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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 狐耳達の異世界ツアーズ編
259/439

狐の二十 薄野探偵物語④

 この日ノ本には古今東西、人の想念により様々なモノが生まれ、往々にしてその大多数は現世(うつしよ)への縁を得る事無く消えていく。そんな中、僥倖にも現世への縁を得たモノは晴れて妖としての確固たる拠り所を築き、その段階にきてようやく人へ畏怖を齎す存在足り得るのだ。

 シズカ達狐妖をはじめとする、古来より種族として成り立っていたモノは別として、前述されるモノ達は総じて怪異と呼ばれる。近年ではソーシャルメディアの発達という怪異に対する人間達の認識の場、つまりは現世へと顕現する足がかりの増加と共に、その数は爆発的に増え続けているとも実しやかに噂されていた。

 その虚実については話の筋より外れる為、今はさておくとしてだ。そういった成り立ちを経て現世へと定着した妖達の中に、タタラと呼ばれる存在がいる。その姿、一ツ目一ツ足の奇々怪々。山中に棲みぴょんぴょんと特徴的な大きな足跡を残し、跳ね続ける―――


「――とまぁ、似た話は日ノ本の各地に語り継がれておる。中でも熊野周辺に広がる裾野の伝承は有名処じゃな」

「なぁんか、全部説明されちまったっぺが。その伯母ヶ峰山のタタラさまがお冠を曲げてらっしゃるだで、夢でお告げを受けた雪婆さんが一つっきりの目ん玉飛び出る程に震えあがっちまってなぁ」


 その日の昼下がり。昼の開店時間が終了したのを見計らい、一同は軽食店舗内へと席を移し改めて情報の整理を始める。

 怪次と文魅、二人の理解を深める為に伝承の部分から説明が必要だったのもあるし、何より六郎の作る料理は美味い。静もここ暫しの料理への研鑽により相当な域に達してはいたものの、長年その道を歩み続けた六郎からはまだまだ学ぶべき部分も多いという事だ。

 とはいえ、本来は店主の休憩を兼ねた午後休みの時間。それを無理に頼んで賄いを作って貰った手前、皆で後片付けや店内の軽い清掃をしたりと手伝いの様相を呈してはいたのはご愛敬というものだ。


「ところで、何故僕までもがお話に参加させられているんですかね?」

「一々説明し直すのも面倒じゃでな、こうして商いの合間を見て聞かせようと思ったまでじゃ。汝とて近場の最新情報は仕入れたいじゃろ?」

「うーん、それはそうなんですが……」


 このやり取りに見られる通り、半ばなし崩し的ではあるが六郎も会議に加わる事となったらしい。苦笑いを浮かべつつも早速ご自慢のデータベースを開き、周辺状況についての知識を披露する。


「――あぁ、その辺りは御先進出の第一地点だったようですね。当時は戦後間も無くで諸外国との軋轢により、国内とはいえ軍に準じる退魔警察を動かす余裕などはありませんでしたから。あっさりと熊野本宮の霊場を抑えられてより以来、果無(はてなし)山脈周辺一帯は御先の領域となっているそうです」

「果無周辺、っていうとー。今の和歌山と奈良の南半分をほぼ覆い尽くしちゃうね」

「あの辺りは未だ自然に満ち満ちておる故な。都会に馴染めぬ妖怪変化にとっては、さぞかし住み心地が良く映ろうて」


 ふとしたシズカのそんな呟きに、ただ何となしに聞いていた怪次と文魅は顔を見合わせてしまう。二人は幸いにしてその本質に積み重ねられた歴史により人の形を取るにも苦労をした覚えはないが、妖の中には人里に姿を見せる事すら憚られる存在も多かろう。現に目の前に座るタタラにしても一応人の形を取り繕ってはいるものの、脚の片側などは取って付けた様な義足であり、顔の造形にしてもどこか歪で現実感に乏しい印象を受ける。


「おらぁも普段は山奥でのんびり暮らしてるだでな。実はこぉんな都会に出るのも初めてで浮ついてただぁよ」

「えっ、でもここってただの地方都市――」

「馬鹿ヤロ!黙っとけ……すんません、こいつまだ生まれて間もないもんで」

「いやは~、おらぁが田舎モンだっちゅうのは身に染みてるだぁ。気にせんべや」


 そんな素直に過ぎる者同士の微笑ましいやり取りがありはしたものの、その場は特にどうという事もなく情報の整理が完了した。やがてこの事務所を開設した目的の一つであり、そして依頼を請ける側として最も重要と言える、とある問題に焦点が当たる事となる。


「して、報酬の件なのじゃがな」

「おらぁ、雪婆さんに頼まれて話聞いてくれそなモンに伝えに来ただけだぁ。熊や鹿くれぇなら取ってきてやれるけんど」

「い、いやそれは結構じゃ……ときにお主等、何処ぞ頼りになる組織などはあらぬのかや」

「おら達ぁこんなナリだで。人間達相手は勿論だけんど、猪笹さまの事もあって御先とも芳しくねぇべやなぁ。じゃなきゃ遠路はるばるおたくらを頼って来やしねぇだぁ」

「……くふっ」


 あの時のシズカさんは実に不穏な笑みを浮かべていた――後に探偵助手業にも慣れてきた怪次の言だ。それこそ実に、この時のシズカを評すに相応しいと言えるだろう。


 ・

 ・

 ・

 ・


「それでわざわざ急行を使わせてまで私を呼び戻したって訳か。当て事は向こうから外れるって諺、聞いた事は無いかしら?」

「穴の貉を値段する、とも言うでな。まずは確と結べる足元より、地を固めて行くのも一つの手じゃろ」


 その日の夜遅くになり、瑠璃が事務所へと帰還した。

 本来居る筈のないモノ故に面もまた割れていない瑠璃は、その身軽な立ち位置を利用し六郎よりの紹介状を手に化け狸達への繋ぎを付ける役目を請け負っていた。その最中の急な呼び戻しという事で予定の幾つかが大幅にずれ込んでしまったらしく、帰ってくるなり早速シズカへとそんな嫌味を零していた。


