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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第202話 対当交渉

※お知らせ※

 10月末~11月中旬辺りのどこかのタイミングで、試験の関係でお休みを頂く事になりそうです。復帰し次第連投とかで補う予定っす。

 さぁ始めるぞとばかりに目の前へと置かれた水晶板が部屋の明かりを照り返す中、数日ぶりとなるリセリーの声が俺の脳内へと響くこの現状。ちょっと遅きに失する感が半端ないっすね!


《そんな事言われてもね。それならもっと早く呼べば良かったじゃないの》

(早くって……この前あれだけのピンチで援けを呼んだのに、全く反応が無かっただろうよ)

《何言ってるのよ。あの夜にチャンネルを断線してからお前に呼ばれたの、これが初めてなんだけど?》

(……何だって)


 先日の恐怖を俄かに思い出し、つい愚痴を零してしまった俺の心の声にそんな言葉が返される。あの夜の俺の叫びが聞こえなかった、だと?


「どうした?次はお前の番だぞ」

「あ、はい……」


 内心でそんな疑問を抱く間にもピノは既に鑑定を終えてしまったらしい。ボルドォ代行に促されるままに水晶板を握った俺ではあるが、困ったなんてどころじゃないな。

 あのアデルさんでさえ比較的真面目な顔で忠告をしてきた程の魔への適性や、常識的に考えればそれ以上にまずそうな狗神の呪いなんて代物を抱える俺だ。それらを隠そうと念じるだけでも一苦労だというのに、加えてリセリー関連のスキルまでとなれば取り零しが出ないとも限らない。ましてや現在表へこそ出てはいないものの、俺からの呼びかけという事で恐らくはチャンネルとやらが繋がっている状況だ。それこそ鑑定結果にどの様な影響を齎すか分かったものではない。


(まずいな、これは……)

《そっちの状況はよく分からないけれど、要は詳細が見えなければ良いのよね?》

(まぁ、そうなんだけどな。この状況だともうどうにも――)

《それじゃあワタシの言う通りになさいな。それで当面は凌げるでしょうから》


 半ばそんな諦めの心境に至ってしまった俺の心の声に被せるようにリセリーが語りかけてくる。最早どうやっても切り抜ける手段に思い至れなかった俺は、半信半疑ながらも一縷の望みをリセリーに託し、その指示通りに演技を始める事となる。


「何をしている、身の潔白を証明する為にこの水晶鑑定に応じる事にしたんだろう?」

「そうなんですがね……本当に良いんすね?」

「……何がだ?」


 細かいニュアンスまでも監修された通りに演じつつ、僅かに表へ漏れ始める堕ちたる者の気配すらをも漂わせつつ。自らの瞳に映る一切の光すらをも拒絶するかの如く、億劫そうに水晶板へと片手を添え直す。その際、視線はボルドォ代行へと向け続け殊更不安を煽り立てるかの様に、あの夏の夜に垣間見た扶祢の心の奥底の闇を再現するかのどろりとした感情の表れを形作る。


「確かに妙な疑いがかからない様、応じるとは決めましたが。少しばかり、過去の旅路に出遭った厄介な業を背負っちまっているんですよね、今の俺は」

「む……」


 まぁ過去っつっても数日前の話で、しかもとっくに解決済なんだけどな。だが俺の迫真の演技に、ボルドォ代行はそれなりに気圧されてくれているらしい。ならばこのまま押させてもらうとしよう。


「最後にもう一度だけ確認します。良いんですね?」

「……構わん。お前もこの稼業で食っているからには、人には言いたくない事情や隠し玉もあろう。だがオレ達が知りたいのはそんな事じゃあない。あくまで国防の観点から、この帝国に害を為す背景があるかどうかを調べるだけだ。他の一切についてはこのオレ、ボルドォと――そうだな、直属の上司であるジェラルド将軍の名に懸けて他言はせんと宣言しよう」


 ボルドォ代行はそう言って脇に控えていた鑑定員にも顎をしゃくり、それを受けた鑑定員も首肯で他言無用の意を示す。であれば後はリセリーに任せ、俺は元々持っていた自前の危険スキルの隠蔽のみ強く念じるとしよう。

