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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第208話 其は愛憎両価する無貌の女神

 後書き部分に、今後の予定を書いておきます。本編をお楽しみの後に、気が向いた時にでもどぞヨロシクm(_ _)m

 再び俺が目覚めたその時には既に遺棄地域での作戦は終了していたらしい。見覚えのある借宿部屋の寝台で目覚めた後、あれから三日程が経過していたのを聞かされる事となる。

 あまりの激情に身を任せてしまった反動だろうか。目覚めた後の俺の心は思ったよりも凪いでおり、涙の一筋すら流れる事もない。そんな心境のままに心の裡であいつへと呼びかけてみるが……やはり、応じる声は響いてはこなかった。


「あの後、頼太さんの興味がありそうな伝承を私の方でも見繕ってみました。お話、聞きますか?」

「……えぇ、お願いします」


 唐突な別れを付きつけられたその現実に若干気落ちをしつつも、遠慮がちに声をかけてくるミーアさんの問いかけに素直にそう頷く。俺が興味のある伝承という事はつまり―――


「――では、お話しましょう。私達の属するインガシオ軍事帝国、その前身となった王国の末路。そして、それに伴う無貌の女神の伝承の変遷を」




 その存在は、長きに亘りこの土地にて奉じられ続けていた。曰く、天上の使徒(セレスティ)――俗に語られる天使といった存在だ。遥かな過去に起きたと伝えられる三界大戦の神話。その際に天へと至った人類の手により堕とされた天使達は、地の底で魔の色を宿し堕天使と化す。ここまでは有名な御伽噺であり、皆も知るところではあろう。

 しかし、この帝都を含む帝国領内の狭い一帯にのみ伝わる、知られざる神話の続きがある。それは、地に堕ちた天使の一柱を祈りで奉じ、災い転じて除疫神と化す当時の民の信仰だった。

 その存在の人類へ対する怒りは正当なもの。それを知りつつもなお当時の人類はその存在を崇め奉り、またその存在も祈りに応じたか、この土地には数々の加護が舞い降りたのだという。

 だが、長きに亘る安寧の時間は突如として終わりを迎える事となる。帝国の前身であるそれなりに繁栄していた一つの王国は、ある地方領主の利己的な悪意を発端とし、一国全土が凍り付いてしまった。この地域に広く語られる、フェンリスヴォルフの伝承だ。




「頼太さんもご存じの通り、フェンリスヴォルフの凶行により、この地の歴史は一度絶たれてしまいました。数年後に凍り付いた土地が解け始めたのを切っ掛けとして、そこに難を逃れた者達が新たな国を創りそれが現在の帝国の礎となったと言われておりますが、それはさておきと致しましょう」

「つまり、その時点で堕ちたる者の存在を識る者が途絶えてしまった、と?」

「民話レベルではそれでも多少は伝わっていた様ですが、あの地下祭壇の内情を知る者は全滅してしまったのでしょうね。遺された文献によれば当時あの場所には無貌の女神を祀る、巨大な神殿が建てられていたそうですよ」


 ミーアさんはそう言って話を終える。その後考え込む俺の様子を覗き込むも、特にそれ以上を語るつもりもないらしくそれっきり口を閉ざし俺の反応を待ってくれていた。

 ここからは想像でしかないが……フェンリスヴォルフにより無貌の女神信仰もまた絶たれてしまい、あの機構の維持をしていた者達が居なくなった。その結果、徐々に何らかの歪みが発生してしまったのではなかろうか?


