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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 狐耳達の異世界ツアーズ編
251/439

狐の十二 狐耳達の異世界ツアーズ①

 霊狐サイドシリーズ再び。長引くようであれば別章として独立予定です。

 静がサキへと旅立ちを伝えてより数日の後のこと。薄野山荘のリビングには二名程の訪問者を迎えていた。


「今回ばかりは言わせて頂きます。サキさま、娘に甘すぎると思うんです」

「瑠璃!おのれはサキ様のお気持ちを何と心得る、この不忠者めがっ!」

「いいえ、これもサキさまを想っての忠言です。あに様こそ今代の長として、サキさまの無茶振りを止める義務があるでしょうに」


 目の前で繰り広げられる天狐兄妹のやりとりに、前御先の長としては有り得ない惰弱な発言をしてしまったサキが縮こまりながらソファへと座り込んでいた。


「ま、瑠璃の言う事はもっともじゃな」

「う。やっぱりそう、かな?」

「母上……」


 その両脇では片や瑠璃に同じく呆れながらに諫めんとする冷めた声、此方はそれでも我が身を慮ってくれた母の気遣いに瞳を潤めながらの震える声。俄かに弛緩と緊張の綯交ぜとなった複雑な沈黙の空気が流れた後に、呆れの色を醸し出していた片割れが続きを口にする。


「な~にがアタシはもう大丈夫、じゃ。場の空気に流され良い恰好をしおってからに。しかも子の巣立ちに親が付いていくじゃと?過保護も大概にせぇ!」

「そっ、そんな言い方はないだろう!?アタシだってそりゃ、あの時は気持ちよく見送りたいと思ったよ?でもよくよく考えてみればさ、あの時とは違って今やアタシは自由に出歩ける身だ。だから一緒に行けば後悔する事など無いだろうし、仮に何かあったとしても静を護ってやれる。ほら、これなら無事に帰って来た静を笑顔で出迎えられるというものじゃないかっ」

「冠履顛倒の意を知れと言うとるんじゃ!あまつさえこうして現職までをも巻き込み泣き付く始末、見苦しいにも程があるわっ!」


 憤激極まりないといった様子でシズカが激し、瑠璃もそれにうんうんと頷き同意を示す。場の半数に相対された形となるサキは流石に言葉詰まってしまい、末の娘も斯くやと思わせる程にますます縮こまってしまう。

 そんな惰弱を指摘された原因、わざわざ現御先の代表たる天狐兄妹を薄野山荘へと呼び付けた理由とは他でもない。旅立ちを見送る直前になり、娘を案じるあまり最早過去の威厳の欠片すらも感じられない有様となってしまったサキが、自分も娘達の旅に付いていくなどという子離れの出来ない発言をしてしまったが故だった。


「まぁまぁ、シズカ殿も落ち着いて下され。当時のあの悲劇を傍らで歯噛み見るのみであった我等としては、サキ様のお気持ちは感じ入れようものですから」

「……ふん、童とて結末こそ違えどあの惨劇を看取った者の一人じゃ。それも分からぬではないがのぉ」

「母上、心配かけてごめんね?」


 御先稲荷(オサキトウガ)の長たる者が既に引退をした先代より問答無用で呼び付けられる。しかもその理由が極めて私的なものであるなどと、彼等に付き従う者達への示しの観点からしても本来あってはならない事だ。

 さりとて霞草と瑠璃草の二人にとっても育ての親に等しきサキの要望とあらば、この兄妹がそんなサキの願いに応えぬ筈もない。結果として先に触れた通り、二者二様の態度を示しながらもこうして馳せ参じたという訳だ。


「兎に角です!サキさまが如何にお子である静の身を案じようとも、御先を率いる立場にあった御方が碌に伴も付けず何処とも知れぬ異郷へ赴くなどと。こればかりは賛同出来ません!」

「長きに亘り、我等を率い護って下さったサキ様のご意志です。儂個人としてはそれを尊重したいところなのですが。残念ながら他の天狐三者も、此度ばかりはこの愚妹と意見を同じくしておりましてなぁ」