 そして改めて水晶板へと手をかざし、血を擦り込んで念じ始めてよりきっかり一分後。ある意味想像通りとも言えよう、惨憺たる鑑定結果が場へ晒される事となる。


「……何、だ。これは」

「だっ、だから言ったでしょう!?本当に見せて良いんですね、と」


 我ながらこの時はよくこの程度の動揺に抑え込めたものだと感心したものだ。だってね、その内容といったらね―――




名前:陽傘(ひのかさ) 頼太(らいた)

種族:人族

年齢:19


筋力:B   敏捷:B+

耐久:B   器用:B-

精神:B-  神秘力:D[魔]


スキル:体術A 剣術C 探索C 罠感知D 神秘力感知C 気配察知C

    調教術B 騎乗D 交渉術E


固有スキル:【み・た・わ・ね……?】

      [詳※不&、内#$開={能]




(お前何つぅ事してくれちゃってんのー!?)

《――お前?》

(……何つぅ事をなさってくれやがったんすか、綺麗で優しいおねいさん)

《よろしい》


 ここにきて相変わらずの強権的な態度を崩す事も無く、そんな脅迫じみた一言をかけてくるおねいさんに言い直しを強要される俺。片やリセリーはそんな俺のヘタレっぷりを見て満足したかの口調でその理由を語り始める。


《ふふっ、お前が困っている様子だったから心裡に暗幕垂れてやったのよ。感謝しなさい?》


 む……そう言われると言葉を返せなくなってしまう。まさか固有スキル欄全てを、しかもわざわざ血文字風におどろおどろしい文体に変えながら覆い尽くすなどという力技をあっさり決められる事になろうとは思わずに動揺してしまったが。先程の演技と絡めれば確かにこれは、あるいは妙手と成り得るかもしれないな。であれば、だ―――


「こういった有様な訳ですが。先程のお言葉、違えはしませんでしょうね?」

「ぬ、ぬぬ……鑑定の直前からこの部屋に充満し始めた不吉の気配と言い、お前こそ野放しにするとまずい気もしてきたが……」


 念を押す俺にしかし、ボルドォ代行は不可解極まるであろう現象を目の当たりにした驚愕の表情さながらにそう返してくる。やはり治安維持の観点から言えばそうなってしまうよな。

 しかし俺達は先日の路地裏にてこの人の根幹にまつわる一つの事実を察しており、その事実は十分に取引材料足り得るものだとも確信している。


「――獣化転身(セリアンスロピィ)

「……っ!」


 俺の零した小さな呟きを、然れどボルドォ代行の獣の血を引く証であるその耳が聞き逃す筈もない。先程の俺の鑑定結果を目の当たりにした動揺すらも一瞬で消し去り、一転して抹殺対象を見るかの如き殺気に漲った視線を突き刺してくる。うぉお……釣鬼先生のそれで慣らしていなきゃ思わず身が竦んでしまったところだぜ。

 だがしかし、ここで引いてしまえばこれまでの工作が全て水の泡となってしまう。だから俺は、背中に嫌な汗が流れ落ちるのを感じながらも更なる言葉を紡ぎ続けるしかなかった。


「伝承として最もポピュラーなのは狼男(ライカンスロープ)のそれでしょうが、ボルドォ代行の場合、差し詰め虎男(ティグリスロープ)といった所でしょうかね?いやはや、これは聞きしに勝る圧力だ。成程そんな切り札があれば、ジェラルド将軍と共に築いたと云われる過去のサムライ百人斬りの伝説も強ち嘘とは言えませんでしょうね」

「はっ……何を言っている?『獣化転身(セリアンスロピィ)』と言えば半ば伝説の、狂気を伴う禁忌とまで呼ばれているのだぞ。確かにオレは獣の血が濃く表れてはいる様だが、先日のあれはあくまで獣の性質が若干強く出ただけで――」


 やはりこの世界では忌み嫌われるものとして語り継がれてきた背景からか、大っぴらには見せる気は無いらしい。あるいはこの世界で持ち得た経験のみであれば、俺もその言葉に騙されたかもしれないがね。代行にとっては誠に遺憾ながら、俺は彼の独立都市の住民達との交流により『獣化転身(セリアンスロピィ)』の本質を識り得ていた。であるからして、その言い訳は通じないのですよ。


「――俺の知己である狼男(・・・・・・・・・)達の話によれば、『獣化転身(セリアンスロピィ)』には段階というものがあるそうです」


 そこまで語ったところで一度話を切り、ボルドォ代行へと胡乱にも見えよう目を向ける。面する代行の貌には目に見えた焦慮の念が現れ、今やその犬歯を剥き出しにして唸りながらこちらを睨み付けていた。


(まじこえぇっ!俺、もう逃げ出したいっす……)

《ふふん、頑張りなさいな小虫君。ああ見えて向こうもきっと、どうして良いか分からなくなっている状態でしょうから》

(信じるからねその洞察!?)


