第025話 受付嬢の怒り
騒々しい様子でギルド内へと入ってくる冒険者達。不機嫌さを隠そうともせず、その足音は荒々しい。
「……私はそろそろ業務へ戻りますわね」
冷たい視線をその冒険者達へ向け、カウンターへと足早に戻るサリナさん。こいつらが件の連中か。
「最近のサリナがあんな態度を取るのは珍しいね。あの連中が、話していた騒動の原因かな?」
「そう、ですね。トワの森に来たパーティは四組だっけ、その内の一つだと思いますけど」
「……ウン、あいつら最初に来た連中ダヨ」
「ピノちゃん……」
「きゅーん」
そう言ってピノは自分の両肩を抱きながら何とも言えない表情で連中を見ていた。扶祢が放っておけなくなったのかそんなピノを抱き抱える。ピコも心配気に鳴きながらピノに鼻を摺り寄せている。
見ればその連中の後ろより、疲れ切った足取りで歩く少年の姿。一人だけ荷物を大量に持たされているが、職業的な荷物持ちという訳でもなさそうだ。その目には光も薄く、ただただ疲れの色を濃く宿していた。
「酷い……」
「あれは殴られた痕か。恰好からすると侍祭のようだけれども……サポート役にあの扱いとは、いったい何を考えているのだか」
侍祭とは、神力により神の奇跡と呼ばれる類の神秘を使う者、僧侶系の基本職だったか。一般には神職とも呼ばれ、その立ち位置から本来こういった危険と隣り合わせな仕事では引く手数多と言われる程の役割なんだがな。
「胸糞悪ぃなおい」
「抑えとけよ」
「わぁってるよ。あの手合いは性質が悪ぃからな、潰すなら半端はやらねぇさ」
釣鬼先生はやはり、傭兵上がりなだけあって分かっていらっしゃる。発言そのものは物騒極まりないが、この手の連中は半端に叩くといつまでも喚き立てて害をまき散らすからな。しかも群れる。
故郷の空手道場の先生もこの手の類は嫌になる程見てきたなどと言っていたものだが、実際にこうして目の当たりにするといい気分がしないのは確かだ。
「おら、さっさと出て来いよ受付!」
「現役冒険者様が戻って来たんだからもっと愛想良く迎えろよ挫折組が!」
まるでクレーマーだな。
大声で喚き散らす連中へ担当の子らしい受付嬢が震えながら対応しようとする。それを見た冒険者連中の顔に浮かぶは下卑た笑み。それは自信の無さの現われなんていう説もありはするが、少しでも弱く見える対象を探して集団で叩くことを生き甲斐にする……人間の悪意という物はつくづく救い難い。
「は、はい。申し訳ありません、ただいま……」
「こんな最低限の礼儀すら弁えないチンピラ共に愛想など振りまく必要はありませんわ」
「あ、サリナさん……」
担当の子らしい受付嬢が震えながら対応しようとしたところにサリナさんが割って入る。ヒュー、さっすがサリナさん。担当の冒険者達からは武闘派受付嬢と実しやかに噂されているとアデルさんが話の種に教えてくれたのは本当らしいな。
「てめっ、誰がチンピラだ!?」
「この方達の担当は以降全て私が引き継いで処理をしますから貴女は休んでて良いわよ」
「っ、済みません……!」
「無視すんなゴラァアア!!」
最早この阿呆共というしかない。そんな奴等の暴言に対し泣きそうになりながら完全に尻込みしてしまっている担当の子に替わり、サリナさんが諸々の事情聴取を兼ねて担当の引継ぎをする。
状況だけ見れば滑稽な程に阿呆共が詰み一歩手前で怒る気にもなれない筈ではあるけれど。ここまで馬鹿過ぎると呆れを通り越して一周してイラついてきちまうな。
「ピノちゃん、本当に災難だったね……こんなのと四組もやり合っただなんて」
「ホント、こんな馬鹿達に連続して遭遇してたなんてネ。運が悪すぎでショ、ボク」
そら愚かな人間共とも言いたくもなるよな。もしトワの森に居たのがピノ以外の妖精族だったら完全に人間を敵対視してただろうな、こりゃ。ピノピココンビ程戦闘が得意でないにしても、流石にここまでの馬鹿に簡単に捕まるような事も無いだろうし。
そんなことを言っている間にもカウンター前では討論、と言うか阿呆共の罵詈雑言をサリナさんが所々論破しつつあしらいつづけていた。
