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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第203話 棄てられた地にて見えるモノ

 出雲達と合流してより一時間程が経過した後のこと。俺達は帝都支部での手続きにより受注した一つの依頼を果たすべく、帝都東部に位置する遺棄地域へと赴いた。


「うっ……これは、臭うな。そこら中の屋内から腐乱臭が漂っておるぞっ」

「わぅぅ」


 先日はたまたまそういった個体が居ない区画へと立ち入ったからか死霊以外の存在と遭遇する事も無かったのだが、やはりあの無貌の女神を祀る教会が建つ平地の区画には大量のゾンビ達が潜んでいるらしい。そんなある意味現実離れをした報告を聞き改めて鼻の利く出雲に来てもらって良かったなと思う一方で、ゾンビ映画などである日中の探索パートとはこの様なものなのかな、などといった場違いな感想を覚えてしまう。

 大通りに居る分には俺やミーアさんには特に感じられない腐乱臭だが、どうやら嗅覚が鋭敏な出雲や犬達にははっきりと感じ取れているらしい。揃って何らかの反応を示しており、出雲などは建物に近付く度に顔をしかめながら布で鼻を覆っていた程だ。


「うーん?おかしいなぁ……」

「うん?どした?」

「いやさ、屋内に居るっていうゾンビ達なんだけどね。負の気配を全く感じないというかー」


 その横ではピノが何やらしきりに首を傾げており、それを不審に思い何事かと聞いてみればそんな言葉を返される。負の気配を感じない、か。


「言われてみれば確かに不思議ですね。これまでそんな事は気にもしませんでしたが、例えばこの家――居るんですよね?」


 言ってミーアさんは通り沿いに立つ家の壁に手を触れる。ゾンビが居るかもしれない家の壁によく平然と素手で触れるよな、もしそれを切っ掛けにゾンビ達が反応して出てきたらと思うと……ぶるるっ。


「うむっ、今もぷんぷん臭うぞっ」

「ふむ。この距離であれば私でも神秘力の異常が感知出来る筈なのですが……特には感じられませんね」

「でしょ?」


 ミーアさんはアトフさん程には精霊魔法への適性がないらしい。だがそれでも精霊達との親和性の高いゴブリンロード種であり、人並み以上には神秘力の変化に敏感だ。あの夜に上空からの強い神秘力を真っ先に察知していたのも、その感知能力の成せる業だろう。

 そんなミーアさんまでもが一切の負の気配というものを感じないらしい。となればこの屋内にいる存在は生ける屍(アンデッド)ではなく、ただの死体という事になるが……。


「これは、確認の必要がありますね」


 帝都支部より受けた遺棄地域の調査。それの補足として説明された詳細では、アンデッドの中でも身体を有する存在は陽の高い内は屋内にじっと潜み、陽が沈むと道連れを探してこの一帯を蠢き始めるのだという。これはミーアさんの証言とも相違無いので確度の高い情報と言えるだろう。

 だが、その理由が分からない。少なくともこの世界の常識ではアンデッドの類は昼間でも平然と出歩き、また目撃情報こそ少ないものの、実体の無い死霊であれども昼夜問わず活動をするものだ。だというのにこの帝都東部に蠢く遺棄地域のアンデッド達は昼の間は鳴りを潜め、夜になると一斉に活動を始めるというのだ。


『大事が控えているとはいえだ。差し当たりの問題としてはあの遺棄地域の拡張を防がない事には話にならんからな。それにはまずは調査の基本からだ』


 極秘裏の会議の後にアトフさんが要請してきたのは、まずは足元に広がる不穏の地を整理する為の足がかりとも言えよう調査作業だった。まるで人間の根源的な恐怖を顕したかの如き、夜にのみ活動をし、一夜が明ける度に僅かではあるが徐々に活動範囲を広げていくアンデッド達。何より問題となるのは、だ。


「本来であれば、ゾンビを始めとするアンデッド達に傷付けられようとも感染症といった二次的な被害こそあれど、しっかりとした対処さえ講じれば後遺症などは起こり得ません。ですが……」

