第217話 誰が為に祈りを捧ぐ
今や屋敷の半分以上が崩れ落ち、瓦礫より生えるは巨大な茨十字。そこに張り付けられた亡霊の少女は過去にその身へ受けたであろう無惨な最期を思い出す。かつて慕った者の名を呼びながら、降り注ぐ理不尽に血の涙を流しながら、ただひたすらに……救いの意味も知らぬ苦悶の慟哭を上げ続けていた。
「ああなってしまった原因は不明だが、これで決闘の意義も立ち消えてしまったか。ここにきてなお手を出すなとは、まさか言うまいな?」
「ぐっ」
その瞳からは一片の情の色すら垣間見る事叶わず。副総括は剣を鞘に納め、逆手に持ったそれを仮初の聖杖に見立てて祈りの準備を開始する。
「いやっ……だって、待ってくださいよ!原因が分からないんだったら、もしかしたらまだ助けられるかもしれないだろ!?なぁピノ、何か無いのか?」
「ごめん。あの子はもう、最初から壊れてたから」
「な――」
このままではあのニケは消されてしまう。そう直観した俺は副総括の祈りを遮り、ピノへと助言を求めようとする。しかし帰ってきたのは快活なピノにあるまじき、重く圧し掛かる無情な一言。
何だよ、それは。でもお前、さっきは妖精族の血を引いているからこそ長き時の中でも摩耗せず、我を残す事が出来たと言って―――
「……部屋に入った後、あの子の雰囲気が変わったでしょ。本来のあの子はボク達が拒絶の氷牢を押し破って入ったあの時に、最期の力を使い果たして消えちゃったの。だからあの時の物言いは、ただの名残」
「――は?」
それを聞いた時、正直こいつの言葉の意味が分からなかった。あの時にニコラ・ケーテという存在が消え去ったならば、先程まで俺達へと無邪気な笑顔を見せていたあの子は一体、何者だというんだ?
「妖精族の血を引くという特異な出自故、霊を形作る容としての我のみは辛うじて残ったが、中身はとうに腐り果てていた。そういう事なのだろうさ」
「うん……」
理解を遥かに超えた混乱の極みに立ち呆然を晒すこの俺へ、副総括がピノの言葉を継ぎそう諭す。つまり今のあの子は壊れた器へ宿ってしまい、生まれたばかりの真っ白な存在で。さりとてその身は亡霊であるが故にその霊体情報に僅かに遺る、死の際の最も強き記憶に引き摺られてしまった結果がこの惨状だとでも言うのか。
「……あんまりだろう、そんなのは」
「辛いだろうが、あの娘にとっては今ここに在る事こそが苦痛なのだ。速やかに神の御許へと送り、その魂の安寧を祈る以外にあるまい」
今度こそ祈りを再開した副総括の傍らで、俺は地へ跪きながらぼうっと茨の十字を眺め見る。そこに張り付けられたニケは今もなお棘が自らを刺し貫く度に絶叫を上げ、逃れようと縛られた身体を捩らせていた。しかしその抵抗も徐々に弱々しくなっていき、流れ始める朗々たる祈りの声と、時折上がるくぐもった小さい悲鳴のみが場を支配する。
やがて祈りの声が一際響き佳境を迎えた最後の時に、俺は見てしまった。息も絶え絶えとなった有様の中で、それでも俺達へ向かい必死に救けを求めんとするニケのその瞳を。
本来の人格ともいうべきか、それが尽きた今のあの子にとって、寄る辺なき現世はただ在るだけで苦痛を伴うもの。それが死した際の微かな記憶と混じり、あの様な磔に処された形で顕れたのだろう。副総括の言う通り、この地に囚われ気が狂いかねない程の苦痛に苛まれ続けるならば、いっそ醒めぬ眠りにつき神の御許へと召される方が救いだという主張を明確に否定する事は出来ない。
しかし、本当にそれがあの子にとっての救いとなるのか?それでもあの子は残りたいと、今も救けて欲しいと身を捩り、懸命に俺達へその意志を向けているじゃあないか!
