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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第223話 社交の夜に、紅咲く一輪③

 明日2/15(水)、悪魔さん第44話投稿しまス。

 中継所での一件は直ちに宮殿へも伝えられ、警備担当の関係者達は上へ下への大騒ぎとなった。その後も夜会そのものは形式上続けられはしたものの、皇族であるパーシャルは無論のこと、殆どの貴族達はその一報を聞き宮殿を我先にと後にしてしまう。

 そして今この場に残るのは夜会の主催でもある国務大臣セルヒオとその配下達、それと目撃者でもある皇国特使一団に、何故か外務の長であるアトフまでもが同席をしていた。


「まさか、この帝都に吸血鬼の類が入り込んでいたとはな……」

「ほっほ!これはまた面白いネタが見つかったもので――こほんっ、失礼」


 弾んだ言葉の半ばで揃って非難の一瞥を向けられてしまい、咳払いをしながら目を逸らす。そんな年甲斐もないセルヒオの不格好を目の当たりにした場に居並ぶ者達の大半が、アトフがこの場に同席せざるを得なかった哀しい背景を察してしまう。

 そんな弛んでしまった空気が流れる中、何とも言えぬ情緒を身に纏うアトフにより次の議題が促される事となる。


「あ~、ともあれだ。まずは当時の目撃情報を共有していくとしよう。直接の対峙をしたのは姫殿下とその護衛二人、これで間違いはないな?」

「はい、僭越ながらわたくしめよりご報告をば。まず異常を感じましたのは――」


 それに応えるは出雲扮する侍従姿。互いに裏で組んでいる素振りなどおくびにも見せず、暫しの間を事務的な取り調べが続いていく。


「――再生の域に達する自己回復能力に霧化能力、とまでくれば最早疑いようもない。容疑者の素性は相当に格の高い吸血鬼、あるいは考えたくもない話だが……爵位持ちである可能性も否めんな」


 爵位持ち――その言葉の印象通り、通常の吸血鬼を平民とすれば遥かな上位に位置する、曰く吸血鬼の中でも突出した存在だ。種としては同じく吸血鬼へ分類される、夜の本性を顕した釣鬼による手加減無しの不意打ちを受けて尚そう大した時間をおかずに回復し、過去の残滓をその身に映し太古の死霊をも消滅に至らしめた、扶祢のあの黒の波動を以てしても撃破に至らなかった。それを鑑みるだに、あの吸血鬼の脅威の一端が垣間見えることだろう。


「ふぅむ。しかし貴族諸侯が参じる夜会へ出没する、爵位持ちの吸血鬼ですか。これはまた何とも趣があると言いますか」

「……貴公の好みに口を出すつもりはありませんが、国務を司る長としての仕事はしっかりとこなして頂きたいものですな」

「ほっ、承知しておりますよ。吾輩とて民草の血税でただ飯喰らいをするのみでは心苦しいというものですからな、差し当たっては軍務参謀府に掛け合い、対策として神職部隊より幾許かを派遣してもらうとしましょう。それと月の出ぬ夜の当直の数も倍に、ですな」

 

 社交界に傾倒するこの男にしては珍しく皆まで言うなとばかりに対策を打ち出し、即座に配下の騎士見習い達へと指示をする。しかしそれは当然の事だろうとアトフは思う。

 この夜会に参加する者達は政務上、重要な任を負う者が多い。また子弟子女は次代の政務を担う候補生達でもある。その者達が実質的な被害を受けてしまっては、延いてはセルヒオの生き甲斐である夜会への参加機会が減じる事になりかねない。であればこそのこの即応と言えよう。


「他、何か意見のある者は――居ないな。ではこれにて解散だ。姫殿下におかれては念の為、私の護衛も同道致しましょう」

「うむ、世話をかけるぞよ」

「ほっほ。ですが話を聞く限りではその者、趣の妙というものを解しておる様に見受けられます。その者の言葉を真に受けるならば今宵の狙いは姫殿下ではなく別件とのこと、再びの襲撃を案じる必要はありませんでしょう」

「それは些か楽観的に過ぎると思いますがな」


 こうして今宵の一件についての取り調べは完了した。アトフを含めた特使団一同は厳重なる警備に囲まれた中、外務省への帰路へと着くのだった。


「どうにも、解せんな」


 揺られる馬車の客室内にて、馬が歩き出すのを確認するなり侍従の仮面を外した出雲が腕組みをしながらそう零す。同室していた残る者達は揃ってその呟きに反応し、それでも声を発することなく次の言葉を待っていた。