「ここのアンデッド達に傷付けられると、その人も『感染』しちゃうんだってね」


 これこそが、皇帝のお膝元とも言えようこの帝都内でアンデッドの大量発生が起こったのにも関わらず帝国軍が手を出せない理由であり、そして恐れをなした冒険者達が我先にと帝都より逃げ出してしまった原因でもあった。


「実際、その『感染』てなどんな仕組みなんでしょうかね?」

「過去の戦闘記録ではゾンビ達の一撃を媒介にして死霊に憑りつかれ、死霊が祓われるか憑りつかれた者の身体が動かなくなるまで操られる、と書かれておりましたが……正確なところは未だ判明していない現状ですね」


 ふと気になった部分を挙げて質問をしてみたものの、原因の究明は半ばであるらしい。そう返すミーアさんの顔はいかにも無念そうで、歯噛みをするかの様子で首を振っていた。まるで何らかの病であるかの如き枝葉型の分派憑依をしていく様から、『感染』といった呼称が付いてしまった訳か……。


「でもその感染の実情が憑依だって言うんだったらさ、神職さえ居ればどうにかなりそうだよね」

「そうですね。実際にあのゾンビ達と相対した幾つかの隊では、感染者が暴れ出す前に神職の手により浄化をされた例もあるそうです」

「むむ、流石に神職の類は用意しておらんなぁ。巫女の一人でも連れてくるべきだったか」


 ミーアさんの見解を聞き、出雲がそんな呟きを零していたりもしたが……実のところを言わせてもらえばリアルでバイオな災害を連想してしまっていた俺やピノとしては、ミーアさんの言葉に揃って胸を撫で下ろしていたりする。少なくとも釣鬼並の速度で動いてロケットランチャーをぶっ放す烈震、といった暴君の如き不死身の化け物に追跡される恐れだけは無さそうだ。

 その後もミーアさんによる当時の状況の説明は続く。大まかな顛末としてはここまでの話で概ね想像出来た通り、中々ヘヴィなものではあった。


「無論のこと、軍部も対策を練り幾度かは掃討作戦に出た事もあったのですが。夜になると、必ずと言っていい程にあの太古の死霊が現れてしまいまして……」


 霊体という性質上物理的効果は一切効かず、また遥かな太古よりの長き時を存在した影響か、魔法に対してもほぼ無効と言えよう程の耐性を誇るのは『堕ちたる者の棺』最深層での同種との遭遇でも経験している通りだ。

 当時の帝国軍にはその様な前情報もなく、そんな中であの太古の死霊との対峙をしてしまえば往きつく先は明白であろう。結果、この大陸内では最強との誉も高い帝国軍ご自慢の魔砲兵車部隊でも歯が立たず、壊滅状態に陥ってしまう。諸外国への公表こそされてはいないものの、数年前に起きたその惨事により、感染による二次被害を含めれば相当な数の軍属達がこの区画で命を落としているのだそうだ。


「それじゃあ、今居るゾンビ達ってもしかして……」

「……そういう事になりますね」


 道理で今思い返してみれば、打ち棄てられた住宅街とも見えようこの区画でうろつくにしては随分と違和感のある恰好をしていたんだな。だとすれば、未だこの区画では相当数のゾンビ達が存在するのだろう。


「場に残る怨念とか、物凄そうだよな」

「ね。扶祢、置いてきて正解だったね」


 だな。ただでさえここの話を聞いただけでストライキを起こしてしまった扶祢の事だ。こんな現状を目の当たりにしてしまったら臭いと恐怖のダブルパンチで役に立たないどころか、いざ有事の際にまともな状況判断すらつかずに不覚を取りかねない。だからこそ、本来の用兵的にはどう考えても配置が間違っているだろうとしか思えない、大将である出雲の現場調査への参加が急遽決まってしまった訳だ。当時は帝都支部へと赴く前で時間も押しており表向きの護衛業を兼ねる釣鬼先生に全部押し付けてきてしまったが、ああなってしまった時の扶祢は頑固だからな、トビさん共々お世話たのんます。


