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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 狐耳達の異世界ツアーズ編
261/439

狐の二十二 薄野探偵物語⑥

 明後日12/23(金)、悪魔さん第40話、投稿しまス。

 神宮裏郷。そこは神を奉じるお遣いである、御先稲荷(オサキトウガ)の総本山たるべく遥かな古代に創られた異界。裏郷に棲む霊狐達はお遣いとして恥じぬよう、更なる高みを目指すべく日々粛々とお勤めに励み続ける―――

 そんな神宮裏郷では現在、稀に見る混乱が広がっていた。


「筆頭っ、またも陣が食い破られましたあっ!」

「ご報告致します!今度は三か所同時に塵塚の怪出現!あまりの出来事に現地の兵の腰も引け始めておりますっ!!」

「注進、注進ですっ!なんか陣の基点が全部世紀末モブ風の前衛芸術っぽくすり替えられて、しかもご丁寧にも蝶結びにラッピングされちゃってますぅ!」

「ふざけるのも大概にしろぉっ!!」

「「「ひイッ!?」」」


 矢継ぎ早に寄せられた性質の悪い冗談と思えよう報告に、遂には朽木の堪忍袋の緒が切れてしまう。怒鳴り声と共に吹き荒ぶ怒りの霊気に中てられた配下の霊狐達は揃って顔を蒼褪め、御殿の床へとへたり込んでしまった。


「朽木殿、落ち着きましょう?者共もほら、竦み上がってしまって使い物になりませんし」

「ぬっ……そういう貴公は、随分と落ち着いているではありませんか」

「それはもう。朽木殿という頼り甲斐のある後釜のお蔭で、僕はこうして悠々自適の日々を送らせて頂いておりますからね」


 場の霊狐達が震えあがる中、やや納得のいかぬ素振りでそう返す朽木の向かいには過去に天狐を務めたと伝えられる一柱が御姿。まだ現世へと姿を見せていた時分のサキ、そして今やお役目を終われたその一人子の似姿とも言えようその容貌には未だ活力に満ち溢れ、少年とも少女ともつかぬその肢体へと申し訳程度に布を纏い坐していた。


「……ご隠居殿。幾度も申し上げておりますように、そういっただらしのない着こなしは下への示しが付きません。ですから、少しはご遠慮願いたいのですが」

「おやおや。これはこれで蠱惑的だと、子狐達には受けが良いのだけれどもね。今代筆頭は相変わらず手厳しいことだ」


 苦む様子を見せながら先達の様を嗜める朽木の言葉に対し、その狐妖は肩を竦め立ち上がる。所作一つを取っても淫靡や退廃といった表現が似合う狐妖の佇まいに、未熟な側付き達は皆熱に魘されたかの様子で見惚れてしまう。


「お力添え頂けないのでありましたらせめて、未熟者共を無駄に骨抜きにする、その魔性の笑みだけでも控えていただきたいものですな」


 贔屓目に見ても熱狂した信者、悪くすれば心を奪われ蕩けきってしまったかの様相を呈する部下達を見せ付けられてしまった朽木は更なる渋面を作り上げた後、苦み切った顔付きながらにそう零すのみ。

 一方でそれを受けた狐妖はと言えば、刹那目を点にした様子で朽木をまじまじと見つめ――直後身振りも大袈裟に腹を抱えて笑い始めてしまう。


「アハハッ、そりゃ済まないね。それじゃあお邪魔者らしい僕はこの辺りで失礼させて貰うとするよ。非力ながら、朽木殿の健闘を祈っておこう」


 軽い調子でそう宣言した後、件の狐妖はその場より動く事も無く背景へ溶け込むかの様に消え去った。


「……はぁ、あれで昔は天狐を勤め上げた御方だというのだから困ったものだ。規律を乱す事ばかりを好む辺り、流石はあの放蕩赤娘(ほうとうしゃっこ)の類縁といったところか」


 正に神出鬼没を体現した狐妖の御業に周囲の霊狐達がどよめく中、朽木は一人呟き背後の壁へと視線を向ける。その先には赤塗りながらに未だ天狐の列へと書き記された、シズカの名があった―――








「くしゅんっ……うぅ~、そろそろ和装にはきつい時期となってきたのぉ」


 あの夜の破壊活動、もとい一人のタタラからの依頼である初の探偵業務を行ってより暫しが経ったある日のこと。寒さが一段と染み渡る果無山脈の峠にて、一人の霊狐が身震いと共にそう零す。