 皆、はっきりとは言葉に出来ぬながらも違和感が拭えなかったのだろう。

 ここ一年を通じたスコルピオによる被害は直接的な傷害行為こそないものの、金銭的な被害額としては馬鹿に出来ないものとなっている。だのにあの国務大臣は凡そ初となるであろう目撃情報に対してもそう強い興味を示す事はなく、また特使団一行がスコルピオの正体を暴くに至った経緯すらどうでもいいといった風に聞き流していた節がある。


「あの御仁の事だ。あるいは本当に社交界以外に興味がないだけという可能性も無くはないが」

「貴族の矜持として金目の話を大っぴらにしたがらないのはまぁ、理解出来んでもないがな。それにしても、容疑者の人相すらまともに聞き出そうとする素振りがないのはおかしいとは思わんか?」

「……そうなんだが、な」


 改めて出雲が呈した疑問を受け、眉間に深い皺を寄せながらアトフは一人考え込む。そこで議論の声は一先ず止み、残る道中には馬が車体を曳く独特のこもった音が客室内を支配していた。

 やがて一行を乗せた馬車は何事もなく外務省へと到着し、皇国特使団の逗留エリアへと入った時点で再び出雲が口を開く。


「で、扶祢よ。お前はどうやって奴の正体を暴いたのだ?」


 ここならば出雲の手の者であるシノビ達の見張りもあろうし迂闊に情報が洩れる恐れも無い。その証拠として当然の如くアトフまでもが同席をし、問いかけを投げかけられた扶祢へと厳しい視線を送っていた。


「え、っと。はっきりと、分かった訳じゃないんだけど……」

「それでも構わん。これまで我々がその尻尾さえ掴めなかった相手の貴重な情報だからな、感じたままを話してくれれば良い」

「それじゃ、うまく説明出来ないかもしれませんけど――」


 そうアトフに促され扶祢が話した内容は、自身が前置きをした通り曖昧に過ぎるものではあった。

 曰く、何かが違う――ここ一月の間を夜会の度にパーシャル本人と顔を合わせ続けてきた扶祢だからこそ僅かに感じた、一度そうと構えてしまえば拭う事も出来ぬ程の決定的な違和感。しかしながらあの時点ではもやもやとした曖昧さしか感じられず、それが為に言葉にするにも苦労をしたものだ。


「だから、出雲ちゃんが躊躇せずにあの殿下を打ち倒した時はどうしようかと思っちゃったわ」

「ふん、状況証拠は揃っておったからな。仮にあの放蕩男が余等を慮ったとて、皇位継承権を持つ皇族が護衛の一人も付けぬでは筋が通らん。そこに都合よく駄目押しの要素が見えたなら、即座に動くに決まっておろうっ」

「今回は御前の決断力が功を奏したという訳だな。しかし、それではこちらが疑惑を晴らす理由とするには少しばかり薄いか……?」

「だなぁ。まーた面倒事が増えそうなのだぞっ」

「疑惑、ですか?」


 二人の話している事は時々、内容が飛び過ぎて付いていけなくなる事がある。折りしも今はその最たる例と言えよう場面であり、更に何事かを相談し始めた二人に対し、取り残された扶祢は傍らで寛ぐ釣鬼へと困惑の顔を向けてしまう。


「多分、あれだろ。あの吸血鬼野郎の思惑は分かんねぇけどよ、そんな代物をあっさりと撃退しちまったから、最悪俺っち達が今夜の中継所昏睡事件の容疑者になりかねねぇってこったろ」

「……あぁー、そっか」


 釣鬼の言葉一つ一つを噛み砕き、ようやく扶祢は合点に至る。

 本来であれば、爵位持ちの可能性すらある吸血鬼相手にたかが数人程度の人間が抗えるなどといった可能性は想像に難く、しかも扶祢達の立ち位置としては表向きはただの外交特使団。とてもその手の荒事に慣れているとは言えない者達がその正体を看破し、あまつさえ撃退をしたなどという証言は端から信用されていなかったという事だ。

