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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第226話 社交の夜に、紅咲く一輪⑥

「よく来てくれた、ご協力に感謝しよう」

「えっと、よろしくお願いします」


 その日の午後、宮殿へと出向いた扶祢は出迎えたジェラルドとの対峙に臨んでいた。当初は強硬な反対意見が出るかと頭を悩ませていたものだが、予想に反して出雲の口より出たのは条件付きながらの肯定の言葉。


「どうせならば奴の捜査力を精々利用し尽くしてやるが良いっ!あ、それと余は行かんからな。トビよ、任せたぞっ!」

「承知仕りました」


 一方的にそんな事を言い、出雲は早々に姿を眩ましてしまう。仕方が無しに後を任されたトビを伴い、こうしてジェラルドの要請に応じたという訳だ。


「それでは早速当時の状況説明に君の現状の精査、といきたいところだが。随分と物々しい顔ぶれだね。いつもの御付きの子達はどうしたのかな?」

「あ、あはは……」


 どこか皮肉気な表情を張り付けながら、気付いていない筈もなかろうに敢えて口にし確認を取ってくる。

 そんな持ってまわった物言いも気に喰わん、とは出雲の言。そこは個々の好みもあるだろうとは思いながらも、まずは俄かに殺気だったこの場を取り巻く状況をどうするべきか、そこにこそ考えを費やすべと判断する。何故ならば―――


「控えよ無礼者共が!ジェラルド将軍閣下に対し、不敬であろうっ」

「貴公等こそ姫殿下の御前でございますぞ?本来ならば貴賓たる殿下へ対し、そこな将軍も含めこの場で礼を尽くすべきでございましょう」


 図らずも対峙をする形となってしまった扶祢とジェラルドの傍らには、当然ながらそれぞれの立場上側付きが多数控えていた。

 ジェラルドの側は元より国務大臣の要請ありきで参上した情報士官達。対し扶祢の側といえば――通常であれば多少の体面など鼻で嗤いながら切り捨て迷わず実利を掴む出雲にしては珍しく、ジェラルドの側に見劣りしない様にとトビ以下の配下達も伴に付けさせる。

 更に言えば不作法を訴えられても仕方が無い程のシノビ達を物陰へと配し、揃って殺気を向けさせる。この時点で正規の軍士官達は物の見事に浮足立ち、冒険者姿に見える数名を除き一触即発の気配を醸し出していた。


「―――」


 そして何よりもだ。扶祢の側へ居並ぶ中でも特に異彩を放つ、額に角二つ持つ鬼の様相。その顔には帝国北方に集落を構えると言われる大鬼族(オーガ)特有の隈取を施し、大型獣のなめし皮に身を包む巨漢が苦虫を噛み潰した様なしかめっ面を見せていた。


「せっ、せめてそこの蛮族だけでももう少し下がらせんかっ!」


 正にオーガ然とした雰囲気満載の迫力に士官達は完全に呑まれ、恐らくはボルドォ直属部隊と思われる冒険者姿達も些か気圧され気味に見える。しかし憐れかな。一方の釣鬼はそんな取り巻き達の様子に更なる憮然を醸し、小声で愚痴を零してしまう。


「姫さん、恨むぜ……」

「はは。この無茶振り分の追加交渉は後で受け付けます故、暫しご辛抱下され」


 釣鬼は元々、その厳つい見た目に反して繊細な部分がある。少年時代に受けた心の傷がそういった人格形成に影響したか、あるいは元よりそういった素地を持っていたかは判然としないものの、特にこういった野蛮と言われる類の言動を取るのを嫌うのだ。

 それでも今は一貫した継続依頼業務中。職業的な矜持を盾に取った出雲の無情な命令により泣く泣くこんな道化の真似までやらされてしまうこの現状に、せめてもの抵抗として寡黙な部族の戦士を演じ続けている様子。

 やがて両サイドの緊張感が極限にまで高まった折となり、ジェラルドによる落ち着いた言葉が場へと響き渡る。


「今回は僕が要請をした側だからね、こちらが引くのが筋だろうよ――改めまして、ようこそいらっしゃいました、姫殿下。セルヒオ殿より応接室の一室を借り受けております。最低限の伴を残し、続きはそちらで致しましょう」