「えぇ、私もそう思います。そして数年前に、遂にその歪みが表へと顕れ――」

「今に至る、という訳ですか」


 俺の繋いだ言葉にミーアさんは静かな頷きを返す。未だ感傷に浸りたい気持ちはあるものの、これで最後の謎は解けた。となればだ。あの時僅かなりとも俺の心へと映し出された無貌の女神(セレスティ)の想いを確かめるべく、俺の為すべき事をするだけだ。


「あの、ミーアさん。ちょっと俺、暫く帝都を留守に出来ないかなーなんて思うのですが」

「皆さん、怒ってますよ」

「う……」


 それは、そうだな。俺はあの時ボルドォ代行の介入で解決した筈の案件を蒸し返し、あまつさえ一国どころか人類全体を危機に晒しかねない切っ掛けを作ってしまったのだから。仲間の面々だってあの時ある程度は事情を聞いていたとはいえ、今回は流石に秤に掛けるものの重さに差があり過ぎる。


「……今回ばかりは、見切りを付けられちまったかな」

「それは、ドアの外で聞き耳を立てている皆さんに直接聞いてみたらどうでしょう」

「えっ」


 言われ部屋の入り口の側を見れば僅かな逡巡の気配の後にドアが開き、そこから室内へとぞろぞろと立ち入る四人の姿があった。皆どこか気まずげな、それでいて遣る瀬無さといった憤りの感情を顔に張り付けている。

 そして真っ先に俺の前へと歩いてきた出雲が手近の椅子を寝台の脇へ前後逆に立て付け、殊更に物音を立てながらそこに座り俺を睨み付けてきた。


「――で、この不始末をどうしてくれる?」

「……悪い。言い訳の余地も無く後先考えずに突っ走って下手打った俺に、全責任があると思う」


 俺の言葉に他の面子はやはり何かを言いたそうにはしていたが、ここは出雲に任せる事に決めていたらしい。不貞腐れた様子で椅子の背の上にて腕を組み、そこに顎を乗せながら胡乱な目付きでこちらを睨む出雲と俺を思い思いの視線を込めて見比べるに留まっていた。


「ふんっ。お前の向こう見ずは今更ではあるがな、余が聞きたいのは責任の所在などというさもしい話ではない。この不始末で起こった問題に対して、お前はこの後どう動くのかと言っておるのだ!」


 あぁ、そういう事か。今この場で即刻解雇を申し渡されてもおかしくなかった俺の失態に、挽回の機会をくれると言うんだな。ならば俺もその配慮に応えるべく、感謝を込めて今の考えを包み隠さず伝えるとしよう。


 ・

 ・

 ・

 ・


「――と、いう訳だ」

「……今回ばかりは呆れて物が言えんな。そんな甘い見通しで、本当にどうにかなるとでも考えておるのか。相手は伝説に謳われる、天上の使徒なのだぞ?」

「出雲のことだからどうせ、ここ三日間ずっと帝国周辺に斥候を出してはいるんだろう?何かしらの被害が出た報告は、あったのか?」

「ふんっ……」


 俺の問いかけに、向き合う出雲は白けた様子でそっぽを向いて返すのみ。どうやらこの反応からすれば、あいつは未だ動きを見せてはいないらしい。予感としてはそうではないかといったものがありはしたが、これで確証が持てた。やはり俺は、あの始まりの地へと赴くべきなのだろう。


「だけどな、結果はどうなるか分からない。それにこの前の様に最悪の事態に繋がりかねない可能性もある。その前提の上でお願いするが、皆、一緒に来てくれないか?」


 そうと決めた俺は、次は出雲の後ろに控える扶祢達へ視線を巡らせ、そう問うた。


「普通さ。こういう場面では自分一人で行く、って言うと思うんだけど」

「仕方がないよね。頼太だし」

「戻ってきたら、そのヘタレ根性を叩き直すべく特別メニューを組んでやっからな?」


 うん、いつもの呆れ顔を向けてきながらも皆、不承不承といった感じではあったが一定の理解は得られたらしい。この期に及んで何を今さらと言われるかもしれないが、俺はそんな死亡フラグを踏む気はさらさら無いんでね。一歩間違えれば即全滅の憂き目に遭う可能性は否めないが、やはり俺としてはこのやり方しか出来ないからな。それに、恐らくだが現時点で全く動きが無い事を考えても、あいつだって心のどこかでは―――


