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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十章 神墜つる地の神あそび編
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第211話 遺棄地域復興調査隊-幕間信仰劇-

「委細、承りました……」


 昼のミーアさんによる衝撃的な告白を受けてより暫しのこと。一先ず周囲の面々へ対する周知などへついての相談をした後に、帝都支部へと戻り以来の経過内容を報告する。


「それで、俺達この後どうすれば良いですかね?」

「引き続き、対処の程を……宜しくお願いします……」

「えっ、と?」


 引き続きという事は、とどのつまりだ――予想外のお言葉を受けて半ば上の空でそう返す俺に対し、カンナさんは記帳の手を止め向き直り、寂しげに見えよう表情で小さな笑みを一つ。


「畏れながら、現在他の区画でも相応の問題を抱えておりまして……人員不足は否めない状況なのです……」

「皆、忙しそうだもんね」

「申し訳ございません……どうにもならないようでしたらその時にまた、改めて対応を考える事になろうとは思われますが……」


 言われロビー内を見回してみれば確かに、最低限の待機要員を除き皆出払っている様子。どうやら今はこちらに割く人員も足りていないので、まずは俺達だけで試行錯誤をしてどうにかしてくれという事らしい。


「幸い、皆様のチームには神職であるミーアさまもおりますし……件の報告はボルドォ代行まで上げておきますので……」

「あ、そ、そうっすね。わっかりました!」

「だっ、だよねー!ボク達ももう一回、いってきまーす!」

「……はい、行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈り申し上げます」


 不意に核心を突かれてしまい、俺達二人、絵に描いた様な反応を慌てっぷりを晒してしまう。危ねぇ危ねぇ。ミーアさんの件に関しては周りの反応がどう変わるか分からないから、一先ずは今まで通りに振舞う事にしたんだった。これ以上襤褸を出す前にお暇させて貰うとしよう。

 俺達は帝都支部を飛び出した勢いそのままに商店街の逆端まで小走りに駆け続け、やがて借宿の建つ住宅街方面と遺棄地域方面の分岐路へと差し掛かった辺りでようやくその足を止める。


「ふうっ……勘付かれちまったかな?」

「うーん、大丈夫じゃない?」

「いや、思いっきり不審がられてましたぜ。二人共」

「「うわぁっ!?」」


 思いもよらぬ物陰からの合いの手を入れられ、ピノ共々飛び上がってしまう。そんな俺達の前へと気配すら感じさせずに姿を現したのは、耳の形からは見分けが付きにくいが栗鼠(リス)の特徴を持つ大きな尻尾を常備した獣人の若者だった。


「は~、コタさん驚かせないで下さいよ。相変わらず神出鬼没っすね」

「へっへっへ。あそこの職業軍人達と違って、俺達の売りはこの隠形術だけですからね」

「それ、凄いよね。ボクの感知にも引っかからないんだもん」


 コタさんを始めとする皇国シノビ衆は総大将である出雲からして狐人族の先祖返りである通り、主に獣人族との混血から成り立っている。唯一トビさんのみが純粋な人族だという話ではあるが、それはさておきとしてだ。

 そんな野生の血混じるが故か、皇国シノビ衆には固有の技法が伝えられているらしい。それがコタさんが言った隠形術だ。ピノの神秘力感知網にすら引っかかる事はなく、そして今も俺達の目の前に姿を見せながら一切の気配を感じさせない、そんなトンデモ術だった。


「っとと、俺も調査任務中だしそろそろ行かないと。まぁ今んとこ態度が妙だな、程度にしか思われてはいないみたいですが。お二人共、迂闊な言動はなるべく控えて下さいよ」

「へーい、さーせんっ」


 そう言ってコタさんは再び物陰へと身を潜ませる。すかさずピノが負けず嫌い根性を発揮し神秘力感知を試みるものの、すぐに完全に見失ってしまった様子で悔しそうな素振りを見せてしまう。


