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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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閑話⑲ 兵共が夢の跡

 そこは、一部の研究者達よりアルカディアと呼ばれる世界―――


 その世界を旅するとある冒険者パーティに所属する、仲間達からはピノと呼ばれる少女が居る。

 ピノは人類に分類される中では異端とも言えよう自然の顕れと噂される妖精族、その中でも精霊力が高く同時に比較的内向きで穏健な傾向にあるフェアリー族を出自とする……筈なのだが。


「だからピコは無害だって言ってんでしょーが!お前等どんだけヘタレなんだよ!」

「な……だ、誰がヘタレだ俺達はあくまで民の安心と安寧の為に義務として、そこのゴルディループスの危険性を説いているだけだっ」

「それって結局、自分達が怖いからピコを遠ざけたいって言ってるだけじゃないか!そんなに怖いんだったら警邏なんかやってないで、おうちに帰って震えながら怖いよ~ってママのおっぱいでも吸ってれば~?」

「こっ、この毒舌娘が……」


 このやりとりに見られる通り、現在進行形で見境無しに警邏隊の面々にまで喧嘩を売る程度には強気で、図太く、そして短気かつ生意気という、フェアリー族とは対照的にお騒がせ者として有名なピクシー族も斯くやと思わせる程のお子様だ。諸事情により耳長族(エルフ)、もしくはそのハーフとしか見えない外見も相まって、実情を知るごく少数を除けば表向きこの帝都内ではハーフエルフの少女として認識をされていた。


「ええい。帝都の治安維持を主とする我等警邏隊にそこまでの暴言を吐くとは、このまましょっぴかれても文句は言えないのだぞっ!」

「上等!ピコはニンジン嫌いで最近ボクに意見してきたりとちょっと生意気になったけど、これでもボクの可愛い弟分なんだ。それをしょっぴこうってなら、この場で全員ぶっ潰してやんよ!」

「待てお前、この帝都のど真ん中で何いきなり戦闘態勢に入っているんだっ!?本気でテロリスト扱いをされたいのか!」

「わふぅ……」


 既に一触即発とも言えよう状況の横では『僕、今みたいに常識的に自重すべき部分は自重した方が良いって言ってるだけなんだけどなぁ。あと、別にニンジンなんか食べなくても世界は平穏無事に回っていくし』とでも言いたげな金色の体毛に覆われた狼によるやる気のなさげな鳴き声が上がっていたりもするが、それはさておきだ。

 ただの職質に始まったやり取りより転じて、場には俄かに緊張感が漂ってしまう。当初こそピコを警戒してやまない警邏隊ではあったものの、ピコが呆れた風に地に伏せそっぽを向いて狸寝入りを始めた時点でより現実的な脅威を感じた荒ぶるピノの側へと向き直り、一斉に警戒体勢へと入る。


「へぇ。即時の対応を取れる辺りはさすが、軍事国家の首都を護る隊なだけはあるって感じ?ま、ヘイホーのリチャードに鍛えられた生え抜き連中程じゃあないけどね」


 だが、一方のピノの態度からは未だ余裕というものが表れていた。お前達程度ならば自分一人で充分だ――言外にそんな意味を含んだ挑発を受け、警邏の兵達はぎりと歯を軋らせる。


「さっきあれだけピコに対して酷い事を言ったお前達に、容赦する気はないからね。それじゃあ覚悟は……きゅっ!?」


 そして警邏隊に対する私刑執行宣言を口にしかけたピノの、その首元に突如として喪神の蛇が絡みつく。不意の動揺に混乱をしたピノはじたばたともがき始めるも、背後より全身を抑えこまれた華奢な身体ではまともな抵抗もままならず、やがてその凶行の前に力無く四肢を弛緩させてしまった。然る後に微妙な顔付きで自らを見上げるピコの背に手早く取り出したザイルにより蓑虫状態と化したピノを括り付け、凶行を為した若者は振り向きざまに声を張り上げる。


「この度は、誠に失礼仕りやしたぁっ!平に、平にご容赦を~~~!」

「……えぇと、何だ?」


 目の前で突如起こった惨事の様な珍事に警邏隊の面々の思考は停止してしまい、今も声を張り上げ直角に上半身を折り不動の姿勢で謝罪の言葉を口にする若者を、ただただ呆然と見守るのみであった。


「こちら、帝国外務省より頂いたピコの血統書付き御免状、それと冒険者ギルド帝都支部より出された受注活動許可証っす!この馬鹿には俺からきつく言って聞かせとくんで、今回ばかりは勘弁してつかぁさいっ!」

