第027話 打ち上げ――ギルド嬢のキモチ
―――PM8:30、冒険者ギルドヘイホー支部にて。
一般業務の終了したカウンター前大テーブルでは、事件の解決を祝いささやかな宴会が開かれていた。
「扶祢ー、そっちのチーズ取っテー」
「ピノちゃんって、お酒飲めるのね」
「それでね、サリナったらその時侯爵の三男坊にこう言ったのさ――」
「おかあしゃま、かっこいぃ……」
「お姉さまと呼びなさいって言ったでしょう…んー」
「サリナさん絶対酔っぱらってますよね?」
「よう坊主、食ってるか?今回は災難だったなぁ」
「ひゃ、ひゃい!大変お世話になりまして……」
一つの大きな問題を解決した解放感からか、皆このように遠慮無しに飲みまくっていた。
一見こういった事には煩そうに見えるサリナさんなどむしろ真っ先に飲み始め、しかしあまり酒そのものには強くはなかったようだ。今やべろんべろんに酔っ払って隣に居るカタリナを抱きしめ頬ずりをしてしまっている始末。
口調はいつも通りにはっきりしてて一見素面っぽく見えるのだが、どうやら態度にモロ出るタイプらしい。しかも誰彼構わず抱き付きにいく妙な酔っぱらい方をしていたものだからむくれたカタリナが、
「お母さま!抱き付くなら私に抱き付いてっ」
と要求しながらサリナさんにロケットタックルをかましていた。
以降互いに抱き枕状態と化しながらも酒とつまみは器用に飲食し続けているサリナさん達。ちなみに俺と釣鬼も一回ずつ抱き付かれていたりする。扶祢の巨や双果の爆な味わいとはまた違い標準サイズではあったけれども感触は十分にごちそうさまでした……。
釣鬼の珍しい照れ顔も見れたので扶祢がこっそりとデジカメで激写していたり。今度日本に帰った時に俺もデータ貰っておくかな。
このようにサリナさんとカタリナの人目を憚らない熱い抱擁は一見百合にしか見えないのだが、カタリナはお母さまと呼んでいるし、よく見ればサリナさんも何だか慈しむような表情でカタリナを優しく撫でていたりする。こちらに来たばかりの俺達には想像も付かないが、何かこの二人は親愛の情を向け合う程の堅い繋がりでもあるのかな?
昔サリナさんとパーティを組んで行動し、それを知っていそうなアデルさんの側を見てみると、顔に赤みが差し酔いは回っているのは見て取れるが、まだまだいけそうな雰囲気だ。この際だし聞いてみっか。
「ところでアデルさん。カタリナさんがサリナさんのことをお母さまって呼んでるけど、二人ってどんな関係なんですか?」
と思ったのだが俺に先んじて扶祢がアデルさんへと質問を始めていた。GJ。
「んん?そういえば君達はまだ冒険者登録をしてから日が浅かったんだっけ」
「ですです」
「まだ一週間位ですね」
そういえばまだ二個しか依頼こなしてなかったんだな。どちらも一日もかからない軽めの仕事ではあったし、もしかしてスローペースも良いところ?急がなくても良いとは言われているが、俺達は登録初日の一件で抱えてしまった借金もまだまだ残っているからな。こうしてピノ関連の支援金と魔鉱石の追加報酬が無ければこんなに悠々と構えていられなかったのは間違いないだろう。
「あれ、そんなものなんだ?それにしては随分とハードスケジュールだなぁ。あの森の調査と廃坑に戦闘まで重ねて合計五日程で終わらせる事になるよね?」
「え、でも合間に三日ほど街中でだらだらしていましたよ」
「……という事は森と廃坑を一日ずつで片づけたのかい?とても成り立てとは思えないな……」
俺達の話に半ば呆れ気味な様子で返すアデルさん。確かに戦闘面では釣鬼と扶祢というツートップが居るお陰で相当楽ではあったし、廃坑の件ではピノの魔法に随分と助けられたからなぁ。
「森の方は定期調査の一環だったのでピノを確保し次第戻りでしたし、廃坑も俺以外は戦闘面では呆れる程に強かったんでね。その辺りが影響したのかもしれません」
「結果的にはあんな終わり方だったけど、頼太も体捌きは相当なものなんだからあまり卑下しない方が良いと思うよー」
「そうだね。自慢し過ぎは良くないが、謙遜もまた同じく、だよ」
一応これでも冷静に事実を振り返って言ったつもりなんだけどな。まぁその気遣いを無下にする事も無いか。
「それもそうだな。でも鶏にノックアウトされたショックもあってなぁ……」
「「あ~」」