「へへっ、そんじゃ今度こそ失礼しまっさー」

「むぁああああっ!むっかつくー!!」


 やっぱりまだ居たか。コタさん、この前もボードゲームでピノに徹底的に嵌められて泣きを見てたからな。ささやかな復讐といったところだな。

 ご丁寧にも分かり易く足音をわざわざ立てながら、今度こそコタさんは調査任務へと戻っていった。


「仕方ないだろ。出雲ですら子供の頃は似た事されて煮え湯を飲まされたそうだもんな」

「……今度、出雲に対策教えて貰おうっと」


 ピノのあまりの負けず嫌いっぷりに思わず吹き出してしまう。そんな俺の反応を見て益々お冠になってしまったお子ちゃまを宥めながら、待ち合わせ場所である外務省へと向かった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「お帰りなさい、お二人共」

「ただいまー!」


 さてあの二人はどこかなと館内を探し歩いてみると、早速大臣用の執務室から退室するミーアさんを発見。アトフさんに遺棄地域での一件を話し終えたのかな?


「どうでした?」

「思っていたよりは、薄い反応でした……」


 こっちはこっちで背中に哀愁を漂わせながらそんな事を言ってくる。これも日頃の行いの何たるや、だな。


「後はリセリーか。どこ行ったんだろうな」

「リセリーさまでしたら皇国特使団の逗留エリアに居ると思いますよ」

「へ~、何やってるんだろ?」


 話を聞いてみれば、何でも扶祢に用事があるとかで一旦ミーアさんと別れ、いそいそと出かけていったらしい。何だろな?


「あ、頼太にピノちゃん。おはよう!」

「よっす、もうおそような時間だけどな」

「おはよ~」


 寝坊助な扶祢も流石にこの時間になると目が覚めていた模様。何が嬉しいのかその七尾をぶんぶんと振って……って、近い近い!?


「やったのだわ!ついにやったのだわ!」

「ぐへっ……」

「うわぁっ!?お~も~い~!」


 この通り、やたら興奮した様子で俺達の目の前へと猛ダッシュで寄ってきて、ピノ諸共ロケットハグからの部屋の床への盛大なタッチダウンをかまされてしまった。ぐおお、鳩尾と後頭部が……。

 しかし俺達の非難もなんのその、当のお狐様はまるで子供の様にはしゃぎ続ける。


「ん、釣鬼の姿が見当たらないな。どこ行った?」

「息抜きしてくるって言ってトビさんと一緒にどっか出かけた~」


 そっか。釣鬼も護衛業の傍ら、特に夜会の際にはその特性からドレスの着こなしや宮中儀礼習得と、ここ暫く忙しそうだったからな。昼の間くらいは気の滅入る事から遠ざかりたくもなろうというものか。


「ふふん。ようやく形になったみたいね」


 ふと我に返れば傍らからはそんな声。見上げてみればリセリーもまた得意気な笑みを浮かべ、腰に片手を添えながら俺達を見下ろしていた。


「どしたん、こいつ?」

「本人に聞いてみなさいな」

「やったのだわ!」


 言われ改めて本人へと向き直ってはみたものの……うん、いつも通りで分からんな。どうやら何かをやったとの事らしいが。


「それで、何がやったんだ?離れる気がないなら盛大にモフってやんぞ」

「この際それでもオーケーなのだわ!今の私の心境は万人を受け入れる菩薩のごとし!」

「いつもの扶祢だよね」


 ネ。出雲と違ってこいつの場合、特にこういう状態になってしまうと割とモフ耐性が高いのでリアクションが薄くて困るぜ。仕方が無いので無理矢理に引っぺがした後にピノへと押し付ける事により、円満的な解決を目指す。


「この裏切者!」

「はぁぁ~ピノちゃんのぷにぷにほっぺも久しぶりぃぃ~」

「一先ずはその抱き枕で満足しといてくれよ」


 さて、これで俺への縛りは解消されたが当初の疑問は一切解決していない。扶祢はあんな調子であるし、リセリーは答える気が無いとくればこいつの気が収まるまでのんびりと待つしかないか。


