第210話 遺棄地域復興調査隊②
『ガウガウガウッ!』
「頼太来たってほら早く!その鎧なら多分いけるって!」
「それ絶対片腕持ってかれるフラグだろ!俺は釣鬼じゃねぇんだぞ!?」
「大丈夫ですっ。不肖ながらこのミーア、縫い付けるのは得意な方ですからっ」
「そこは嘘でも『再生』使えるって言って欲しい所ですけどね!」
「じゃあ使えるという事でっ!」
「説得力持たせる気がねぇえええええ!?」
我ながら頭の悪いと思えてしまうこのやり取りから、当時の俺達の混乱っぷりが少しでもご理解頂ければ幸いだ。
デッドリー・ブル――訳すならば、死せる闘牛とでもいったところか。確かに依頼書へ書かれている通り、動物霊で、この区画へと出没をし、闘牛の名を冠するに恥じぬモノではあろう。どっちかってと雄牛に相対する側だけどな!
そして、所謂アンデッドの中でも肉持たぬ存在。ここまでは良いとしよう。
だがしかし、極めて現実的かつこの場合は物理的と言うべきか。主に場へ遺された想念によりミチルと同じく半物質化をし、現世の形有る者達への直接的な影響を齎す事を可能とする存在。それを俺達へと知らしめるかの様に突撃をし、それをどうにか避けたのも束の間、敷地を囲う石壁へと運動エネルギーの大半を解放させる。
「何あの爆発!?」
「オイィィィ!あれのどこが霊なんだよ!?踏破獣並の破壊力じゃねえか!」
「こ、ここは戦術的撤退といきましょうか」
異議なし!久々に聞いた気がするミーアさんの常識的発言に揃って頷き、俺達は門の側へと駆け出した。しかしその段にきて、改めてピットブル先生の身体能力の高さを垣間見てしまう。
僭越ながら、ここにその一端を実例として上げてみるとしよう―――
『ガルルルッ……!』
「しかし回り込まれてしまったぁっ!?」
「何でこの巨体でこんな素早く動けんだよー!」
ピットブル先生の驚異的な身体能力その一。
犬科の四足獣らしく足がちょっ速い。流石は強靭な筋力に支えられた圧倒的な身体バランスッ!崩れた瓦礫の中から見事に体勢を立て直し、俺達が門へと辿り着く前に物凄い勢いで行く手を阻んでしまう。
「くっ、それなら空っ!」
「あっ、馬鹿!それフラグ……」
『ガウアッ!』
「きゃあっ!?」
―――ぼむんっ。
ピットブル先生の驚異的な身体能力その二。
全体的に強靭なんで瞬間的な跳躍力にも優れており、そして闘犬としてかけ合わされた犬種故に戦闘時の判断力もさるものだ。よって翅を広げて一人空中へと逃れようとしたピノを見事にキャッチし、そのままバレーのスパイクよろしく地面へと叩き落としてしまう。咄嗟に『大気障壁』を張ってなきゃあいつ、リリースすらされずにバリボリムシャーと美味しく頂かれていたかもしれないぞ。
「大体何だよあの巨体!ピットブルって本来もっと小さい筈だろ!?」
「犬種についてはよく分かりませんが、あれでも幽体ですからね……持ち得る想念によってはああなってしまうのも強ち否定は出来ません」
「もーあったまきたっ、行けピコッ!」
「わひゅっ!?」
完全に頭に血の上ったピノが弟分へとそんな無茶振りをする。しかし待つんだピノさんや。あのデッドリー・ブルは体高1mはあろうかといった化け物級の巨体、引き換えピコは危険度A以上にも分類されようゴルディループスとはいえ、未だ成犬前であるからか目の前のそれにはやや見劣るサイズだぜ?
それでもピコもこの切羽詰まった状況を察したか、目に見えて尻尾を丸めながらも健気にデッドリー・ブルへと噛み付きを敢行する。
『ぶふぅ!』
「ぎゃひーん!?きゃいんきゃいんっ」
「このヘタレー!」
ピットブル先生の驚異的な身体能力その三。
元々ピットブルは自身よりも大きなサイズの土佐犬相手にも果敢に向かい、圧倒する事すら可能と言われている。おまけにその咬筋力を裏打ちする首周りの筋肉たるや異常なまでの発達を見せ、それは得てして天然の鎧ともなるのだ。
更に言えばピコはピノと共に生まれ育った背景から、並の同種よりも相当に知能が高い反面だ。その……野生味といった、種族的に最も欠けてはいけないと思われる部分が致命的にね?
