第214話 遺棄地域復興調査隊③
「お前は一体、誰のお蔭で、大っぴらに、街中を出歩けると、思っているんだ?」
「……へへぇ。全ては寛大なるアトフ御大臣さまのご尽力が賜物にてごぜぇます」
オッス、オラ頼太。本日はお日柄もよく、そんでもって良い塩梅にアトフさんが大噴火直前な模様っす。ぶつ切りとなった言葉の端々からは収まらぬ怒りの表れが目に見える様だ。
どうしてこんな事になったのか……は語るまでもないっすね。先日のギーズ副総括との会話で余計な尻尾を掴まれた事然り、それ以前に平凡頭の分際で一騎当千な司令官相手に腹芸の真似事へと応じた事然り。そして何よりも―――
「どこをどういう話の流れになったら、あの参謀副総括ご本人相手に直接の案件随行要求などという畏れ多い真似が出来るんだっ!?しかも快諾されただと?わざわざ敵を懐に呼び込む真似をしてどうするかっ!」
「はひっ!?誠に至らぬ我が思慮不足に、ただただ反省致すばかりでありますっ!」
という訳でただいま俺は大臣執務室の床に額を擦り付け、全身全霊を以ての謝罪敢行中だ。背後にはお馴染みの面々がひたすら迷惑そうな顔で白い眼を向けてくる気配を感じるし、脇の接客用ソファには出雲とリセリーが何故か白けた様子で対面に座り、やはり俺へと微妙な視線を向けていた。
「はぁ……姫さん、アトフ大臣、すまねぇな。俺っちが息抜きで出かけてなけりゃ、この馬鹿の独走を止められたのかもしれねぇが」
「同じく考え得る斜め上を想定しきれなかった儂にも責任の一端はありましょう。釣鬼殿お一人で抱える問題でもありますまい」
今回ばかりは年長組の面々も庇ってくれそうにない。俺、割と絶体絶命な大ピンチの予感。
そんな怒りと呆れの感情錯綜する張り詰めた空気の中、さぁどう料理してくれようかとばかりに額に青筋を立てたアトフさんが詰め寄ってくる。
「――話せ、全てを。その提案を出す判断に至った経緯、それまでの心情の変化に至るまでだ」
「へへぇ!御大臣さまの御心のままに!」
以前にも似た様な言葉を聞いたな、などと他人事の様に思いつつ、この手のフレーズを日常の一パートで耳にするという妙なギャップについ含み笑いを零してしまう自分を自覚する。立ち位置の関係でたまたま目が合った扶祢達は俺の心情を正確に把握したらしく、益々呆れた顔を向けられてしまったが。
やがて針の筵に座らされたかの取り調べの時間も終わり。程なく要点をメモに纏め終えたアトフさんはと言えば、理解に苦しむといった様子で眉間を揉み解してしまう。
「……出雲殿下、よくこんなのを伴に選んだものだな」
「うむ、それを言われると痛いのがなっ」
自業自得なのは理解しようが、それでもやはりこういった言われ方をされるとへこんでしまう。ちっくしょう……。
しかしその後に出雲より発せられた言葉は、俺のみならず若干名を除いた場の大多数を更なる戸惑いに陥らせるに足るものだった。
「それよりも頼太よ、そんな面白そうな事に余を誘わぬとは何事だ!」
「へっ?」
「その副総括とやら、どう考えても余が相対すべき相手だろうがっ。ミーアより報告を受けた際には久々に毒に塗れた舌戦が繰り広げられるかと心躍っていたというのに、余は口惜しいのだぞっ!」
いきなり素っ頓狂な事を言い出す出雲の論調に呆気に取られ顔を向けてみれば、対面に座っていたリセリーが出雲と俺を指し、これみよがしに肩を竦めたポーズを返してきた。どういうこっちゃ?