「――道を見失い、虚ろに苦しむ小さき御霊よ。この御世を治める智慧の神が名において――」
「ミチィィイイイルッ!!」
いよいよ完成に近付いた祈りの声に被せる様に、あらん限りの力を込めて俺は叫ぶ。その大音声に祈りを中断し怪訝を向ける副総括が視線の先には先に見せたそれを遥かに超える、狗神の気を纏い立つ魔の体現。
「……副総括、やっぱ無理っす。あんな目を向けられてまで切り捨てるなんざ、俺には出来そうにねぇよ」
「所詮は平民、という事か――些か順序が前後してしまったが、先の問いへの答えを返そう。軍は国を護り存続させる為に存在する。無論のこと民の安寧も護るべく心がけはしようが、いざとなれば少数の弱者を切り捨ててでも国全体を護るが我らが使命。その上で生まれる軋轢や批判をも呑み込めなくば、軍人を名乗る資格はない」
どこか憐れむ様子を見せながら、一言一言を噛み含めるよう俺に言い放つ副総括。あぁそうだよ、あんたは神職としても、そして軍人としてだって何も間違っちゃあいないんだろう。その在り方は万人に誇れる正義そのもので、そんなあんたをはじめとする誇り高き軍人達がこの帝国の片翼を担っているんだ。
当初出雲やサリナさんからの情報ばかりが頭に入っていた俺達は、この国では軍の暴挙に国民が戦々恐々の日々を送り、言論統制でも敷かれているものとばかり思っていたが、その実情はまるで違った。
地域性の差異こそあれど、ヘイホーの住民達とそう変わらない安穏とした生活を送っていた帝国民。その背景にはアトフさん達皇帝派の施政の賜物もあろうが、何より軍が国防を見事に治めているからこそこの軍事帝国の民は安心して日々の暮らしを営めるし、それ故に驚く程に帝国軍の国内での評判が高いのも頷ける。
だが……それで淘汰されていった、弱者と切り捨てられた者達の悲哀や無念はどうなる?
あの夜、執務棟周辺に現れた亡霊達は太古の死霊の一件とは別物と、副総括は言い切った。あれこそが軍人達が国を護る為に切り捨て、そして誇りを以て呑み込んでいった怨嗟の顕れではないのか。あの時の副総括の言葉だけは今も、頭で理解は出来ようとも納得は到底出来そうもない。
ここで俺が何もしなければ、あのニケの儚い存在が神の下に召されてしまう。それは、つい先程生まれたばかりであろう新たな無垢なる自我の消滅をも意味するんだ。故に俺は頑として対峙する。今度はさっきのごっこ遊びとは違う。卑怯と謗られようとも、理不尽に憤られようと、今度こそ……何としてでも止めてみせる。
《お前――》
「だってよぉ……あの時のあいつとは違って、あの子は今も俺達への救けを求めてるだろうがよ!」
およそ生まれて初となるであろう、明確な殺意すらをも込めながら。俺の感情は堰を切ったかの様に氾濫し、気付けば心の裡へと語りかけてくる声へ対する想いまでをも重ね言葉にしてしまっていた。
「そこまでの魔の色を身に宿して尚、自らを見失う気配すら見せず我を通すか――良かろう、今度こそ試しなどではない、互いの意志のぶつかり合いを以て決着を付けてやろう」
「けぇっ!」
副総括、いやギーズの言葉を合図として気勢を声に表し、間合いなど知った事かと一直線に襲い掛かる。今や一匹の魔獣と化した俺は勢いそのままに腕を振りかぶり……得物をギーズの正中線へと投げ放った。
「……ちっ!」
まさか剣相手に武器を手放すとは思わなかったか。それでもギーズは動揺を晒しもせず、最小限の動作で自らの剣を振るいそれを弾く。だが今の俺にとってはそれで十分だ。その間が生じた隙を衝き、身体能力のブーストがかかった俺の身体はとうに密着を果たしていた。
「シャアッ!」
「甘いわっ!」