「それじゃあまずは、ここの中から見ていく事になるのかな?」

「そうですね。お願いします、頼太さん」

「……やっぱり?」

「うむっ、余とてこの充満する臭気の中で苦しみながらも臭いを辿ったのだ。そろそろお前にも仕事をして貰わねばなっ!」


 む、それを言われるとぐうの音も出なくなってしまう。ピノは言うまでもなく広範囲感知をし続けているし、ミーアさんにしてもそんなピノの補佐と併せ、この地域に出入りしていた観点からの情報提供をしてくれている。残るは消去法で働かざる者は何とやらの典型的な状況という訳ですな。


「そんじゃま、ミーアさん。この前も軽くお話しましたけど、他言無用でお願いしますよ」

「はいっ!まさか身近で怪異を操る事が出来る方とお知り合いになれるなんて、夢の様ですっ」


 念を押す様に言う俺に対し、ミーアさんは目をきらきらと輝かせながらそんな返しをしてくれる。怪異ってのは当然狗神(ミチル)の事ではあるが、この人はどうも超常現象とでもいうのだろうかね、そういったものも大好物らしいんだ。お蔭でミーアさんの目を気にせず存分にミチルによる瘴気の鎧化を使えて助かりはするんだが、こんな妹さんを抱えてしまえば比較的常識人なアトフさんが苦労する訳だよな。

 ご期待に応えて厨二っぷり極まる大仰なポーズを取りながらミチルを華麗に纏った後、恐る恐る廃屋内へと足を踏み入れる。瘴気の鎧の効果により呪いや侵食といった負の状態異常に耐性が付いていると分かってはいても、やはり心情的に怖いものは怖いんだぜ……。

 そんな訳で心持ち腰が引けながら扉をそっと開け、中の様子を窺うや否やいきなり至近距離にて頽れた腐乱死体と鉢合わせてしまう。


「――うぉぉっ!?」


 反射で廃屋の外へと飛び退り、腰を抜かしかけるもその死体に特に動きは無い。それでも内心びびりながら足の爪先で突いてみるが、やはり反応は無かった。


「……何と言いますか。見た目凶悪極まりない真っ黒な魔気を纏った人が、ここまでおっかなびっくりを絵に描いた様な動き方をするというのは――」

「しまらないよねー」

「だなっ!」


 一方で待機組の三人は暢気にそんな感想を言い合っていた。仕方が無いんですっ!こちとら中身は一般人に毛が生えた程度の凡人である訳だからして、怖いもの知らずな英雄補正を持った方々とは違うのですよっ。

 それにしてもだ。この死体、動く気配が無いな?少しばかり慣れてきたのもあって今度は拳鍔で軽く小突いてみたものの、やはり全くと言って良い程に無反応。そのまま廃屋内へ入り調べてみたところ、更に三体程の死体が確認出来たものの同じく動く気配は無い。あまり死体そのものを見慣れている訳ではないが、どうやらただの屍の様だとしか言えないな。


(リセリー?ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今良いか?)

《―――》


 ……おや?


 ミーアさんと離れているこの機会に、魂関連に詳しいであろうリセリーにこの状況についての見解を貰おうと呼びかけてみたものの、こちらも無反応。帝都支部を出てから少しの間は軽く雑談などをしていたものだが、そういえばこの遺棄地域に入ってからというもの全く向こうの声を聞いた覚えがない……これは、まずいかな?

 未だ陽は高くもあり取り立てて危機的状況という程ではなく思えるが、どうにも虫の報せの部分が警鐘を鳴らしてやまない気がする。俺は迷いなくその直感に従い即座に入り口の側へと歩を進め、そのまま外に出る。扉を閉める際に再度中を窺ってはみたものの、そこには変わらず先程の頽れた姿勢のままの腐乱死体が見えるのみ。


「どうだった?」

「中の死体は全く動く気配が無かったな。ただ――」

「ただ、どうしました?」

「……いや、まずは教会に戻ろうか」


 本音を言えば今すぐ遺棄地域の外に取って返したくはあったが、まだあの教会の地下についての調査が出来ていないからな。日没までもそれなりに時間は残っている事だ、せめてあそこだけでも調べておくべきだろう。


