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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第221話 社交の夜に、紅咲く一輪①

 王城ケラトフィリスの夜は長い―――


 一国の中枢であるが為の政務的な背景は無論として、夜の華という意味での「外交」が毎日の様に行われ、それが故に隣国の大都市ヘイホーとはまた違った形での不夜城が成り立っているのだ。

 この大陸では比較的歴史の浅い部類に入るとされる帝国ではあるが、前身とも言われる小さな王国由来の貴族は多く、所謂社交界の影響は大きい。それは政務と軍務が明確に分権された、世界的に見ても稀なる国家形態に所以すると言えるだろう。

 一部の貴族からは軍属を揶揄する声もあるが、それと同じく強硬な軍属一派からもまた、時には外交屋などといったあまりよろしくない俗称で呼び捨てられる場合も多い帝国貴族達。とはいえそれは政務と軍務、それぞれの担当分野がしっかりと機能している顕れでもあろうし、穿った見方をすればごく一部でそんな不毛なやり取りが出来よう程度には国が安定しているとも言える。


 ここにその外交担当の旗頭である外務大臣をはじめとする、国内外の煩雑な業務にかかりきりとなっている勢力がある。古くよりは隣接する諸外国との交渉然り、近きは強硬な姿勢を維持し続ける軍務参謀府との調整然りだ。


「――ふぅ」

「お疲れのご様子ですな、閣下」

「ん、セルヒオ殿か」


 今日も今日とて夜会は変わらず開かれる。煌びやかな礼服に身を包んだ貴族達が参加する中、一人小休止を兼ね中座をしたアトフへと声がかけられる。その声に振り向いてみれば、気取った風にワイングラスを傾けながら両脇に騎士見習いを伴わせ、歩み寄ってくる恰幅の良い中年姿。政務上の立ち位置はアトフと対極をなす国務省が長、セルヒオ・ロペスその人だ。


「貴公は相変わらず、社交の場を満喫していらっしゃるのだな」

「ほっほ。当代一の優秀な外務大臣殿のお陰で吾輩、随分と楽をさせて頂いておりますからな。どうかこれからも吾輩が無能なままでいられる様、無理をせぬ程度にご自愛くだされよ」


 不躾にも自愛極まりない主張をするセルヒオの言葉に、アトフはまたかと更なる溜息を吐いてしまう。

 常識的に考えれば外務大臣ながらに国内状況にまで手を伸ばすアトフへの嫌味とも取れようが、この国務大臣の場合は言葉通りにそれを願っている節がある。遺棄地域へのアトフ一派による介入の際にも、御前会議にて難を示す軍務参謀府を説き伏せられたのはこの男の弁舌によるものが大きい。


『そも過去数度に亘る討伐作戦を無理に敢行し、悉く失敗に終わったのは参謀府の失態。それをごく限られた手駒と経費の節減を以て解決に導いた立役者を差し置き、今更利権を得ようなどとは虫の良い話ではありませんかな?』


 それを耳にした際の参謀府側の殺気だった様子は記憶に新しい。一切の動揺を見せる事なく愉しげにそれを聞くギーズは別として、その場に面した将軍達はもう一人を除いて色めき総立ちになってしまった程だ。

 少なくともアトフにそれを面と向かって言える気概は無い。それ程の男が何の野心も持たぬ訳もあるまいが、それを納得に至らせる素地がセルヒオにはあった。


「吾輩は昔から、この社交界というものが好きで好きで堪りませんでなぁ。何せ適当に舌を動かしそれっぽく振る舞っておるだけで勝手に立場が転がり込んでくるのです。この様な甘露を味わう機会を減じてまで身を粉にして働かれる閣下のご心境は、いかんせん吾輩には理解出来ませぬよ」

「……相変わらずですな、貴公も」

「ほっほっほ。なに、吾輩こう見えても優秀な人材に支えられておりますからな。無能な上役が出しゃばる程厄介な事はないというのは、どこの世界でも変わらぬ真理でしょう」


 正式な場ではないとはいえ、こういった事を競争相手である筈のアトフへ対し臆面もなく言ってのけるのが恐ろしい。その癖主張するべき部分はしかと主張をし、此度の遺棄地域が一件により発生した新たな事業にも僅かながらに一枚噛んでいる。この立ち回りのセンスにはアトフとしても舌を巻かざるを得なかった。