「うぅ、お前達の言いたい事は分かるんだけどさぁ。伴が必要って言うんだったらほら、シズカもいる事だしね?」

「未だ子離れすら出来ぬ、惰弱な母上の面倒を見るなぞ真っ平御免じゃな」

「むぐっ……」


 それでも女狐らしく往生際の悪さを発揮出来る道を見出そうとするサキではあったが、すかさず横合いより全否定の言葉を投げかけられ言葉に詰まってしまう。しかしながら頭では理解もすれど、子を想い案じる母の暴走は止まらない。不安気に自身を見つめる静へと謎の力強い頷きを返し、次なる手を打つべく口を開く。


 ―――その内容こそが今後の更なる事態へ対する予想外の妙手と成り得た事に思做せる者は未だおらず、それを聞き脱力をしてしまった大半の者の諦観と一人の同意により、サキの次案が実行に移される事となったのだ。






 然るべき手続きを終えた後に薄野山荘を出立したシズカ達は、監視者の管理する純正接続口を経由して、とある世界へと赴いた。そこに広がる光景は―――


「あの、シズカ。ここ、日本なんだけど?」

「うむ、日本じゃな」


 市立運動公園内の某所より入り込み小道を抜けた静の視界には、先程までと変わらぬ光景が広がっていた。まだ見ぬ世界を夢想しつつ意気揚々と足を踏み入れただけに、見覚えのあり過ぎるその光景を目の当たりにして気が抜けた声を上げてしまう。

 どういう事かと振り向いてみれば、そこには狭間の計器を片手に片目を瞑りながら悪戯っぽい表情を作りこちらを見返すシズカの姿。


「日本は日本でも日本『皇国』、童が故郷じゃが……ここも汝等(・・)からしてみれば紛う事無き異界よな」

「……むぅ」

「そうヘソを曲げるでないわ。童とて鏡映しである汝の心情は分からぬでもないが、母上のあの醜態を見せられてしまってはのぉ」


 肩透かしを食らった形となる静がついつい不満気に睨み付けるも、その元凶は悪びれた様子もなく肩を竦めそう返すのみ。それを見て益々むくれてしまう静とその相棒へと傍らで同じく周囲を見回していた最後の同行者が声がける。


「そういう事か。アンタも何だかんだでその辺りは気遣っている訳ね?」

「まぁ、のぉ。勝手を知る部分も多いでな、世界同士の差異を識るにはちと物足りぬやもしれぬが……この世界ならば汝もそれなりに対処は易いじゃろ、瑠璃よ」


 最後の同行者とは、つまるところ娘の身を案じてやきもきしていたサキに代わり、信頼のおける旅の伴として抜擢されてしまったサキの最後の弟子、瑠璃だった。


「何だか代り映えのしない風景で、異界に来た感じがしないんですけどー」

「そこは辛抱せぇ。まずはこの世界で差異というものに慣れ、徐々に新たな地へ足を踏み入れていけば良いじゃろ」

「はいはい、ご馳走様。母娘揃って甘々に過ぎてそろそろ胃もたれしそうだわ」


 まるで子供をあやすかの如きシズカの物言いに対し瑠璃がそう口を挟み、付き合ってられぬとばかりに一足先に通路の外側へと歩き出してしまう。そんな瑠璃に取り残される形となってしまった二人ではあるが……苦笑を浮かべながらも足を踏み出した一方が未だ戸惑いの色を浮かべるもう一方へと手を伸ばし、お道化た仕草で口ずさむ。


「生憎と伴付きに相応しき(おのこ)を揃えるのは手間故に、童がエスコートをしてしんぜよう。ようこそ異界のお姫様、童の生まれ故郷であるこの世界へ。歓迎いたすぞぇ」

「えっと、はい……不束者ですが、宜しくお願い致します?」

「それでは嫁入り台詞じゃのぉ。我等は狐とは言えど今はこの空模様じゃ。そこまで無理に浸れとまでは言わぬがまぁ、気楽に歩みを進めるとしようぞ」


 言われ仰ぎ見れば、そこには通路を覆う木々の合間より優しく注ぐ光の恵み。差し出された掌に静は何処か夢心地で自らのそれを乗せる。触れれば夢が彼方へと去ってしまうかに思えた儚げなその手はしかし、確固たる存在感を持って力強く握り返してきてくれて―――


