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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第199話 要求と対価

「洗いざらい、っすか。依頼の守秘義務とかもあるんでちょっと話せない部分もありますけど、それでも良ければ、ですかね」

「ふむ。となるとそれに応じた程度の情報しか渡せんが?」

「そこは仕方ないよねー」


 だな。アトフさんからの申し出は有り難いが、流石に今日会ったばかりの相手へ出雲との繋がりまで教える訳にはいかないものな。こればっかりは俺達で判断出来る話ではなかろうし、何よりうちのリーダーがそういった契約に関わる部分には厳しいからな。仮に教えるとなったにせよ、何処まで開示して良いかは一度出雲達と連絡を取って判断を仰いだ後の話となるか。

 そう決めた俺達は出雲の素性に関わる一切の言及を伏せ、帝都支部へ立ち寄ってよりの一部始終をアトフさんへと詳細に説明し始めたのだった。


「……そうか。奴等、随分と余裕が無くなってきている様子だな。そこまで形振り構わず動いていたとは」


 空高くあった陽がそれなりに角度を傾け、日中の気温のピークを過ぎた頃。俺達の一通りの説明を受けたアトフさんは難しい顔を見せながら腕組みをし、そう零す。やがて考えが纏まったのか、ミーアさんより受け取った午後のお茶の香りを楽しむ様子を見せながら対価としての情報を語り始める。


「冒険者ギルド帝都支部の乗っ取り、というかこの場合は緊急措置としての側面が強いのだがな。あそこに屯しているのは、『破軍棋士』の異名で知られる、ジェラルド将軍率いる一派だ。公国より訪れたというのであればあるいは耳にしたかもしれないが、数日前に公国との境付近に存在した、とある遺跡が謎の消滅を遂げてしまってな。担当であったジェラルド将軍麾下の調査隊の面々が他の派閥を出し抜いてそれを目の当たりにしたのもあり、軍内部で少々緊張が高まっているらしい」

「……へ、へぇ~。俺達はちょっと、聞いた事すらないっすねー。帝国領に入ってからは西のルート沿いにやってきたんで」

「だっ、だよねー。依頼人が観光したいって言って聞かなくて大変だったもんね!」


 いきなり爆弾級の情報を投下され、俺達は目に見えて挙動不審な態度で返してしまった。やべぇ、傍目どころか自分でもどう見ても怪しい反応を返してしまってるのが自覚出来てしまう。


「ほう?そういえばだが――その遺跡は公国よりの新規の直通路から西側へ出る、迂回路の分岐付近に存在していたな?」

「い、言われてみればそんな建物もあったよーな?」

「ボ、ボクその時は頼太に見張り任せて寝てたから分かんないや!」


 あっ、その手があったか!いきなり丸投げ発言をしてくるピノに内心歯噛みをしながらも、上手い事逃げたこいつの機転に舌を巻く。そんな慌てた素振りを見せる俺達にアトフさんの目が心做しか光った風に見え、続き念を押す様な詰問を向けられた事により思わず口籠ってしまう。


「兄さん。いつもの悪い癖が出ています……」

「む、そうだな。情報を求めたがるが故に立ち入り過ぎてしまった部分はあるか」


 そこに横合いからミーアさんからのフォローが入り、揃って胸を撫で下ろす。そんな俺達の様子をやはり愉しげに眺めていたアトフさんはお茶のお代わりを要求しながら、再び口を開いた。


「生来の嗜好によりつい突っ込んだ探りを入れた俺が言うのもなんだが、お前達も依頼を受けた者として守秘義務に携わる立場に居るのだろう?もう少しばかり、面の皮を張る練習をした方が良いと思うぞ。今後公の場に出ないとも限らないからな」

「う、面目ないっす……」


 今日出会ったばかりである初対面な人にまでこんな忠告をされてしまうとは。それ程までに俺達は、交渉に関するイロハというものが出来ていないという事か。振り返ってみればこれまでは誰かしら年長者の面々がやってくれていたか、もしくは見知りとの交渉ばかりだったからな。その辺りも今後、考えていかないといけないな。


「出雲がボク達を向こう側から外してこっちに寄越したのも、分かる気がするよね……」

「……だな」

「そこだ。迂闊に人前で知己の名を出すだけでも、機微に長けた者相手では勘付かれてしまうやもしれん危険を、本質的には認識出来ていないんだよ。お前達は」

「むぐっ」


 そのぼやきを耳にしたアトフさんが早速ビシッ!とでも言おう効果音が出そうな程の勢いとタイミングでピノを指差し、語気も強く駄目出しをしてくれる。こりゃ、相当に意識を強く持って練習を重ねないとなぁ……。