「――余の馬車を貸してやる。大事の前の小事だ、よもやこんなところで躓くなどとは言わんだろうな?」


 そこに俺達のやり取りを見守っていた出雲がそんな言葉をかけてくる。この問題を小事と断じるか、出雲らしいと言えばらしいが……そうだな、アトフさんとの共闘の件もあるし、何としてでも戻ってこないとな。


「あぁ、任せろ!」

「ふん、余は配下の者には寛大だからなっ。とはいえ外交上そう日数を開ける訳にもいかん。外務相殿との調整をしたとて、精々が期限は七日といったところだろうなっ」


 七日か。帝都からあの遺跡までの道中は片道三日程を要するからな、あいつとの対峙にどれ程の時間がかかるかは分からないが、ぎりぎりではあるか。


「じゃあ急かす様で済まないけど、今から出発といこうか」

「しまらねぇなオイ。今回はお前ぇが船頭役なんだからもっと気の聞いた言葉の一つでもかけやがれ」


 む、それもそうだな。俺が引率役として誰かを率いる姿を想像し、それに見合うであろう言葉を考えてみる。


「良しっ、それじゃあ皆。俺について来いっ!」

「「……ええ~」」

「流石にあれだけの不始末をやらかしておいて、その言い方はねぇんじゃねぇか?」

「じゃあどうすりゃ良いってのよ!?」


 しかしそこに即刻駄目出しを喰らってしまう。まだまだこういった心の機微には上手い事対応出来ねぇなぁ。

 ともあれこうして俺達は帝都を発ち、全ての発端となる元『堕ちたる者の棺』の存在した跡地へと出発したのだった。






 既に一帯が冬模様となり始めた荒野と山脈の境に、その遺跡址はあった。

 約十日ぶりとなる遺跡址周辺の地上には当時の激戦の傷跡が生々しく残り、その中心には当時を彷彿とさせる威容を湛えた鎧姿の白亜の巨像が静かに立ちはだかっている。

 そして――その足元には地の底へと繋がっているであろう奈落の穴がぽっかりと口を開けていた。てっきり完全に入り口が封鎖されていると思ったんだけどな。まぁ良い、それならそれで遠慮なくお邪魔させてもらうとしようか。

 俺達は互いの顔を見合わせた後、巨像の足元に馬を繋ぎ、地底への道に足を踏み入れる。さぁ、ここからが本番だ。


 ・

 ・

 ・

 ・


「――全員で来たという事はつまり、このワタシをどうにか出来る。そう思い上がったという訳か」


 ここに至っては当時の如き雰囲気を出す素振りすら見られず、最深層の玄室へと立ち入ったと同時に今や懐かしいとも思える声をかけられる。貌は白亜の仮面に覆われて見える事叶わず、玄室の中央に独り佇むその姿。無貌の顕れという事か。


「あぁ。アンタを相手にする分には、わざわざ悲壮な覚悟なんてものを胸にする必要なんざ感じないからな」

「小虫風情の分際で嘗めてくれたものだ――僅かながらも共に在ったよしみで得物を抜く時間程度は与えてやる。無貌の女神(セレスティ)として畏れられ、人間風情に今日まで利用され続けたこのワタシの憎悪……その身に刻み、我が絶望の深さを思い知れ!」

「分かった。じゃあ皆、頼む」


 口調までもを変貌させ猛るリセリー、否、今や完全なる復活を果たした無貌の女神(セレスティ)はその激情を俺達へと打ち付ける。それを受けた俺達は、俺の呼びかけに応じ各々が壁際へと下がり―――