ヘイホーでは度々ミチルと共に屋台のおっちゃん達へと尻尾を振って、行儀良くお座りをしては賄いをご馳走になるという離れ業をやってのけていたし、その見た目を全く気にしないサカミや薄野山荘の面々からの扱いは更に言わずもがなというものだ。同じく野生の欠片も見当たらないどこぞの駄狐一号と並んで平和な街中を歩いている姿などはもう、そんな情景を見慣れた俺達ですらたまに引き込まれてゆるゆるになってしまう程だった。
そんなピコであるからして、最近こいつマジで野生が枯れ果ててしまっているのではないかと思える程には牙も鈍っていたりする。結果としてその牙はデッドリー・ブル相手には殆ど通用せず、あっさりと首を振り弾かれ見事に負け犬よろしく逃げ帰ってきてしまった。こりゃ、どうしようもねぇな。
尚ミチルに関して言えば、兄貴分であるピコの惨状を見てこれまた早々に俺の裡へと引き籠ってしまっていた。無謀に飛び掛かって迎撃されるよりは余程マシというものではあるが、たまに生前の無垢な健気さが恋しくなる時もあるんだぜっ……。
「そうだ、あの夜に使ってた『日輪激烈衝』ってやつはどうなんだ?」
「うーん……あれは陽の光を模した光属性と火属性の複合魔法だから、こんな真昼間に平然と動ける相手に撃ってもな~」
だよなぁ。真冬ながらに温かみを感じる日差し注ぐこんな昼前に堂々と姿を現している時点で薄々そうなんだろうな、とは思っていたが、やはり効果は薄いらしい。となればもう、少々危険だがミーアさんに任せるしかないか。
「という訳でミーアさん、出番です!」
「分かりました。このミーア、神の僕として哀しき動物霊を慰霊すると致しましょう」
そう言ってミーアさんは一人、デッドリー・ブルのプレッシャーをも恐れる事なく静かに歩みを進めていく。デッドリー・ブルの側もこれまでの有象無象とは違う相手と悟ったのだろう。警戒感を高めた様子で動きを止め、唸りながらミーアさんを凝視し続けていた。
「……その瞳。もしやあなたは、何かを護ろうとしているのでしょうか?」
『ぐるるるる……』
護る、だって?
暫しの間をデッドリー・ブルと対峙した後、ミーアさんはそんな言葉を零す。対するデッドリー・ブルの側もまた、先程に比べ漲る闘争心といったものが薄らいできた様には思える。
―――けて。
『ッ……ガルアッ!!』
不意にどこからともなく囁く様な幼声を切っ掛けとし、再びデッドリー・ブルの闘争心が再燃してしまう。そしてその燃え上がった闘争心は目の前に立ち尽くすミーアさんへと襲い掛かってきた。
「ミーアさんっ!?」
「くっ、ままよ――」
ここでいきなりとなるが、ミーアさんは懲り性だ。それも極端なまでの。それは民俗学への没頭然り、過去に本来の種族的な精霊信仰から神職への転向を果たした事実然りだ。
そんなミーアさんであるからして、神職拳術士としての修練も当然かなりの練度を誇り、その成果あってか至近距離からのデッドリー・ブルの不意打ちにもどうにか対応を可能としたのだ。結果として今やデッドリー・ブルの喉元にはミーアさんによる祈りを込めた浄化の掌が打ち込まれ、現世の理に反した霊の躰は消え去るかに思われた。だが―――
「――こんな、まさか」
『……グルルゥ』
ミーアさんの一撃により一度は観念をしたかに見えたデッドリー・ブルの瞼は再び開かれ、その瞳は怒りの色へと染まりつつある。対してミーアさんはその薄緑色の肌を更に蒼褪め、心ここに在らずといった様子で不発に終わった自らの掌を呆然と眺めていた。
「うぉおおおおっ、ミチィィル!!」
「わんっ!」
近い未来に起こるであろう惨劇が情景を刹那に想像し、衝動的にデッドリー・ブルの横面へと瘴気を込めた渾身の飛び蹴りを打ち付ける。然る後にその勢いのままミーアさんを回収し、デッドリー・ブルが怯んだ隙を見て揃って門外へと飛び出した。そのままミチルを実体化させ、ピコに乗ったピノと共に一気にこの区画を離脱する。
その際に追撃を警戒し一度だけ振り返った俺の視界には、敷地内より出る事はなくしかし未だ俺達を睨み付けるデッドリー・ブルの姿。その際にふと何かに惹かれ屋敷の二階部分へと視線を移してみれば、そこには窓より覗く、小さな何かの面影が映った様に思えた―――
「――それであっさりと逃げ帰ってきちゃったのね。また随分と面白そうな事、してるわねぇ」
「本気で喰い殺されるかと思ったぜ……」
「犬の亡霊の癖に生意気だよねっ、あいつさ!」
