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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第198話 情報提供の誘い

 本日より10/10(月)の祭日まで、投稿ペースを二日おきに変更します。

 小鬼族(ゴブリン)―――


 英雄譚の類では必ずと言って良い程に登場し、豚頭族(オーク)と並び小物の悪役、または排除すべき雑兵として描かれる不遇の種族。稀に下剋上の象徴としてゴブリンに脚光が当てられる創作物語も近年には登場していたりもするらしいが、それはさておくとしよう。大抵の場合では知能が低く、下劣で、不潔で、醜悪。そういったフレーズがまず、その種族名を聞き抱く印象として大多数ではあろう。

 このアルカディアに於いても人里離れた野山で原始的な生活を送るゴブリン達はその印象に漏れず、一般的には魔物の一派として数えられ嫌悪される場合も多い。しかし彼らは実のところ魔物の象徴である魔核を持たず、またその耳の形状に顕れる通り妖精族の血を引く出であるのだ。諸説はあるものの、その道の研究者達の間では大鬼族(オーガ)を始めとする鬼の一族が地の属性を持つ小人族(ドワーフ)と交わり、歪んだ結果生み出されたのがゴブリンの始祖ではないかといった意見が彼等に対する評価の大勢を占めている。

 現に彼等の手先の器用さ、そして精霊への親和性からしても同じく妖精族の血を引くドワーフのそれに準ずるものを持っている。混血によりドワーフ特有の頑固さという性質が薄らいだ結果、サナダン公国の誇る大都市ヘイホーなどでは近年、石頭極まるドワーフ達よりも製造業要員としては重宝されている程だ。


「――これらの事実より類推されるゴブリンの現状とは。血が混じったことで、頑固ではあれど同時に多大なる克己心を持ち得たドワーフより分化派生してしまった者達が鬼属としての欲望に憑りつかれて歪んでしまい、結果野山を駆け巡る蛮族の如き所業に堕ちてしまった成れの果てではないかと思うのです」

「ふむぅ」


 アル・ミーアさんの兄であるアル・アトフさんを加え、俺達は午睡の誘惑に駆られる中で興味深い考察を聞き続ける。ここまでの詳細な考察を淀みなく言えるのは、偏に民俗学者としての造詣を深めていたミーアさんならではの事であろう。こうして順序立てて説明をされてみれば成程、腑に落ちる部分も随分と多いものだ。


「そういや、三界(あっち)のゴブリン研究者チームなんか研究への欲望に憑りつかれてた感じだったもんな」

「だよねー。ボクですらちょっと付いていけないところがあったもの」


 嘘付け、お前は率先して魔改造プランに携わっていただろうに。何気にさらっと虚言を混ぜてくる元幼女に白い目を向け、そんな俺の視線に気付いたピノと暫し無言の火花を散らす。

 だがそれをここで言っても仕方がないし、下手に襤褸が出て三つの世界(トリス・ムンドゥス)の存在までがばれてしまっては面倒だ。主にアル・ミーアさんの民俗学的探究心に火を灯してしまいそうでね。


「えぇ。ですのでゴブリン達は他の種族に比べれば欲望の振れ幅が大きいだけで、しっかりと学ぶ機会さえあれば位の貴賤問わず、皆人里で生活出来るだけのポテンシャルは持っているのですよね。欲望そのものもゴブリンとして発祥してより長き時が流れ種として安定した結果、今では個体差のレベルで十分に収まりますし」


 成程なぁ。地球の側でも発展途上国などではまともな学も与えられず、結果言い方は悪いが土人などとも揶揄される原住民の人達だって居るものな。そういったものと考えてみれば、街で暮らすゴブリン達に対する違和感などは消え去ってしまうというものだ。


「ところで、さっきのお話でちらっと耳に挟んだんですけど。お二人って、ただのゴブリンじゃないんですよね?ほら、お肌もつるっつるで綺麗ですし」

「どうしましょう兄さん。私、また口説かれてしまいました」

女公(ダッチェス)としての導く役割も果たさず趣味に没頭し続けて親の遺産を食い潰すお前に、ようやっと最後の春が来たのだろうよ。俺は、歓迎してやるぞ」

「……酷いわ、兄さん」


 ここ半日程をアル・ミーアさんと過ごしていて分かった事がある。この人、場の空気に酔い易くて若干天然入ってるんだな。今も謎の舞い上がり方をしては実の兄貴の言葉に叩き落され、テーブルに沈んでのの字を書いていた。昨夜出会った時との落差がむっちゃ可愛いぜ。