「考えてもみろ。もし仮に俺の正体が軍属だったとして、その出雲とやらの名を知っていたらどうなると思う?」

「――あるいは弱みを握られていい様に使われかねない、って事っすか」

「そしたらもう証拠隠滅に、この教会諸共この場でぶっ潰すしかないよね」

「……いや、まぁ。それを躊躇なく実行に移せるのならば確かに、有効な手立ての一つではあろうな」


 思わぬところでピノによるカウンターが決まったらしい。とはいえそれは最終手段だろうし、そんな事をやってしまえば今後帝国には二度と立ち入る事すら出来なくなってしまうだろう。という訳で過激思考気味なお子ちゃまの口は塞いでおくとしよう。


「むー!むー!」

「でもアトフさんって別に軍属じゃありませんよね?言っちゃなんですが立ち振る舞いを見る限りではとても訓練を受けた者とは思えませんし、その上で夜な夜な死霊が現れるこんな場所にまで平然と立ち寄れる程の人だ。裏事情に詳しい情報屋とか、そんな匂いがするんですけど」

「ん――まぁ、な。当たらずとも遠からずといったところだ」

「………」


 さっきからミーアさんが妙に押し黙っているのが気になりはしたが、今は置いておこう。成程、はっきりと名言するでもなく、概ね肯定のニュアンスを見せながらも曖昧に返すというやり方もあるんだな。今後の参考にさせてもらうとしよう。


「だが、そこまでの詳細情報を貰っておいてこちらの開示内容はあの連中の素性のみ、というのも対価としては些か味気ないか。そうだな――何か要望でもあれば今後のご贔屓へのサービスとして、こちらから出来る範囲内での情報操作の働きかけ程度はしてやろう」

「む、そりゃ助かりますけど……どうすっか?」

「ぷはっ。今のままじゃギルドどころか街中も歩けないからさ、ボク達が爆破事件の指名手配になってるのって、どうにかならないかな?あとピコも魔物じゃなくって犬扱いで大っぴらに歩けるようにして欲しいなっ!」


 またえらい要求をふっかけやがったな。俺達の指名手配は国ぐるみなんだから、そんな要求が通る訳がなかろうに……そう、思っていたのだが。


「中々に堂の入った要求をしてくるではないか。ならば貸し一つ、程度では済まされんが?」

「え、もしかして出来るんすか!?」

「それに応じた対価を頂く事にはなろうがな」


 まじかよ。これには言い出したピノですら、開いた口が塞がらないといった様子で呆けた顔を晒してしまっていた。当事者である俺達ですら正気とは思えない要求内容を、事も無く成せると言い切ったぞこの人。とんでもない情報網と影響力を持ってるんだな……。


「もしかしてアトフさんって、裏街のボスとかそういった肩書が付いていたり?」

「ふ、はっは!俺が裏街のボスか。案外なってみれば板に付くかもしれんな」

「お願いっ!この帝都でくらいはピコと一緒に街をのんびり歩きたいの!」


 俺の言葉へ不敵な笑みを返すアトフさんに、突如ピノが縋りつく様な声を上げそう願い出る。

 これまでの活躍を振り返っても分かる通り、ピノは頭が良いし神経は図太くて決断力もある方だ。だが、俺や扶祢に倍する年月を生きているとはいえ、妖精族としては見た目通りの子供だからな。普段はどんなに強がった姿を見せていても、時には大人げない喧嘩をしてしまおうとも、物心付く前から共に育ってきたピコはピノにとっては血縁にも勝る家族であり、可愛い弟であるんだよな。その弟が謂れなき罪に問われ、石持て追われてしまう。そんな想像をするだけでも子供心には不安で不安で仕方がないのだろう。


「そういえばお前達って、ヘイホーに来る前は人里にすらまともに足を踏み入れた事が無かったんだっけか。もしかして、過去に故郷の付近の帝国領内で似た様な目に……?」

「……ま、ね」


 俺の問いにそう哀しげな瞳を見せながら、塞ぎがちにそう返してくる。そんなピノを同じく眺めていたアル兄妹はどちらからともなく互いの視線を絡ませ、暫しの間無言のやり取りをしている風に見えた。そして、そのやり取りに根負けをしたのはアトフさんの方。先程まで漲らせていた自信に満ちた態度が幾分鳴りを潜め、苛立たしそうに舌打ちをしながら言ってくる。