所変わって街中の大通り。露店立ち並ぶ歩道へ点在する休憩席の一つを陣取り、同じく露店街のお昼の香りにふらふらと立ち寄ってきたらしきリセリーを捕まえて昼食タイムと相成った。
あのデッドリー・ブルの想像以上の脅威度には驚かされたものの、今受けている依頼は調査の阻害をする原因の対処をせよ、とのお達しだ。元よりあの場で危険に身を晒してまで無理に奴をどうにかするつもりも必要もなかったし、ギルドの意向次第では別に対策チームを出して貰えるかもしれない。だからそれについては別にどうという事もなかったのだが。
「ところでミーアさん、大丈夫ですか?」
「ええ、その……何と言いましょうか、申し訳ありません」
これが当面の問題だ。あの区域を離脱する直前より、どうにもミーアさんの調子がおかしい。ここまでの道中も心ここに在らずといった素振りで俺に抱えられるままとなっていたし、今も歯切れが悪く、かといって沈んでいるといった風でもない。
「本当、どうしたんです?あのデッドリー・ブルと対峙してから調子が崩れた様に思えますけど」
「え、えぇ……」
「調子が悪いんだったら休んでても良いよ?まだ調査の段階なんだしさ」
「あの、そういう訳では無くてですね。あれ、いやでもこの場合そうなのかも?」
何だろうな、明らかに動揺しているのが目に見える。かといってそれは哀しみに暮れた面持ちではなく、どちらかと言えば新しい発見をした際の高揚感で落ち着かない様な、それでいてその目はひたすらリセリーへとちらちらと向いていた。
「もしかして、何かやったか?」
「いきなり失礼な事を言ってくれるわね。ワタシの事を何だと思っているのよ」
その言葉に内心で本音を語ってみたら、突如テーブルをすり抜け出現した黒鎖によるアッパーカットを喰らってしまった。
「はが、はがががが……」
「ほら、お前がはっきりと言わないからワタシが変に疑われちゃったじゃないの。しっかりと事実を告げてやりなさい、栄えあるワタシの信者第三号さん?」
うん?信者三号、とな。こいつが信仰に関わる話をそんな断定的な口調で言うなんて珍しいな。今朝までは冗談交じりの勧誘っぽい台詞だったのに。
リセリーの言葉に若干の違和感を感じ首を傾げる俺達へと向き直り、ミーアさんは改めて咳払いを一つ。その後にはにかんだ笑みを浮かべながら、衝撃的な事実を告げてくる。
「はいっ。えっとですね、このたび智慧の神さまへの信仰よりもリセリーさまへの信仰の方が上回りまして、浄化不能状態となっちゃいましたっ。神職としての修行のし直しですね、これ!」
「えぇえええええ!?」
「……はい?」
その宣言に、俺達はそれぞれ思いの丈を込めた反応を返してしまう。いやちょっと、信仰ってそんなあっさりとすり替わるものなのか?というか、神職魔法ってそんなあやふやな事で使えたり使えなくなったりしちゃうものなん!?
そんな理解に苦しむ様相を見せる俺達へと、リセリーはテーブルに片肘を付き、いかにも愉しそうな笑みを向けてくる。やがて一頻り愉しんだ様子を見せた後、徐に口を開き紡ぎ出す。
「神職魔法の中でも、基本となる共通魔法技術に関しては変わらず使えるでしょうけれどもね。浄化や祈りに関して言えば、それぞれの神へ奉じる信仰あっての結果ですから。彷徨える魂を神の御許へと送る――こんな言い回し、聞いた事はないかしら?」
「……あ~。浄化って、そういう仕組みだったんだ。それじゃあボクにはどうやったって出来ない訳だ」
その説明に真っ先にピノが反応し、大いに納得をした様子で頷いていた。それを見た俺も暫しの間を頭を唸り考え、ようやく理解をし一つの結論へと至る。
ミーアさんは言った。自らの信仰の比重が智慧の神よりもリセリーの側へと寄ってしまったと。そして『彷徨える魂を神の御許へと送る』のが浄化の本質であるというリセリーの発言。ここから辿り着ける事実とは―――
「つまり、今のミーアさんはただ民俗学の蘊蓄を垂れるだけの、解説ポジな人になっちゃったって事っすか?」
「……出来ればもうちょっと、言葉のオブラートに包んで頂けると嬉しいです」
パズルが解けた際特有の解放された気分ながら、直球を投げてしまった俺の言葉に涙するミーアさん。対して今の世での顧客第三号を見事獲得し大層ご満悦な笑みを見せるリセリーと、それぞれの顔が妙に対照的に映える昼の一幕であったとさ。
ピットブル先生の身体能力、本当に凄いんです。




