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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 狐耳達の異世界ツアーズ編
260/439

狐の二十一 薄野探偵物語⑤

 深き緑の香薫る深夜の山中、打ち棄てられし塵の怪が道往き踏破する。


「グォオラアアアアアッ!!」

「おのれ、穢らわしき怪異の分際で性懲りもなく現世に迷い出おって!しからば我が浄化の法にて、再び黄泉路へと送り返してくれるわっ!」


 まるで醜怪なオブジェと化した無機物の群れが意志を持ち雪崩込むかの如きその怒涛に、対する者達の一人が熱に中てられた様子で術法を編み解き放つ。それは辺りを覆い尽くす眩いばかりの光の柱と化し、穢れた亡者の巨体諸共無に帰した、かに見えたが―――


「ふん、半端な黄泉返り風情がいきがりおって……なぁっ!?」

「吃驚したじゃねぇかよ、この野郎ッ!」


 浄化の光が収まり、術者が会心の表情を形作ったその後には。余韻収まらぬ粉塵の内より未だ健在の怪異が駆け、進路上に居た敵対者達を勢いそのままに跳ね飛ばす。


「あいつ等、莫迦ねぇ。塵塚に積み重ねられた歴史の深さも知らない未熟者なのかしら?」


 激戦の場より少し離れた高台では、同胞達の不明を呆れた様子で物語る一人の霊狐の姿。本来のあるべき場にて御先としての研鑽を積み続け、いつしかその極みへと足を踏み入れた者だ。

 その言ノ葉にある通り、塵塚の怪とは古くより象られた(ごみ)へ対する人々の畏敬が積み重ねられ、形となって顕れたモノ。その出自故に見た目こそ奇々怪々としてはいるものの、在り方としてはむしろ穢れとは真逆の位置に立つモノ也。そんな現世への確固とした拠り所を持つ存在に対して浄化の類が効こう筈もなく、それが故に見下ろす霊狐は呆れの色を見せていたのだ。


「この地は神宮より隔たりある霊場じゃ。あるいはこの場におるのは語り継がれた過去を聞く、齢若き者共のみやもしれぬな」

「そっかー。あの子達、まだ修行中だったんだね」

「アニキ、大丈夫かな……?」


 傍らには更に三人程の娘達。内一人による解説に各々がそんな反応を返してはいたものの、概ね焦った様子もなく眼下に繰り広げられる蹂躙劇を特等席より眺め続ける。やがて辺りに動く者の気配がなくなった段となり、先に解説をした娘が和服の懐より通信機を取り出した。


「ご苦労、この一帯への段取りも完了じゃ。後はこれまで通りに処理を進め、彼奴等が目を覚ます前に離脱せぇ」

『あいよ。それにしてもこいつら、随分と拍子抜けだよな。どいつもこいつも腕っ節はからっきし、馬鹿の一つ覚えで浄化の法ばかりかけてきやがるんだが。もしかして俺、完全に亡者扱い?』

「なに、そう勘違いをしてくれるならば却って好都合というものじゃ。精々慄き惑わせ、怪異としての在り方を堪能するが良いぞ」


 眼下の怪異との通信より発せられたその感想に娘はくすりと笑みを浮かべ、存分に前身の意趣返しをせよとばかりに言葉を返す。


『何というか、複雑だぜ。それでシズカさん、あんたはどうするんだ?』

「さて。この後に舞い来るであろう大物相手に、久方ぶりに我が腕を振るうのもまた一興、かや」

『うっへ、そのお相手に同情するぜ。んじゃこっちは次の地点に移動するわ』

「うむ、ゆめ油断のみはするでないぞ」


 そんな短いやり取りを交わし、シズカと呼ばれた霊狐の娘は通信機をしまい込む。然る後に背後の側へと振り返り、目を細めながらに口を開いた。


「怪次の奴め、すこぶる冷静じゃな。あれならば煩慮の必要も無かろうて」

「良かったぁ……」


 そのやり取りを固唾を呑んで見守っていた文魅は、肩を竦ませそう報告をするシズカの言葉に思わず大きな溜息を零してしまう。今生に生まれ落ちてよりこの方、常に怪次と共にあった文魅だ。初めて兄と分かれての行動であり、しかも怪次の側はそれなりの危険を伴うかもしれないと聞かされ余程心細かったのだろう。涙さえ滲ませつつも安堵の素振りを見せる文魅。その頭を撫でる静の姿に残る二人の視線も僅かな間、柔らかいものとなる。そんな時だった。