 とはいえ先に記した通り、アトフとセルヒオの利害は重なる部分が多い。よって国策に対する姿勢としては概ね対立する事もなく、外務省と国務省は比較的良好な関係を保っているのが実情だ。


「ときに閣下。皇国よりの特使団が訪れてより一月程が経ちましたが、状況は如何でしょうかな。風の噂ではあの姫君は相当に闊達と耳にしますが」

「あぁ、ほとほと手を焼かされているよ。何せ法の壁の上を気まぐれ猫の様に歩かれるものでな、あの方が滞在なされてからというもの、気の休まる暇がないというものです」

「ほっ!それはそれは……しかしなんですな、夜会の場の印象ではそう突飛なお方にも思えぬのですがなぁ。この歳になれどもまだまだ、吾輩の目は筋金入りの節穴のようです。ほっほっほ」


 相変わらず鋭い処を衝いてくる。本人はただの夜会好きなだけの道楽親父だとは言うものの、いやはやその洞察力は計り知れないものだとアトフは思う。現にセルヒオが好奇の視線を向ける先には皇国の姫君、に扮した娘の姿があり、その一挙一動を笑顔の中に光る獲物を狙う目で値踏みをするかのよう。


(二人共、襤褸だけは出してくれるなよ――)


 そんな願いなどはおくびにも出さず、その後も二人の大臣は政情などについて話しを交わし合う。裏も表も入り混じる、宵闇の社交界は始まったばかりであった―――








「――そら、古狸よりの熱い視線が向けられておるぞ」


 傍らに控える侍従姿より、微かな言葉が漏れ出でる。それは夜会の喧騒に埋もれ、目の前で自らをエスコートする若者にすら聞こえはしない儚い吐息。だがしかし対する姫君が持つ鋭い聴覚の前では大声を発せられたかの如く、発音の細部に至るまで鮮明に聞き取れていた。それにより腰取る手にはその緊張が伝わってしまったのだろうか、若者は姫へ気遣う様子を見せる。


「大事ない、ここ暫しの疲れが出ただけであろ」

「そうか……では今日の逢瀬はお開きにするとしよう」


 そう言ってパーシャルは扶祢の手を取り優雅に一礼をする。一方それを受ける扶祢の側もここ一月でそんな儀礼にもすっかり慣れ、幼少より励み続けた芝居気を前面に押し出し嫣然と返す。かくして儀礼が終わった後に爽やかな笑みを浮かべ、最後に一言二言を耳元で囁いた後に皇子は踵を返し去っていった。


「……ぶるるっ、相変わらずさぶいぼが出る人なのだわ」

「随分と気に入られておるなぁ。いっその事、玉の輿にでも乗ってみるか?」

「冗談。ただでさえ連日の夜会でストレスが物凄いのに、こんなのが毎日なんて尻尾が全部剥げちゃうのだわっ」


 ニヤニヤと下卑た笑いを向けてくる出雲へと目に見えた身震いを示し、うんざりした様子で語る扶祢。それ程までにあの第二皇子殿下の連日の求愛は熱烈で、だのに歯の浮く様な言葉の数々により精神攻撃としての効果は抜群だ。


「しっかしあの下半身男も懲りん奴だなっ。よりにもよって余等の目に留まる場で他の女を口説こうとするか?」

「よね……肉食に過ぎるというかー」


 見ればパーシャルは既に会場の逆側にて別の貴族子女へと歩み寄り、その腰に手を当て愛を囁き始めている様子。ここまでくればいっそ清々しいとも言えようが、一方で夜会とは高貴なる血を確実に残すが為の縁作りの意味合いもある。故に無節操にも見えるその行為を咎めるものなど居よう筈もなし、そして声をかけられた側とてそこまでをも織り込み済みで一夜限りのロマンスの誘いを受けるのだ。


