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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 狐耳達の異世界ツアーズ編
254/439

狐の十五 狐耳達の異世界ツアーズ④

 試験終わった、受かったどー!これでようやく小説が再開出来るぜっ。


 静寂奏でる日夕の影には怪異巡る夜場。その渦中、瑠璃は一人舞い踊る。


「相変わらず次から次へと節操の無い……往生際の悪さも油虫(ゴキブリ)と良い勝負だわね」

「ギヘェア、ハラヘッダァァアアア!」

「レイコォォ、クエバナガイキスルゥゥ」

「私は人魚じゃないっての!これだから知性の欠片すらない餓鬼共は鬱陶しいのよ」


 平時は齢近き同輩という事でシズカと比較される場面も多く、やや持久力に欠けるといった酷評を受けがちな瑠璃ではあるが、仮にもあのサキに心技体を認められ霊狐の頂点に並び立つ者だ。加えてここ最近は災厄の欠片を相手に長時間の耐久レースをやらされたり、いつぞやの千からを超える天狗集団を一人で相手取らされたりといった数ある理不尽な扱いにより、近年の平穏なお勤めにより若干鈍っていた身体は不本意にも今や過去の全盛期を凌ぐ程にまで仕上がっていた。


「というか前々から思っていたけれど、あいつの体力が馬鹿げているのよ……ねっ!」


 事実、四方八方より襲い来る餓鬼の群れを屠り続けながらも愚痴じみた言葉を零すその息は全くと言って良い程に乱れを見せず、物憂げな顔からはその一方でこのまま一晩中であろうと蹂躙してみせよう、といわんばかりの余裕が溢れていた。

 片や餓鬼の側は飢えに喘ぐ定めより、場の趨勢などお構いなしに雪崩込み、狩られ、あるいは食欲の赴くままに同胞の屍へと貪りつく始末。そこに理性の光は無く、ただただ淀み濁った欲が滾るのみ。この期に及び勃立さえ晒し醜悪を向け来る、新たな餓鬼の一団を目にしたところで然しもの瑠璃も頬を引き攣らせてしまう。


「あぁ面倒臭いっ!たかが餓鬼に使うには勿体ないけれど、そっちがその気なら纏めて一掃してやるわよ!」


 数を減ずる気配すら感じられぬ有象無象を霊爪の一裂きにより纏めて事切れさせたその後に、苛立たしげに叫び後方へと大きく跳躍。散歩道の中途に休憩用として建てられた小さな東屋の傍へと降り立った。


「えぇと、この状況だと……四つもあれば充分かしらね。それと屋根は、ここを借りますか」


 そんな呟きを零しながら自らの裡より引き出した身の丈程もある梓弓を引き絞り、これを以て退魔の弓鳴りと為す。然る後に屋根の下にて両の腕を交差させ、澄んだ声による信奉の儀を謳う様に口ずさむ。


「ワレ、ミクラノカミが遣いながらシラスとして奉じる仮の器にならん。ワレ欲するところはヨホウに在りき、ヤオヨロズノミタマが御心のまにまにあり。


 毒魔之中過度我身(どくましちゅうかどがしん)―――

 毒氣之中過度我身(どくけしちゅうかどがしん)―――

 毀厄之中過度我身(きやくしちゅうかどがしん)―――

 厭魅之中過度我身(えんみしちゅうかどがしん)―――


 しかして器に注がれたオンを除き癒せ、その成就よ速まれ……」


 瑠璃の捧ぐ宣之言(のりとごと)が進むに応じ、それまで餓欲のままに蠢いていた餓鬼共の間には俄かに何かを畏れたかの動揺が奔る。徐々に場へとそれが広まっていく中、瑠璃は入神状態を示す焦点の合わぬ瞳で一心不乱に音吐朗々たる宣之言(のりとごと)を上げ続け、その終わりと共に来るべき時は訪れた。


「――鬼縛神奉陣(きばくしんぽうじん)ッ!」


 元来は神代の精霊信仰より始まった、尊き者の挺身節儀とされた知る者ぞ知る災厄除祓。然るべき陣にて神を招いて祈りを捧げ、万難を除け癒しを与える。

 その効果は絶大なれど、数々の場や器による後押しを得てさえ人の身には余りある。つまりは「術」の更に先の段階を往くとされる、人の子には既に喪われて久しい「陣」だ。

 さりとて瑠璃は元来、神と人とを繋ぐ架け橋たる御遣いである霊狐の出自。それが故に人の子であればその命と引き換えにしようとも不可能と言えよう神々への拝は形を成し、この場はおろか、夜の街全体へと祓魔浄化の陣は広がっていったのだ。


