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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第215話 遺棄地域復興調査隊④

「再現、って。そんな悠長な事言っている場合じゃ……」

「しかし現に、そこのデッドリー・ブルとやらは襲って来る気配は無い様だが?」


 返す最中にそんな言葉を差し込まれ、思わず俺は詰まってしまう。副総括の指摘通り、俺達がこうして暢気に構えている間も警戒の唸り声を上げ続けるデッドリー・ブルはやはり、動く気配が見られなかったのだ。


「頼太、どうする?」

「………」


 不安げなピノの囁きに耳を傾けながら改めて視線を戻してみるも、副総括はそれ以上を急かす事もなく、泰然とそんな俺の視線を受け止めるのみ。


「しゃあ、ねぇか……」


 この手の目の光は幾度か目にした事がある。三界騒動の際のクロノさんとの初邂逅然り、つい最近で言えばアトフさんへ対した際の出雲の漲る覇気然りだ。いずれもただの言葉一つでその意志覆す事ままならず、実を以て演じ示す必要があった。


「そうだ。この私に見せてみろ、その身に潜ませ、そこな『忠犬』をして問答無用に排除を決意させるに至ったお前の業を!」

「頼太……」

「そういう事らしい、少し下がっていてくれよ」


 ことここに来て誤魔化しは通用しない、のだろうな。俺もある種の覚悟を決めてピノへと声がけた後、自らの裡に潜むもう一つの意志を喚び出し、我が身へ纏う。


「――お待たせしました、これで満足っすか?」

『がるるるるるっ!!』


 俺の全身に纏わりつく、半物質化を果たした瘴気の鎧。この世界では魔気とも呼ばれているらしいが、分かり易く言えば触れるもの全てを害する気質の塊だ。生者ほどには影響しないとはいえども、それは目の前で今にも襲いかからんと前傾姿勢を取るデッドリー・ブル相手でも例外ではない。これこそが、あの夜に太古の死霊へと至る道程を開いた切り札でもあった。

 だがしかし、そんな俺の有様を目の当たりにした副総括はと言えば特に動揺の気配を発することもなく、むしろ若干の失望の色をその目に湛えてしまった風に見える。


「……本当に、それが君の業の全てなのか?」

「へ?え、えぇそうっすけど」


 ―――はぁ~。


 え、人にここまでやらせておいてその態度、失礼じゃね?

 先程までとは一転、殊更に脱力をしこれ見よがしに嘆息を吐く副総括。こちとら今度こそアトフさんに見限られるかもしれない覚悟を決めて姿晒したってのに!


「あぁ、もう良い。この期に及び、試す様な真似をしてすまなかったな」

「いやあの。一体どういう……?」

「ふむ――言っても分からないだろうが、私が相対すべき者がついに現れてくれたのかと、少なからず期待をしてしまっただけさ」


 何だそりゃ?目に見えてやる気を減じた素振りを見せる副総括の様子に引き摺られ、こちらまで若干脱力をしてしまう。当然ながらデッドリー・ブルがその隙を衝いて飛びかかってはきたものの、そこは流石の俺でも気付いている。反射的に振動剣を支えにして全身のバネを生かし、ぶちかましをどうにか往なす。


『ぐぅ、るるるるる……』

「ってあれ。こいつ物理攻撃、効くのか?」

「そのようだな。ピコといったか、その幼犬が噛み付けたという話を聞いた時からそうではないかと考えてはいたが、現世へここまでの影響を与える程となればやはり、仮初の肉を纏う必要があるという事だ」


 そんな落ち着き払った副総括の見立て通り、振動剣とまともにぶつかり合ったデッドリー・ブルの顔面には大きな裂傷が出来ていた。言われ冷静になってみれば道理だな。あっさりと振り解かれたとはいえ、ピコの噛み付きが通じている時点で物理攻撃が効かない筈もなし、当時の俺達がどれだけ混乱の極みにいたかが分かろうというものだ。

 そして対霊的存在相手故に自壊を恐れて振動モードこそオフにはしていたものの、振動剣に使われた素材そのものが相当頑強である事はここ暫しの使用により判明している。今回はそれが功を奏した形になる訳だ。


「剣が使えるなら問題ねぇな。そんじゃ副総括、俺が足止めしてる間に浄化の準備、お願いしまっさ!」

「それも待ってもらおうか」

「なっ……ぶへっ!?」


 嬉しい事実につい調子付き勇猛果敢にデッドリー・ブルへと立ち向かおうとした俺だったが、そこにまたもや副総括の待ったがかかる。同時にあっさりと足を掬われ、勢い付いていた俺は慣性に従って地面への盛大な顔面ダイブを果たしてしまう。