 今や代行から発せられる尋常ではない圧力についついミチルを纏ってとんずらこきたくなる衝動をどうにか抑え、不敵な表情を形作りながら再び言葉を紡ぎ始める。


「まずは狂気にも似たある種の昂ぶりを徐々に覚え、それが極まった際に満月を切っ掛けとして全身獣化に至る第一段階。そして獣化の状態を長く慣らし本能的に理解を深める事により初めて発現する……部分的な獣化を可能とする第二段階。故に全身獣化を成した後、段階としては遥かな先に位置する部分獣化に至る事こそ可能であれど、その逆は有り得ない。そも『獣化転身(セリアンスロピィ)』の本質も知らぬ者が、先日の代行の如き部分的な獣化による身体性能の使い分けなど出来るものでしょうかね?」

「き、さま……」


 今度こそ想像の埒外からの指摘だったのだろう。その変化を成す者は忌み嫌われ、魔物と同列にも扱われようこの世界の常識では有り得ない認識を聞き、益々強まる殺気の中にも僅かな揺らぎが見て取れた。


「とまぁ、散々知ったかぶりをかましてしまった訳ですがね。どうです、互いの口止め要素も確認し合えた事だ。俺としてはこの辺りで止めておいて穏便に済ませたいな、なんて思う訳ですが」

「何、だと……?」

《ククッ、中々面白いものを見せてくれたじゃないの。本当、お前を見てると飽きないわね~》

(誰のせいだと思ってんすかね!?)

《な~によ~。元はと言えばお前が援けを求めた結果でしょうが》


 そりゃまぁ余計なモノを見せずに済んだという意味では助かりはしたけれども、どの道ここまでのやり取りをする羽目になるんだったら別にあんなトンデモ隠蔽をする必要などはなかった気がしなくもないぜ。

 とはいえここまでくれば、後はもう賭けだな。俺から出せる交渉としての札は出し切った。ありきたりの手ではあれど、最後に譲歩の形となるよう話を絞めもしたし、それなりに割の良い賭けには思えるが……。

 それからたっぷり十分以上の間を俺と代行の間での厳しい視線のぶつかり合いが続き、長き沈黙の末に代行が出した答えとは―――


「――ふぅ、そうだな。約束は約束だ、仕方が無い」

「助かりますよ。こいつはある意味呪いみたいなものなんで、俺の意志一つじゃあどうにもならなくってね。我ながら面倒なモノに憑かれてしまったものですよ」


 その返事を聞き、最後にリセリーによる台本通りの台詞を言い切った後にソファへと深くうずもれる。表向きこそ落ち着いた態度を見せてはいたものの、内心新たな危険分子として即排除対象にでもなりかねないのではないかと気が気じゃなかったな。考え様によっては扶祢のアレよりも危険極まりない鑑定結果であるし、先のやり取りなどは一歩間違えれば脅迫罪が成り立つレベルだもんな。

 気が抜けたところにふと視線を感じ横を仰げば、同じく力の抜けた様子ながらも呆れた素振りでジト目を俺へと向けるピノがいた。仕方が無いよね、あのままじゃあ身柄を拘束されかねなかったしネ。






「それじゃあこの依頼、頂いていきますね」

「はい……どうか現地の死霊達に憑り殺されないよう、努々お気を付け下さいませ……」

「それ、縁起でもない話なんだけど?」

「……申し訳ございません」


 その後は逃げる様にボルドォ代行へと別れを告げ、ピノの言葉ではないが辛気臭いどころの話ではない受付嬢さんの見送りの言葉を受けつつ、依頼を受注した後に帝都支部を出発する。


「ふひぃ、何とか難関は越えられたか」

「あのオッサンにも弱みがあって助かったよね」


 だな。やはりこういった交渉事には何よりも手持ちの情報の多寡がものを言う。ある意味今回の交渉の結果もこれまでの経験の賜というものではあろうし、常日頃より情報を収集し続けこういったやり取りに嬉々として臨む出雲の気持ちが少しばかり理解出来た気がするぜ。


「――お、やっと来おったなっ。あまりにも時間がかかっておったし、交渉に失敗して捕まりでもしたのかと思ったぞ!」

「抜かせ。俺達だってやる時はやるんだからな?」

「でも実際危なかったよね~」

「ふふ。お疲れ様です、お二人共」


 噂をすれば影だな。ともあれこうして、商店街の側で暇を潰していた出雲にミーアさんの二人とも合流する事が出来た。それではアトフさんからの本来の依頼の一つである、遺棄地域への調査作業へ入るとしますかね!