「あぁ分かったよっ!このまま帰れば後でこいつがどこまでぶら下がって訴え続けてくるか、知れたものではないからな。お前達が現在立たされているその苦境、俺が全て解決してやる。だがその分の貸しは、然るべきタイミングでしっかりと働いて返してもらうぞっ」

「……え?」

「全て、って。どういう事なんです?」


 勢いも早く一気に言い切ったアトフさんの言葉に、俺達一同呆気に取られてしまう。その内容を吟味すればする程に現実離れをした事を言っている様にしか思えず、だからこそ俺達はそう聞き返すしかなかったんだ。


「言葉通りだ、裏などありはしない。我ながらこの立場に立ってよりこの方、ここまで含む事無く慈善の如き真似事をしよう羽目になろうとは思いもしなかったぞ……」


 そう語るアトフさんの目は既に俺達を見る事も無く。不機嫌そうな顔のままに立てかけてあった外套より何枚かの上等そうな紙を取り出し、テーブルの上で筆を取り何やら書き込み始めていた。

 やがてそう長くはない無言の時間が過ぎた後、未だインクが乾ききらない出来立ての書類を無造作に俺に押し付け、そのまま外套を着て教会の入り口へと歩いて行く。


「俺はそろそろ戻らねばならん、今日の仕事もまだ残っているからな。ミーア、後の説明は任せたぞ。明朝七時に俺の職場へとそいつ等を連れて来い、一秒たりとて遅れるのは許さん!」

「はいっ、流石は私の兄さんですねっ!」

「――ふん」


 アトフさんは最後にそんな兄妹間のやり取りを済ませ、俺達が挨拶を返すのを待つ事も無く教会から出て行ってしまった。常であれば引き留めせめて理由だけでも聞く場面ではあるのだろうが、生憎と渡された書類の内容に目を通した今の俺達に、周りの状況を見る余裕などは残っていなかった。

 俺達をそこまで思考停止状態に陥らせてしまった、その書類に独特のサイン付きで書かれた内容。それは―――


『サナダン公国ヘイホー支部所属である冒険者ギルド員、陽傘頼太、並びにピノ。

 上記の二名は先に先方より告知のあった帝都支部に於ける小火騒ぎの一件の重要参考人なれど、当人達が籍を置く国の関係で我等の管轄と判断した。また当人達に国外への逃亡の意思が皆無である現状を踏まえた結果、勝手ながら我が裁量に於いてこちらで精査を行わせていただく事とする。ついては当事者達による謝罪の意を酌み簡易書類を認めるので、この二名の扱いは丁重に行う様、配慮を願う。

                     ―――帝国外務相 アル・アトフ』


 他にも爆破とする軍部の見解に対し疑問を呈する旨、そして俺がアトフさんに説明をした状況などが事細かに書かれてはいたが、大筋としてはこの様な文面であった。


「……まじすか」

「こっちの書類でも、ピコが血統書付きのアルカディアン・マスティフって犬種になってるみたい……」

「ええ、驚きました?驚きましたよね?私の自慢の兄です、はい」


 嬉しそうな笑みを浮かべにこやかにそう返すミーアさんの顔を見ながら、不意にこの世界へと初めて訪れたその晩に釣鬼から聞いた話を思い返してしまう。


『――隣の国の大臣の一人は小鬼公(ゴブリン・ロード)っつう話だ』


 当時釣鬼が管理人をやっていたデンス大森林南部は表向き、サナダン公国に属する地域として扱われている。そこから見た隣国――つまり現在俺達が滞在しているこのクランウェルを首都に抱く、インガシオ帝国の大臣の一人に小鬼公(ゴブリン・ロード)が就いており。そして目の前で得意気な顔を見せるミーアさん達アル兄妹の先程の話から、二人が生まれながらの小鬼公(ゴブリン・ロード)種である事も判明している。ここまで材料が出揃ってしまえば、そこから導き出される答えとしては疑うべくもないだろう。

 これは、流石に予想外だったな……。


「それではまずは陽の高い内に冒険者ギルド帝都支部へ赴き、面倒な手続きと説明だけでも終えてきちゃいましょうか。私も同行しますので、揉め事の類も無くスムーズに処理も終わると思いますよ」


 ミーアさんはそう言って修道女然としたヴェールをあっさりと脱ぎ、深い緑色のショートカットをはためかせながらお出かけの準備をし始める。一方で本日最大の衝撃を受けてしまった俺達二人はと言えば、ただただその様子を呆然と見守るのみだった―――

 次回投稿、10/10(月)予定です。

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