「うぅ、余はもうこんな場所には居たくないのだぞっ。何故かは分からんが、身震いがしてくるのだ」


 見れば出雲も獣の直感的な部分で何かを感じているのだろう、ピコ共々落ち着かない様子でそんな事を言い出していた。少しばかり急いだ方が良いか……。

 その後、俺達は心持ち速足にミーアさんと出逢ったあの古ぼけた教会内部へと入っていく。


「……あ。魔力、吸われてる」


 地下の祭壇前へと赴いた直後、ピノがいきなりそんな事を言い出した。同時に先程まで感じられなかったリセリーの気配が復活し、心の裡へと声が響いてくる。


《――繋がったっ!小虫君、無事かしら!?》


 しかしその声にはこれまでこいつが俺に見せてきた傲岸不遜といった態度の欠片も無く、明らかに焦燥感といったものが含まれている様に感じられた。この期に及んで名前で呼ぶ事もなく相変わらずの小虫扱いには物申したくなるものの、どうやら俺達が考えていた以上に事態は深刻の一途を辿っていたらしい。

 それが証拠にリセリーの声が響いてからというもの目に見えて祭壇全体が震え始めており、壇上に立てかけられた女神像の貌の無い顔部分からは血の涙が染み出し始める。


『……の…配、虐……れ……等………』

「……ひっ!?」

「何、だ……この声はっ!」


 突如として地下の祭壇全体に響き渡る低重音に、まずはピノが何かに中てられた様子で短い悲鳴を上げ立ち竦んでしまう。そして出雲までもが焦りの表情を前面に出し、地上への階段へと飛び退る。


「こ、こんな事は今まで一度もありませんでした!一体、何が……」

《お前達、すぐにそこから出なさい。いえ、その地域から何としても生きて脱出なさい!この場ではワタシはこれ以上の介入が出来な――》


 一時は繋がったらしきリセリーの声も膨れ上がる祭壇からの気配に押し潰され、再び断線をしてしまう。その警告を受けた俺は反射的に硬直していたピノとミーアさんを両脇に抱え、地上部分に繋がる階段へと走る。そんな俺の様子を見た出雲も何かしらを察知したらしく、一足先に地上へと飛び出していった。


『捧…よ……たる……命』

「こっ……」

「ギャンッ!?」

「頼太っ!」


 火事場の馬鹿力とでも言おう力を発揮してまずは軽いピノを階上で構える出雲へと投げっぱなし、次にミーアさんをも地上部分へと押し上げた直後の事だった。祭壇の側より迫り来る不可視の何かが、咄嗟にガードをしてくれたミチルをも突き抜け俺の身体へと刺さってしまう。


「ガ?……ぁぉおおおっ!」


 体中の熱量が一気に奪い去られる脱力感に苛まれる中、それでもここ一番での悪足掻きを発揮させ、どうにか地上部分へと這い出してより地下へ繋がる床板を填め込む。しかしそこで再び全身に怖気が走り、床へと倒れ込んでしまう。ここはまずいっ、早く、外に逃げないと……!


「お頭っ、ご無事ですかい?」

「外側の調査、一通り終えときましたが……頼太さん、どしたんです?」

「良い所に来たな、お前達!頼太の奴が重症だ、一先ずこの地域を脱するぞ!」

「「御意!」」


 そこにタイミング良く外周部分の領域調査を終えたらしきコタシンさん達が合流する。突然の出雲の言葉にしかし文句も言わずに返礼をし、先の一撃の衝撃が体中に奔り動けなくなっていた俺を二人して担ぎ上げる。これならどうにか、脱出する事が出来そう…だ……。


「頼太!?」

「ええい、急ぐぞっ!」


 それからも耳元で何かしらの囁き続ける声が聞こえた気はするが、それっきりだ。コタシンさん達に抱えられるままに、俺の視界は徐々に昏くなっていき―――

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