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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 狐耳達の異世界ツアーズ編
262/439

狐の二十三 瑠璃の光は霞と散りて

 ―――それは片足を斬り落とされた、荒ぶる武者の姿で顕現した。


「にっくき狐妖共。期限の前に(おれ)を解放した事に免じ、申し開きがあれば聞くだけは聞いてやろう」


 姿を形取るなり開口一番、閉ざされた逆陣の内部へと怒りの鬼気を充満させながらに問うてくる。そんな猪笹王の目覚めに一人、目を瞠る者が居た。


「この、鬼気は……」


 見ればその顔に大きく刻まれ、片眼を覆い尽くす刀創。それの位置すら同じくし、兄の似姿を容易に思い描けてしまう程の類似性。それが為に言葉を詰まらせる瑠璃がシズカの側を振り返れば、その瞳からはやはり確信に足る意思の光を見てしまう。


「然り、遠からずこの場の異常を感じ姿を露わにしようて。山童殿には猪笹王殿への顛末の説明を願おうぞ」

「わ、わかっただ!猪笹さまぁー」


 話を託された山童が猪笹王の下へと駆けていく。その頭上より突如として降り注ぐ形無き矢雨、それらの鏃は一様に山童へと向けられていた。


「口封じなんざ、させねえよ!」


 命を簒奪せんと矢の雨はしかし、山童に並び走る二つの影の一方により展開された、ガラクタの群れが全てを絡め取り諸共無へと帰していく。


「た、助かっただ!」

「塵塚の怪か。山童よ、久しいな。珍しいモノとつるんでいるではないか」


 馳せ参じた段となり一礼をする山童、そしてその傍らにて辺りへの警戒を怠らぬよう文魅を庇う素振りを見せる怪次へと、興味を惹かれた目線を向け好奇の色を以た猪笹王の言葉が投げかけられる。


「このひと達には猪笹さまのお告げを受けてから、解放へ向けてずっと協力してもらってただぁ。だからどうか、お怒りをお鎮めしてくんろ」

「何だ、怒り心頭って聞いてたが随分と冷静なんだな?なら話が早ぇ。今からやべぇ奴が出てくるらしいからな。出来れば事が終るまでは、このまま大人しくしていて欲しいもんだ」

「ほう?この様な大がかりな逆陣を張ってまで何をするつもりかと思えば、(おれ)へ対するものではないとでも言うのか……良かろう。お前達の繰り為す寸劇がここ数十年の無為無聊を潤すに足るものであらば、不問に処してやらんでもない」


 そう言うなり、猪笹王は近場にそそり立つ一本の巨大な欅の幹へと背を預ける。それを察した山童が慌てた様子で懐から煙管と煙草盆を取り出し、献上するやり取りは随分と手慣れたものとして目に映っていた。


「――ふぅ~。この味も、久しいものだ」


 指先より蛍の光を彷彿とさせる鍛冶の焔を刻みへ灯し、煙草本来の味をじっくりと堪能する。その動作一つ一つがつい先程まで長年に亘り封じられていた者とは思えぬ程の洗練を見せ、やがて逆陣の境界をこじ開ける様に入り来る不穏な歪みを目にし、片眼片脚の王は不敵な笑みを形作る。


「ふ。あれが(おれ)を封じ、不遜にもその力を簒奪した者だとでも言いたげだな?」

「俺にはちょっと、その辺りの詳細は分かんねぇですけどね」

「おじさん、格好良い……」


 こんな場面で何をずれた事を言うのかと無言で文魅の頭を小突くも、その怪次ですら半ば見惚れてしまう程の貫禄、そして余裕といったものを魅せつけながらに空を仰ぐタタラが王。真の意味で存在としての歴史を積み重ねてきた者の振る舞いを目の当たりにし、未だ若き身の二人はふと互いに見交わしある種の感慨を覚えてしまうのだった。