「む……そ、そういう事情ならば仕方が無いな。アトフ外務相殿直々のサインもあるようだし、そこのアルカディアン・マスティフだったか?それについては不問としよう。君、その子にはしっかりと注意しておいてくれよ?」

「へへぇ!有り難き幸せ!」


 状況に付いていけぬままに若者より書状を受け取り内容を確認した警邏隊の隊長は、まるで狐につままれたかの表情を形作りながらそれでも警邏職としての職務を果たす事にしたらしい。

 やがて警邏隊の面々を見送り周囲を取り巻いていた野次馬達も去っていった頃になり、若者――頼太は徐に振り返り、蓑虫の頭頂部をぐりぐりと刺激し始める。


「……ボクみたいなか弱い女の子をいきなり絞め落とそうとするって、どうなのさ」

「むしろ引き際を作ってやった事に感謝しろっつの」


 ピコの背中に括り付けられたままに恨めしげとでも言えよう様子で口を開くピノ、対してその非難を気に病む様子すら見せない頼太との会話からすれば、先程の締め落としは半ば演技であったらしい事実が窺える。


「チミは自分が人目に付く場所で取る行動によって住民達が受ける心象、それと依頼受注への関連性というものを自覚しているのかね?」

「ぐっ……ら、頼太だってこの前の騒動じゃ後先考えずに動いてたじゃない!」

「反省すべき点はあってもありゃ、緊急的事態だったからな。それにきっちりと次へ繋がる終わり方をしたから良いんだよ。それに引き換えお前の場合はどうよ。さっきのやり取りをあのまま続けていたとして、ちょっとでも生産性があったのか?」

「ぬぎぎ……」


 どうやらピノ自身も弟分の不遇を目の当たりにした結果、感情の赴くままに衝動的な行動を取ってしまった自覚はある様子。悔しげな表情を滲ませながらもそれ以上の反論をする事はなく、ピコの背に括り付けられたままに隣を歩く頼太と憎まれ口を叩き合い、通りの奥へと消えていった。

 こうして起こり得たかもしれない日常的な一つの被害は未然に防がれる事となる。しかし―――


『――ご主人、自分達を呼び出しておいて解除するのすっかり忘れてるですね』

『しかもあの子の場合、他の精霊遣いと違って一過程ごとにアタシ達の存在を固定させちゃうものだから、供与された精霊力が尽きるまでの間はこの形で存在し続けなきゃいけないのよね』

『クケケッ、それならそれでオイラは好きにやらせてもらうけどなっ。まずはそこらを歩いてる人間達の足を引っかけまくって落とし穴(スネアー)祭りだーい!』


 等々と、よりにもよって警邏兵達への恐喝用である『彩光制裁(フレアサンクション)』の準備段階で出されていた待機命令の解除を忘れたピノのうっかりにより、各種精霊達が放置状態となってしまったのだ。

 通常この様な凡ミスをやらかしてしまった場合、精霊達が精霊遣いの支配下でその形を維持し続けるのは難しい。しかし、異界の知識を基にしてピノが組み立てた新たなる自然現象制御技術により一つ一つの過程こそ詳細に分化し煩雑となってしまったものの、引き換えに得た驚異的なまでのコストパフォーマンスには目の瞠るものがあった。そして前述の通り、凡ミスに対するセキュリティの強固さも凄まじいレベルにまで引き上げられていたのだ。

 これによりピノの精霊達へ対する命令強制力は並の精霊遣いの比ではなく「次の合図をするまで存在しておけ」という過程の段階で止まった単純な命令がはるかに上回る状態。結果として他の精霊遣いからの干渉を物ともしない、フリーな精霊達が野放しになってしまったのだった。


「あぁお前達、こんな所に居たのね」

『お、ライコの姐さんじゃないっすか。やっぱご主人、度忘れしてました?』


 そんな混沌としかけた現場に姿を見せたのは夏の一件によりピノの旅路へと同伴してきた雷精、ライコだった。


「えぇ、ピノさんったらもうお仲間との口喧嘩に夢中になっちゃって、私の言葉も聞いてくれないから勝手に探しにきちゃったわ」

『ちぇ~せっかく脱走出来るかとおもったのにぃ』

『くそー!せめて一人位は足を引っかけたかったー』


 雷精ライコ。元は雷様の一族として日本で活動をしていたが、諸事情により今現在ピノ個人に憑く形で電磁波反響による広域探査補助や複合魔法発動時の精霊達の統括等々、日々ピノの助手的役割をこなしている。ピノと正式な専属契約を交わしている訳ではないからこそ平時はこうして自由に出歩けるライコだが、未だ憑いて回っている辺りを見てもまだまだピノと袂を分かつ気は無いらしい。偶に先日の『電磁加速砲(マグネティックランチャー)』の様な大仕事などにも恵まれ、それなりに刺激に満ちた日々を送れているので本人としては案外こんな生活も悪くない、といったところか。