「ふうっ、満足したのだわ」

「ピノさん、ご無事ですか?」

「………」


 結局扶祢が落ち着き、よれよれになったピノをハグの檻より解放するまで更に十分程。これでようやく本題に入れるというものだ。


「ごめんごめん。ちょっと嬉しい事があってねー」


 言いながらつかつかと部屋の中央へと戻る扶祢。背を向けたままこれ見よがしに一息吐いて僅かな間を置き、然る後に俺の側へと向き直る……んん?これは、まさか―――


「黒扶祢、か?」

「あぁっ!そうだ、(わたし)だ」


 この物言い、それと見た目は扶祢であるにも拘わらず、全体的に緩んだ螺子が締められた感を受ける気配は間違いない。地の底でリセリーが繋がれていたあの『堕ちたる者の棺』にて初めて顕現し、以来扶祢の感情昂ぶった際に幾度か表へと顕れた、もう一つの有り様。


「久しぶり、なのか?」

「いーえ。前にも言ったと思うけれど、それは過去に在った残滓を懐かしみ『こうありたい』と思うその娘の一側面。だからこれも本人そのものという事よ」


 そういえば、そうだったな。横合いからのリセリーによる訂正に黒扶祢もうんうんと頷き、先程までとはまた違った、明快なまでの笑みを向けてくる。


「まだまだ安定はしないんだがなっ。こうしてほぼ任意に入れ替わる事が出来る様になったんだ」

「おー」

「厳密には入れ替わりですらないのだけれどもね。言っても詮無き事ではありますし、今お前達の目に見える現実が答えという認識で良いでしょう」


 との事らしい。無貌の女神の一件が落ち着いて以来この姿も見る事がなかったので気にかかってはいたが、こうしてまた特に問題もない様子でお目にかかれたんだ。何はともあれ、歓迎すべき事だよな。


「うん、お帰りだな」

「えっ……いいいや、あのそのっ。た、ただいま?」

「ふふ。扶祢さんったら、照れちゃってますね」

「どうもこの一面が表に出ている際にはこの娘、初心さも割増しになっているみたいなのよねぇ」


 なーる、それで急に顔真っ赤にしちゃっていたのか。所謂ちょろインってやつだな。そんな面白状態であるならばこれを利用しない手は、ないよな?

 俺はすかさずどこかで見た様な胡散臭い一礼をし、片膝を付きながら扶祢の右手を取る。そしてその甲へ軽い口付けといった臭い芝居を―――


「――わぁあっ!!」

「ぶべっ!?」


 そこに見事なまでのカウンターによる膝蹴りが俺の顔面へと直撃し、全面につんと響く衝撃と共に鼻骨が砕ける嫌な感触を味わってしまう。な、なんだっ……?


「大丈夫ですか!?頼太さんっ」

「あ~らら、莫迦ねぇ。言ったでしょう、今のこの娘は初心に過ぎるって」

「ふ、ふごっ……びでぇ……」

「すっ、済まない頼太っ!つい、反射でっ」


 後で落ち着いた扶祢から聞いてみたところ、ここ最近夜会の度に言い寄ってくる貴族の子弟が居るのだそうだ。この時もそれを思い出し、との事。つくづく慣れない真似はするもんじゃねぇなと思う。


「ミ、ミーアざん。治療、お願いじばず……」

「申し訳ありません、ただいまリセリーさまの信者としての修行し直し期間ですので……」


 幸いこの程度の骨折であればピノの回復魔法でも治せるが、肝心の回復担当が扶祢のハグ固めによりダウン中。更にミーアさんの神職魔法に至っては、今や見習い程度にまで落ち込んでしまいやはり治せはしないらしい。鼻が、息がー。


「痛いでしょう、苦しいでしょう……そんな小虫君に朗報よ。ワタシの信者第一号としての自覚をしその立場を受け入れるならば、神の奇跡をその身に降ろし、その程度の傷などたちどころに癒してあげましょう」