 一先ず目覚めた猪笹王までもが暴れ出す事態は避けられた気配を察し、シズカ達は一様に胸を撫で下ろす。


「これで鬼二体を同時に相手する羽目になるのは防げたってものね」

「うむ。霞草殿を取り巻く真相は未だ不明じゃが、少なくとも猪笹王殿が見に興じるというなれば秘密裡に事を運ぶも可能じゃでな」

「前に見た感じ、霞草さんはまだ若干鬼気に振り回されていた感じだったもんね」


 一節によれば猪笹王は裡に秘める怨念より鬼に成ったとも伝えられる。言い伝えそのものの真偽はさておいて、今もあれ程の鬼気を纏いながらに極めて冷静でいられる様を見るだに、鬼としての数百年の歴史をその背に確と負っている事実が窺えよう。

 過去に彼の御前より魂魄にまで刻まれた傷。それを転じて鬼気を裡に秘め、長年馴染ませてきたシズカでさえ、あれ程の鬼性を表へ出したままに過剰な攻撃性を抑え続けられる自信はない。片や猪笹王は今も涼しげな顔のまま自らを封じていたとされる大樹を背にし、辺りの植物をも枯らす程の濃密な鬼気を纏うままに愉しげな視線を此方へと向けていた。その現状こそ、彼の怪異が鬼そのものでもある何よりの証左と言えよう。


「ま、猪笹王殿に関しては目の仇にされよう我等狐妖が当たるよりも、彼奴等を信じ説得を任せておくが無難というものじゃろ」

「それ、面倒な部分を丸投げするとも言うわよね?」

「くふっ、ノーコメントじゃ」


 そんな軽口の叩き合いを平時の締めとして、それぞれの得物を裡より取り出したシズカと瑠璃は、今や人一人が丸々通れる程にまで広がった歪みの側へと向き直る。


「おぉ、瑠璃よ。今度こそ、お前を迎えに来たぞ」

「先日の邂逅の際に、しかとお断りをした筈です。あに様にはあに様の事情といったものはありましょう。ですがその私の成れの果ての為に他全てを捨てて人喰いの鬼へと堕ち、あまつさえ元同胞を巻き込む真似をしたあに様を、このまま放置する訳にはまいりません」


 はっきりとした拒絶を示し即座に斬って落とした瑠璃の返答に一瞬理解し難き貌を向け、霞草は徐々に肩を震わせながら声色を変えていく。


「……ふ、ふふ。やはり、やはりあの御方のお言葉通りか。ならばおのれを喰らい、その躰をこやつの依代としてくれようっ!」


 最愛の者には拒絶され、またここ暫しのシズカ達の活動により山域より身を隠す場所すらも削り取られていった人喰いの鬼崩れは、ここにその本性を顕わとしてしまう。その叫びと同時に、鬼に喰われ操られた怨霊達が周囲の歪みより出でて襲い来る。それらの中には人の魂に収まらず、過去に御先の手により散ったとされる怪異の姿、果ては御先そのものとも言えよう姿さえもがあった。年端もいかぬ幼子から生に倦み枯れ果てた老人まで、正に老若男女が瞳無き眼窩より黒い血を垂れ流しながらに聞くに堪えぬ慟哭を上げ続け、虚空にて悶え苦しむ地獄の顕現が目の前へと広がり始める。


「あに様、貴方はそこまで……私にはその想い、到底理解出来そうもないわ」

「……何れにせよ、朽木めとのやり取りを見るに此度の件、御先は直接の関係はあらぬ様じゃ。あの御方とやらの素性に関しては是非とも吐かせたいところじゃが、これではそうもいかぬかや」

「―――」


 唯一静のみがその哀しき有様に言葉を返す事もなく、僅かに目を伏しがちに俯いてしまう。然れど今はその時ではない、迷いを捨てるが如き様子で頭を振り先の二人へと倣う。

 三人の対峙の意志を見た霞草は引き攣った嗤いをその貌へと張り付ける。この日ノ本に於いては過去の凄惨により道半ばにて御先を辞してはしまったが、元は当代の天狐筆頭を務める程の素養を持ち得る者だ。それ程の者が仮初にとは言えど、明日を顧みずその身に鬼を纏い、ひたすらに妹の魂を現世に引き留め続けた執念。それを以て、今ここに呼びかけられる。