「あの国務大臣もそんな背景で生まれた皇族の私生児が出自よ。こんなものは真っ平だというお前の意見、至極真っ当であるからして安心するが良いぞっ」

「うわぁ……でも出雲ちゃんって、そんな夜会が好きなのよね?」

「うむっ。これほどドロドロとした人の思惑が入り乱れ、情報を容易に集められる場はそうそうはないからなっ!」


 やはり貴族様というのは先天的に何かが違う。目の前で侍従としての鉄面皮を保ちながらも得意気に語る出雲の話を聞き、そう思わせる何かを感じてやまない扶祢であった。


「よし、アトフが粘ってくれておる間に余等もそろそろ退散ぞっ!いい加減婦人会での生産性の無い毒の吐き合いにも飽きてきたからなっ」

「私がパーシャル殿下のお誘いを受ける気が無い事が分かってからは皆、面白いくらいに色々教えてくれたもんね~」


 出雲達が帝国外務省へと訪れた当日の歓迎会よりはや一月。

 当初こそ狐の血を引く物珍しさと皇国の話題目当てに様々な子弟子女や貴婦人達との接点などがあったものの、それなりに落ち着きを取り戻していた。また扶祢の言葉にある通り、パーシャルによる熱烈なアプローチを断り続けた甲斐もあり、対抗馬となるでもなく一国の姫君でもある相手へ対する礼儀として、比較的友好的な態度を取る者が増えてきた。つまるところ子弟レベルでの情報収集は既に終えており、主に出雲やアトフが陰で動く為のデコイとしての役目しか残されてはいなかったのだ。

 やがて次の舞踏の音奏でられる中、二人は鋭すぎる眼光によりここ暫しを壁の華と化していた釣鬼へと声をかけ、揃って夜会の場を辞していく。それに気づいた聡い者達による幾許かの視線をその背に受けながら。


「ところで、頼太ってまだ牢屋なのかな?」

「なのだぞっ。あの教会への狼藉騒ぎは相当数の目に留まってしまったからな、暫しの間はその責任を取って臭い飯を食う事になろう!」

「引導を渡した俺っちが言える事じゃねぇがよ。何つぅか、あいつも大概不憫だよな」

「ね……」


 その気になればアトフの裏工作により即時釈放も叶ったものの、それを直前で止めたのは出雲だった。

 あやつはああいった泥臭い場でこそ輝く働きをする、とはそんな出雲の言ではあるが……その実、当時の出雲の思惑に沿わず大騒ぎへと発展させてしまった頼太への意趣返しであろう事は想像に難くない。さりとて扶祢も釣鬼も頼太達とは違い、表向きには出雲個人に雇われている身だ。下手に口を出して自らへその矛先が向かうを忌避し、心の中で仲間への薄っぺらい同情を送るに留めるのもやむなしと言えよう。


「ふへぇ、外務省に着いたら起こして~少し休むぅ」

「だっらしねぇな、最後までしゃんとしろぃ」

「わははっ、慣れぬ儀礼は疲れるものだからなっ!お勤めご苦労っ、今宵も楽をさせて貰ったぞっ!」


 外宮中庭部分に位置する中継所へと赴いた一行は送迎用の馬車へと乗り込んで出発を待ち、相も変わらず夜会の気疲れによりへたれ込む扶祢へとめいめいの言葉を返す、そんな平常運転を見せる最中の事だった。


「……姫さんよ。ちっとばかり、交代要員が来るのが遅くはねぇか?」


 初めにその異常を察知したのは、やはり護衛として一定の緊張感を保ち続けていた釣鬼だ。窓の覆い越しにまるで見た者全てを射貫く様な視線を中庭全体へと巡らせながら、内に控える雇い主へ向け声を抑えながらに警告を発する。


「――扶祢よ、起きろ」

「ふぇ?」


 待てども待てども御者の来る気配は無し。それどころか送迎用の中継所周りに動く者の気配すら気付けば一切感じられず。扶祢がその異常事態を感じ取り慌てて身を起こした頃には既に、出雲は愛槍をその手に引き寄せ、そして釣鬼は馬車を飛び出していた。


「お前ぇらは一先ず待合室に避難しとけ、こんな全方向から狙われかねねぇ棺桶の中にいたらどうぞ殺ってくださいって言ってる様なモンだからよ」

「うむ、気を付けろよっ」


 ここ暫しの宮中業務により鬱屈としていたらしき釣鬼の紅眼はここに至って生き生きと怪しい光を発し、その美貌を凄惨と言えよう笑みに染めながら闇の中へと駆けていく。一体この異常は何なのか、状況を掴めぬなりに不意の襲撃を警戒しつつ残る二人も馬車を降り、中継所内に設置された待合室へと向かうのだった。

 主人公投獄中につき。扶祢サイド開始です。

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