 最悪は吸血鬼の伝承に違わずその催眠能力の影響下にある可能性さえ危惧され、いつその身が拘束されるかも分からぬ状況に立たされていると言えよう。


「そ、それってまずくない?」

「うむっ、まずいどころの話ではないなっ!」

「だとすればセルヒオ殿が詳細も聞かず、あの場で君達を開放した理由にも納得はいくか――明日からの宮殿内ではより一層の監視を警戒しないとならないだろうな」


 ぼやく様なアトフの言葉が徐々に脳内へと浸透する。そしてそれを反芻した段になり、扶祢の額にはどっと脂汗が浮かんでしまう。

 ただの芝居気であればともかくとして、騙し合いの類にはお世辞にも向いているとは言えない扶祢だ。外交官に類する特権によりその場での拘束こそなかったものの、もしかすると明日以降、護衛と称した監視員が各々へと付き、ふとした発言や挙動すらをもチェックされてしまうかもしれないのだ。その道のプロである監視員達の目を誤魔化し続けられる自信は、少なくとも扶祢にはない。

 これを焦らずして何とする、そんな言い回しを忠実に再現しながらあわあわと目に見えて狼狽える扶祢に、その横ではまたしても面倒事に巻き込まれたといった風な気怠げを見せる釣鬼。そんな二人の対照が映える深夜の時間帯は、こうして新たなる問題への対策に悩まされながら更けていく。


 ・

 ・

 ・

 ・


 前日の夜が遅かったのもあり、目覚めた扶祢が時計を見れば既に正午を回っていた。


「――ごめんっ、寝坊しましたっ!」

「問題ないぞ、お前の寝坊はいつもの事だからなっ!」


 慌てて身支度を整えサロンの側へと出向いてみれば、既にほか全員が揃い踏みでティータイムを過ごしていた模様。極めて正当かつ本人にとっては不本意極まる言葉を返され軽く心を抉られながら、それでも気を入れ替えて皆の居並ぶ席へと着く。


「では昨晩も話した通り、まずは事件当時の捜査を余等の出来得る範囲でしていく事になる。扶祢、準備は良いな?」

「うんっ、ばっちり寝たから多分いけると思う!」


 問われ、扶祢は力強い首肯を以てそれに返す。

 昨夜は夜会の帰り際で集中力が途切れがちだったのもあり、違和感をそのまま口にしてしまったのがスコルピオ逃走を許してしまった要因の一つでもある。だがそれにより一つ、判明した事があった。

 違和感、つまり気配の違いの様なものとでも言おうか。そういった超感覚的な要素により、曲がりなりにも昨夜の扶祢はスコルピオの変装を見破るに至った。

 これが示すところと言えばだ。昨夜の扶祢の所感は決して抽象的な話ではなく、この世界に実在する、ある種の感知能力によりスコルピオの変装を割り出せるという事実。


「神秘力感知能力かぁ。こういう時こそピノちゃんが居ればな~」

「仕方があるまいっ。あいつは頼太とは違い、牢へぶち込んで素性がばれると後々厄介だからなっ。ほとぼりが冷めるまではミーア共々、大人しくしていて貰うのだぞ」

「あいつら、今はギルドへの贖罪で無報酬の外回りやらされてるんだっけか。暫く帰ってこれそうにはねぇな」


 こと神秘力感知能力に関して言えば、ピノ程の感知範囲と精度に比する者はそうは居ない。仲間内ではピノに次ぐ感知能力を誇る扶祢でさえ長時間の能動感知は至難の業であり、またその範囲にしても比ぶべくもないものだ。

 更に言えば扶祢の場合、平時は性格面の影響もあり頼太同様、どちらかと言えば虫の報せに寄っている部分がある。それ故に慣れぬ能動感知を進める為にはたっぷりと休養を取り、気分を一新する必要があったのだ。


「よしっ!まずはこれまでの社交のコネを最大限に利用して一連の怪盗事件発生当初よりの被害者達との接触を持ち、総当たりで攻めていくぞっ!」

「セルヒオ殿への連絡もしておいた方が良いだろうな。昨日の今日ではあるが、俺も同行しよう」


 こうして方針を打ち出した一行は怪盗スコルピオの正体に迫る調査作業へと取り掛かる。奇しくもその先行きの不透明さと同じくし、帝都の空は昏々とした曇天に覆われていたのだった。

近況報告:ここ最近帰宅時間の関係でAM8:00投稿が難しくなっております。

     その為、暫くは投稿時間不安定となりそうですm(_ _)m

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