「――何のつもりだ?」

「つもりもなにも、こいつ等は俺の我儘に付き合ってくれただけさ。命が吹き飛ぶ危険に身を晒してまでな」

「………」


 俺の挑発とも言えようその態度に、無貌の女神の怒りは更に深まる。が、同時にその様子からは僅かな疑念が浮かんだ気配をも察する事が出来た。


「三つ」


 そんな無貌の女神(セレスティ)の前へと立てられる俺の指。対する無貌の女神(セレスティ)は心なし動揺を受けたかの様子で僅かに身じろぎをする。


「アンタを説得する為の案を用意した。それで駄目なら仕方がない、少なくとも俺は、大人しくアンタに魂とやらを喰われてやるとするさ」

「説得、だと……この期に及んで、説得だと!?」

「あぁそうだ。アンタの想像しているものとは幾分、趣向が変わるかもしれないがな」


 俺の言葉に激昂する無貌の女神(セレスティ)。だが俺は、それに構わず話を続ける。まずは親指を折り、一つ目の提案を持ちかけるとしよう。


「まずは正攻法で行かせてもらうか。今のアンタはリセリーをベースとして無貌の女神(セレスティ)がその内へと還り、太古の憎悪がぶり返した状態。これに間違いはないな?」

「そうだ。この憎悪に火照った身体はともすれば、この世界の人間全てを引き裂いても収まらぬ。今こうしてお前と会話をしているだけでも、いつ抑えが利かなくなるか分からないんだ」

「そっか、そりゃ済まなかったな。じゃあ次の案、行くか」


 そこであっさりと提案を翻す俺に、緊張の糸が二、三本纏めてぶつ切りになった様な気がしなくもない。玄室中央で俺を遠ざけていた無貌の女神(セレスティ)はつかつかと大股に部屋を横切り、いきなり俺の胸倉を掴んで震える声で問い詰めてくる。


「お前、本当にどういうつもりよ?」

「いやさ。このままの状態でそれでも戻ってきて貰えないかなと思ったけど、その様子を見る感じどうにも無理そうじゃん?怒りの衝動を抑えるのも辛い状態なんだろ?だったらそれを考慮に入れてさっさと次いこうかなーとな」


 一応これでも大真面目にそう考え言ったつもりなのだが。無貌の女神(セレスティ)は俺の胸倉を掴んだままに憤り極まるといった状態で俯き加減にその身体を震わせ、背後の壁の側からはやはり複数の嘆息の気配。ま、まぁ落ち着け。まだ本気を出す時間じゃあない。


「……次だ、言ってみろ」

「お、おうっ」


 それでもどうにか怒りの爆発を堪えてくれたらしき無貌の女神(セレスティ)に対し、中指を折り次の案を提案する。


「アンタは前に言ったよな。自分が怒りの対象としたのは、あくまでこの世界の人間だと。この世界の人間ではない俺となら、まだ上手くやっていけるとは思わないか?」

「あの日お前と出逢ってから、この言葉を何度口にしたことか……お前は、莫迦か?お前とあの娘はともかくとして、残る仲間の面々はどこの世界に属している?」

「う。憎悪に飲まれ、怒りに猛っている割には随分と冷静な返しじゃないっすか……」

「当然だ。考える事すら出来ぬ獣にまで、ワタシは堕ちたつもりはない」


 ぬぐぐ、至極まっとうにばっさりと斬られちまった。何だかんだで中身はしっかりとリセリーしてるじゃねぇかよ、このひと。

 あっさりと二つの提案を論破され、少々気まずげな空気が漂う中で俺と無貌の女神(セレスティ)との対峙は続く。


「さぁ、最後の一つはなんだ?それまでワタシを失望させる様な事があれば、その時こそお前の魂はワタシの物となるからな」

「まぁ、それならそれでアンタと一緒に居られる訳だから別に構わないんだけどな」

「~~~ッ。い、いいからさっさと言えッ!」

「はヒッ!?」


 半ば恫喝に近くなってきた無貌の女神(セレスティ)の促し方に腰が若干引けつつも、内心ではある種の疑念が確信へと変わっていく。

 ここ最近、自らに課している事がある。それは観察と考証だ。

 元は三つの世界(トリス・ムンドゥス)の一件より一つの価値観が絶対な物ではないという事を学び、そして深海市での魑魅騒ぎの後にシズカにも忠告された事だ。あの時は魔という言葉を挙げて説かれたが、それは何も魔に限った事ではない。ある日突然に自らの性質が変わってしまおうとも、俺は俺というのもまた然り。それは延いては俺だけではなく、皆に通ずる事ではなかろうか。

