表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 狐耳達の異世界ツアーズ編
257/439

狐の十八 薄野探偵物語②

 明後日、悪魔さん第39話投稿しまス。

「ほぉ。やはり汝等、発生してよりそう時は経っておらなんだな」

「あぁそうだ。幸いと言えるかは分かんねーが俺は塵塚の怪だ、(ごみ)を扱い雨露を凌ぐ手段には事欠かなかったからな。同じくこいつの前身と共に打ち棄てられた遺骸を核として、つい数年前に生まれてからはずっと郊外のスクラップ置き場をアジトにして過ごしてきたんだ」


 付喪神兄妹を保護した夜より一晩が明けた後になり、そろそろ落ち着いたろうという事で妖棲荘一階の店舗内にて聞き取り調査が始まった。

 怪次は相変わらず不貞腐れた色こそ強く表れてはいるものの、昨夜に比べれば随分と素直にシズカの問いかけへと返していた。その心境の変化には今も対面に座る瑠璃へと子供の様に泣き付いてしまった、昨夜の気恥ずかしさといったものが多分に占めているであろうことは想像に難くないだろう。


「……何だよ?」

「くふっ、童が取り調べ担当で済まなんだのぉ。しかし安心しやれ。これこの通り、愛しの瑠璃も同席させたでな」

「なっななな、いや俺は別にそんなっ!?」


 ここぞとばかりに茶々を入れるシズカの言葉に怪次の満面は朱に染まり、あたふたとした素振りで何かを誤魔化そうとする分かり易い態度を表に出してしまう。

 とはいえ瑠璃はよくも悪くもサキの指導の下、御先の正道を歩み続けてきた霊狐だ。今も目の前で続くやり取りに見られる通り怪次が不貞腐れの原因である、底意地の悪い笑みを浮かべながらに揶揄うシズカを呆れた様子で横目にしつつ、そんな怪次の醜態に対し見て見ぬ振りの心配りを見せながらに澄ました様子で六郎手製のモーニングセットを食んでいた。


「静の姉さん、これ何?何これ!」

「んー?それはね――」

「ねーちゃとるな!」


 そんな微妙な攻防の傍らでは、昨夜までは怪次の傍を離れようとしなかった文魅が今やすっかり静へと懐いた様子でべったりと張り付いていた。それを見た狢のむーちゃんが幼心にライバル心を燃やし逆サイドよりこれまた静の腕を引っ張ったりと、こちらは冬の朝の柔らかい光が入る中、平穏を絵に描いた何とも心温まる光景と言えよう。


「ときに怪次よ」

「あん?」

「汝、時代錯誤というか世紀末群衆風な髪型と言い、斯様な風体はどうにかならぬものかや。このご時世、然りげなナリでは人の目に過ぎて動くに動けぬじゃろ」

「これは俺の魂の顕れだ。お前達を認めたとは言っても、この拘りにまで口を出されて、はいそーですかとは言えねーな」

「ふむ、然様か……汝等を取り巻く事情を活用すれば、今の御先共に一泡吹かせられるやもしれぬと見たのじゃが。目に付く風体も妖としての根幹の顕れと言われては、それを強いる事も出来ぬのぉ」


 シズカの零したその言葉に、怪次の肩が目に見えて揺れ動く。

 前身たる人格こそ戦後にあった御先との衝突により儚くなったものの、今代の本質にも塵塚の怪としての歴史が確と刻まれている。それは延いては各種能力のみならず、過去に辿った縁も健在という証だ。シズカとしてはその縁故を辿り、六郎や退魔警察より仕入れた情報等も含め御先に抵抗する勢力をどうにか創り上げられないものかと勘案をしていたのだ。

 その意味合いを込めた呟きに、あれ程に御先を敵視していた怪次が反応をせぬ筈もない。しかし怪次には一つだけ、気がかりな事があった。


「それで矢面に晒されて、またぞろ使い捨てなんぞをされたら堪らねぇ……俺だけならばまだしも文魅に少しでも危険が及ぶ様な真似は、出来ねぇからな」

「ほぉ?生じて間もないにしては、少しは落ち着いて考える頭もあるのじゃな」

「そりゃあそうだ。俺の前身は正面からやり合って戦いの中で命を落とした、だからまだ納得も出来ようってもんだ。だがよ、文魅の前身は違う。あいつは内面の本質そのものを生きたままに引き摺り出されて、空っぽにさせられて打ち棄てられちまった……あいつ自身はその際の恐怖と喪失感しか覚えてねぇみたいだけどよ」