「この辺りの冬は冷えるもんね。でも着物だって重ね着すれば、それなりに保温は出来るんじゃない?」

「伊達の薄着、ここに極まれりね。和装にだって肌襦袢や裾除けといった下履きの類はあるでしょうに、意地っ張りにも程があるってものだわ」

「そんなモンは邪道じゃ。和の装いはあくまでも粋に淑やかかつ優美たるべし、重ね着などといった野暮な真似をするは童の誇りが許さぬわっ……へくちっ」


 そんな冷めた感想を受けながらも大きな誇りを薄い胸へと目一杯に詰め込み、定期的に可愛いくしゃみをし続ける。ふと傍を眺めてみれば、見るからに暖かそうなセーターを着込みその上にコートを羽織った静、そしてこちらはこちらで今から夜会にでも出かけるつもりかと言いたくなる様な拘りを見せる真紅の礼装(ドレス)を着こなしながら、内部にはちゃっかりと極暖式の肌着を着込んでいるらしき瑠璃の姿。そんな二人を横目に睨み付けながら、シズカはついつい恨めしげに零してしまう。


「ふんっ、汝等こそ軽々に洋装などに流されおってからに。その様な有様では、和の体現とも言えよう御先の名が廃るというものじゃ!」

「わらわ、もう御先じゃないし~」

「そんな事を言ったらサキさまだって普段は洋服着てるじゃないの。アンタって、そういう所はあに様や朽木の奴に負けず劣らず強情ねぇ」

「むぐっ……」


 どうやら此度の口争いは実利洋装派の勝利に終わったらしい。そんな他愛ないやり取りをする三人の下へと、ここ暫しの探偵業務にもすっかり慣れた付喪神兄妹が森の中から現れた。


「くそ、今回もドンケツかよ。あんた達、仕事が速すぎんだろ」

「姉さん達、身軽だもんね」


 既に人型形態へと戻った怪次は悔しそうな表情を見せながら、それでも右の掌にて作戦成功の証を形作る。それに調子を合わせ自らの掌を軽く合わせた後に、シズカは二人へと労いの言葉を投げかけた。


「なんの、初仕事の文魅を抱えたにしては汝等も上等よ。さてしも怪次よ、あの人形共は存外な働きをしよったわ。彼奴等、それはもぉ慄き恐れておったぞぇ」

「まーな。これでも俺は(ごみ)の象徴である、塵塚の怪だ。ただ身体能力に任せて押し潰すだけじゃあ、そこらの知性無き獣と変わりゃしねぇからな」

「ククッ、獣妖の我等を前にしてようもそこまで言うてくれよる」

「……別に、当て付けのつもりで引き合いに出した訳じゃないからな?」


 これ見よがしに牙を剥きながらの獰猛な嗤い口を見せるシズカへ対し、怪次は目に見えた動揺こそ見せぬもののどこか気まずげな様子でそんな念を押してくる。何だかんだでここ暫しのシズカによる特訓(ちょうきょう)は着々と身を結んでいるらしい。


「然らば本日はこれまで。御先共が勘付く前に撤退じゃ」

「「はーい」」


 各々が怪としての塵塚を模した人形達を怪次へと返却し、それを確認したシズカの宣言と共に場の面々はそれぞれ帰還の準備を開始する。


「この調子であれば二十日(はて)までにはどうにか間に合いそうね」

「そーだな。後は猪笹王、だっけ?それをどうやって宥めるか、になるか」

「そこはタタラ共に期待じゃな。さぁて、残るは大詰め。伯母峰が峠じゃ」


 こうして今日も今日とてシズカ達は、御先ご自慢である固定化された陣の基点を解除し続ける。

 ある時は果無山脈の西の端より順々と、またある時は一足飛びで県境の逆側へと。一度は敢えて御先の拠点である、神宮周辺にまで出没をしてみせた事すらある。闇に乗じ亡者の怨念と見せかけた、一見無作為な無差別破壊を演じながらもある一点の解放へと徐々に迫り来る解除作業。御先の側は未だ混乱の極みにあるらしく、シズカ達の目的に勘付く気配は微塵もない様子。


「あるいは、あの頭でっかちながらに策には長けた彼奴の事じゃ。何らかの横槍を入れよう可能性は、否定出来なんだが」

「その時はなるようにしかならないでしょう?言ってても始まらないわよ」


 何れにせよ、ここまで詰め仕込んだ作戦だ。最早後戻りは出来もせず、また御先と人間の板挟みの形となったタタラ達の不遇へと前身達の非業を映し出してしまった手前もある。怪次と文魅は知らず繋いだ手を硬く握り締め、互いの想いを確認し合うのだった。








 最後の仕込みを完了した夜より数日が経過した。暦は師走、猪笹王が夢のお告げの期限である二十日(はて)の無しまであと二日を切った、昼のこと―――


「――ふむ。狙い通りじゃな」

「あのぉ、本当にこんな時間で良いんだべか?おらでさえこったらお天道さまが顔を出した中じゃ、まともに出歩いた事がねぇだよ」


 言われてみれば、目の前で落ち着かない素振りを見せるこのタタラが訪ねて来たのは曇天の日だったか。今もその厳つい貌を情けなくも歪める山童の有様を目にしたシズカは、心の裡でそう独り言つ。

