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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第206話 ゴースト・バスターズ:後編

「ケェアッ!」


 ―――ザシュッ!


「ヴゥ……」

「っぷう、切りがねぇなこりゃ」


 もう何体目になるかも分からない、行く手に立ちはだかる数体のゾンビの脚を振動剣でまとめて薙ぎ払ったところで一息を吐き、俺は周囲を見回した。


「『日輪激烈衝(サンライト・オーヴァドライヴ)』ッ!!」

「やだぁあ!?こっちくんなー!」


 うん、後衛陣は平常運転だな。少し後ろの側を見てみれば、微妙に版権に引っかかりそうな掛け声を上げながらそこら中に太陽を模した光弾を爆撃させまくるちんちくりん。そしてその合間を縫って押し寄せるゾンビ達に対するは、恐怖で混乱している割にやたら狙いが正確な魔力弾のグミ撃ち(れんしゃ)をかまし、もう中身の見分けすら付かない状態の悲鳴を上げるお狐様がいた。ガス欠の心配こそあるものの、今のところは特に作戦進行上の支障もない様だ。


「お前ぇ等、そんな所で道草食ってねぇでさっさとこっちにきやがれ!ぼけっとしてたらまた連中が集ってきちまうだろうが!」


 一方の前衛担当な釣鬼先生はと言えば、既に少し先に見える小広場を殲滅し終えこちらへ向けて怒鳴り声を上げていた。あのゾンビの群れを相手にして返り血すら避け切る身のこなしに感嘆の声を上げつつも、そんなあいつが死霊に取り憑かれてしまったらと思うとぞっとしてしまう。もし仮にそうなった場合、俺達の被弾は確実だ。それは即ち、憑依の効かない俺が本当の意味での吸血鬼(アンデッド)と化したあの化け物を単身抑え込む必要が出てくるという事実を意味する。

 確かに被弾を介しての死霊達からの憑依こそリセリーによる守護のお蔭で無効となるが、それ以前にあいつと対する場合、瘴気の鎧(ミチル)ごとぶち抜かれて物理的に破壊されちまう危険の方が大きいんすよ!


「頼太さん、横ッ――はっ!」


 そんな嫌な想像についつい身を震わせているところに、物陰に潜んでいたゾンビの一体が襲いかかろうとしていたらしい。そこに横合いからの神気を込めたミーアさんの一撃が決まる。するとそのゾンビは他の面子が打ち倒した連中とは違い、すぐさま事切れたかの様子で力無く崩れ落ちてしまった。


「すんません、助かりました」

「頼太さんの危惧している事は分からないでもありませんが、今は他に気を取られる余裕はありません。気を付けてくださいね」


 む、そうだな。それにあの調子であれば釣鬼先生が一撃を受けてしまう恐れも無いだろうし、形は少々歪とはいえここは戦場だ。余計な事を考える暇があれば、作戦のより良い遂行を考えた方が建設的か。


「それにしても、やっぱり浄化は効くなぁ」

「ふふ、これでも祈りを込めて拳に乗せていますから……見た目はその、少々あれですけれども」


 ミーアさんはそう言いながら指をもじもじと絡ませ、若干朱に染まったはにかんだ笑顔をこちらへと向けてくる。その笑顔にはとても癒されはするのですが、今は状況が状況だ。しかもミーアさんのガントレッドにはここに来るまでに遭遇したゾンビ達の腐った組織の破片がぐっちゃりとこびりつき、さながらホラーにしか見えなくてですね。さっきのフォローも、絵面としては殴り倒している様にしか見えないのが玉に瑕なのですよ。


「なーにこんな場所で和やかな空気出しちゃってんのさ。さっさと行かないと、またゾンビ達に取り囲まれちゃうよ?」

「おっと、悪り……あれ、扶祢はどした?」

「扶祢さん、もう釣鬼さんと合流しちゃってますね……」


 言われ振り返ってみれば、俺達が佇むこの場所から釣鬼が一時的に占拠した小広場の間の通路の至る所に魔力焼け特有の跡と散乱したゾンビであったらしき残骸が見られ、その発生源はと言えば今や夜の釣鬼の華奢な身体にしがみ付いて腰砕けとなっている様子。


「早くこのお荷物を回収しやがれっ!鬱陶しいっつうの!」

「そんなぁ~!?釣鬼酷い……」

「へーい、今行きやーす!」


 吸血鬼としての本性が出る夜で昂ぶってしまっている釣鬼の事だ。あのままにしておけば、今も涙目ながらに全身の魔力障壁はしっかりと張り続けている扶祢をお掃除用具として振り回しかねないからな。それはそれで規格外の魔力を帯びた人型の武器として猛威を振るいそうではあるものの、ちょっと見た目的に倫理観が損なわれてしまいそうでもあるのでさっさと回収をしておくとしよう。