 話を戻そう。悪戯者の地精や気まぐれな風精が早速不満をぶーたれる中、ライコはいつもの事だとばかりに後輩達へと諭し始める。


「ピノさんの居ない所で勝手にそんな事をしたら、次に喚ばれた時に減給間違いなしよ?ピノさんったら精霊力管理(マネジメント)に関しては驚く程に厳しいんだから」

『『うぐぅ~』』

「元気出しなさいって。それじゃあ皆、帰るわよ~」

『『『はーい!』』』


 その姿は最早幼稚園児達を引き連れる引率の先生の如く。ピノの使役する精霊達の纏め役であり分類としては上級精霊に入るライコが来た事により、こうして精霊達の脱走劇は未遂に終わるのだった。






 時刻は流れ翌日未明。昼の間に召喚された精霊達はと言えば……未だ元気一杯に存在し続けていた。


『姐さぁ~ん、ウチらまだ星幽界(アストラル・プレイン)に戻れないんですけどぉ』

『ボボボッ、ワシの炎もまだまだ燃え盛ってますじゃ。その気になればこの借宿を丸々焼き尽くせそうですぞ』

「そういえばお前達、あの大技用に喚ばれたんだものね……そりゃすぐに精霊力が尽きる訳も無いか」


 そんな水精と火精より上げられた報告に、ライコは納得した表情を見せながらもどうしたものかと思い悩む。四精霊の中では比較的落ち着いているこの二者ですらただ在るのみという退屈な在り方に辟易としているのであれば、落ち着きのない残る二者については言わずもがなというものだろう。現に頭を抱えるライコの目の前には、片や借宿に住む人間達にちょっかいをかけようとしたところを犬パンチで取り押さえられてしまった地精、片や謎の槍の防犯機能である風障壁に対抗しようとして精根尽き果ててしまった風精の二人が床に転がっていたりする。


「ピコ君、ご苦労様。この子達ったら本当、落ち着きが無くて困るわ……」

『しょうがないよ。ライコお姉さんと違って確固たる神格を持っていない精霊達は、自然の有り様にその性格が引きずられちゃうものだってピノも言ってたし』

「そうなのよねぇ」


 地精を咥え精霊達の溜まり場へと配送してきたピコへねぎらいの言葉をかけた後、ライコは改めて集合した精霊達の顔ぶれを見回してみる。

 元は『彩光制裁(フレアサンクション)』という、七大属性の集大成たる複雑怪奇な上級魔法を実行するべく喚ばれた精霊達。先の四者の他、光のほぼ消えた夜であるが故に同じくすやすやと眠りについてしまっている光精、そしてそんな双子の片割れである光精を背負いながら漲る様子で謎の演武を披露している闇精、その横では呆けた様子で何を考えているのだかよく分からない月の精と、これまた自然の体現足る有様を見せ付けてくれていたのだった。


「ピノさん、あの後皆と夜遅くまで外務省で会議に参加していてさっき寝たばっかりなのよね。無理に起こすのも可哀想だし、どうしたものかしら」

『ピノの事だし、今起こされたら絶対不貞腐れて碌な事をしでかさないと思うよ』

「何だかんだでまだまだあの子もお子様だものね~」


 ピノをよく知る二人の言葉に場に居並ぶ精霊達は思い思いの表情を浮かべるも、そこは使役されるべく存在する精霊達。特に自発的な良い考えが浮かぶ筈もなく、すぐに飽きがきて雑談大会となってしまう。


『おや?何やら面白そうな話をしているでありますね。小生も混ぜて欲しいのであります!』

『や、ミチルお疲れ様。遺棄地域の状況はどうだった?』


 場が雑談の様相を呈し俄かに賑やかとなってきた頃になり、昼間の一件の後にピノとは別行動を取っていた頼太の愛犬である狗神のミチルがやってきた。


『本日の見廻りも恙なく完了したであります。幾許かは浮遊霊や元からの地縛霊なぞもおりましたが、以前の様なDOKUDOKU★死霊ぱにっくの如き状態はもうありませんですな』

「あの区画も以前こそ恐ろしかったけれど、今はもうすっかり落ち着いたものね」


 無貌の女神を発端としてこの帝都を覆い尽くさんと広がり続けていた死の領域の問題は、先日の一件で発生源を絶った事により既に解決済だ。ミチルは不始末の罰として見廻りを課せられた自らの主人に付き従い、ここ数日毎晩の様に遺棄地域へと赴いていたのだ。