「――来た、わね」

「うむ、来よったのぉ」


 二人がほぼ同時に振り向いたその先の森の中、そこより感じる気配は瑠璃にとって最も身近で、そして先の邂逅のその折よりも禍々しさを更に増す、受け入れ難きもの。ここ暫しで集まった諸々の情報より予想をされていた通り、霞草は先日に起きた瑠璃との遭遇戦により負った深き傷を、御先が仕切るこの領域にて癒していたという事らしい。

 潜入工作の性質上可能な限り気配を抑えど、そこは同じ胎より生まれ落ちた最も縁近き者同士。僅かに感じたそれを基に瑠璃の居場所を掴んだのだろう。こうしている間にも瑠璃の脇に佇む同輩が裡に秘めた、それと同質の禍々しき鬼気を隠そうともせず一直線に迫り来る―――


「さぁて瑠璃よ、全面的に汝の指示へと従おうぞ。汝はアレを、如何にする?」

「前々から思っていたけれど。こういう時のアンタの物言い、まるで西洋悪魔の誘いよね……言うまでもないでしょう?御先はおろか、生ける者としての尊厳すら捨て去った亡者と語ることなど、最早ありはしないわ」

「くふっ、淡白じゃのぉ。此度ばかりはたとえ泣き言を垂れようと、付き合うてやらぬでもないと言うに――静よ、文魅を頼むぞぇ」

「任せとき~」


 この期に及んで人の不幸を愉しんでいる様にしか見えぬ、歪んだ笑みを零す同輩。それに対しうんざりとした顔を向けつつも、刻一刻と迫り来る脅威へ備えよと叱咤する。

 だが、間近まで迫った霞草の気配は森の中より突如現れた別の気配により差し止められ、待ち構えていたシズカ達はその横槍に思わず呻いてしまう。


「げっ、この気配ってまさか」

「……相も変わらず、間の悪い奴よのぉ」


 恐らくは半刻も満たぬ間に始まっていたであろう死闘を既の処で押し留め、新たな激闘を彷彿とさせる対立の様相を呈していたのはこの日ノ本に於ける現御先筆頭。痩躯長身にしてやや吊り上がり気味な目を更なる藪睨みに、霊狐達を率いて霞草と対峙をする此方の朽木の姿であった。


「どうする?」

「可及的速やかに撤収、じゃな。童は、あやつの腐れ顔など見とぉもないわ!」

「うーん、そうね。私だって、こんな異界くんだりにやってきてまであいつの説教を受けるのは真っ平御免だわ」

「二人共、朽木さんの事が苦手だったんだ?」


 禍々しき気配に中てられ震える文魅を抱きながら一人平然の色を醸す静の声に揃って苦情を言いかけるも、やがて何かを諦めたかの様子で首を振り合い速やかなる撤収準備を始めるシズカ達。凡そ不遜で恐れを知らぬと思えようシズカをしてこの態度を取らせる朽木との知られざる不和に、好奇心の強い静のみならず、共に苦手意識を持つ瑠璃までもが興味を駆られてしまう。


「おっと、今はそんな事を言っている場合じゃあないわね。あいつが足止めで手一杯な間に、私達はお暇させて貰いましょう」

「あ、あの!アニキ、はどうするの……?」

「「――あっ」」


 既に場より離脱を始めた一同へと慌てた様子で文魅が発したその問いかけに、そんな間の抜けた声を上げたのは果たして誰だったろうか。ここは本人達の名誉の為に、敢えて伏せておくとしよう。