「ですが、このままでは埒が明きませんね。どうしましょう?」

「ここまで来ただけでも相当数を削ってる筈なんだけどなー。シノビ連中、ちゃんと仕事してんのかな?」

「それだけこの地域に救うゾンビの総数が多いって事だろ――っと、ついに死霊達のお出ましか」

「ひぃッ!?」


 こうして話している間にも俺が恐怖に打ち震えたあの夜に見た、空虚な眼窩が黒く染まる意志無き死霊の群れが俺達を今宵の贄と定め、次々と襲い掛かってくる。その時点で扶祢が完全に腰を抜かしてしまい、逆に釣鬼はお荷物が減ったとばかりにしがみ付いていた扶祢の腕を振り払って益々昂ぶりながら死霊達へと怒涛の連撃をしかけ始めてしまう。ピノとミーアさんは未だ冷静ではあるし現状としてはまだまだいけそうでもあるが、このまま物量戦でこの小広場に閉じ込められるのは少しばかりまずいか?


「おおいっ!釣鬼あんま飛ばすなよっ、まだ教会まではかなりの距離があるんだからな!」

「おぉよ!全部潰しゃあ良いんだろが、やってやらぁ!」

「あれ、釣鬼も暴走しかけちゃってるよね?」


 だな……基本的に吸血鬼姿となった際にも思考力そのものは極めて正常な釣鬼だが、気性とでも言うのかな。あの姿で交戦状態が長く続くと、どうにも昂ぶり過ぎてしまうきらいがあるんだ。今もここまでの道中で死霊達の処理に手間取り結構な時間が経過しているからか、随分といらついた様子で少しばかり危険な状態に思える。


「何でしたら、釣鬼さんに気付けの魔法でもかけておきます?」

「あー、いやあれはあれで正気と言いますかね」

「そうなんですか……吸血鬼という存在も、中々に奥の深いものなのですね」


 うぅむ、何だかミーアさんの目付きまで民俗学者の時のそれと化してきている気がするな……借宿であの姿の釣鬼を目の当たりにした際も根掘り葉掘りと聞かれてしまった程だものな。ここでミーアさんまでまたあの時の焼き直し作業となってしまうとは思いたくはないが、全体的に進行に支障が出始めているのは否めないか。


「こりゃまずいな。何か、起死回生の手でもありゃ良いんだが……」

「そんな簡単に見つかる訳がないでしょ」


 だよなぁ。状況の変遷に残された俺とピノが周囲に群がるゾンビや死霊達を迎撃しつつ、状況相談をしていたそんな時だった。


《だったら、あれなんてどうかしら?》


 不意にリセリーが俺達の会話に混ざってきて、その気配がある一点を指し示す。


「……まじかよ」

「きたっ!」


 俺が思わず瘴気の鎧の内部で顔を引き攣らせ、同時にピノが起死回生の一手を見たとばかりに歓喜の叫びを上げる事となったその要因とは。小広場の脇に置き去りにされた、一台の古ぼけた荷台だったのだ―――


 ・

 ・

 ・

 ・


「くっそがぁっ!どけどけどけーぇいっ!」

「ヴァア……」

「……グゥ」

「くるしいの……ひきゅっ……」


 陽傘流肉弾秘奥義、轢き逃げアタック・狗神(ミチル)仕様!


 荒ぶる釣鬼をピノとの連携でどうにか取り押さえ、ついでに腰を抜かしてしまった扶祢と揃って荷台の上に放り投げた後に発進する急ごしらえの移動砲台。その上からはナビ担当のミーアさんの導きに従ってピノの精霊魔砲、誤字に非ず――とどうにか精神を持ち直した扶祢による魔力弾が散発的に発射され、道中のアンデッド達を屠り続ける。やがて直接的な戦場から離れた影響か、若干平静を取り戻したらしき釣鬼がその撃ち漏らしを魔弾掌にて悉く撃墜する。そんな確定パターンが出来上がりつつあった。

 そして俺はと言えばだ。この憑依無効状態かつ、並のゾンビ程度の攻撃なぞ軽く弾き返す瘴気の鎧効果というメリットを最大限に活用しつつ、ミサイル兼荷台の馬車馬担当として立ちはだかるゾンビ達を轢きまくりながら突っ走っている真っ最中だ。