 記憶に新しいところでは、扶祢と黒扶祢の関係がそれに当たるだろう。表向きの態度の違いはあれど、当時のリセリー曰く内面としては同一の存在。つまり、今こうして目の前で憎悪に飲まれてしまった無貌の女神(セレスティ)を演じているこいつも、実のところ中身としてはそう変わらないのではないか、と思うに至ったんだ。

 そういった目で見てみればやはり、言葉や態度の端々に映る過去のやり取りを振り返る要素は間違いなく、リセリーそのものと言えた。


「それを踏まえた上で言わせてもらう。アンタの裡へと戻った無貌の女神(セレスティ)は、本当にそこまで人類を恨み続けていたのか?一片たりとも、自らを奉じ続けてくれた彼等に対する慈愛の心が無かったとでも?」

「……分かった風な、口をっ!」

「利かせてもらうさ。あの時には俺だって、僅かながらに無貌の女神(セレスティ)の心へと触れていたんだからな」


 今や殺気は霧散し、それを遥かに上回る怒気と焦燥の気配ばかりを発する無貌の女神(セレスティ)。そんなこいつを正面から見据え、俺ははっきりと言い切った。


「自分を偽るな、とは言わないがね。憎悪に飲まれた中、それでも自らを祀り奉じる人類達へ加護を与え続ける事を選んでいた、あの無貌の女神(セレスティ)の在り方までをも貶めようとするんじゃあない。あいつだってリセリー、アンタ自身だったんだろ?」


 そう、締めくくった俺は。最後の指一本を折った後に掌を開き、目の前に立ち竦む無貌の女神(セレスティ)の仮面を掴む。片や無貌の女神(セレスティ)はそれに抵抗する事もなく、白亜の仮面はその頭部よりあっさりと剥がれ落ちたのだった。


「なぁ、改めての提案なんだけどな」

「……何よ?」


 仮面の下より覗いたのは、大粒の涙を流しながらも以前と何ら変わる事のない、リセリーとしての見る者の心を奪うであろうその美貌。涙に濡れ揺れる翠の瞳をこちらへと向けながら、恐れる様に、同時に何かを期待するかの如く、続く言葉を待っていた。


「どうにも怒りの感情とかでむしゃくしゃしちまったその時は、俺がそのストレス発散に付き合ってやるからさ。そろそろ過去の出来事には区切りを付けて、俺達と共に一個のリセリーとして今の世界を楽しまないか?」


 それに対する明言こそなかったが、暫しを立ち尽くした後にリセリーは僅かにこくんと首を振る。

 ふぅ、どうにか一件落着か。気が抜けた途端に腰まで抜けてしまい、その場にへなへなと座り込む俺の傍へと仲間達もやってきた。


「頼太、お疲れ様。リセリーさん、私もリセリーさんのお蔭で黒との変容のコツがやっと掴めてきたんですよ。だから、リセリーさんには感謝もしていますし、お別れするのは寂しいな。もっと色々とお話しましょうよ」

「リセリーって長く生きてるだけあって博識だもんね。ボクも一緒に居て飽きないよ」

「俺っちはまぁ、帝都ではあんたの姿も声も認識出来なかったからよく分からねぇがよ。こいつ等がそう言うんだ、なら俺っちも歓迎するぜ?」

「……小虫君。あの時の提案、最初からこれを狙ってやったでしょう?」


 あまりにもタイミングの良すぎる仲間達による合いの手に、リセリーは一瞬呆けた顔を晒した後にジト目で睨み付けてくる。ばれたか。流石はここ数日ずっと俺の心に触れ続けていたこいつだな、不甲斐ない脱力を誘った後に本心からの言葉で隙間の空いた心を穿つという、こちらの目論見は全てお見通しだったらしい。

