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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第193話 宵の闇に紛れて

 帝国領の南部に位置する荒野の果てに、その迷宮は存在していた。

 こうして過去形の表現をされる事からも連想出来よう通り、現在その迷宮の反応は消失してしまっていた。

 反応、これもまた言葉の如くだ。彼の迷宮に設置されていた微量な神秘力を発する小型の器具よりある種の信号が発せられ、幾つかの中継点を介して帝都へと送り届けられていたものとなるが――つい半日程前に全ての通信器具からの反応が一斉に途絶え、以降無しの礫となる異常事態。

 国を挙げて推進していた迷宮探索の中でも比較的安全かつ、最深層への道が未だ発見されていないという、踏破といった観点からは恐らく最も難度が高い部類に入る『堕ちたる者の棺』の名で知られる迷宮。であればこそ過去に地上部のみならず、罠や魔物が出没する地下部にまで兵を派遣し隅々までの神秘力反応を探っていたのだが―――


「信号が確認された最終時間はヒトヒトヨンマル。以来七時間程が経過しましたが、信号の回復する気配、依然としてありません」


 調査の為に急遽派兵をされた現地の調査隊は、その特性に依り常識では有り得ない進軍速度を誇り、今や迷宮跡地へあと僅かとなる荒野の終端へと隊を進めていた。


「そうか。信号の消える直前に表れたという巨大な神秘力についての詳細は?」

「それについてはこちらに」


 部下より報告書を受け取った調査隊の長は軍用に作成された特製の光明の下、簡潔に纏められたそれを流し読む。やがて報告書を読み終えた隊長は腕を組み、比喩では無しに唸り声を上げながらも未だ視界に入る事のない遺跡の側を睨め付ける。


「――あの遺跡については、確か地元の民の間で天使の伝承が伝えられていたな?」

「ハッ!あの遺跡の名にある通り、太古にあの地へと堕ち囚われた一柱の天使を封じる為に建立されたものと伝えられております。地元の伝承ではその天使が魔を喰らい尽くし、その際に起きた天変地異によりこの様な荒寥な地が今でも広がり続けているなどと実しやかに噂されておりますが……」

「それは流石に迷信だと思うがな。だが、そういった存在を彷彿とさせる何かがあの地へ出現し、結果発信機よりの信号が全て消失したのは事実だ」

「隊長、もう陽も既に没し夕闇に包まれております。ここより先は自然岩などの障害物も増えますし、我が隊には夜目が利く者が多いとは言え無理は禁物です。少数の斥候のみ派遣をし、調査本隊はこの一帯での野営を進言致しますが」


 状況報告が済んだのを見て取って、傍らに控えていた副官の証である徽章を付けた隊員が申し出る。その言葉に隊長と呼ばれた男は暫し自らの思考の海へと沈み込み、やがて首を振り言った。


「……いや、わざわざ当日中に他の隊を出し抜いてまで出発をさせられたんだ。ならばオレ達のやる事はと言えば決まっている、少々の無理は押してでも確認作業を急ぐぞ。対策としてはこの街道をそのまま進む隊と山間の迂回路を辿る隊の二つに分け、付近も含めて虱潰しに調査を進めよ!」

「「ハッ!」」


 男――ここ十年程の数々の戦歴により爪舞ボルドォの二つ名で知られた人虎の調査隊長は、同じく大半が直接戦闘に長ける種の獣人族で構成をされた隊員達へと檄を飛ばす。


「隊長はどうなさいます?強行軍でお疲れの様ですし、何でしたらこの野営地でどんと構えて下さっても――」

「オレの勘が囁くんだよ。何かがあるとすれば、それは夜闇に乗じて山間を抜ける、とな」


 副官の言葉を遮り、恫喝の色強く語るボルドォはその発達した牙を見せ獰猛な顔を自らの部下へと向ける。しかし副官はそんな顔にも慣れた様子で、唯々疲れた風な素振りで返すのみ。