そう素直に頷かれるとちょっとばかりぼくの自尊心というものがブロークンハート!でも実際あの敗戦のショックが大きかったんだよな。
「ほ、ほら。あの鶏はNo.2だったみたいだし引きが悪かったという事で!」
うぐぐ、こういうのを忸怩たる思いというのだろうか。あの時の震脚の威力にさえ動揺しなければ……。
「うーん、とても鶏とは思えない話だね。一応元の種族は岩蜥蜴鶏なんだっけ?」
「ですね!折角治癒魔法の使えるピノちゃんに同行してもらったのに結局一度も石化と毒息を見なかったんですよー。結果ピノちゃん達と仲間になれたしそれはそれで万歳なんだけど」
だな。色々あったが、こうしてピノもめでたく俺達のパーティに加わる事になったし、今の気分は様々な出会いに乾杯といったところだな。
「へぇ。しかし利点である固有能力を封印してまで体術に磨きをかけるとはね……話を聞くだけで拘りという明確な知性を感じるね」
「実際通訳込みでしたけどその辺の人間相手に話してるのと感覚的には変わらなかったですよ。石化や毒で時間をかける暇があったらその分思いっきりぶん殴ってさっさと沈めた方が手っ取り早いっていう脳筋思考でしたけど」
「あははははっ!ある意味それは道理だね。そこまでの知性を持った上で特に敵対的では無い存在がこの街の付近に居るというのは面白い。魔鉱石の安全な入手ルートが増える可能性も考えれば、今の内にギルドぐるみで交渉して後々の交流を視野に入れておいきたいところだね……これはやはりわたしが行くべきか」
俺達の話を聞き、アデルさんはそんな事を言いながら少し真面目な顔付きをして考え込んでいた。
「――っと、それはおいといて。サリナとカタリナの事だったね」
「ですねっ!実際のところどういう関係なんです?」
「うーん、あの子はね。いわゆる戦災孤児と言うやつでさぁ」
戦災か……現代日本という基本平和な環境で育った俺にはなじみの薄い言葉だな。
「十年ほど前だったか、北のインガシオ帝国と東のワキツ皇国の間で小競り合いが起きたんだ。国境にあった山の麓の小さな村が焼き払われるという、まぁ戦時中には珍しくもない出来事なのだけれども。不幸な事にカタリナはたった一人生き延びてしまってね……その頃は見習いという形でわたしとサリナも公国からの救助隊員として派遣されていたのだけれど、わたし達が発見した時は酷いものだったよ――」
アデルさんはそこで一度言葉を切り、カタリナの方を見る。そこではサリナさんに抱きすくめられながら幸せそうに蕩けた笑顔を作るカタリナ。あの笑顔の陰にそんな辛い過去があったとは……。
「当時カタリナは五才だったか、生きているか死んでいるかも分からない程に傷だらけでね。国を追われた残党共が遊び感覚で年端もいかない子供達をいたぶっていたんだ。公立学院で神童の名を冠しそれに見合う実力も既に身に着け始めていたサリナでさえ、二つの国の残党達の駆除で疲弊したところに瀕死のカタリナの治療という無理が祟り、その後丸一日昏睡状態に陥ってしまった程でね」
「………」
「反吐の出る話だ……」
だがこの世界ではそれが身近にあるのが現実なのだろうな。もし自分がそんな状況に立たされたとしたら、その時俺はどうするだろうか。仲間達が無為の悪意に晒されて、結果窮地に陥ったら?
……甘い見通しを立てたりはせずに考えておく必要があるな。まずは何をするにももっと力を付けないと。
「実際わたし達があと少しでもあの村に到着するのが遅れていれば、今ここにカタリナが居る事は無かっただろうね」
「そうれふれ。おかーしゃまろあれるしゃんが二人れ突っ込んれ来れくれなかっらら、わらしは死んれましら」
「……カタリナ、正気が残ってたのか」
「ひろっ!?ろれるがまわっれらいらけれふよー」
アデルさんの話に耳を傾けていたら、いつの間にかカタリナが傍に来て話に参加し始めていた。こちらはサリナさんと対照的に顔全体に酔いを回らせ、見た目べろんべろんに酔っぱらっている癖に頭の方は問題無く稼働しているようだ。
「その割にはサリナにべったりだったみたいだけどね」
「こんら時じゃらいろ甘えられらいんれー」
「……あぁ、サリナもう沈んじゃったかー」
「れふね」
ありゃ、サリナさん本当に酒弱いんだな。その言葉に振り返ってみれば、サリナさんは力無くソファに埋もれて――あれ?