「いいからさっさとあのブス出しやがれ!」
「てめーちっとばかり腕が立つからってナメてんじゃねーぞゴラァ!」
「てめぇもアイツと同じで途中でブルって逃げ出した落伍者だろうが!受付の奴等はそんなのばかりって知ってるんだからな!」
「あーあー皆さァん!ここのギルドの受付嬢は客に対して暴言を吐いて依頼の達成を邪魔するのがお仕事だそうですよォー!」
前言撤回。更に半廻りして滑稽に見えてきたわ。
連中のあまりにも幼稚に過ぎる言動にサリナさんも一瞬呆気に取られてしまったが、すぐに底冷えのする視線を伴い先程までよりも更に冷たい声で一蹴する。
「まずカタリナは愛くるしい顔の可愛い子なのでブスではありませんわ。それ以前に女性の顔を貶すだなんて最低ですわね、アナタ方達」
「なっ!?」
「ええとアナタ達……あらあら、Fランクに上がってからというもの依頼の達成率が半分にもいっていないのですね。トワの森で装備を紛失した時の借金も、利息無しとは言えギルドへの返済義務は残っていますからね。あと半年以内に本当に返せるんでしょうか?そうそう、装備を紛失したのに調査依頼を完了したというのも怪しい話ですわね。この際ですしその辺のお話も聞かせて頂けます?武器だけでしたら兎も角防具まで全て紛失ってどんな状況だったのでしょうか。例えば妖精に返り討ちにあって身ぐるみ剥がされた――とか?」
「「「~~~ッ!?」」」
一気にまくし立てるサリナさんに図星を刺され言葉に詰まる阿呆共。その隙にアデルさんがするりと入り込み話を繋ぐ。
「ついでに捕捉させて貰うと、サリナは途中で逃げ出したりなどはしていないよ。わたしと共に赤竜の乱の際、赤竜の群れを率いる紅竜を魔法で地面に叩き落し、討伐へと大いに貢献をした功績によりAランクとなった猛者だからね。そしてその後現役を円満退職し、今に至る訳だよ」
元Aランクと現役Aランクの二人に追いつめられるFランクの粋がるおっさん達、しかも中身は小学生級。同情の余地は全くないが少しばかり哀れに思えてきたぜ。
「にしてもサリナさんこんな過激だったんだな……メモメモ」
「そんだけサリナ嬢も腹に据えかねていたって事だろうな。ところで頼太、ちょっとあっち見てみ」
「ん?」
なんぞ?釣鬼が指し示した先を見てみれば――げっ、冷たい目付きのままこちらを見て嗤っている執行人の姿。速攻で立ち上がってテーブルに手をつき平謝りモードで対応ッ……しかしサリナさんからは利き手の親指を立て、にこやかに自身の首を掻っ切るジェスターで返されてしまった。
「獣人族並の地獄耳だね、アハハ……頼太なむぅ」
「うっせ!ってか扶祢は随分落ち着いてるよな。前聞いた時は殺気すら撒き散らしてたってのに」
「いやー。あの醜態見てるとなんというか、ね」
「あー」
そういうことか、俺も似た様な感想だったしなァ。
「それにー、ほら」
「あん?……ぶっ、あいつら終わったな」
うん、終わった。完全に終わった。
扶祢のやつ、録音機まで持ち込んでいやがった。支部長クラスには俺達が異邦人だという事だけは伝えているとサリナさんが言っていたし、これの存在も説明すればすぐに納得して貰えるだろう。後はこのレコーダーの記録と周りの野次馬数名の証言があればこいつら完全に詰むだろうな。用意周到で頼もしい事だが、扶祢もそれだけ腸煮えくり返っていたという事だろう、怖い怖い。
「いやっ……そうっ!幻術で人を誑かす妖精がいて気付いたら装備が丸ごと消えちまってたんだって!俺達の油断もあったし直接的な危険はねーから調査自体は問題無しだろうよ。原住民を脅かすのは冒険者として心苦しいからな!」
「どの口で言ってんだカ……」
また随分と自分に都合の良いでっち上げをし始めたよこの阿呆共は。ピノも呆れ返った顔をしていた。厚顔無恥とはこういうのを言うんだろうな。
「成程成程。装備品が丸ごと消える事が直接的な危険が無いかどうかは今はさて置くとしまして。幻術で誑かされたという事ですね?」