『そういえばミチル、君ってよく頼太の中に居たりするけどさ。近頃引っ越してきたあのひと……大丈夫なの?』


 ふと無貌の女神繋がりで思い出したのか、ピコが声のトーンを一段階下げながらそう問いかける。その態度は心なし何かに怯えている風で、今も周りに頭を巡らしながら言葉にするのも憚られるといった様子。


『リセリー殿でありますか。最初は小生も恐怖でちろっとご主人の中に粗相をしてしまいましたが、あのお方は基本的に幽世の側から干渉してきているだけでありますからな~。以前にご主人が完全憑依をされた際にもこっそりと自分の粗相までお掃除してくれましたし、何だかんだで自分を圧迫しない様に気を使ってくれるでありますよ』

「へぇ~。元天使の女神様っていうからもっと傲慢な怖いひとかと想像してたけど、予想外ね」

『いつも頼太を脅して遊んでるイメージがあったし、この前なんか世界を滅ぼしかねない様な感じだったけどなぁ。人は見た目に依らないものだね』


 ミチルの言葉へと興味深げにそう返し、ライコとピコはほっと胸を撫で下ろす。ここ数日規格外の存在の気配に晒され続けていた二人としては、これでようやく枕を高くして寝れようといったところだった。


『ですです。今もほら、皆さんの後ろで愉しげにお話を聞いているでありますし』

『『……え?』』


 言われ、そうあっては欲しくないという僅かな願望と、きっと現実はそんなに甘くないのだろうなといった圧倒的な諦観が混ざった心境で振り向いた二人の視界には―――


「はぁい♪話題の女神様でーす」


 先の自身へ対する若干悲観的とも言える感想を聞いて尚、にっこにこといった擬音が似合いそうな愉しげな笑みを浮かべる、リセリーの姿があった。

 ついでに言うと、現身として姿を現した影響で周囲の精霊達がひっくり返って泡を吹いていたり、こうして笑顔を向けてくるリセリーの表情にどこか不安定な怒りの顕れが見える気がしてライコもピコもこの場から逃げ出したくて堪らない気分になっていたりもするが、きっと後の祭りというものではあろう。


「なーんてね、お前達には特に思う所などは無いから楽にしなさいな――それじゃあお邪魔虫なワタシは、この辺りでお暇させてもらいましょうか」

「は、はい。お疲れ様です……」

『リセリー殿、お休みなさいませ!』


 突発的な天災の如く現れたリセリーは、そう言って出現時と同じく何の先触れもなく一同の前より姿を消し去った。場に残るは死屍累々と化した精霊達の狂騒が跡ばかり。


『……もしかしてあのひと、わざわざ挨拶しにきてくれただけ?』

『ですな。結構気の良いお方なのでありますです』

「あー怖かった。大神さまの時もそうだったけど、いち精霊の身で神霊たるお方と面するのはやっぱり疲れるものだわ~」


 この通り三者三様の感想を漏らしてはいたものの、今宵の邂逅はここまでといったところか。気付けば床に転がっていた精霊達も明滅を始めているのが見える。どうやら供給されていた精霊力も先程のリセリーとの遭遇の衝撃で随分と消費されたらしく、制限時間がきたようだ。


「ほらお前達、そろそろ星幽界(アストラル・プレイン)に戻る時間みたいよ。忘れ物とかない様にちゃんと確認しなさいね?」

『はぁ~い』

『あぅぅ……疲れたよぉ』

『結局一人も転ばせられなかったー!』


 口々にそんな事を言いながら帰り支度を整える精霊達。やがて最後の精霊力が尽きた精霊達は明滅を終え、物質界(マテリアル・プレイン)より消え去った。


「ふぅ、これで私もようやく休めるわ……」

『お疲れ様、ライコお姉さん』


 最後に星幽界(アストラル・プレイン)へと繋がった接続口の戸締りを確認した後、一息を吐いたライコへとピコのねぎらいの言葉がかけられる。今の作業でライコの今日のお仕事も完了したらしい。


『それでは小生もそろそろご主人の元に戻りますぞ』

『僕も、おやすみー』

「二人ともお休みなさい。ふぁぁ……あたしも寝ようっと」


 こうして人ならざる者達による会合は終わる事となる。人ならざる者達にも形は違えどそれぞれに日々の生活があり、人知れず苦労や感動などをしていたりするものなのだ。そんな彼等の明日へとささやかながら祝福の祈りを捧げ、今宵の幕を閉じさせてもらうとしよう―――

 今章本編ラストの後日談的な、使役される側のだらだら話でした。

 次回、駄狐サイドのお話。早ければ三日後辺りにー。

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