「では、いずれな――」

「お待ちください、霞草殿っ!」


 お役目に就いていた当時の面影はほぼ無く、生ける屍の如き体を為した霞草が最愛の者の死霊を引き連れ、留める声に反応をする事も無く去っていく。

 明らかに尋常ではない気配を纏い、御先である資格などはとうに失ったその姿は、それでも古くよりお役目に就いていた者にとって過去に憧憬すら抱いた者の顕れ。中でも上昇志向が強く、当時は周囲との反目を起こしてばかりいた朽木にとっては自らを拾い一から鍛え直してくれた、大恩ある先達だ。

 あの日、人間共の我欲蒙昧に満ちた背信行為により妹に舞い落ちてしまった惨劇を知り、霞草は壊れてしまった。少なくとも朽木はそう考えている。

 であればこそその仇を討つべく、霞草が御先を辞してより長きの間をひたむきにお勤めへと打ち込み続けた。また人間共への理解を示さんとした、今や御先の伝説とまで云われるサキの一人子を御先の外に追いやるという、裏で権力志向などと揶揄される真似をしてまで妖怪変化の領域を広げる強硬手段を取ったのだ。その甲斐あってか、ここ果無山脈一帯をはじめとする人里離れた山奥は過去の大戦が終息してよりこの方自然に満ち溢れ、それに応じた怪異達の楽園となっている。

 中には人間共にとっては災難とも言えよう人喰いの類も棲んではいるが、人間共とて獣を捕らえ屠り喰らっているではないか。

 朽木の立ち位置はあの惨劇の時より一貫して、身内の敵とも呼べよう人間共へ対する排斥だった。そして強硬に過ぎると言われ、一部の妖怪変化達よりの警戒を受けてまで行った版図の拡大より数十年。今や若き霊狐達の中には徐々に朽木の指針へと賛同をする意見も増え、長らく安定した領域の維持が続いていたのだ。


「ですからもう、貴方が人喰いへと身をやつそうとも誰も何も言いません。いえ、この私が言わせません。だのに何故、戻ってきて頂けないのですか……」

「筆頭……」


 霞草への説得が失敗に終わりやるせない面持ちを夜空へ向ける朽木へと、側仕えの霊狐は案じた様子で声をかける。暫しを対峙の余韻収まらぬままに立ち尽くしていた朽木だが、やがて大きな溜息を一つ吐き、部下の側へと向き直った。


「惰弱を見せてしまったな。あの御方に関してはこれまで通り、そっとしておいてやってくれ」

「いえ。我等長き狐生ですもの、色々ありますよね。ところで、ですね……」


 疲れを感じさせる弱々しい笑みを見せた朽木へと、側仕えの霊狐は何かを言いたそうな、しかしやはり言い辛そうな様子で曖昧な相槌を打ち返す。それに若干の不審を感じた朽木は元より深く刻まれていた眉間の皺を更に深め、この際だから言ってみろと続きを促す。


「ええと、はい。そういう事でしたら……実は当初筆頭にお越し願った理由である塵塚の怪の件なのですが」

「あぁ、そういえばそんな報告も上がっていたな。今となってはあの御方の鬼気に誘われ、当時の衝突で滅びた怪異が現世に迷い出たものと思えなくもないが」

「いえ、それがですね。報告によれば浄化の類は一切効かず、何故かこちらの死者も無し。おまけにこの周囲に張られていた陣の基点を軒並み食い荒らされてしまったらしく、領域の維持が……その、直ぐに対応しないとまずいかと……」

「……はあっ!?」


 先の対峙で精神的に打ちのめされてしまい疲れの色強き朽木にとって、正しく青天の霹靂と言えようその衝撃の報告に、戦前よりのここ数十年は見せる事のなかった素っ頓狂な叫びを上げてしまう。側仕えの若き霊狐は初めて目にする朽木の醜態に目を白黒とさせてしまい、こちらもまた涙目で硬直をしてしまうのだった。

 それからまる数日の間を、破壊された陣の基点の修繕に費やす事となった朽木。応援に駆け付けた仙狐達へ作業の引継ぎを命じた後、運悪く巻き込まれた側仕えの霊狐の黄色い悲鳴と共に、精根尽き果てた様子でその場へと倒れ込んでしまったそうな。

 どうにか今年中には裏章を終えたいものです。次回、12/21(水)投稿予定。

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