 いや、そりゃね。見事に相性を利用した起死回生の一手だとは思うけれどもね?何かおかしくないかな、これ。


《ぷくくっ……こ、これ以上無い程に填まっているじゃないの》

「そーそー。これぞ適材適所、ってね!」

「ちっくしょオ、理不尽だぁっ!?」


 ともあれこうして俺達は、先程までの物量に圧されまくっていた苦戦は何だったのかと拍子抜けする程にあっさりとゾンビと死霊の密集地帯を突破し、三度あの古ぼけた教会の建つ区画へと辿り着いたのだった。


「ぜえっ、ぜえっ……」

「お疲れ様です、頼太さん」

「あ、どもっす」


 静寂に包まれる大通りのど真ん中で荷台の引き手部分を地面へ降ろし、へたり込んでしまった俺にミーアさんが回復魔法をかけてくれる。ふぃー、ピノの精霊魔法では深い傷の治療までで、体力は回復出来ないからな。こういった有事の時にはやはり、神職魔法の有難みというものが実感出来てしまう。


「うっし、復活!にしても、この辺りにはゾンビも死霊も居ないんだな」

「姫様のシノビ部隊がよろしくやってくれているのでしょうね」


 これもトビさん達の誘導作業のお蔭だな。となれば残るは太古の死霊、それと無貌の女神の問題だけだ。


「ピノ。太古の死霊の気配は感じられるか?」

「ボクの感知範囲内にはまだ居ないかな。でも……」

「でも?」


 そこで言葉を濁したピノは、夜空のある一点を指し示す――あぁ、そうか。


「そういや、あの遺跡でも封じられた存在を外に出すまいと襲い掛かってきたんだったっけな」

「そういう事。だから、ボク達がまたあの教会にいけば、この前と同じく寄ってくるんじゃないかな」

「あわ、あわわわ……」


 ピノの指し示した側を見てある程度を察してしまった俺達の視線の先の上空には、地上に居るの何かとの遭遇戦を行っているらしき太古の死霊の姿があった。時折爆ぜる光と衝撃音は攻撃魔法の類だろうか、やはり全く効いている様子は見られず、引きつけてくれている地上部隊からは相当に苦戦を強いられている気配が伝わってくる。


「……で、この腰砕け状態のこいつをどうやってその気にさせるんだぃ?」

「だよねー。扶祢、立てる?」

「無理ぃ!こうしている間にも恐怖で(わたし)でいられなくなりそうだ……」


 何とも情けない残滓もあったものだ。以前に見た際よりも随分と柔らかく感じるこの黒扶祢の様子からも感じ取られる通り、やはり今のこいつは残滓そのものではなく、リセリーの言う通り何らかの要因により扶祢自身が残滓を演じてしまっている状態なのだろう。

 それはそれとしてだ、こんな大事な場面で戻られては作戦そのものが頓挫してしまう。ここは一つ、何かしらの活を入れないといけないのだが……さて、どうしたものか。


《こうなったらもう、あれしかないわねっ》

「……あまり聞きたくない気もするんだけどな、それ」


 こんな状況の割に妙にうきうきとした思念を寄越すリセリーの言葉に、どうにも嫌な予感が止まらない。しかし今は一刻を争う緊急時だ。ここは悪魔の囁きとも言えようその提案に、是非も無く乗るしかないんだろうな……。

 もうここまできてしまえば、秘密を守る為とミーアさんのみ遠ざける暇などありはしない。なるようになれの心境に至ってしまった俺とピノによる伝言ゲームの形を取り、皆にその提案内容が示されたのだった。


《この娘の変容の切っ掛けについては以前にも話しましたね?もしこの娘が元に戻ってしまったとしても、その心に適度な刺激を与えてやればすぐに今の状態へと変わることでしょう。本人自身が望みさえすればね》

「そりゃそうだろうけどな。実際にはどうすりゃ良いってんだ?」

《聞いたところではこの娘、随分とロマンスに憧れを持っている様じゃない?ならば話は早い、眠りについてしまった姫を起こすのは、いつの時代も王子様の接吻(キス)と相場は決まっているわっ!》

「――えぇえええええええっ!?」


 説明が終わると共に間髪入れず間近で上がるそんな絶叫に、俺達は揃って耳を塞ぎながらもすとんと腑に落ちてしまった。言われてみれば確かに、こいつの乙女回路は筋金入りだからな。リセリーの言は手段そのものとしては極めて有効であると言えよう。