 先の一件で騒ぎを起こした者達による水晶鑑定の結果が出てより暫しの後のこと。水晶鑑定を行った奥の小部屋では苦虫を噛み潰した様な顔で腕組みをするボルドォと、その脇で言葉数も少なく鑑定結果を資料に纏め続ける鑑定員の姿があった。


「――ふむ、一先ずはこんなところかな?」

「……済まん、オレの手には余る案件だった」

「あれはまぁ、仕方が無いさ。まさかあそこまで的確に『獣化転身(セリアンスロピィ)』についての言及をされようとはね。妖精族の娘にばかり目を向けてしまっていたが、あるいはあの人族の若者の方が厄介かもしれないな」


 現行の冒険者ギルド帝都支部に於ける最高責任者である筈のボルドォが、いち鑑定員である筈の物静かな男の側へと向き直り、無念の表情で深々と頭を下げる。その謝罪を受けた男は対照的に畏まる事もなく気軽に、まるで長年の相棒へ対するかの如き気易い様子で言葉を返していた。

 やがて資料を纏め終わった男は眼鏡を外し、疲れた様子で目頭を揉み解す。


「っくはぁ……ここ数日の急な動向のお蔭で疲れが酷いな。今夜位はゆっくりと寝て、疲れを取るとしようかな」

「せめてあの遺跡の一件の重要参考人として、あの二人からの裏を取れれば良かったんだが。まさかここにきて外務相の横槍が入るとはな……」

「確かに、アトフさんの介入には少しばかり驚かされたな。あの人はあくまで中立に、皇帝側の中では最も僕達に近い立ち位置だと思っていたのだが……あるいはそんな人がそこまで性急に動く必要に駆られる程に、何らかの危機的事態がこの帝都に迫っているとでもいう事か?」


 最早二人のやり取りより、この男がただの鑑定員などでない事は察せられることだろう。無念さを前面に押し出すボルドォの迫力にも一切動じる事は無く、男は今も冷静に何事かを考える素振りを見せていた。

 再び場に落ちる沈黙が短くない時間を支配した後になり、男はふと備え付けの時計へと顔を仰ぎ慌てた様子で立ち上がる。


「おっと!そろそろ猊下をお迎えする時間だった。悪いねボルドォ、毎度毎度丸投げになってしまうが暫しの間、こちらは任せるよ!」

「あぁ、任された。どうにも不穏極まりない相手ではあるが、それがお前の意向と言うのであればやむなしだ。暫くは見に徹するとしよう」

「あの若者については、いっそイレギュラーとして何も手出しをしない方が良いかもしれないな。情報を掴むのも大事だが、それは君を失う危険を冒してまでするものじゃあない。僕にとってはこの部隊を守るのが最優先であって、イコール国防という訳ではないからね」

「またお前はそういう事を言う……少しは将軍職を拝命した自覚を持てというのだ」


 話している間にも幾分調子を取り戻したらしきボルドォの様子を見て、男は今度こそ皮肉気な笑みを顔に張り付けながら後ろ手越しに片手を振り部屋を後にする。それの意味するところを知ってしまったボルドォはついつい苦い笑みを浮かべてしまい、その足音が完全に聞こえなくなった後にぽつりと独り言つ。


「……わざわざ付き合ってもらって済まなかったな、ジェラルド。お前の大事なオレ達の古巣は、このオレの身に替えても護ってみせるさ」


 やがてボルドォは自らも然るべき資料を纏めた後に部屋を後にする。その頃には先の若者より発せられた不穏の気配の残滓すらも霞の如く消え去って、徐々に失われる熱と共に静寂を取り戻していく室内の移ろいのみが見て取れるのだった―――

 知らずの内に最大限の警戒対象となってしまった頼太でありました。尚、実情はパシりでヘタレ説。

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