「あー、ええと。アル・アトフさん。やっぱりこの人って、昨夜のシスター然とした立ち振る舞いは、芝居だったんすかね?」

「そうだな。先のこいつの話にもあったが、ミーアは一度これと決めると何処までも突っ走る悪い癖があってな。それがこいつの欲望という事なのだろうよ」

「頼太、耳が痛いよね?」

「うっせ!」


 だがこれでようやく確信出来た。昨夜のあれは場の雰囲気に流されたミーアさんの演技であり、ピノの比較的希少な素性を目の当たりにした事により、溢れんばかりの知的好奇心が表へと顕れ化けの皮があっさりと剥がれてしまった結果が今朝のあの態度の豹変という事なのだろう。


「あぁ、それとだな。俺の呼び名はアトフで構わん。こいつの言っていたフルネーム呼称は遥かな昔に伝えられていた、民俗学としての観点からの発言だからな。現在街で暮らすゴブリン達にそんな呼び方をしても妙な顔をされるだけだ。こいつの事もミーアと呼べば良い」

「そこまでばらさなくっても良いじゃない!?兄さんの馬鹿ぁっ!」


 これは酷い暴露だぜ。アル・ミーア、もといミーアさんはその緑色の顔を赤く染め、アトフさんに泣き言を言いながら裏の部屋へと逃げ込んでしまった。この微妙な空気、どうしたものかね。

 俺とピノの視線が心なし生暖かいものになりながらもどう対応したものかと悩んでいると、意外にもアトフさんの方から話題を提供してくれた。しかしその内容は俺達を一転、驚愕と緊張の状態に陥らせるに足るものだったんだ。


「そうそう、お前達が知りたかったという先日の冒険者ギルド帝都支部の一件だがな。表向きには爆破事件として公表され、現在軍部が総出を挙げてその犯人を追っているらしいぞ。目撃証言では確か、一人は金髪碧眼の耳長族(エルフ)かそのハーフの少女で、もう一人はそうだな……お前と同じ、黒髪で人族の若い男だそうだ」

「げっ!?」

「……もしかして、ばれちゃってる?」


 ピノ君や。分かっていても、そういうのは言っちゃいけない言葉だと思うんだ……。


 ・

 ・

 ・

 ・


「――そういう事か。それは、お前達には悪いが災難だったと言うしかないな。それにしてもこの金の狼は、やはりゴルディループスだったのか」

「わふん」


 あわや昨日のギルドロビーでの焼き直しとなってしまうかと思われた一触即発な状況ではあったが、予想外な事にアトフさんは特に警戒感を見せる様子もなく、俺達の反応を楽しそうに眺めているのみだった。それを見て若干落ち着きを取り戻した俺達はどもりながらも拙い説明を始め――それが一通り終わった今、アトフさんはピコを手招きしてその頭を撫でていたりする。


「別にピコはこの通り、何をするでもありませんし、シルバニアウルフだった頃からうちのパーティじゃ犬ポジなんですよね。あの冒険者ギルドに居た連中が皆軍属だってのは仕方がないにしても、何であそこまで過剰な反応を示すのかがなぁ」

「分かんないよね、ピコはこんなに可愛いのに」


 実際問題として実行に移すかどうかはともかくだ。あそこまで連携の取れた軍属であれば、成熟していないゴルディループス相手ならばどうとでもなりそうなものではあるんだけどな。とはいえ、ピコの場合は厳密に言えばゴルディループスですらない訳で。成犬ではなくともその知能はピノ曰く、会話による交渉を持てる程に高いらしいからな。そうそうはやられる事もなかろうし、不利と見れば昨日の昼間の様に策を凝らして逃走する程度の芸当ならば可能だろう。