「――何じゃ、もう息切れしおったのかや。目から汗が流れておるぞ、だらしがないのぉ」

「相方が漢気溢れちゃってるのでしょうがないんですー、せめてわらわのか弱さでバランスを取らないとね」

「くふっ、言ってくれよるわ」


 過去の想い人に誘われ、外の世界への興味に満ちた心の赴くままに故郷を発ったあの日。当時の情景と重なる印象を受けながら、互いに他愛のないやり取りを交わし合う。その心境は当時に勝るとも劣らず心躍り、静は何故だか無性に遣る瀬無い思いを抱えてしまう。

 見れば一足先に外へと出ていた仲間が早く早くと急かしていた。その声に促された二人は共に手を取り歩き出す。こんにちは異界の(くに)よ、今日から暫くお世話になります。


「ちょっとぉ、生産性の無い乳繰り合いは宿を確保してからにしなさいよー!早く早く!」

「承知じゃ、そう急くでない」

「……ふふっ、すぐ行くよっ」


 こうして此度の舞台となる、シズカの故郷である異邦の地球へとやってきた三人。彼の者等の往く先には、果たして何が待ち受けるか。それではここに始まる、霊狐達による異界の旅路を御照覧あれ。






 まずは手始めという事で手近に店を構える知己の下へと赴く事にした一行。狐狗狸さんの一件より瑠璃も馴染みとなった、化け狸の六郎が経営する小洒落たカフェ&レストラン「妖棲荘」だ。


「いらっしゃいませ――おや、皆さんはもしかして……?」


 たとえ自分達との出逢いが無くとも六郎は六郎といったところか。記憶にある笑顔そのままにいつもと変わらぬ穏やかな対応を受け、ついつい三人顔を見合わせ微笑ましい笑みを浮かべてしまう。


「じゃな。一見お断りであれば、他を当たるとするがのぉ」

「いえいえ、こんなご時世ですからね。お客様の選り好みなんぞをしていたら商売成り立ちませんし、ただのお食事でも大歓迎ですよ。ようこそ、妖棲荘へいらっしゃいました」

「では失礼するぞぇ」

「お邪魔しまーす」

「ようやく人心地つけるわね」


 そして窓際のテーブル席へと案内をされたシズカ達は手元に配られた手製のメニューの確認をし、各々定番となっていた好みの料理を注文する。


「……こりゃあ驚いた、裏メニューまでご存じとは。もしかして、誰か常連からここの話をお聞きしていたとか?」

「まぁ、中らずといえども遠からずじゃな。かつては鉄人をも唸らせたという料理、たんと味合わせて貰おうぞ?」

「いやはや、そこまで期待されちゃあ仕様が無い。これは久しぶりに気合を入れて御客人の舌を唸らせないとなりませんね」


 配膳してきた水を置きながらそう言い、上機嫌にカウンターの裏へと戻る六郎。やがて調理音と共に香ばしい匂いが客席の側にまで漂い始めた折となり、ようやく残る二人が口を開いた。


「で、これからどうするのよ?アンタの話じゃあこの世界の御先は当てにならないどころか、下手をすればこちらのサキさまの配下として全員が私達と相対しかねないんでしょう?」

「シズカの本当の母上、かぁ」


 先程の六郎の話しぶりからすれば、恐らくはこちらの世界でも妖怪変化の互助組織に近い何らかの活動は行っている気配を感じられた。更に言えば、昼下がりで一見無人に見える店内より僅かながらに感じる視線と違和感も。

 故に瑠璃は既に本性を隠しもせずに見せ付けながら、敢えて結界を張る事も無く声のみを僅かに抑え御先の名を口にする。面するシズカは本日幾度になるかも知れぬ苦笑を浮かべ、それに答え……ようとしたところで横合いよりの強い殺気を込められ飛来したそれを掴み取る。


「さて、早速じゃが質問タイムといこうぞ――(うぬ)、その命をどう散らせたい?」

「ひっ……」


 礫を止めると同時にシズカはそれが発せられた元へと一足で跳び、隠れていたらしき影の胸座を掴み上げる。人の子で言えば十になるかならぬかといった年の頃か、幼さが色濃く残るその容貌は恐怖に彩られ、されど怯える瞳には僅かに差し込む、見紛い様の無いシズカへ対する怒りの灯。


「その非礼は僕の方から謝罪を。どうか哀れなその子を害すること無きよう、伏して申し上げます」

「……いや、童は別に然りげなつもりではなく。ついその場のノリというかじゃな?」

「びぇぇええええっ!」


 言葉通りに床へ伏す六郎に、その横では子供特有の甲高い鳴き声を上げる童子の姿。まるで自身が借金の取り立てにでも回ってしまったかな錯覚を受けたシズカは、これはやってしまったと心の裡で頭を抱えてしまう。