「何なんすか一体!?あんた手伝いにきたのか邪魔しにきたのか、どっちだよ!」

「無闇に熱くなれるのは若者の特権でもあるがな。少しは落ち着いて状況を分析してみたらどうだ?」


 状況の急な移り変わりについていけず、鼻面への衝撃も相まってついつい声を荒げてしまう俺だったが、言われ目の前にデッドリー・ブルの巨大な顎が鎮座するのを目の当たりにして血の気が一気に引けてしまう。


《嗚呼、可哀想な小虫君っ。その若き生の道程半ばにしてこんな無念に散るだなんてっ》


 狙ったかの様に心の裡へと語りかけてくる芝居がかった駄天使の声は放置するとしてだ。先の衝撃で狗神(ミチル)の鎧が消え去り、素の状態で相対するという絶体絶命な状態に置かれた俺は身動き一つすら取れはせず、しかしながら唸り声を上げつつも動く気配のないデッドリー・ブルを呆然と眺め続ける事となる。こいつ……襲って来る気配がないな?


「あ、ボク分かっちゃったかも」

「そういう事らしいな。立てるか?いつまでもそんなお見合いをしていてもつまらんだろう、そろそろ真相の解明に出向くとするぞ」


 何かを悟ったらしき発言を零すピノへとそう頷いた後、副総括は睨み合いを続ける俺達を尻目に屋敷の扉の前に立ち、やや古式となる訪問の合図を告げる。片やそれを確認したデッドリー・ブルは唸りながらも最後に俺を一瞥し、その場から音も無く消え去っていった。

 まさか、あの犬が俺達に襲い掛かってきたのは、瘴気の鎧を纏っていたのが原因か?


「ふむ、どうやら忠犬からの許可も得た様だ。早速屋敷内の調査へ赴くとしよう」


 その有様を当然とばかりに断言をする副総括の提案に、俺とピノは二人、狐に摘ままれた気分となりながら顔を見合わせ―――


 ・

 ・

 ・

 ・


 今や廃墟となって久しく、長年の経年劣化により至る場所が襤褸と化した館内を練り歩く。大量の埃が積もり、恐らくは数年どころではない時の停滞を感じさせる部屋の数々。それらを一つ一つ確認していく中、ふと副総括が何かを物語るかの口調で語りかけてくる。


「不思議には思わないか?遺棄地域に死の影が潜み始めたのは僅か数年前。だというのにこの屋敷のみ遥か昔より時が止まっているかの如き、廃墟のままだというのが」

「言われてみれば、そうっすね」

「あのデッドリー・ブルも、太古の死霊に影響されていたというよりかは昔ながらの土地に縛られた霊っぽいもんね」


 既に一階部分は調査を終え、ピノの神秘力感知からも二階部分の一部屋を除き何も感じられないのは判明している。会話を続けながらも玄関前のロビーへと戻り、脆い部分を踏み抜かないよう細心の注意を払いながら、俺達は二階への大階段へと足を踏み入れる。


「我が帝国軍が大陸各地より蒐集してきた文献の中には、その性質により機密とされ、大図書館へ提供されていない物も少なくはない。詳細は語れんが、その中の一つにこの帝国が興る以前にこの地に栄えた、とある王国の最期について事細かな記載が為された物があってな」


 一段一段と上がっていくごとに、徐々に二階部分より漂い始める凍て付いた気配。比喩ではなく、文字通り氷の様に皮膚を刺し、その冷気に晒された証として身体が震え訴える。


「君達も噂程度には聞いた事があるだろう。その王国に突如出現し、全てを凍てつかせたフェンリスヴォルフの伝説――とある魔物使い(テイマー)に飼われていた一匹の獣が、主人を謀殺された怒りによって復讐を成したあの悲話を」

《ふ、ん……そういう事か。小虫君、お前達はつくづくこの土地との妙な縁があるものね》


 二階部分へと上がった段になり、いよいよ寒さが増してくる。一階部分の調査をしている間に陽も登り、外は冬の寒さ冴え渡りながらに晴れ渡っているというのにも関わらず、急激な温度差の表れとして窓には結露が張り付き始める。

 これ以上を進むのは危険かと思われたものの、首を横に振った副総括により防寒の護術を施されてしまう。そして常であれば真っ先にこういった危険からの退避を図るであろうピノもまた、周囲へ各種精霊力を展開して防備の構えを固め、引く気は毛頭ないらしい。


「……ここからは機密情報故に、無闇に口外しないよう願おう。殺された魔物使いの名は、ニコラ・ケーテ。生まれながらにしてありとあらゆる存在との会話を可能とする稀有な力を有したと伝えられる、とある地方領主の娘だ」