 だから今生でまで妹をそんな目に遭わせぬ為にも、自分一人の感情の赴くままに無茶は出来ない。怪次は俯きがちに怒りを押し殺しながらそう言い切った。その想いを目の当たりにした狐妖達はこちらもまた押し黙り、思い思いの視線を怪次へと向ける。


「相分かった。その件に関しては重々童が心に刻むとしようぞ」

「すまねぇな」

「……なに、時には我が身を打ち棄ててまでも何かを護りたい。その心は重んじて然るべきことよ」


 過去にはシズカ自身も持ち得た切なる願い。それそのものは静の黄泉返りにより果たされはすれど、怪次の想いに共感してしまったのだろう。そしてどこか沁み入る様子で語ったシズカの言葉に、怪次の側も感じるものがあったようだ。先程まで若干残していた荒ぶりも鳴りを潜め、すっかり落ち着き払った様子で朝食の残りを平らげていた。


「でもそれはそれとしてさ。怪次君って元の素材は良さそうだし、余計な化粧を落とせば格好良くなりそうだよね?」

「そーそー!今はこんな見た目しちゃってるけど、アニキは本当は恰好良いんだからっ!」

「う……そ、そうか?」


 そこにふとそんな指摘がなされ、文魅も弾んだ調子で強く賛同の意を示す。そういったファッションの類は廃棄場に流れてきた廃本の類でしか見た事のない怪次としては、このギミック溢れる衣装こそが至高な物と信じて疑わなかった。それだけに、多数を占めるその声に戸惑いを隠せなくなってしまう。


「ふぅむ、それは一度見えたいものじゃ。のぉ、瑠璃よ?」

「うーん、そうねぇ。怪次は上背もあるし、無理に飾るよりは映えるかもしれないわね」

「分かった、今すぐ化粧を落としてくるぜっ!」


 それでもまだ最後の一線で踏み留まろうとしていた怪次だったが、最後は瑠璃の駄目押しも相まってあっさりと奇抜な各種衣装は剥がされる事となる。随分と軽い魂の顕れもあったものだ。


「アンタ、この状況を目一杯楽しんでるわねぇ」

「ククッ、見事に息を合わせて応えた奴が何を言うとるか」

「さて、何の事かしら?」


 この辺りの悪戯心はやはり、万国共通であるらしい。平時は御先の手本としてお勤めに励む瑠璃ではあるが、何だかんだでこれもまた狐の面目躍如といったところか。


「して怪次よ。先程、文魅の前身は内面の本質を引き摺り出されたと言うたな?本質とは、どういう意味じゃな」


 防水加工を施した後にシャワーを浴び、完全に化粧や小道具を落としこざっぱりとした野性味溢れる風体に戻った怪次へと、何かを含んだ様子でシズカが問いかける。それに対し怪次はあっさりと、しかしあるモノの存在を識るシズカ達にとっては衝撃となる事実を口にする。


「ん、その問い方からすれば予想は付いているんだろう。文字通り、文車妖姫の本質である写本能力――事象を映し込む、記憶領域がまるまる抜かれちまったんだよ」

「……やはりな」


 その言葉の意味するところは、データベース界の強奪。使い様によっては疑似的にとはいえ世界一つを内包出来るあの領域を、恐らくは御先の側に属する何者かが目的を持って抜き出した。

 本人そのものとも言えよう内面を、生きたままに引き摺り出される際の重苦。それは、万人が想像だにし得ないものであろう。成程それであればその喪失感より今の文魅の如き、識を扱う文車妖姫らしからぬ言動にも納得がいくというものだ。


「でもアレって文姫本人もだけれど、照密さんと弄人という紙一重達が揃っていたからこそ完成した様なものよね?自身由来でもない内面世界だけを引き抜いたとしても、大した事は出来ないと思うのだけれど」

「じゃな。アレ自体が狭間基準で比較したとて異質極まるモノじゃからして、斯様な半端な状態で何を出来るものでもないとは思うがのぉ」


 話に付いていけない様子で不思議そうに首を傾げる文魅を見ながら、瑠璃とシズカはそんな疑問を交わし合う。

 彼の幻想世界は数々の偶発的な要素が重なった、あの環境だからこそ至れた趣味人達の極致とも言えよう奇跡の賜だ。如何に疑似現実的な領域とはいえ、その様な代物がぽこぽこ創り出されたのでは堪ったものではないとシズカは思う。