「我願うは愛しき者との再会の世!その為ならば我が生命の灯すらをも代償とし、現世の理すらをも打ち崩してくれようっ!ここに出でませいッ、文車が領域よ!!」

「やはり使ってきよったな……じゃが」


 狂った人喰いによる朗々たる呼びかけの声上がる中、周囲の世界そのものを塗り替えるは夢の顕れ。事象を逐一記録し続けた世界の可能性、あるいは記憶そのものとも呼ばれるそれは、逆陣の境界に沿いみるみる内に広がっていく。一度その領域が場を支配してしまえば、その気になれば最下級の餓鬼のみならず現実に存在しないと言われる幻想の最たるもの、即ち神獣ですら喚び出す事が可能だろう。

 彼の魔改造トリオの最高傑作により、その恐ろしさを身を以て味わったシズカ達なればこそ理解出来る。不完全と言えどもアレが展開されきってしまえば大勢は霞草の側に大きく傾いてしまうと。

 やがて幻想の顕現はここに成り、活力を振り絞った疲労困憊さながらに確信の嗤いを浮かべる霞草。しかしながら顕れた筈の幻想は動かぬ世界の背景として張り付いたまま、どこか現実離れした昼夜逆転の世界の中、徐々にその形を失っていく―――


「――何故、だ?」

「現世の理に反して黄泉返ったわらわが言える事ではないけれど。御免なさい、霞草さん」


 されど先日の穂高市に於いての半ば不意打ちとも言えよう瑠璃との対決にて、それをつぶさに観察し続けた者達によりその手の内は既に暴かれ対策は為されている。理解が追い付かない様相を見せ立ち尽くす霞草へと、哀しげな表情を見せる静の言葉が紡がれ始めるのだった。


「わらわの可愛い妹の友である人間達の為、そして貴方をはじめとする人喰い達を庇う代償として不自由を強いられた、タタラの皆さんの為……何よりもあなたの身を案じ対策を取った結果、全てに相対しかねないこの日ノ本の御先を救う為にも、あなたの願いを成就させる訳には参りません」


 傲慢な押し付けと言われようともこれだけは譲れない。そんな決然を見せる静の宣言により、逆陣の真の仕掛けが発動する。

 本来の陣とは、場の全てに効果を顕し影響を齎すもの。それで言えば成程、陣の性質を見切り御先の陣に罅入れたこの間隙へと霞草が直に異界化領域を引き摺り出したのも頷けよう。

 故にこその破陣、ではなく逆陣。つまりは御先によりこの地へ張られた陣そのものは残しつつも、効果を逆転させて消し去り、影響のみを除けるに至ったもの。それの環境下であればこそ猪笹王はこうして解放に至り、そして如何に霞草が切り札として文車妖姫の異界化領域を使おうとも一切の幻想は顕れず。残る不安定な領域は唯々、現世の理に押し潰されるのみだ。


「斯様な時に些か不謹慎じゃがな。瑠璃の光は奇しくも霞となり、そのまま消え往くのみ、かや」

「……儂は、瑠璃は。何の為に、ここまで……」


 狂ってしまった――否、後戻り出来ぬ身ながらに起きてしまった現実を理解したのだろう。シズカの呟きに耳を傾けるでもなく、霞草は呆然とその様子を眺めた後に力無く膝を付いてしまう。

 先の逆陣発動にて拠り所を失ってしまった此方の瑠璃の魂は、最期に兄へと気遣う素振りを見せながらも朧となりて儚く消え去った。後に残るは自らもまた生命の活力尽きかけた、僅かながらの鬼気の名残に憑かれた元人喰いが姿。

 場の面々が言葉も無くそれを見守る中、一人の狐妖が躊躇いなく歩みを進め、歪んだ希望を絶たれ跪く霞草の前へと立ち止まる。


「この私とは全く、これっぽっちも関わりのない話ではあるけれど。今のあに様が望むのであれば、介錯位はしてあげるわ」

「……おのれ、は」

「サキさまの槍に追い付く事叶わず、気落ちしていた当時の私に弓の基礎を仕込んでくれたあに様へ、たまには恩返しもしてやらないとね。此方のあに様が見る事叶わなかった私の完成された姿、手向けとして見せても構わないわよ」