 その名の響きに応じたか、今や俺の目にもはっきりと映ってしまう程に氷の精霊が顕現して踊り狂い、二階部分の廊下へは霜さえも降り始める。それらの貌は以前傭兵の郷道中に遭遇した、怒りに塗れながらもどこか気まぐれな印象を受けた連中とは違い、真に感情さえも凍て付いた能面のまま、侵入者への拒絶の意を強烈に示してくれる。

 気付けば廊下には吹雪の如き風雪が吹き荒び、後戻りをするのも難しい有様となってきた。常識的に考えれば間違いなく退散すべき場面ではあろうが、どうやら副総括は目当ての部屋に辿り着くまでは引く気は微塵もないらしい。


「これまではこの強い精霊力に阻まれてしまい、到達すら困難であったが今回は違う。儀礼顕現をも可能とした彼の魔物使い――妖精族と人族との間に生まれたとされる娘に匹敵する、精霊使いが共に居るのだからなっ」


 最後に一際極まった感の声を張り上げ、副総括は目を輝かせながらに振り返る。ここまで話のお膳立てをされてしまえば俺にだって容易に理解出来る。その視線の先に居るのはミーアさん曰く儀礼顕現とやらを可能とし、この局所的な氷雪嵐(ブリザード)吹き荒れる中ですら涼しい顔を見せながらに周囲へと断熱障壁を張り続ける、ピノの姿だった。


「ボクはただのか弱い後衛職だから、そんな目で見られても何言ってるかわかんないや」

「その割には天才精霊術師とまで称された、あの魔物使いが拒絶の氷牢すら軽く圧し除ける程の障壁を張ってくれているな?」

「さーねー。人間達には長い時に過ぎて、当時の伝説が誇張されてるだけじゃないの?これ、ただの『氷雪牢(ブリザードジェイル)』でしょ」


 言ってピノが指を鳴らすと同時に廊下に吹き荒れていた暴風はかき消え、その後には名残であった大量の雪が積もるのみ。それを目の当たりにした副総括の目の光は益々強まり、敷地内に入るまで俺に向けられていた好奇はピノへと移り変わったらしい事を察知する。


《良かったわね~。この男、明らかにワタシの干渉に勘付いていた様子だったもの。あのまま疑り続けられていたら小虫君のことだ、どこかで襤褸が出てしまったかもね》

(へーへー。どうせ俺は顔に出易い平凡男ですよ)


 とはいえ、これまで行動を逐一監視される様な窮屈な気分になってしまったのは事実。早速心の裡へと語りかけてくるリセリーにそう零しながらも、新たに生まれたらしき緊張感の横で一人ほっと安堵の息を吐くのだった。


「まぁ、良かろう。欲の面が張って全てを逃すは愚の極みとも言うからな。まずは遺棄地域の発生により調査が中断されていた当時の王国が滅びの真実の解明と、ついでにお前達より要請をされたこの屋敷の現状の解決を目指すとするか」

「頼太、後で覚えとけ……」


 暫し睨み合いを続けていた両者ではあったが、やがて副総括がそう言うと共に目線を切り、吹雪の発生源であった奥の扉へと大股に歩みを進めていく。俺も副総括に倣い、恨みがましく睨み付けてくるピノから目線を切って本筋へ戻るとしよう。


「さぁ、気を緩めるなよお前達。ここから先は前人未到の領域だ。お前達の常人の域を逸した対応能力、役立たせて貰うぞっ!」

「いえいえ。俺、自他共に認める紛う事無き凡人っすから」

「ボクも、ただのか弱い女の子だし~。オバケこわ~い」

「……お前達、中々良い根性をしているな」

「わふ……」


 やや緊張感に欠け気味に見えるがこれも俺達の平常運転というものだろう。ミチルの鎧は良からぬモノを呼び寄せてしまう恐れがある為、ここではやめておいた方が良いと釘を刺されている事だ。精々皆の足を引っ張らぬよう気張るとするかっ。

 そして俺達は目の前の扉を開け、警戒をしながらも部屋の中へと足を踏み入れる。


 そこにあったのは、否、寝台より半身を起こし俺達を迎え入れたのは。


『おかえりなさいませ、キースさま。わたくし、あなた様を長い間、お待ちしておりましたの』

『がるるるるっ!』


 寝台の脇に伏せながらも唸り声を上げるデッドリー・ブルの頭を撫で、儚げな笑みを浮かべる少女が亡霊の姿。焦点の定まらぬ瞳を複雑な色に染め、俺達を見つめていた―――

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