「絶対に、ノゥッ!」


 まるで悪魔の誘惑の如き様相で言われても応じられる訳がねっす!しかしながらリセリーも悪ふざけな自覚は多分にあったらしい。そんな俺の返しに苦笑を浮かべつつ、俺の鼻先へとその芸術品の様な細い指を当てればあら不思議。あっという間に俺の鼻骨骨折は治癒してしまう。


「……サンキュ」

「ふふっ。本当、強情ねぇ。この程度の事で都合良く利用をされているだなんて、思いはしないというのにね」

「うっせ」


 青い意地と言われりゃそれまでだがな、俺にとっちゃ大事な事なんだよ。この身へ無貌の女神の残滓を呼び込んだ際に垣間見えた、自らを奉じる人間達への愛憎両価する想いを知ってしまうとな……。


「は~良かったぁ。釣鬼に教わって練習してた膝蹴りカウンターが綺麗に決まっちゃって、一瞬焦っちゃったわ」

「お、あっさりと戻れる様になったんだな」

「ふっふっふー、ここまで使いこなせるようになったという事なのですよ。リセリーさんへは感謝の気持ちを捧げちゃいます!」


 気付けば既に扶祢が平常モードへと戻っていた。黒の側には未だ情緒的に不安定な部分があるものの、これであればもう暴走といった状態になる心配は無さそうだな。こりゃもう完全に、こいつお得意な演技の延長線みたいなものと考えておけば良いのかね。


「この通り、この娘の方はもうすっかり信仰してくれているというのにね?」

「信仰ってその程度で良いの!?」


 そんな事を考えていたら横合いより更なる衝撃的な発言が飛び出してきた。信仰イコール、唯一の神を奉じ無心に祈り続けるといった印象に違和感を感じる日本の風土で生まれ育ったからか、どうにも警戒をしていたんだが。


「何言ってるのよ?信仰というものは信じて敬い、仰ぐもの。特に八百万を身近に祀る風土に生まれ育ったお前達二人は、何であれ実在をするならば受け入れるという、信仰の素地が仕上がっている良質な信者(エサ)足り得るのよ」

「へぇ~、そうだったんですね。それじゃあもしかして、毎晩寝る前にでも感謝の気持ちをお祈りとかすれば……?」

「それもワタシにとっては十分に信仰の範囲となるわね」


 一部ルビに不穏なものが混じっていた気がしなくもないが、リセリーの言っていた信仰とはそんなものだったのか。その実在を信じて感謝をし、そして頼るだけで信仰になるというのであれば―――


「そ。お前は既に、どれ程の信仰(おもい)をこのワタシに捧げているのかという話よ。ご理解頂けたかしら、信者第一号くん?」

「ぐぬぬ……」


 どうやら俺は、既にこいつの罠にどっぷりと嵌り込んでいたらしい。だからこいつ、初対面の時からあんなフレンドリィに接してきたのか……やられたぜ。


「でさ、でさ!この移り変わり、何か格好良いと思わない?という訳で呼び名、募集中なのですっ」

「さいですか」


 扶祢は扶祢で特に思う所も無い様子で普通に信仰をしているみたいだし、なんか一人意地張り続けるのが馬鹿馬鹿しくなってきた気もするな。そう思いながら傍らを仰ぎ見れば、俺の想いを正確に把握したかの様子で憎らしいまでに屈託のない笑みを浮かべウィンク一つを返すリセリーの姿。くっそ、その笑顔は卑怯だろう。


「はぁ……分かったよ。この程度で良いなら幾らでも信仰してやっから」

「毎度あり~♪」


 こうしてあの一件以来、意識し続けていたであろう最後の緊張感の様なものが完全に雲散霧消し、俺達の関係は今度こそ元通りの気安いものとなった……気がする。

 まだまだ周囲の年長組と比べ未熟でこういったやり取りに疎い俺達だが、今日もまた一つ代えがたい経験をさせて貰った。そう思う事としますかね。

 これでようやく前章からの引継ぎが終わった感じですかね。次回、対策編。

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