「シズカ、そんな幼気な子供まで脅すのは酷いと思う」

「ここに入る前にこちらの六郎から協力を仰げる様、細心の注意を払った言動を心掛けよ!なんて釘を刺してきた奴の言動とはとても思えないわね。アンタ、ヤクザ紛いにただ飯でも喰らいに来た訳?」

「む、むむ……六郎殿っ、どうか頭を上げてくだされ!このままでは、童の仲間内での立場に重大な不都合が生じてしまうのじゃ!」

「は、はぁ……?」


 それからというもの、畏れ多いとばかりに付し続ける六郎へと遂にはシズカの方が泣きを入れ、暫しの時を土下座合戦で過ごした後にようやく互いの誤解が解ける事となる。その傍らでは調理中に料理を投げ出してしまった六郎に代わり、手持ち無沙汰となっていた静が瑠璃を助手に付けながら全員分の賄いをちゃっかり作っていたのも、概ね平和な店内の顕れというものではあろう。


 ・

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「それは何とも不可思議なお話ではありますが、皆さんはこちらの御先のお役目には付いていないという事ですか?」

「うむ。童とした事が久方ぶりの我が故郷に戻り、少々舞い上がっておった様じゃ。許せよ」

「口調」

「……許してたもれ」


 長年取り続けてきた不遜な態度が即座に直せる筈もなし。ついつい出てしまった尊大な物言いへ対し即座に横の同輩により礼儀を弁えろとばかりの短くも手厳しい突っ込みを入れられ、歯噛みながらも弱々しく言い直す羽目となってしまう。そんなシズカのしょげっぷりを目の当たりにしてようやく気を楽にしたらしき六郎もまた、弱々しい笑い声を上げていた。


「ハハ、いや成程。そういう事でしたら安心ですね。ここ数十年で御先稲荷(オサキトウガ)の方々は急速に勢力を強め、今や平安の全盛期を凌ぐとまで噂される程でありまして。我等妖怪変化達は日々人間と御先の方々の影響を受け活発となったモノ達、その二つの勢力の狭間で戦々兢々とした日々を送っているのですよ」

「……何じゃと?」

「馬鹿なっ!?有り得ない!」


 シズカの弁明に六郎が安堵の息を吐いたのも束の間。今度は耳を疑うこの世界の現状を聞き、正規のお役目に身を置いていた者達の驚愕の声が上がってしまう。


 御先稲荷は古来より豊穣の象徴としての狐へ対する信仰に始まった、神霊と人との橋渡しを発端としたお役目だ。

 霊狐達が個々の神格を持ち始めた遠き昔より小競り合いの類こそ多々ありはしたものの、導くモノとしてのお役目柄、人との全面対決などは有り得ない事。であればこそ愛娘を人に殺されたにも等しき当時の惨劇に向かい合おうとも、その後のサキは人へ対し私怨を抱く事が出来ずに緩慢な失望の日々を送ってしまったのだ。

 志半ばで御先のお役目より離れた静でさえ知る話。故に現代に至るまでその在り方を実践し続け、天狐の位階にまで上り詰めた二人の驚愕は計り知れないものとなっていた。

 だがしかし、と揺れる心の片隅でシズカは思い返す。過去にここ数百年で世界に呑まれた実の母の変容を目の当たりにした失望より袂を分かってしまったシズカには、あるいはと思える素地もまた、出来上がっていたのだ。


「ともあれ、そうじゃな……まずは六郎殿、汝との交渉から進めていく事としようぞ」

「交渉、ですか?」

「うん、そうだね。それにそろそろご飯、食べないと冷めちゃうよ?」

「アンタ、こんな時にどこまでも暢気ねぇ……」


 その声にシズカがふと横を見れば、その視線の先では先程シズカの恫喝に打ち震えていた妖の子供が静の膝の上に行儀良くお座りをし、満面の笑みを浮かべながら餌付けをされていた。それを見た残る三人の顔もその温かみのある情景に思わず頬が緩まり、まずは昼下がりの食事にする事で意見の一致を見た様だ。然る後に揃って席に付き、短き親交の時を過ごしたのだった。

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