「うむ。よしなに取り計らえよ」


 こうして扶祢の側は釣鬼とトビ、ジェラルドの側は冒険者姿数名を残して解散し、緊張感に満ちたこの場の対峙を終わる。それにほっと胸を撫で下ろしながら応接室へと向かう最中の事だった。


「あら出雲さま。今日は随分とお早いんですのね」

「――え?」


 第二次性徴期の最中特有の甲高い、強気そうでいてどこか憎めない調子な鼻にかかった声。ここ暫しの夜会ですっかり馴染みとなったルシエルの声で語りかけながら、しかし紅一色に染まる扶祢の視界の中で唯一変わらぬ色を保ったまま、歩み寄ってくるその姿。


「ス、ス……」

「どうしましたの?あたくしの顔に何か、付いております?」

「姫殿下、いかがなされました?」


 明確に視覚化された、現実離れをした真実を突き付けられさえしなければ。あるいはその裡へと巧妙に隠された、僅かな違和感に未だ気付きはしなかったかもしれない。そして今も傍らに立ち並ぶ仲間の一人の特異なる事情を識り得なければ、その可能性を疑う事すらなかったろう。

 だが何の因果か。那由他を詠もう奇縁の果てに、今の扶祢にはその両極端を結ぶに足る認識の基盤を持ち得てしまっていた。その驚愕は出自の割に凡庸と言えよう扶祢の精神を安寧の枷より揺さぶり落とすのに十分であり、それはやがてぱくぱくと音も無く開け閉めしていた口から実を伴い迸る。


「スコルピオだーッ!?」

「へ……えぇええええっ!?」


 はしたなくも指をさし、素っ頓狂な大声を上げてしまう。そんな扶祢の言葉を受け即座に動きを見せたのは、先日の夜に同じく扶祢と揃っての間の抜けた叫び声を耳にしていた釣鬼のみだ。


「きゃあっ!?いやっ、何ですの何なんですのよこの野蛮人っ!離しなさい、はーなーしーてー!」

「野蛮人で悪かったな。それとお前ぇ、節操無しに指摘して容疑者の逃走を後押しちまうその悪癖、どうにかなんねぇのか?」

「うっ、つい……」

「誰か助けてっ、犯されるゥー!?」


 先の緊張感など何処吹く風か。たちまち姦しい空間と化してしまった宮殿内の廊下部分では微妙な気を利かせた結果、蛮族風の巨漢によるお姫様抱っこ状態で拘束をされてしまった貴族子女が金切り声で救けを求め。その横ではあの夜と同じく、またも準備の整わぬ内に迂闊に口走ってしまった自己嫌悪に陥る狐姫の姿があったそうな。


「……うん、アトフさんの日頃の苦労が目に見えるというものだね」

「いやはやお恥ずかしい。ともあれ一先ず、これ以上騒ぎが広がる前に速やかに場所を変える事を進言致しましょう」

「そうだな。では済まないが、ルシエル嬢には重要参考人という事でこちらの部下達で対応させて貰うとしよう――プーシャ、リンダ」


 ジェラルドの指示を受けた部下の冒険者姿により、引き渡されたルシエルが両脇を固められながら連行されていく。怪盗疑惑をかけられた割に充てられた警備が少なく、いつもと変わらず今も憤慨した様子で騒ぎ立てる貴族子女の後ろ姿。


「覚えてなさいっ、おじさまに言って絶対に訴えてやるんだからーっ!」

「なぁ。アレ、本当にスコルピオなのかぃ?」

「う、うーん……ちょっと自信なくなってきたかも」


 しかしながら変わらず紅一色な視界の中だというのに、活発な激情を見せる娘は鮮やかに現実の色を纏い咲いている。程なくしてルシエルが別室の中へと消えるその時まで、何とも形容し難い気分に包まれたままその背中を見送り続けるに留まるのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「――色が違う、か」

「曖昧で済みません……」


 本来はスコルピオ目撃証言等の事情聴取、それと今後の捜査の為の感知要員として呼ばれた扶祢ではあるが、本題へと入る以前に起きたあの珍妙な騒ぎにより半ば目的を失いつつあるこの状況。水を差されてしまった気分にさせられたのはジェラルド将軍も同じくだろう、すっかり素を表に出す扶祢を興味深げに眺めながらも取り調べそのものは滞る事無く進められていった。