不意の一撃による圧倒的不利な状況に追い込まれながらも体勢を立て直し、こちらの烈風斬へカウンターの斬り落としを仕掛けてくる辺り、流石は百戦錬磨を謳うだけはある。事実纏った瘴気の爪諸共、浄化の剣撃により俺の左腕は深々と切り裂かれ、辺りには鮮血が舞い散ってしまう。
(ミチル、悪い。もう少しの辛抱だからな)
(くぅ~ん)
内心で自らの不甲斐無さを愛犬へと詫びながら、それでも今度こそ見えた詰みへの道筋――大勢が決したのを確信してほんの僅かに生まれた俺への気遣いを逆手に取り、残っていた右腕によりギーズの剣持つ腕を絡め取る。
「……なっ!?」
「キェアッッ!」
―――ズグッ。
半身を絡ませたままに地を踏みしめ、腰の回転を介し踏み込んだ遠心力を乗せて裏拳気味にギーズの鳩尾へと叩き込む。随分と変形ながら我らがリーダー、釣鬼直伝の肘撃だ。
「こっ……」
そのまま二人共に倒れ込み、やがて長くはない時が過ぎた後、最後の一撃の反動で殆ど動かなくなった左腕を庇いながら意地の張り合いの勝者が立ち上がる。どうにか、副総括の恩情に甘える形で制する事が出来た様だ。
「ぜはっ、ぜはっ……やっぱ、やんごとなき御方がこんな人目の付かない場所に単騎で来るのは、危険過ぎると思うんすよ。こんな感じに痛い目を見たりとね」
「こふっ、ふ、ふふっ。皇族殺しの罪に問われてもおかしくはない真似を躊躇なくやらかした奴に、自覚皆無な説教をされる筋合いなどないわっ!むははははっ!」
うへ、さっきの肘撃をまともに喰らっておいてもう喋れるのかよ!?これだから化け物スペックな連中のお相手はご遠慮願いたいんだ。
「こふっ、ぐふっ……ふぅ。いやぁ~負けた負けた!しかし最後の組み打ち技はいやに効いたな。斬り落とした筈の君の左腕もしっかり繋がっている様ではあるし――何だあれは?」
「そりゃ企業秘密ってもんですぜ、旦那」
あっさりと呼吸を整え一息に立ち上がった副総括は、再び目を輝かせ好奇の色を前面に押し出しながら嬉々とした様子で問いかけてくる。俺は皮肉気に両の肩を竦め答えつつも、内心呆れと共にある種の確信を得るに至ってしまう。つまりはこの人、釣鬼ばりの戦闘狂なんだわ。
俺より強い奴に会いに行く、とまではいかないが――戦いの匂いに敏感で、隠し玉とかが大好きで、ひとたび不穏な匂いを感じてしまえばその正体を確かめるまでは収まらない。ここまでの道中のしつこい程の煽りなど、その最たるものだろう。そりゃ皇族の中でも異端扱いされて軍に入り浸り、アトフさんをして要注意人物と言わしめる訳だ。
そんなしょうもない事実を悟ってしまった俺は、今度こそ失血による貧血症状も相まって脱力を進ませながら倒れ込んでしまう。
「あ~あ。どうにか骨で止まってるけど、神経までいっちゃってるよこれ。治すのに時間かかりそー」
「副総括、手加減ねぇっす」
「何を言うか。手心を加えていなければ今頃、君の胴体は上下に泣き別れをしていたところだぞ?」
「げぇ……」
一先ずはピノによる応急処置を受けた後に添木代わりに探索用キットの棒材を取り出し、そこに補強用のぷにキエールを塗って包帯を巻き付ける。先程の立ち合いでもこいつのお陰で片腕切断を免れたし、勝敗を決する一撃も叩き込めた。本当、ぷにキエールさまさまだぜ。
「それで、何か対案があるのか?寄る辺なき今の状態では、仮に現世に残れはすれどもあのまま果て無き苦しみに苛まれ、何れは狂い堕つるだけだが」
「うん、そうっすね」
「何となく想像は付くけど~」
いつもながらに一言多いピノの発言はさておくとしてだ。今やニケを磔にする茨の棘はその全身をくまなく覆い、隙間より僅かに覗く瞳に灯る光は微かなものとなっている。それでもあの子はこちらへと必死に目を向け、未だ救けを求める事を諦めてはいなかった。