「……目的は、現世から隔絶された世界そのもの、じゃないのかな」


 そこに、あの世界を識る最後の一人がある種確信めいた口調でぽつりと零す。

 一時は現世に拒絶され拠り所を失っていた静だからこそ、真っ先にそれに気付く事が出来たのだろう。言われシズカも瑠璃もはっとした様子で互いを見合ってしまう。


「そうかっ!此方のあに様は過去の出来事で私を喪っている。それを現世に引き留め匿うには、あの世界は確かに打ってつけだもの」


 思い返せば運動公園一帯をまるまる呑み込む程の広域に亘る異界化など、尋常な業ではない。彼の日ノ本では天狐筆頭にまで至った霞草の鏡映しであればこそそんな無茶も或いは、そう当時は考えられていたが、そうであったとしても何某かの触媒は必要となろう。つまりはそれこそが―――


「――そいつが、文魅の前身を」

「確定、とは言えぬがな。その気負い、来るべき時に備え今は控えておくが良いぞ」

「ぐ……分かったよ。だけどそいつを見つけたら、俺も連れてってくれよ!」


 よもや我こそはという訳でもなかろう。しかし共に育った兄妹としてその前身へと向けられた惨き定めを想い、臍を噛む。そんな怪次を見たシズカ、そして瑠璃もまた、その時が来れば非情に徹する覚悟を決めたのだった。


「然りとて、未だ情報も出揃わぬ内は身動きも取れぬでな。そこで怪次に文魅よ。足元を固める意味合いからも、丁稚の真似事でもしてみぬかぇ」

「……はぁ!?このご時世に丁稚だぁ?」

「アニキ、丁稚って何ぃ?」

「それは……だぁあ、どういうつもりなんだよお前は!」


 昨日までは不遇ながらもそれなりに平穏な暮らしを営んでいた怪次にとっては、この短時間のやり取りだけでも相当に目まぐるしい展開に混乱の色が隠せない。更には妹の無垢な瞳を向けた問いかけまでもが重なって、遂には慣れぬ焦燥に声を荒げてしまう。

 しかしながらここ最近の若者達へと接する機会が増え、老練を自負する者の自尊心を程良く刺激する恰好の餌と見られてしまったのだろう。そんな怪次へと愉悦極まる気配を滲ませながらにシズカがにじり寄っていく。


「そこじゃ。まずはその目上の者に対する礼儀すら知らぬ、その性根から叩き直してやるでな、覚悟しやれ?」

「ちょっ……」


 そして歴史を重ねたモノとは言えど、今生の経験薄き若き身ではそれに抗う術も智慧もあろう筈がなく。故に今の怪次の心境とは蛇に睨まれた蛙の如く。

 通勤時間の喧騒も収まり、やや寂れた風吹く冬の朝。妖棲荘の立つ商店街の一角に、野太い若者の絶叫が木霊する。


「アニキ、大丈夫かなぁ?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。文魅ちゃんはわらわと一緒に、後片付けの手伝いでもしとこ?」

「うんっ!」

「クククッ、これは彼奴以来のいーぃ玩具(けっさく)になる予感がするのじゃ。愉しみじゃのぉ!」

「何で俺だけこんな目にぃっ!?」


 その横では兄の悲哀を今一理解出来ていない様子の文魅。それを静が洗い場へと連れていき、残った瑠璃と六郎は共に報われない怪次へと合掌を捧げるのであった。








 一方その頃、遠く離れた異郷では―――


「へくしっ……なんかどっかで不穏極まる台詞を吐かれた気がするな?」

「頼太、大丈夫?もう冬なんだし、もっと着込んできた方が良いんじゃない?」

「やはり魔気の鎧だけでは屋外用の防寒着の代わりにはならないんじゃないでしょうか」

「うーん。そっすね、ちょっと借宿に戻って服着こんでくるわ」


 虫の報せの部分がますます無駄に研ぎ澄まされた、とある若者が某遺棄地域の復興用調査作業に精を出していたそうな。

 助手二名、ゲット。

 次回は12/14(水)予定です。悪魔さんの投稿時間次第で前後するかもですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