 今朝方に再び合流をした山童の例に漏れず、妖怪変化の大半は陽の恵みを苦手とするモノ達だ。種族として成り立ち、陽の光を苦手としない狐妖達ですら一部の御先をはじめとする霊狐を除き、昼夜の生活がひっくり返ってしまう場合もままある話。それが現代社会の影響を受けた、昨今の若き出自であれば猶更の事だろう。


「いざとなれば御先と相対するを躊躇いなどはせぬがな。やはり作戦の遂行上、避けられる障害は出来得る限り避けて通りたいものよ。故にこそ、じゃな」

「封印を解く時間そのものへの縛りなどはありはしないのだもの。だからこその期が満ちる直前でもある今日この日、そして意表を衝いたこの時間って訳よね」

「は~。そったらこった、考えもしなかったべさ。猪笹さま、怒んねべか……」


 この期に及びややずれた心配をする、山童のそんな言葉に一同思い思いの苦笑を浮かべてしまう。

 元より今年の二十日(はて)が我慢の限界だと雪婆へお告げをしてきた猪笹王だ。対象が目覚めを求めるのであるならば開放する分には早いに越した事は無い、そう判断したシズカ達はこの日の為に、日ノ本に在る同胞達の裏を掻いてまで綿密な調査に基づいた探偵業務を続けてきたのだ。

 その甲斐あってかこの地の封印の上に網目状に張り巡らされた御先の恒常的な陣は、残る一つ――即ち今現在シズカ達が佇む、この峠の中心部となる基点を崩す事により一時的にその効果を停止させられるのだ。

 話を戻そう。気を揉み続ける山童をどうにか宥めすかした後となり、シズカは自らの鏡映しへ問いかける。


「こういった分野は汝の専門じゃ。念を押すが、ほんにこの基点を中心としての逆陣解放は可能なのじゃな?」

何故か(・・・)六郎さんから提供をされたこの布陣の形態は、戦後より数十年、変わる事無く安定した波長を発しているからね。ここ数日で手を加えられた形跡も見られないし、少なくともここの基点崩しを切っ掛けとして周囲の異界化を誘発させる事は可能だと思う」


 答える静がその手に持つは、貸し出された狭間謹製の情報端末。現世への縁を得て以来、家事手伝いの傍らリハビリを兼ねたシズカの助手としての経験がここに生かされた形となり、今や一部の専門的操作に関しては長年狭間の組織に属するシズカを凌ぐ程となっていたのだ。


「広域固定陣の維持に関してはあに様達に丸投げだったわね。私には、そういうのは朧げにしか理解出来ないわ」

「なに、童も似た様なものじゃて。しっかし何故にしてこぉも、彼我での差異が出るのじゃろうな?」

「むふふ。わらわ、天才ですから」

「あんた達、よくこんな大事を引き起こす前にそんなのんびりとしたやり取りが出来るよな……」

「ね。アタイなんかまた身震いしてきちゃった」


 それはさておきとして怪次の言葉に評された通り、ともすれば御先との全面対決にもなりかねない一大イベントを行うにしては気負いというものが見られない。そんな狐妖三人の姿に呆れの色を見せながら、若き付喪神達も至極緊張した面持ちで時が来るのを待ち受けていた。


「うむうむ、汝等も適度に善き気合が入っておるのぉ。然らば無粋な横槍の入らぬ内に、凡そ数十年ぶりとなるであろう大いなるタタラの王との邂逅といこうぞ!」

「おうっ!」

「猪笹さま、怒ってなきゃいいべがなぁ……」


 最後に聞こえた往生際の悪い声に、全員がそれは無理だろうと心の裡で突っ込みを入れる中。恒例と化した怪次による、基点への打ち下ろしの硬い金属音が峠の中へと木霊する。

 怪異でありながら文明の利器をその身に宿す者、つまりは妖怪変化としての神秘を否定する二律背反の一撃により外敵排除の陣は一時的に無効化され、その反動を利用し静が再計算をした仮初の逆陣が完成する。

 然る後に異界化現象時特有とも言えよう空間が軋む耳障りな音が鳴り響く中、彼の者達は目の当たりにしてしまう。戦後より長年に亘る陣の抑制により場に溜め込まれた怨の気が解放され、ある一点へと急速に流れ込むその様を。

 斯くして異界化は完了を見て、過去に止まりし時は再び動き出す。かつてこの地の伝説に謳われた、タタラが王の再臨だ―――

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