 努めて醒めた貌を見せながらも、そこに揺れる瞳までは隠し通せない。そんな瑠璃を暫し脱力した様子で見上げていた霞草は、やがて憔悴した身体に最後の鞭を入れ、よろよろと立ち上がる。


「……済まぬ。儂はやはり、霊狐失格だ。こんな無様を晒したこの期に及び尚、そんな事を言われては、愛しき妹の更に未来(さき)を見たいなどという欲が生まれてしまうのだ」

「生きとし生ける者であれば、それは当然の欲求じゃないかしら……さ、番えなさい。二度と現世に迷い出ぬ様この浄化の一射にて、その未練共々幽世に去った鏡映しの下へと送り届けてあげるわ」


 然してここに、出逢う事なくすれ違ってしまった兄妹による最期の逢瀬が始まった。逆陣に包まれた昏き森の中、百間にも届こうかといった遠き間合いにて改めての対峙をする。


「それでは儂は地獄へ赴き、これまでの罪を贖ってくるとしようっ!瑠璃よっ、世話をかけたなぁっ!!」

「全く以てというものよ!これに懲りたら来世はもっとマシな生涯を送りなさいっ、この莫迦兄貴!」


 最後の最後にこの兄妹の本質を識る者からは失笑を買ってしまうであろう、らしいやり取りをしながらに、互いに視えぬ姿を見んとし的を中てる。



 的と私が一体になるならば、矢は有と非有の不動の中心にある。


 射は術ではない。的中は我が心を射抜き、仏陀に到る―――



 弓聖と称えられたある道の祖が言葉だ。それを体現したは果たして彼我のどちらであったか、やがて音も無く残心を解いた者の、哀しき声が虚空へと響き渡る。


「……とはいえやはり、この結末は堪えるわね。そんな我が身の未熟を恥ずべきか、さてしも千の長きを生きて尚、未だその様な感傷を抱く事の出来る我が身の現状に喜びを見出すべきか」


 未だ異界化の解ける事無き昏き空を見上げ、その虚無に自らの無常を映し出す。そんな瑠璃の瞳からは一筋の涙さえ流れ落ちる事は無く、しかしながら憂いを湛える瞳の内には今もまだ、喪った者へ手向ける悲哀の情が揺れ動いていた。


「お疲れ様、瑠璃っ」

「うむ、万事滞りなくご苦労。手間をかけさせてしもうたのぉ」


 見ればいつの間に付いてきたのか、何かとお騒がせな鏡映しコンビが息も合った様子でハイタッチの構えを取り誘っていた。不意を打たれた形となった瑠璃はやや赤らめた貌を見せながらに言葉に詰まりつつも何かを言いかけ、だが揃って返してくるであろう憎まれ口を容易に想像してしまい――少しの後に不貞腐れた素振りで力一杯二人の掌をはたき返す。

 こうして真相へ迫る謎は残ってしまったものの、運動公園での怪奇異常に始まりここ暫しを狐妖の面々に付き纏っていた鬼怨の影は去っていった。そう思った矢先の事だった。


「――アニキッ!?」


 突如として後方より響き渡る文魅の悲鳴に、三人は一斉に踵を返し陣の基点へと駆け出した。そして辿り着いたシズカ達が目にした光景は。


「やぁ、こうして逢うのは初めてかな?ごきげんよう、我が姪よ。姉のサキに代わり、再び日ノ本の土を踏んだ君へ歓迎の意を示そう」


 その肢体へと申し訳程度に布を巻き、淫靡とも言えようシズカと瓜二つの特徴を有する貌を持つ狐妖の形。それは嫣然と口の端を吊り上げたままに、刺し貫いた怪次が巨体の血に濡れて尚美しさを増す刀を手に、シズカを出迎えたのだった―――

 今回の裏章もいよいよ大詰め。どうにか年内には終えて、新年より本編再開出来そうです。

 次回、12/27(火)投稿予定。年末まで二日ペースでいきます。

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