それを見た俺は肚を決め、心の裡へ潜むモノへと躊躇うことなく声がける。
(よしっ!リセリー、お願いします!あの子をどうにか救けてください)
《……随分とあっさり言うわね。ワタシに頼るという事はつまり、お前が嫌いなチートを自ら使うという事なのよ?》
うん、そうだな。無貌の女神の一件以降、リセリーとはこうして幽世の側では繋がりながらも精神面ではどこか距離を置いていた自覚はある。それも先日の信仰騒ぎで身も蓋もない真実を知り、有耶無耶になってしまった感はあるが。
だが改めて振り返ってみれば何の事はない。こいつの過去の想いがどうとか綺麗事を言ってはいたが、つまるところ人智の及ばぬ現象に手を出し、それに染まり依存してしまうかもしれない自分が嫌だっただけなんだ。
無論、リセリーの想いに感じ入る情感は多分にあるし、あの時に抱いた想いにも嘘偽りなどあろう筈もない。だがその言い訳に終始して現実から目を逸らしていては、俺に目をかけてくれているリセリーへ対する不誠実にもなろうし、何よりもそんな自分が許せない。
(だから、そういった欲や打算を正視し認めた上でお願いする。どうにか、ならないか……?)
姿見えぬ相手へと今の想いの丈を込め、誠心誠意を以て願いを捧げる。これが俺なりの祈りというものであり、対し奉ずる存在より還ってきた声は―――
《――無理ね》
(はぁっ!?)
「えぇええええっ!?」
真摯な想いを乗せて送り出した願いは即座に受け取り拒否を喰らい、俺の精神を打ちのめしてしまう。あとピノ、ただでさえ横で見ている副総括の目が更なる好奇にギラギラと光っているこの場でその絶叫はねーわ。交渉事で他人の弱みを握った際の出雲並に口の端を吊り上げてこっち見てるじゃねぇか!
《だって。こんな流れでワタシがその願いを叶えたら、小虫君が格好良すぎるじゃない……そんなの、信仰の悪用だわ》
(おまっ……ンな超個人的な感情でさっきの真摯な空気をぶち壊しにしてくれちゃってんの!?馬鹿なの死ぬの!?)
《誰が馬鹿だっ――コホンッ、神なんて言ってもそんなものよ。人の子に比すれば強大に過ぎる力を以て我を通し、捧げられた信仰を代償として小さき者共の切なる願いを気まぐれに叶える。お前達だって恋仲の睦み合いですら駆け引きを仕掛け、時にはそのまま破局に至りもするでしょう?それと同じ事よ》
あまりな自虐論を展開するリセリーの言葉に、俺もピノも開いた口が塞がらなくなってしまう。こいつにとっては神なんて、そこらで腕っ節に物を言わせて暴れるガキ大将と同じ扱いって事なのかよ。元は天上にて神に侍る天使を出自とするリセリーだからこそ言える事なのかもしれないが、どうにも呆れを隠せない。
《だ、だからね?頼み方をもっと小虫君らしく情けない感じに変えれば聞き入れてやらなくもないわよ。ほらほら、早くしないとあの亡霊の娘、今度こそ消失してしまうかもしれないわっ》
「えぇ~」
ピノなどは呆れ果てて会話を隠す気すら無くしてしまったらしい。リセリーの言葉にいちいち微妙なリアクションをしては、隣で興味深げにふんふんと眺める副総括の良い好奇心の餌と化していた。
とはいえリセリーの指摘する通り、俺達がこんな阿呆なやり取りをしている間にもニケは更に茨の内部へと埋没をし、その切なる瞳の灯すら殆ど見えなくなっている。これ以上は本当に猶予が無いか……くそったれ!
(分かった、分かりました!惨めで無力で凡人な貴方様の下僕第一号であるこのわたくしめは、畏れながら誠心誠意を以て土下座でもなんでも奉りますっ!だからとっととニケを救けやがれ、この駄々っ子天使!略して駄天使!)
