなさるのであれば、せめて男装くらいなさいなっ!」

「ルシエル……それは流石にあんまりな物言いじゃないかな……」


 思わず口を衝いてしまったあたくしの批難に殿下が哀しみを湛えた顔で訴えてはくるものの、今はそんな場合ではありません。スコルピオの有り様を穢さんとする放漫な不調法を晒すこの駄狐を一刻も早く止めねば、延いてはスコルピオへ対する畏怖の念すら覆ってしまいますっ。


「おやめなさい、この醜悪な偽物がっ!」

「今の(わたし)はスコルピオの意志そのものだっ。でなければこの紅い視界が何故こんなにも鮮明に、(わたし)の望まぬ光景を見せ続けるんだぁっ!」

「そんな訳が無いでしょうが!?あれはただの虚言に交えた一時的な視界異常で、実質的な洗脳効果など(・・・・・・・・・・)何も無い(・・・・)のですからっ――あ」


 出雲さまの勘違い極まる妄言につい語気も荒く返してしまった後のこと、はっと我に返るも時遅きに失するとはこの事でしょうか。寸劇の類と受け止める大部分の方々はともかくとして、あたくしの失言の意味を正確に捉えた者達よりの視線は鋭く、状況はここに至り既に手遅れ。


「そんじゃまぁ、吐いてもらおうかぃ。いち被害者であるお前ぇが何故そこまでスコルピオについて識っていて、更にはスコルピオの人物像を貶める真似とも取れる、こいつの言動に過剰な反応を示したのかをよ?」


 いつの間に現れたのか、あたくしの目の前には百戦錬磨が光を湛えながらに真紅のドレスを着こなす長身の銀髪姿。それは常軌を逸した尖り方を見せる八重歯をこれみよがしに晒しながら、来るべき時を心待ちにしているかの様に拳を鳴らし睥睨する。

 見れば昼間に身体検査をしてくれた無粋な雇われ者達もそれぞれの位置に配されており、そこから更に奥の側には軍の指し手として比類する者無きとまで称される、参謀府きっての情報将校の姿まで――これは、詰みかしらね。


「ルシエル……?」

「――殿下、どうか御身をご自愛くださいませ」


 ふと過去にもあった類似体験を想い返しつつ、せめてもの手向けの言葉を零した後にその頬へと軽い口付けを交わす。あるいはそれすらも許されぬかと思いはしたものの、その危惧とは裏腹に誰もが動く素振りさえ見せず、あたくしの一挙一動を見守り続ける。今宵のお相手は、どうやら最低限の趣というものを解してくれるようですわね……それがせめてもの救いというものかしら。

 束の間の抱擁を終えた後に再び見開いたあたくしの瞳は、今や後ろに構える銀の鬼と同じく紅の光を灯していることでしょう。最後になけなしの勇気を絞り出して殿下の側を覗き見てみれば、そこには強い戸惑いの色を見せながらも決して拒絶ではない感情の現れをも示すそのご尊顔。


「……ふふっ、このスコルピオと命運を共にする覚悟が無いのでしたら下がりなさいな。我が遠き血縁たる、可愛い皇子様」

「あ――」


 そのまま悪戯っぽくその鼻を一指しでつついて離れる。うん、別れの言葉としてはそこそこかな。あの時とは違ってまだ今回は、情が深まる前だったもの。それにこの別れ方であれば、この子の心に深い傷が残る事もないでしょう。

 そしてあたくし、ルシエル・フェリシアーノこと紅蠍(スカーレット・スコルピオ)は目の前に構える吸血鬼、更には奥に立つ強かな情報将校へと冷めた一瞥を向けた後、ホールの外へと歩みを進める。

 少しばかり終わるのが早かったけれど、此度のスコルピオとしての最後の晴れ舞台だ。精々化けの皮が剥された道化として社交の夜へと華を添え、面白おかしく語り継がれてやるとしましょうか―――