「あの阿呆は鬼縛神封(きばくしんぷう)、なんて畏れ多くも不遜なアレンジをしていたものだけれど。これは古来より、我等日ノ本の眷属に伝わる御霊降ろしの陣。どれ程の数で攻め立ててこようとも、最下級の(オン)が顕れである餓鬼如きの分際で、その御心に抗えるなどと思い上がらないことね」


 この場には居ない同輩への愚痴とも取れよう呟きを零しながらも事もなげに言い切る瑠璃の宣言に、餓鬼共は一鬼また一鬼と陣へと抵抗虚しく吸い込まれていく。やがて見苦しくも現世(うつしよ)の端にへばりついていた最後の一鬼までもが消え去った後、神々への奉儀はここに完了を見る。斯くして場には再び動き出した夜の帳が降りてくる――筈だったのだが。


「……異界化はまだ解けない、か」


 未だ収まらぬ異常ではあるものの瑠璃は特段動揺を見せる事もなく、しかしながら殊更に物憂げな表情を形作りそう呟く。これを仕組んだモノは未だ健在という訳だ。


「とはいえあの二人にはさっきの陣で私の居場所も伝わったことでしょうし、相対するモノの正体も不明ときた。増援が来るまでの間は無理せずに、精々じっくりと現状維持にでも努めるとしましょうか」


 あれ程の陣を行使して尚、瑠璃は油断を見せる事なく周囲を見回し警戒を強めていく。それ程までに世界の裏側へと引きずり込まれ異界化された公園内の空間は安定し続けており、それは即ち、異界化の基となったモノが存在の確固たる様を示していた。であればこそ迂闊に行動を起こす愚を犯す事なく梓弓にこれまた何時の間にか取り出した矢筈を番え、不意の襲撃にも対応出来るよう集中力を高めていく。

 ともすれば無限に続こうかと思われた沈黙の時ではあったが、瑠璃の予想を覆し思いの外早く終わりを告げることとなる。


「おのれはまさか……瑠璃、なのか?」

「――え」


 瑠璃にとっては生まれてよりこの方、嫌と言う程に耳にし続けた言の葉の響き。つい先日にもいい加減お互いの齢を考えろと言いたくなる程に小言を漏らしながらもお節介な心配をしてくれた、最も身近き者の声を受け思わず警戒を緩めてしまう。


「あに、さま?」

「瑠璃、おぉ瑠璃よ……」


 自らの前に姿を現したそのモノを他でもない、瑠璃が見紛おう筈もない。

 しかしながら本来瑠璃すらも時折引いてしまう程のサキ第一主義にして、お役目の何たるかを最も理解し実践し続けているあの兄の事だ。一度自分に彼の者等の伴を任せると決めた以上、前言を翻してこの場に来るなどは有り得ない。故に目の前に立つこの霞草は恐らくは、この世界での鏡映しなのだろう。

 痛々しい創跡により片眼を塞がれ、残ったもう一方の揺れる眼に熱き想いを宿す。そんな熱に魘された様子でよたよたと歩み寄る、半ば異容とも取れる兄の似姿の物腰に瑠璃はしかし、同時にその裡へと秘められた違和感を感じつつも動く事が出来ずにいた。


「おぉ、おぉ……瑠璃、瑠璃よ」

「ちょ、ちょっとあにさま!?いきなりなんて破廉恥な真似をしてくれるんですかっ!」


 そのまま自らを躊躇無く抱き抱く霞草の振舞いに、瑠璃は年甲斐もなく顔を赤らめてしまう。頭の片隅ではこの「兄」が持つ不穏へ対する最大限の警戒を抱きつつも、千年の長きを経て尚、その情故に強硬な拒絶の意を示す事が出来ぬ。そんな状況へと陥ってしまったのだ。


「あの日に喪ってしまったお前とまた、こうして再び逢えるとは……生き恥を晒してまでもサキ様の御言葉に従い、今日に至るまでこの現世に留まり続けた甲斐があったというものだ」

「どう、いう事です?」


 若干の羞恥に身を捩る妹の様子などお構いなしといった風に、二度と手放してなるものかと言わんばかりの有様で震えながらに抱き続ける霞草。それが零した次の言葉に、瑠璃は今度こそ衝撃を隠す事が出来なかった。