「出雲殿下、今はそれよりもこいつの招いた事態の重要性をだな……」
「何れはどこかで衝突が避けられなかったであろう相手よ。であれば初見の印象として、結果的にはまずまずと言えなくもなかろうっ!」
「む……それは、そうなのだが。しかしなぁ……」
続く出雲の意見にアトフさんの剣呑な気配が目に見えて引いていく。未だ怒りは収まらぬ様子ではあるものの、つい先程までの俺を即刻外務省から叩き出しかねない空気に比べれば随分とましにはなった気が……そういう事か。
「出雲、サンキュ」
「……ふんっ。次は身の丈に釣り合わぬ真似などはせずに大人しく余に任せるのだなっ!」
どうやら今の俺は随分と恵まれた立ち位置に居るらしい。そんな俺を取り巻く現実に感謝をしながらも、改めて皆へと頭を下げる。そしてギーズ副総括への対応についての軽い協議をした後に、その日は早めの解散と相成った。
翌早朝――未だ冬の寒さ染み渡り、朝鳥のさえずりさえ響かぬ遺棄地域の一角には俺とピコに騎乗したピノの姿があった。
「――随分と早いな。待たせたか?」
やがて重々しい複数の足音と共に朝靄の中から軍馬に曳かれた重厚そうな馬車が姿を現し、その御者台に座る、小麦色の髪に青い瞳を持つ一人の青年将校より声がかけられる。ギーズ副総括のお出ましだ。
「いえ、俺らの拠点は近くにありますからね。副総括と違い身軽な立場でもありますし、こういった準備は手早く済むんですよ」
「そんなものか。まぁ此度に限った共同任務とはなろうが、よろしく頼む」
「よろしくー!」
「おう。ささやかではあるが客席に糧食を積んでいる、戦の前の腹ごなしを兼ねて最終の打ち合わせといこうか」
この様にして、副総括は俺達の内心の警戒を気にする素振りもなく装甲車の中へと招き入れる。然る後にギルドの調査依頼内容、そして屋敷内のデッドリー・ブルについての詳細情報等をやり取りしていく。
尚、ミーアさんは今回に限り不参加だ。ギーズ副総括とは直接の面識はないとはいえ、その外見の種族的特徴から容易に素性が割れてしまう恐れがあるからな。
「それにしても、もぐもぐ……いくらこちらの要望とはいえ、ごくごく……副総括お一人でこんな場所まで出向くのは不用心に過ぎるんじゃないっすか?あ、ピノそっちの干し肉ブロック取ってくれ」
「あいよー。はぐはぐ、昨日も往来を一人で馬車乗り回してたもんね。場合によっては暗殺されても、はくはく、おかしくないんじゃない……むぐっ!?み、みずー!」
「わふぅ……」
「むははっ。そんなに慌てずとも食い物は逃げんぞ?ほら、極上の果実水だ。喉を潤すがいい」
作戦の前だというのに何を間の抜けたやり取りをしているんだ、などと言うなかれ。うちのパーティはリーダーがあの傭兵の郷出身だからな。こういった準戦闘状況が控える作戦時の心構えは嫌という程に叩き込まれてしまっているのだ。
「先日にも話したとは思うが、私は帝室の出としては異端だからな。自らの身を守れる程度の自負はあろうし、何より顔も兄貴達程には知れてはいない。今更そんな心配をしてくれるのは直属部隊の副官くらいのものよ」
「あ~」
装甲車の床に伏せるピコを撫でながら極めて自然体でそんな受け答えをする副総括の言葉に、俺達は知らず納得の感嘆を上げてしまう。この人、昨日もそうだったが隙が殆ど見当たらないものな。
ふとそんな百戦錬磨の気配を纏うこの人に、ボルドォ代行を重ねてしまう。そういえばカンナさんも、受付業の合間にやたら代行の暴走癖について愚痴ってたっけ。長が現場実践主義だと副官が苦労するのはどこの業界でも変わらないんだな。
「そういえばだな、君達はジェラルドの部下に私の事を話していないのか?奴にしては珍しく、翌日になっても探りを入れてこなかったからな」
「ぶるるっ!副総括を個人的事情でこんな場所に引っ張り出したなんて事ばれたら、ボルドォ代行に八つ裂きにされちゃいますって」
「頼太、前にボルドォの横っ面ぶん殴っちゃってるもんね。間違いなくその時のお返しも含めてボッコボコにされそー」
「ほう!君はそんな事までやっているのか。中々の問題児なのだな、むははっ!」
何だかこの人、先日とは違いこうして話していると出雲に通ずる気安さがあるな。ピノなどはすっかり打ち解けた様子で副総括へと話しかけているし、かくいう俺も少々心のガードが下がり気味となってしまっていた。
《あらら、もうすっかり仲良しこよしになっちゃってるわね~。ま、それはそれで面白そうだしワタシとしては見てて飽きないのだけれども》
(む……分かってるって)
そんな俺の心の裡へと木霊するお節介焼きの声に慌てて先日の夜の探り合いを思い返し、最低限の警戒心を呼び覚ます……のだが、ふと気配を感じてみればこちらを見る副総括の眼差し。
「君は、もしや――」
「えっ、何か言いました?」
「……いや、何でもないさ」
ううむ。この反応、やはりこの人は何らかを感じ取る事が出来ちゃう人なのだろうか。今もリセリーの声へ答えた途端に神妙な表情で俺の顔を見つめてきたし、聞くところによればこの人自身、高司祭にも匹敵しよう神職の身でもあるらしいからな。
《うーん、それはどうかしらね?どちらかと言えば……》
(おねいさんはもうちょっと、盗聴の危険とかを警戒して、迂闊に語りかけるのを自重して頂きたいんすけどね?)