「率直に言わせてもらうと、スコルピオによる洗脳操作の嫌疑がかかっているにも関わらず君を野放しにする出雲姫の思惑こそが不穏に過ぎて、どう扱ったものかというのが正直なところではあるんだよ」

「そ、それじゃルシエルさんはスコルピオなんかじゃなくって、私はやっぱり操られている状態なんでしょうか?」

「さて、どうだろうな……いずれにせよ、まずはルシエル嬢の検査結果が出てからという事になるか」


 その後も調書を取る最中に根掘り葉掘りと出雲やアトフについて聞かれてはその都度トビによる牽制の声が差し込まれる、といったストレス極まる時間が過ぎていく中、何とはなしに扶祢は思う。過去にあった出来事については想像すべくもないものの、出雲にしてもジェラルドにしても互いを意識するあまり過剰な警戒をしてしまっているだけではないのかと。

 途中ジェラルドが部下の報告により一時退席した際にその疑問をトビに投げかけてみれば、返ってきたのは含みを持たせたかの様な柔和な笑み。隣の釣鬼はやはり肩を竦めて見せていたし、まだまだそういった人心の機微はよく分からない、そんな複雑な面持ちを見せてしまうのだった。


「それよりも、体調はどうなんだぃ?視界が全て紅く染まるなんてぞっとしねぇんだけどよ」

「うーん。昨夜は気分が悪くなっちゃったけど、今は若干圧迫されている程度かな?落ち着いてみると全体的に紅く見えるっていうだけで、色別そのものは付いているみたいなのよね」

「それは何とも不可思議な話ですなぁ。通常、視界が一色に染まりなどすればそれだけでも人の精神へかかる過負荷は相当なもの。最悪気が触れてしまいかねないと思うのですが」


 そこについては扶祢自身も同意するが、実際に平気なのだから仕方が無い。だからこそ異常を自覚した当初に比べて今はこの通り落ち着いていられるし、皮肉な話ではあるが先の脱力する騒動により更なる精神的な安寧を得てしまったという背景もある。

 こうして一同は手持無沙汰ながらに雑談等を交え、悠々とした時を過ごす。戻ってきたジェラルドによる、扶祢達にとってはあまり望ましくない検査結果を知らされる事を知る由もなく―――


「――結論から言えば、彼女は白だ。少なくとも簡易検査の結果には一つとして、彼女が吸血鬼たる証拠は出なかった」

「そう、ですか……」


 検査報告を聞いた扶祢は息を呑み、場は俄かに緊張を帯び始めてしまう。

 言葉にするには難しくあるものの、あの時は間違いなく確たる違和感に後押しをされたというのにだ。検査結果が語るのはその感覚の全否定。


「僕も当初は君の鋭敏な神秘力感知能力が何らかを嗅ぎ当てたものかと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。先程も不謹慎ながら取り調べの隣室よりルシエル嬢の状態を探ってみたが、至って齢相応の活発な生命力しか感じられなかったよ」

「……これは、面倒な事になりそうですな」

「あぁ。事が吸血鬼に関わる事件とはいえあのセルヒオ殿の類縁であり、スコルピオの最初の被害者でもある彼女に嫌疑をかけた上で身体検査までしてしまったんだ。これで何も出ないとなれば、その反動で君に衆目が触れてしまう恐れもある」


 思わぬ急展開に扶祢の思考は止まり、視界の紅は心なし色濃く変ずるよう。そんな中、再び能面をかぶり始めたジェラルドの貌が扶祢を見据えて言葉を紡ぎ、その様はまるである種の執行宣告。


「済まないがもう一度聞かせてもらおうか、当時の状況から先程までの半日に取った行動の事細かな部分まで。まずは徹底的に君の精神鑑定を行い、それを以てルシエル嬢へかけた嫌疑の大義を作らせてもらうとしよう」


 その言葉に不安定となっていた扶祢の精神は再び強く揺さぶられ、緊張の臨界を迎えた自らを護る為にその殻を閉ざしてしまう。そして異常を察知した周囲の者達が各々の反応を見せる中、再び瞳を開いた扶祢の目に灯る、胡乱な意志の光が示したものは―――

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