 少々脱線をしてしまったが、俺達としてはあの時の軍属達がゴルディループスの子供にしか見えないピコに対し、あそこまで怯えていた事実にどうにも納得がいかないのだ。


「そこは、この帝国の成り立ちが関係している部分はあるのだろうな」

「成り立ち、ですか?」

「うむ。お前達は、この帝国の前身となった国が滅んだ理由を知っているか?」

「……あー、そっか。フェンリスヴォルフの伝説が根強いんだったね、この辺りって」


 そんなアトフさんの問いかけに、ピノが何やら得心のいった様子で言葉を返す。そういえば、夏にピコがシズカに連れられて狭間に行き、劇的ビフォーアフターを遂げて帰ってきた際にそんな話を聞いたっけ。何でも俺達が現在滞在している帝国が建国される発端となったとも言われる、怒れるフェンリスヴォルフによる一国全土の凍結事件、それの事か。


「やはり本場の冒険者ギルドの者達は、そういった事情には殊の外通じているらしいな。その通り、この帝国が建国される遥かな以前に起きたと言われるフェンリスヴォルフによる凶行。それの恐怖が地元の民達の間では未だ尾を引き、半ば眉唾な噂が独り歩きをしているのだよ――ミーア」

「はいっ!それでは比較的有名と思われるものを掻い摘んで説明しますねっ」


 いつの間にか復活し部屋に戻ってきていたミーアさんがアトフさんの呼びかけにより言葉を繋ぎ、専門分野である民俗学説を交えながら嬉々とした様子で説明を始める。


 曰く、フェンリスヴォルフ系と対をなすゴルディループスが巨大化して火を噴いた、だの。

 曰く、プラチナムビーストともなれば自らを第二の太陽と化し、地上全てを焼き尽くす地獄の顕現となる、だの。


 どうもフェンリスヴォルフの一件以来、そういった誇大妄想とも言えよう流言が地元民の間で飛び交ってしまっているらしい。知者が止めようとすれども数の原理で噂が噂を呼び、未だ軍属の中ですら、その噂を信じてしまっている者も少なくはないのだそうだ。

 無念そうな様子でそれを語るアトフさん達の話に耳を傾けながら、当時の話を思い出した俺とピノは成程と頷き返す。それで同種でもあるゴルディループスに対しても、あそこまで過剰な警戒を見せていたという事か。


「こりゃ、出雲の奴に本気で利用されちまったのかもな。あいつがそういった人心の機微を見過ごす筈がねーし」

「だね……帰ったら覚えてろ!」

「情けない話ではあるがな。当時の真実を知る者は既に墓の下で眠っているか、あるいはそこの妖精族の出身である妖精郷の如く外界に興味を持たぬ者ばかり。一度広まってしまったイメージを払拭する事の難しさが分かろうというものだな」


 事の真相を知りついつい愚痴ってしまった俺達に、アトフさんは何故か謎めいた笑いを浮かべながらそう話を締めくくる。言わば都市伝説の類だもんな。SNSなどに溢れる創作怪異掲示板などがある地球とは違い、この世界では情報の入れ替わりが少ないが故に新たなローカル伝承が生まれる速度こそ遅くはある。だがそれは、逆に言えばアトフさんの言葉通り既存の印象を塗り替えるのも至難の業という事を意味するのだろうな。


「ところでお前達。聞けば冒険者ギルドを乗っ取っている軍属の出所を知りたいという話だな?俺に協力をするのであれば、情報を提供してやらんでもないが」

「まじすか!?」

「知ってるの?」

「あぁ。こう見えても俺は、帝都を巡る情勢ならば大方は把握しているからな」


 凄ぇっ!もしかしてこの人、情報屋とかそういうやつなのか?考えてみれば打ち棄てられたこの区画に物怖じもせずに入って来れたのもミーアさんの血縁であったという理由だけではなく、この区画の特性を識った上での事ではないのだろうか。ギルドの帝都支部が当てにならないどころか敵に回っているこの状況下では、この人からの情報提供は俺達としては喉から手が出る程に欲しい所だ。


「そうだな……まずは昨日のお前達の行動の詳細、そう判断するに至った動機まで、だな。洗いざらい吐いて貰おうか?」


 後になって思い返せば、その時に俺達の傍らでミーアさんが見せた表情で察するべきだったのだろう。これがこの帝国に於ける不穏な騒動へと深く立ち入ってしまう最初の切っ掛けであった事を、その時の俺達は知る由もなかったのだ―――

 次回、10/8(土)投稿予定。

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