《お前が答えてる時点でその忠告は無駄になっていると思うのだけれど。ほら、またお前を疑り始めたみたいよ》
ぬぉ、あぶねっ!そんな忠告に我に返り、副総括の射貫く様な目線に気付かぬふりをしながら糧食の残りを一気に頬張り、果実水と共に胃の中へと落とし込む。その後再びわざとらしく首を傾げてみせると、豪放な副総裁にしては珍しく何かに戸惑った様な顔を見せながら視線を逸らされてしまった。
「それじゃあご飯も食べ終わったし、あの生意気犬の退治にいこー!」
「わひぃん……」
「未だ成犬でないとは言え、ゴルディループスをしてここまで怯えさせる程の犬の亡霊か。君との約定を別にしても興味が湧いてしまうな」
「いやそいつ、アルカディアン・マスティフっていう新種の犬ですから」
「まだ言ってんの、それ……」
シャラップ!こういうのは日頃よりの継続した主張が大事なのですよ。
たとえ無謀の女神の一件以来、帝都支部では殆ど暗黙の了解と化している嘘情報であろうとも、仮初の平穏を得る為のツールとして時には必要となる事がある。つまり必要悪なのだ!断じてこのネーミングが気に入った訳ではないっ。
「ふむ、まぁ良かろう。上げられた報告によれば、あの太古の死霊を一撃の下に消滅させる程の札を持つお前達だ。平民達に危害を加えないよう留意さえして貰えるならば、私としては特にどうこう言うつもりもないさ」
「あらやだ、イケメン」
「むははっ!惚れるなよっ」
まずいな……ピノの言葉ではないが、本気でこの人爽やかだわ。先日の夜のあの目を見ていなければ、更に言えば出雲という前例と出逢い共に行動をしていなければ、今頃すっかり副総括の持つ人となりに惹かれてしまったかもしれない。あのジャミラとはまた違う種類のカリスマを目の当たりにし、また一つ考えさせられる俺だった。
俺達はS-32区画の屋敷内へと再び立ち入った。どんな未練を現世に遺したか。それについての謎は未だ解けないものの、あのフィジカルモンスター、デッドリー・ブルの脅威に対抗する為の神職の用意も今回は万全だ。
『……ぐるるるるる』
「おいでなすったな」
「今日こそはリベンジ果たしてやるかんね!」
未だ陽の光差し込む前の薄暗い敷地内にて、早速俺達の侵入を察知しデッドリー・ブルがその偉容を現した。相変わらず肌にビリビリと感じる凄まじいまでのプレッシャー。だが二度目という事もあり、こちらの心構えは出来ている。ならば残るは解決パートだけだ。
「さぁッ!先生、やっちゃってください!」
「サポートはまっかせて~」
本職のプライドも何もなく、のっけから丸投げ気味な俺とピノ。対し副総括はそんな俺達へと呆れた目を向け……などという事はなく。唸り続けるデッドリー・ブルを無言で眺め、ふとそれが護る屋敷の二階部分へと視線を移す。そして矢庭に一言。
「――あぁ、すまないな。まずは先日、君達がどういった状況でこの動物霊と対峙をしたか、もう一度この場で再現をして貰えないか?」
「「……へ?」」
え、いやその再現って。それ以前にこいつは獰猛極まりない化け物であるからして、暢気な事を言っている場合じゃあ……。
そう副総括へと説明をする間もなくデッドリー・ブルが襲い来る、そんな俺達の想像に反し、先日はあれ程の殺気を放ち追い掛け回してくれたデッドリー・ブルはその場を動く事無く警戒の唸り声を上げるのみだ。
これは一体全体、どういうこった?