 ―――些かの光さえ届かぬ朔夜に、闇の中で一つの影が倒れ伏す。


「かふっ……レディに対して、手酷い仕打ちですこと……」


 案に違わずスコルピオは打ちのめされ、銀の髪を湛えた鬼の牙城を打ち崩す事は叶わなかった。それはそうだろう、スコルピオには正式な武術を嗜んだ覚えなどありはしない。またその身が操る異能の数々は情報将校率いる後方支援部隊により悉く対策を講じられ、思った程の効果には至らなかった。これでは完全にお手上げだ。

 更には宮殿の要所要所へと逃走防止の結界が張られ、もう逃げる事すらも叶わない。さりともここで無理に逃げ果せたところで二度と社交の場に舞い戻れぬならば、その行動を取る意味もまた、薄いのだが。


「……?ここは、どこかしら」


 満身創痍の体となり、瞳に灯る紅の光にも陰りが見え始めた頃。どうにかひとたび銀の鬼を振り切ったところで周囲の状況を確認する。


「はっ――神というものは、いつの世も理不尽かつ残酷なものですわね」


 やがて自らの伏せる場への理解に至ったスコルピオは、皮肉気にその貌を歪め吐き捨ててしまう。 

 そこは、かつてルシエルと呼ばれる少女がスコルピオたる身へと変貌する以前、長年に亘り伏していた廟堂内。正確な伝承こそ失って久しいが、この帝国に君臨する皇帝の一族であれば知らぬ者のなき口伝による神を意味する印が刻まれていた。

 その知られざる神こそがこの帝国を建立した初代皇帝より伝わる、一族の守り神だ。それは何を教える事もなく、ただひたすらに一族への加護を与え続けるのみ。

 そして前身たる王国より帝国へ至る復興を果たした皇帝の一族は脈々とその系譜を維持し、時にはその代償としてルシエルの様な異端児をも生み出してきたのだ。


「……あたくしは。ただ、社交の場へお目見えをして。高貴なる者の在り方ノブレス・オブリージュを果たしたかった、だけなのです」


 独りうらぶれた廟堂の寝台へと倒れ込み、誰へともなしに独り言つ。そんなルシエルの瞳よりは無意識ながらに流れ落ちる一筋の涙。さりとてその心中を識る者はここにはおらず、そのまま永劫の昏い眠りへとつくかに思われた。


「――ふん。ならばその在り方、果たせる様にしてやらんでもないが?」


 不意に響き渡る一つの声に。しかしルシエルは警戒を抱くのさえ飽いたと言わんばかりに気怠げな息を吐くに留まり、それでも僅かに残る力を振り絞りその身体を起こすべく身じろいだ。

 そしてようやく傷だらけの半身を起こし、声のする側へと視線を巡らせたルシエルの視界へ映ったその情景は。


「なん、ですの……貴女達は……」


 先の鬼を想わせる異様を誇る事もなく、また偽りの吸血鬼を名乗った姫と類似したシルエットを持ちながらも有り様としてはただの人間。しかしながらその双眸に宿る野心は留まるところを知らず、小柄な体躯よりはち切れんばかりの活力と共に覇気を漲らせる。


『WRRRRRRH……』


 その傍らには対照的に、あの吸血鬼など可愛いと思えてしまう程に不吉と不穏の予感を見せる、人の型を模った黒一面に染まる何か。一見相容れぬ様を見せようその二者はしかし、それがさも当然であるかの如く並び立っていた。


「ここで取引だ。こちらに下れ、とまでは言わんが後の協力を約するのであれば、少なくともお前がこれまでの宮中生活に戻れる程度にはこの余が状況をひっくり返してくれようっ!」


 もう叶う筈もないとどこかで諦めてしまった、そんな都合の良い願いへ対する悪魔の如き誘いを受け。かつて同じ時を生きた者達との耐え難い別れを迎え、長い眠りについてしまった少女が返す反応は―――

 今回、少々視点を変えてみました。次回で解決編でしょうか。

 ついでに第六章最終話まで、改稿完了しました。お暇な時にでもチラ見してみて下さいませませm(_ _)m

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