《うん。最後の余計な一言については後でお仕置きするとして、よく出来ましたっ。哀れでちっぽけな小虫君の切なる願い、貸し一つという事で叶えてあげましょうっ♪》
正に地面へと頭を擦り付け、腹に一物抱えながらもあらぬ方向へと願い倒す。そんな俺は傍から見ればさぞかし滑稽に映った事だろう。現に俺の奇行を目の当たりにした副総括は珍妙な顔を形作り、同じく傍らで完全にやる気を無くした様子となっていたピノに「大丈夫か?こいつ」といった感じの問いかけの目を向けていたからな――それが起こるまでは。
―――その奇跡は、何の前触れもなく成就した。
流血の形で顕されたニケの霊気を吸い尽くし、真紅に肥大していた茨の柱が次の瞬間、元からその存在が無かったかのように掻き消える。直前までの惨劇の名残として半壊した屋敷址の地上部分には今や少女の亡霊であった蒼白き肌を持つ存在が横たわり、死人の如く目を閉じながらも微かにその小さな胸を上下させていたのだ。
「……何を、やった?」
「ふっ、それを明かしたら奥の手にならないじゃないっすか」
神秘の業が普遍的に認識されるこの世界でも、正に超常と言えるであろう現象。自身も神職なればこそ目の前で起きた事態の異常性を理解するに至り、真に呆然を晒し言葉を零すギーズへと、答える声はあくまで軽薄に。四肢を折り畳み明後日の方向へと平伏するという、奇天烈極まる所作のままに得意顔を見せる若者の姿に、空恐ろしいものを感じずにはいられない。
「うーん。この子、ばっちり精霊化しちゃってるよね」
しかしながら奇妙さで言ってしまえば、そんな若者の傍らに立つ自称ハーフエルフの少女も引けを取りはしなかった。これだけの異常を目にしてなお平然とその事実を受け入れ、さも当然とばかりに亡霊であった少女の精査を進めていく。何よりもギーズの目に異端として映ったのは、時折居もしない相手と会話をするかの素振りで理解に苦しむやり取りを見せていた事だ。
あの人族の若者がその裡に尋常ならざるものを宿しているであろう事実。それに関しては今朝方からの一連のやり取りによりほぼ確信に至っていたが、片や精霊使いの身で神職に通ずる立ち振る舞いさえ見せるとは。この様な現実離れをした有り様を持ち得る者達の可能性など、長年の軍務に携わり大陸各地で見聞を広めてきたギーズですら数える程しか思い当たりはしない。
「――いや。この者達の置かれた立場を鑑みれば、答えは一つしかなかったな」
考え得る中で最悪の可能性へと刹那に思いを馳せ、然る後に頭を振ってそれを否定する。そんなギーズの心中は如何許りであろうか。
やがて上がる若者達の歓声に、亡霊の身であった少女の意識が回復した事を知る。さてこの現状についてどう問い詰めてやろうかと意地の悪い考えを巡らせながら、ギーズは一人崩れ去った屋敷の側へと向き直る。
見れば屋敷の崩壊に巻き込まれたあの闘犬の亡霊も、瓦礫の中から元気に飛び出してきた様子。これはまた愉快な絵面が見れそうだと密かに心を躍らせながら、若者達へと声がけた。
「そら、主人に妙な真似をされたデッドリー・ブルがお冠だ。気を付けろよ、異邦人!」
「……げぇっ!?」
「ばれて~ら」
果たしてあの呻き声はどちらの意味であろうか。あの鬼ごっこに決着が付いた後にでも聞いてみるかと苦笑を浮かべ、目覚めた精霊の少女の下へと向かい歩き出す。
ふと見上げれば頭上高くへと位置する陽が柔らかく見下ろす幽天。染み渡る寒さを俄かに忘れさせてくれる、冬の日中の微笑ましい一幕であった―――
「納得いかねぇええええっ!」
『ばうばうばうっ!!』