「う……そ、そうだ。幻術だ!そうじゃなきゃ俺達があんなにあっさり身ぐるみ剥がされる訳がねぇ!だよな皆?」
「そうだそうだ!」
「間違いねぇ!あの性悪妖精、ギルドの面子にかけて叩き潰しちまえ!」
「お前も見たよな!な!」
「え…僕はその時は……」
「いいから見たって言えよっ」
と阿呆共の一人が荷物持ちをさせられていた侍祭風の少年を殴…ろうとした手首を釣鬼が万力の様な握力でがっちりと掴み止めていた。
「いぎゃああああ!?痛えええええぇぇ!」
「おいおい、この坊主はお前ぇ達のパーティメンバーだろ?お仲間をいきなり殴り倒そうとするなんざ、穏やかじゃねぇな」
「てめーロッソを放しやがれっ……はぎゃあああああ!!頭が、あたま、放せぇえぇギィイイイイ!?」
「ギルド内で正当な理由なく暴力沙汰を起こすのは感心しないね。そんなおイタをする子は少し頭の螺子を締め直してあげようか」
その釣鬼に殴りかかろうとした無謀なアホBは哀れアデルさんに後ろからのアイアンクロウで締め落とされ――あの大戦槌を軽々と振り回しそうな力の持ち主に頭を直で掴まれたらクチャッパリッといっちゃうよな。当然手加減はしていた様子だが。
「おっおまっ、お前等……!」
「――さて、この方々は幻術で誑かされたと仰っているようですが。当事者であるピノさんからは何か仰る事はございますか?」
「幻術ってのは心の隙を作ってそこに術を滑り込まセ、相手の抵抗を抜いた上でやっと成功するモノなんだよネ。マァこいつ等なら心に隙間が有りまくりだろうシ?精神も弱そうだからそこまで難しくはないとは思うケド。そんな手間をかける位ならボクだったら『衝撃破』(*1)の一発でも叩き込んでまとめて無力化させちゃうネ」
ハァヤレヤレ、と見事な肩の竦め方で生意気な仕草を返すちびっ子。阿呆共はここに至ってようやくピノ、イコール森の妖精と気付いたみたいだけど……あれ、これなんて言えば良いんだ?時既に遅し、では無いよな。ギルドに来た時点でほぼ詰んでいたようなものだし。まぁどうでも良いか。
「ちくしょお……てめーら全員でハメやがったな!」
「横暴だ!後で本部に訴えてやるからな!」
「ひイッ、ヒッ、いてぇ!いてぇよおおおおお!」
「………(白目をむいている」
結果として、汚いおっさん四人が捕獲された訳だが。まだ寝言を言う余裕があるらしい。
それに対しサリナさんは―――
「何を言っているんです?ギルドへの虚偽報告、現地の民――この場合はピノさんへ対してですが――への悪意を持った敵対行為、それにこちらの侍祭さんは資料によればつい先日パーティメンバーとして引き入れたようですが、殴打痕も有りますし、先程の言動からも日常的な暴力行為があったと推察されますね。またアナタ方には前々から日頃の行いについても多くの苦情がギルドに寄せられていまして、今回の事が無くとも査問寸前でしたので。裁判にかけられてから鉱山で二~三十年程の強制労働は間違いなしでしょうね。勿論冒険者登録は抹消され、二度と再登録などは出来ません」
と、一気に述べ、ふと阿呆共を一瞥し。
「お疲れ様でした」
ニコッ、と完璧なまでの営業スマイルを浮かべた。それで阿呆共の心は完全に折れたらしく、四人共呆けた様子で頽れてしまった。
「あ、サリナさん。これあっちの録音機なんですけど、良ければ証拠固めにどうぞ」
「あら、それは助かりますわ。証拠固めに使わせて頂きますね」
ついでに扶祢がダメ押しの証拠提供をしていた。女って怖い。隣のアデルさんを恐る恐る覗き見てみると、
「わ、わたしはあんな事はしないからね?」
何故だか慌てて答えていらっしゃいました。もしかして考えが顔に出ていたのだろうか……?
その後、残りの三組の内の二組が戻ってきたが、多少の差はあれど同じような流れでお縄に付くことになった。最後の一組は翌日になっても戻って来る事はなく、その後の捜索にも未だ引っかかっては居ないらしい。
この一組だけは不明点はあれど日頃の言動の苦情等も無かったそうだ。不気味ではあるが、今俺達に出来る事が有る訳でもなし、後はギルドに任せるとしようか。