「何を言っているんですか、私は起きてますわよ」
「あの。サリナさん普通に喋ってるんすけど」
「うん、こいつは途中から完全に記憶が飛ぶタイプでさぁ。抱き付いたりしてる間はまだうっすらと記憶が残っているようなのだけれど、このように受動的な受け答えだけになるともう言葉以外は何をされても反応しないし、記憶も全部飛んでるんだよね」
「おかーしゃま、お酒あんまり強くらいんれすよれ。れもぷらいろが頑張っれいるみらいれ受け答えらけは何故かれきるっれいう……」
「ふふ、ちょっと面白いね」
宴会始まってすぐ顔を真っ赤にしていたし酒が弱そうだなーとは思っていたが、こんな面白癖があったんだなサリナさん。酔っぱらい方も人それぞれだよな。
それを見たアデルさんがカタリナと共に両脇に抱え応接室へ運んでいきながら話しかけていた。
「サリナー、起きているのは分かったから一度休もうか。このまま風邪ひいたら大変だよ」
「おかーしゃま、こっりのソファが空いれますよー、もう夜らし寝ましょー」
「それは大変ね。風邪をひいても困りるし夜なら寝た方が良いですわね。貴方達も早めに寝るのよ」
「分かったよ、ちょっと皆とのお話が終わったら寝るから先に寝といてなー」
「はーい。おかーしゃまも、お休みらさい」
「はい、お休みなさい」
―――くぅ。
そしてサリナさんはソファに横になり、あっさりと眠りに落ちてしまった。扶祢の言葉じゃないけどこれはちょっと面白い。
「サリナさんはウワバミってイメージだったんだけどなぁ」
「あはは、いつも言われてるね。昔からあいつを見ているわたしにはとてもそんな風には見えないのだけれど」
「らのれ、余計に意地張っちゃうんれすよれ」
「ウワバミと言えばむしろピノちゃんよね……」
間違いない。話題の相手が今居るテーブルを覗いてみれば、釣鬼がピノとの飲み比べに負けて突っ伏しており、侍祭のサップ君が吐き気緩和の治癒魔法を使って介抱してくれていた。
「うぉぷ……この、化け物め……」
「フッ。酒豪の種族にしちゃお粗末ダナ」
「く、くそ……これだからノーブルは劣化種なんだ……だめだ、ちと戻してくる」
そう言ってふらつきながらトイレへ退避する釣鬼。それにしてもこの幼女……。
「お前、酒に強いのは良いとして物理的に水分どこいってんだ……?」
「サァ?食べ物はそんなに入らないんだケド、お酒は幾らでも入るんだヨネ」
「人体の理解超えてるけど……ピノちゃんファンタジィ生物だもんね……」
「扶祢にだけは言われたくないナァ……」
これまた自覚の薄い扶祢の言葉にピノはとても嫌そうな顔で返していた。そりゃごもっとも。
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「ふー、少しは酔いが醒めましたっ」
「おかえり」
「ただいまです!」
酔い覚ましにシャワーを浴びに入っていたカタリナが戻ってきた。ろれつもすっかり元通りになって、明るい調子で返事をする。
「カタリナさんって元気だよねぇ」
「これだけが取り柄ですからっ。あ、あと扶祢さんも私にさん付けは要りませんよお。皆さんよりも私の方が年下ですし」
「あれ、そうだったんだ。でもそんなの気にしないでも良いのに」
「いえいえ!それにさん付けされるとくすぐったいものでー」
そうそう。俺も同じ事を宴会前の準備の手伝い中に言われてカタリナ、と呼ぶ事にしたんだよな。何と言うかカタリナは人懐っこい子犬みたいなイメージだな。居るだけで周囲をほんわかさせてくれる感じの子だ。
「いつも元気に、はサリナに言われて目指したことだもんな」
「……ええ、やっぱり時々人が怖くなったりはしますけど。お母さまに望まれた事なので、そこは頑張っていきたいなぁと」
その言葉ににこやかな笑みを向けて話しかけるアデルさんに、カタリナははにかんだ笑みを浮かべてそう答えていた。
「そうだ、結局カタリナがサリナさんをお母さまと呼ぶのはどう言う訳なんだ?」
「ええ、あの後サリナお母さまは似た境遇の子達の育て役の一人となってくれたんです。それで私も何年間かはお母さまの家で暮らしてたんですよー」
「成程。それで、か」
「済まないね。わたしも出来る事なら面倒を見てあげたかったんだけれども」
「アデルさんの実家は貴族ですし無理もないですよ。それでも孤児院にもよく来てもらってましたし、アデルさんの事も本当は、お、お姉さんみたいに……」
その後は小声でゴニョゴニョと聞こえなかったが、耳長族の聴覚は誤魔化せなかったようで――つい頬が緩みそうになるのを必死で抑える様子のアデルさんが妙に可愛らしく見えてしまう。
「そうかぁ。それじゃあ今からでも姉さんって呼んでくれても良いんだよ?」
「はぅ……」
うーん、微笑ましいネ。
「――頼太頼太」
そんな空気の中俺の腕をツンツンと突く指と声が。
「あの小声の内容、これは百合へ発展する期待大だよね」
hehehe...と言った感じのドヤ顔で報告してくる駄狐がおりました。うん、そういえば狐の耳も相当性能良かったよね……。