 しかし、だな……。


「お前、絶対に楽しんでるだろ?」

《――お前?》

「そっ、そんな脅す振りして誤魔化したって騙されないからなっ!前に遺跡で渡した『厳選☆五分で練れるシチュエーション講座♪』の影響、間違いなく受けてるじゃねーか!」

《さぁて、何の事かしらねー?》


 やっぱりか!地脈を調整する間のみとはいえ、地の底で一人過ごすのは寂しかろうと別れの際に渡した暇潰し用読本だったが、まさかこんな形で仇として返されようとは。教会地下の無貌の女神に匹敵する程のプレッシャーを一瞬で漲らせてくれたリセリーだが、それを指摘した途端にあっさりとそのプレッシャーを解き白々しい返しをしてくれやがった。

 その一方で話題の当事者である扶祢はと言えば……面白い位に目を白黒とさせ、あぅあぅと言葉にならぬ声を上げながら顔を真っ赤に染めてしまっていたんだ。そして時間としては夜であるこの現状、きっと想像する事は同じくなんだろうな。羞恥の心で揺れる瞳が向いた先は、同年代でもあり見た目としてはこの場で唯一王子様役が出来そうな俺へと向いており―――


「……ひ」

「ひ?」

「ひぁアああぁあぁっ!?」


 ―――ごつんっ。


「はぅっ……」


 直後何を思ったか、顔から湯気が立ちそうな勢いで上気した顔を晒しながら逆四つん這いで後方に突っ走っていく扶祢。そして見事に大通り沿いの柱へと後頭部をぶつけ、そのまま意識を失ってしまったのだった。


「……どうすんの、これ?」

《うーん、これは流石に予想外だわ。この娘の初心さといったら、小虫君のヘタレっぷりと良い勝負しちゃってるわね》

「余計なお世話だよ!?」


 得てして悪い事は重なるものでありまして。その後ミーアさんの気付けの魔法によりどうにか回復した扶祢は、見事に素の状態へと戻ってしまっていた。


「あ、えっと。私はな、何してた……んだっ、け?」

「こいつぁ、間違いなく覚えてやがんな」


 こういった浮ついた心の機微に疎い釣鬼先生でさえ、あっさりと勘付けてしまう程度には挙動不審に過ぎる態度。先の記憶などありはしないとばかりにしらばっくれようとする扶祢ではあったが、残念ながらその努力は報われていない様だ。頬は変わらず朱に染まり、その目が泳ぎまくりながらも時折俺の側をチラチラと見ていたりする。俺まで恥ずかしくなってしまうんで、君にはもう少しロマンス耐性ってものを付けて欲しいかな!


《うんうん。さっきの話を聞いただけであっさりと入れ替わる位だもの、きっと実際にやってみれば効果は覿面というものね。ほら小虫君、合意の上で役得が味わえるチャンスよ?》

「アンタもう黙っててくれませんかね!?」


 そんな阿呆なやり取りをしている間にも太古の死霊は先程のリセリーの気配を感じたか、足止めをしてくれていたらしき面々との戦闘を切り上げてこちらへと対象を絞り込んでくれたらしい。その巨大な輪郭が徐々に近付いてくるのが見て取れる。


「本来であればこういった行為は双方の想いが通じ合ってこそ、祝福されるべきものであると思います。ですがこの非常時、確かに背に腹は代えられませんものね。この際私達は見て見ぬ振りをしておきますから、お二人もここはお互いに犬に噛まれたものとでも思い、勢い良くいっちゃいましょう。ささ、ずいっと」

「だな、手遅れになる前にやっちまえ」

「むぅ……」


 この通り、火付け役であるリセリー以外の面々も概ねその意見に賛同な様子。三者三様の反応を返しながらも特に止める者もおらず、俺は釣鬼から羽交い絞めに動きを封じられ、対する扶祢は同じくミーアさんに背を押され。逃げ場の無くなってしまった俺達は、場違いなお見合いをさせられる事となってしまう。


「いやちょっ……」

「あ、あぅあ……」


 どうにも現実離れしたこの意味不明な状況に、俺も正常な判断力を失ってしまったのだろう。無意識的に瘴気の鎧を解き、相対させられた扶祢の顔を見つめてしまう。そして対する扶祢はと言えばその瞳一杯に涙を溜めながら、いかにもテンパった感じの泣き笑いを浮かべ首をイヤイヤと振るばかり。待て、これは何というか、おかしくねぇ!?