「瑠璃も親分方との顔合わせの根回し、お疲れ様。わらわ達の見た目だと、どうしても警戒されちゃうからね」

「それでも辛うじて目がありそうなのは佐渡の親分だけね。四国以西はどうも、此方の御先の台頭に警戒心剥き出しの鎖国状態だったわ」

「ふぅむ、六郎の言った通りじゃったか」


 肩を竦めながら出先調査の報告を上げる瑠璃によれば、日ノ本の妖怪変化を取り巻く状況はどうにも芳しくない様子。ならばやはりこの手でいくのが一番と、既に棲家へと帰っていったタタラとのやり取りの説明を兼ねながら瑠璃への作戦説明に終始するのだった。


「――そういう事か。それでもいきなり御先の領域に入り込むのは、少しばかり性急に過ぎると思わないでもないけれど……あの一帯、既に裏郷の結界と同等のものが張られていたわよ」

「御先に属するモノ以外が立ち入れば即様ばれちゃうやつかー。それが封印の上に被せられた所為で、猪笹王さんも閉じ込められちゃったって事かな?」

「じゃろ。何れにせよ霞草殿の一件がある限り、此方の御先とは何処かでぶつかるのは避けられまいて。なに、本拠へと乗り込む訳でもなし、ここは見を深める為にも伯母峰の峠へは出向くが吉と思うがのぉ」


 その後も狐妖三人の話し合いは夜半まで続く。特に意見らしい意見を出せる素地のなかった文魅は既に兄の肩へと寄りかかりながら舟を漕ぎ始めており、そんな妹を傍らに抱く怪次もまた手持ち無沙汰にその様子を眺めるのみ。


「あのよぉ。当初考えていたよりも随分と大事になっちまってるし、俺達の出番ってもう無くなってる気がするんだよな」

「何を言うとるか。文魅は兎も角としてじゃ、汝にしか出来ぬ大役は確と用意してあるでな。今生の初陣、華々しく飾るが良いぞ?」

「……えっ」


 いかにもな含み笑いを浮かべつつもそんな事をのたまうシズカのその表情に、ここ暫しをこの狐妖達の下で過ごした勘が今度こそ最大限の警鐘を打ち鳴らしてしまう。きっとこれは一歩間違えれば大惨事となりかねない、とてつもない不穏な思惑を孕む危険な行為だと。

 それでも文魅を危険な目に遭わせる真似だけはしてくれるなと声を大にする怪次へ対し、シズカと静双方より適当な合いの手と共に向けられるにこやかな眼差し。そしてその裏では不憫そうな表情を形作る瑠璃を見て、先行き真っ暗な心境の中で怪次は思う。せめて文魅だけはこの連中に毒される事なく、健やかに育ってほしいと。

 それが今生に生まれ落ちた、当代の塵塚怪王としての不遇の日々の始まりだとは知る由もなかったのだ。








 神宮裏郷――そこは日ノ本に於ける霊狐達の総本山とも言えよう霊場であり、宮へ祀られる神を奉じその遣いとして日々のお役目を果たす為の拠点でもあった。

 その性質から清廉である事を旨とし日々粛々とお勤めに励む霊狐達の棲家へと、俄かには信じ難き報が寄せられる。


「もっ、申し上げまするっ!熊野の霊場に侵入者ありッ、侵入者ありッ!!」


 裏郷御殿の上座へと直訴の形で上げられたその報告に、日課である瞑想を途切れさせられた霊狐は訝しげに目を開く。


「騒々しいな。何を見苦しく騒ぎ立てている?彼の地には此処と同じく域一帯に萎力の陣が敷かれているだろう。陣に囚われ弱り果てた迷い人など土地のモノに喰わせるなり、雑兵共に誅罰させるなり好きにすれば良い話ではないか」

「そっ、それが現地の報告によりますと、敷かれた陣が次々と無効化されているとの事でっ……!」

「……何だと?」

「更にはそれと同時に、数十年前に我等御先と相対し滅した筈の塵塚の怪までもが現れ、手が付けられない有様だそうですっ。現地は依然、混乱の極みにあり!何卒、何卒増援をお願い申し上げまするっ!!」


 配下より上げられた驚愕の報告に、場に会する霊狐達は一斉にどよめきの声を上げてしまう。

 戦後の黎明期に版図を広げてよりここ数十年。小競り合いの類は兎も角として、これまで妖同士でも、ましてや人の子を相手にした争いでさえ全面対決の様相を呈した事は無い。

 それがここに来て今更何事が起きたのか。俄かに騒然とし始めた御殿内にて上座へ坐す一人の霊狐は取り急ぎ対応の指示を出し、心の裡に湧き上がる疑念を自問しつつも自らもまた出立の支度を整え始めるのであった。

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