「あぁ、だが瑠璃よ。愛しき我が妹よ。あの日に(オン)に囚われ命を絶った、おのれが何故こうしてこの場におるというのだ?」


 その言葉を聞いた直後、背筋に奔る戦慄と共に兄の似姿を蹴り剥がし、瑠璃は大きく距離を取る。ここまでは明確な敵意を抱く事が出来ずにいた瑠璃ではあったが、それを目にした時点である種の諦観と共に、この世界の惨き真実の一つを知り得てしまった。そして御遣いを自負する者として、是が非でもそれを止めねばならない事をも同時に悟る。

 

「――そう。悪いけれど、あに様。私は今の貴方の有り様を見過ごす事は、とても出来そうにないわ」

「瑠璃よ、何をそんなに危ぶんでおるのだ?これも儚きおのれを想ってのこと。ほれ、この瑠璃とて寂しげに物惜しげに、おのれを気に掛けておるぞ」


 最早相容れぬモノとして対する瑠璃に、片や霞草は未だ悪い熱に魘されたかの如き火照った貌を晒しながらもか弱き相手を庇護せんとばかりに再び両の腕を広げる。いつの間にやら身に纏った、朽ち果てた四足獣と思わしき躯を愛おしく抱き、その背後に浮かぶ幼き色を強く残した瑠璃自身の似姿(・・・・・・・)を指しながら。

 そして二人は対峙する。片や憤りと共に拒絶を見せる者の発する鮮烈なる霊気、対するは正気を疑る程の有り様を以て場を侵食させる鬼気。その二つの境界線とは即ち、現世と幽世の狭間なり。ここに天の道を歩み続けた正道の霊狐と、地へ堕ち歪んでしまった人喰いとしての成れの果てとの死闘が幕を開けたのだった―――






 ―――どうにか霞草を撃退した段になり、自らも軽くない傷を負った瑠璃が地に膝を付き荒く息を吐くその最中。異界化が解かれた運動公園内へと二人の狐妖が足を踏み入れる。


「はぁ、はぁ……遅過ぎる、ってのよ」

「済まぬな。なにぶん厄介な境界に阻まれた故、我等異界の外側より推移を見守るしか出来なんだ」

「お疲れ様。傷、見せて?治療するよ」


 遅きに失する増援に対し苦情を呈する瑠璃に、一方のシズカ達は悪びれない様子で声をかけてくる。暗に先程までの死闘をつぶさに見続けてきたとの宣言をされ、ならばもっと早く介入してこいと心の裡で更なる悪態を吐いてしまう。


「な、に寝惚けた事を言っているんだか……ふぅ~。アンタの持つその刀ならばこの程度の異界の帳など、容易く斬り裂けたでしょうに」

「ふ。ここ暫しの荒事で勘を取り戻したかと思うたが、あの程度で息を切らす様ではまだまだじゃな。鍛錬の機会を生かしてやった童に感謝せぇよ」

「それ何度も言ってるけれど、アンタの体力が異常なんだっつの!」

「そこはわらわもそう思う。脳筋に付き合わされる頭脳派の身にもなって欲しいんだけど」


 すっかり平常運転と化しいつも通りのドヤ顔を晒すシズカへ対し、残る二人は口々にそんな突っ込みを入れてしまう。これによりようやく一時の日常が戻ってきた事実を噛み締め、瑠璃はようやく安堵の息を吐く。


「ともあれ、此方のあに様の異変にあの私の惨状。今度こそはぐらかせはしないわよ?きっちりと説明して貰いましょうか」

「うむむ、童とて真逆ここまで事態が急転してしまうとは思わなんだ。詮無き事よの……相分かった、童の知り得る御先の実情、妖棲荘へと戻った後に語ってしんぜよう」

「わくわく」

「……静、アンタも大概ぶれないわね」


 そんな言葉を交わす間にも、ここ四月程で随分と過去の秘術を取り戻した静の手により瑠璃の身体へと刻み込まれた鬼気の影響は除き癒されていく。その手腕に瑠璃は内心舌を巻きながら過去に不世出の天才と云われた噂を思い返し、一方で野次馬根性丸出しな俗の色をも見せる静に呆れた様子で言葉を零してしまうのだった。

 こうしてこの夜に瑠璃の前へと訪れたモノの存在により、事態は少しずつ動いていく事となる。この日ノ本の現状は、果たして―――

 まずは明日か明後日に悪魔さん第38話予定ッス。その後、こちらも年末まで若干ペースを上げて投稿予定です。

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