 そんな後ろめたさ極まる、ご褒美の様でいてその実情は謎の強迫観念で満たされた拷問の如き短き時間が過ぎた後、俺達の注意が散漫になったところに救いの一手が飛び込んでくる。


「――うらめしいッ!!」

「うぉあっ!?」

「ひっ……ふぎゃあっ!」


 俺と扶祢の間の狭い空間へと入り込み、絶妙なタイミングで肝を冷やしてくれた死霊のお蔭で助かった……と言うべきなのだろうか、これは。先程の謎の強迫観念空間より解放されるチャンスを見出したらしき扶祢は、あっさりと再び黒への変容を果たし一瞬にしてその哀れな死霊を吹き飛ばしたのだった。


「あ……良しッ、戻ったぞ!さぁ、さぁさぁ!さっさとあの太古の死霊を倒して凱旋だっ!」


 そして自らの変容を自覚した扶祢はそんな事を言いながら間髪入れずに飛び起きて、そのまま俺と顔を合わせる事もなく教会の側へと猛ダッシュで駆けていってしまう。


「チッ、惜しいっ……あ、いえ!無事に元に戻られた様で何よりですねっ」

「ま、なんだ。気を落とすなよ?」

「行こ行こ」


 一方の他三人はどことなく白けた様子で、同じくそんな扶祢へ追って教会敷地内へと入っていく。そして取り残された俺はと言えば、ただただほっとするやら少々残念に思うやらの複雑な感情を抱えながら、一人路上に取り残される。


「何なんだよ、こりゃ……あいつ、幽霊恐怖症って言ってたのによ」

《ふふっ、何度も変わってる内に慣れたんじゃない?とでも言っておこうかしらね》

「……ンな訳ねーだろ」


 こうしてどこか釈然としないながらも最終難関であった黒扶祢の再臨は完了し、俺は皆に遅れる事少しばかりの後に教会敷地内へと足を踏み入れたのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「――どうだ?」

「やっぱり、そこの地下に入っていこうとすると過剰に反応するみたい。これなら上手い事タイミングを計れるかな」

「あの夜に太古の死霊がいつになく長時間教会へと襲い掛かってきていたのは、私達が地下部へと入り込んでいたのが原因だったのですね」


 教会敷地に入ってより、ピノが各種神秘力の波長やそれに伴う太古の死霊の反応を逐一チェックをし続け、やがてそう結論付ける。ミーアさんも先日に目の当たりにした無貌の女神の変貌の件も相まって、ようやく合点がいったみたいだな。無念さを前面に押し出してはいたものの、この異常の根本的な原因が無貌の女神にある事を遂には認めざるを得なかった様子。


「うっし、いけるかぃ?扶祢」

「ああ、任せておけっ!今度は先程の如き無様な真似はしないっ!」


 相変わらず扶祢は俺とだけは顔を合わせない様にしていたものの、最早あの太古の死霊にも恐れ戦く事はなく、震えながらも対峙する意志を見せていた。その素振りに色々と複雑なものを感じはするが、今はそんな事を言っている場合ではないからな。何をするにしてもまずはあの太古の死霊を撃滅してからとなるか。


「それじゃあ合図は任せた……リセリー、頼むぜっ!」

《任せておきなさい。先日の一件はワタシにとっても屈辱だったもの、今度こそ、お前の支配権を渡してなどやるものか!》


 どうやらリセリーも、堕ちたる者の矜持としてあの夜の一件には思うところがあったらしい。妙に気合の入った様子で心強い返しをしてくれている事ではあるし、俺も今出来る俺だけの役目をこなすとするかっ!

 然る後に扶祢が震えながらも上空を漂う太古の死霊へと照準を合わせ、黒の波動の発射準備が完了したのを見計らってピノが合図の号令をかける。それと同時に俺は再び地下への床板を外し、教会地下部へと飛び込んでいった。


 ―――ズズ……ゥゥウン。ウンムォオオオオオッ!!


《――うん、太古の死霊は無事消滅したみたいね。あの時と言い、あの娘の異端の馬力には呆れたものねぇ》

「ふぅっ。ミッション完了、だな」


 地下にまで響く黒の波動の衝撃波を感じる中、リセリーよりの地上部分の状況報告を聞きほっと一息を吐く。これで残るはあと一つ、この地下祭壇に祀られる無貌の女神のご神体についての調査となるか。

 既に場の違和感として感じられる、リセリーのそれに酷似した圧倒的な重圧の中、俺は覚悟を決めて祭壇の側へと向き直る。そんな俺の視界には……先日の夜に見た光景と同じく、貌のない顔より血の涙を流し続ける女神像の姿があったのだ―――

 次回投稿、一日切り上げて10/30(日)となります。その後、事前告知通り試験勉強につき少しばかりお休み予定です。詳細は次回に。


 10/30追記:やっぱり10/31も投稿します。詳細はその際に。

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