 だがここまで来てしまえば前言を翻すのも躊躇われる事だろう、その言葉に対して舌を出し、殊更軽薄に見えよう素振りで肩を竦め返してやった。


「まぁ良いじゃないかそんな事。結果としちゃ、こうしてアンタが戻ってきてくれたんだ。その為になら打算だろうが何だろうが、使える手は幾らでも使ってやろうものさ」


 それにだ。振り返ってみればリセリー自身、こうして最後までその茶番に付き合ってくれた訳だからな。ならばある意味こいつも共犯という訳で、それについて責められる謂れなど無いというものだ。


「はぁ……まるで結婚詐欺師にでも引っかかった気分だわ」

「あ、それ分かります!頼太って時々とてもくっさい台詞言うんですよね~」

「平凡顔の癖にね」

「うっせ!」


 もーだめだ、ここの所シリアスが続き過ぎて気力が尽きちまった。しかしそれも明るい未来への希望あってこその事だ。今はこのささやかな報酬の時間を存分に堪能させてもらうとしよう。


 こうして無貌の女神を巡る事件は解決した。

 その身に無貌の女神(セレスティ)を取り込んだリセリーは内に燻る過去の憎悪を抱えたままに、それでも消えてしまった無貌の女神(セレスティ)の想いまでをも引き継いで、どうにかその怒りと上手く付き合っていく事にしたらしい。人類の一員としては安堵するべき場面ではあるんだろうが、少なくとも俺は人類がどうこうといった大きな話は関係なく、リセリー個人が戻ってきてくれた事を一人の友人として嬉しく思う。

 未だ世界には様々な差異を巡る争いが絶えなくはあるものの、それを含めてこその生涯だからな。これからも俺は俺として、折角出逢えた仲間達と共に面白おかしく歩みを進めよう。今はそう、思うのみだ。








 遺棄地域での一件が解決してより十日程が過ぎたある日の午後のこと。所用を終えギルドへと帰還したボルドォは、その入り口に一人立つ若者の姿を目にして立ち止まる。


「……貴様か。何用だ」

「ども。一つ、先日の借りを返そうかと思いましてね」


 言うなり若者は先日にも見せた黒に染まる無形の鎧を身に纏い、ボルドォの顔へと拳を叩き付ける。それを受けたボルドォはしかし、鍛え上げられた首の筋肉のみでその威力を耐えきり、口腔に溜まる血を吐き出しながら口を開いた。


「あの時の選択を、オレは間違ったとは思っていない。だが、謝罪はしよう……これで満足か?」

「到底満足しちゃいませんがね。互いに脛に傷ある身だ、これで手打ちにしましょうか」


 歴戦の兵であり、今も現場の軍属を率い最前線に立つ程のボルドォだ。去ってしまった者を悼む若者のその想いに免じ甘んじて一発だけ受けてやった、そういう事なのだろう。

 二者は暫しの間を互いに睨み合い、やがてそれぞれの立ち位置を象徴するかの如く、別々の側へと歩み去っていった―――

 これにて無貌の女神編、終了です。当初は帝国編前編として書いていましたが、殆ど無貌の女神編といった感じだったので切りよく章名も変更しちゃいました。

 現在、悪魔さん第37話を本日中に投稿へ向けて準備中でッス。ちょっと間に合うか怪しい所でスが。


※11月の予定について。

 以前の告知の通り、資格試験へ向けて本格的な試験対策に入るので、二週間ほどお休みを頂く事になりそうです。ただ一回で受かるかかなり怪しいので、確実に二週間以内と言えないのが難しいところ。ですので、最初の二週間が過ぎて無念な結果となった後には息抜きを兼ねて一週に一話ずつ、閑話的なものでも書いていければなぁと考えております。

 その都度、活動報告に上げておきますのでお手数ですがそちらで状況の確認等をお願いいたしますm(_ _)m

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