「あぁやっぱり……今度はやり過ぎて迂回路ごと潰したりしないで下さいよ」

「さぁな。対する何者かが手加減で済めばいい程度である事を祈っておけ」

「結果回り回って、参謀府(うえ)から怒られるのは将軍なんですからね?」

「……善処はしよう」


 この様に獰猛の色を見せ続けるボルドォではあったが、将軍の名が出た途端にその素振りは鳴りを潜め、宵の闇に乗じて得物を食い殺す虎のそれより打って変わって借りてきた猫の様に大人しくなってしまった。それを見た副官はこれ幸いと畳みかける。


「善処だけではなくて結果も伴って下さい。『あいつの暴走対策として、いざという時は非公式にだが、一時的なボルドォ個人への命令権を副官である君に預けるよ』――ジェラルド将軍のお言葉それとこちらが念書になりますが、早速使用しておきますか?」

「……あの野郎っ!?」


 結果として、年甲斐も無く血気に逸るボルドォは遺跡を目前とした野営地での待機を余儀なくされてしまい、先遣隊よりの報告を心待ちにする一晩を送る事となる。その間のやり取りの僅かなタイムラグにより、ボルドォの勘働きの通り宵闇に乗じて迂回路を抜ける、出雲率いる特使一行との今宵の対峙は回避されるのだが――果たして彼等にとってそれが吉と出るか凶と出るか。それを知る者は今はまだいない。








 Scene:side 頼太


「ふぅっ……やべぇやべぇ。お頭の予想どんぴしゃりっす、ジェラルド将軍麾下の武闘派獣人部隊が勢揃いでしたよ。マジでぎりぎりのすれ違いでしたわ」

「やはりなっ!あの捻くれ棋士のことだ。余等があの街道を通り遺跡に向かう事も重々承知で、手の者を付近の町村にでも張らせていたのだろうよ」


 夜も更け未明に入った辺りで斥候に出ていたコタさんが馬車へと合流し、そんな報告を上げてきた。

 リセリーによる帝国軍隊接近の告知を受けた後、俺達は慌ただしく地上へと駆け上がり、夜の帳が落ちる中の逃避行を続けていた。一国の軍隊を相手取る様な疚しい事をしたつもりは無いが、結果的には前人未踏であった迷宮(ラビリンス)をまるっと一個潰してしまった様なものだからな。事前に避けられる衝突は避けるに限るというものだ。


「しかし毎度毎度と申しますか。それが分かっていて何故に寄り道をするのですかな、お頭は」

「知れた事よ、そこに心沸き躍る真実があるかもしれんからだっ!」


 暗に駄目な子扱いをするトビさんの苦言に、それを知ってか知らずか出雲は何時も通りのドヤ顔を向けて自信満々に宣っていた。この悪癖さえなければ、こいつは希代の戦略家と成り得ただろうになぁ。

 人付き合いの良さも相まって友人として接する分には申し分の無い出雲だが、上司にすれば要らぬ気苦労を背負わされる事請け合いな、とんだトラブル物件だよな。これで凡庸ならばそれなりに当たり障りのない対応も出来るのだろうが、こいつの場合無駄に溢れる才気により国家運営の一角を担える程の結果を出し続ける分、余計に性質が悪いというものだ。直近の配下をしているトビさん達に、改めて敬礼を送らせてもらうとしよう。


「急な話だったけど、リセリーさん一人をあそこに残して私達だけで逃げてきちゃって良かったのかな……」


 そんな折。沈黙が支配しがちであった逃避行中の馬車内に、扶祢による彼の遺跡内へ一人残ったリセリーを案じる言葉が発せられた。


「聞けばお前ぇも怪我を癒してもらったりしたみてぇだし、ちっとばかり薄情な気もしねぇでもねぇがよ。状況が状況だから仕方がねぇってものさ」

「うむっ。それにあの者は未だあの地から離れられぬのだろ?ならば今は互いに為せる事を為し、帝国での案件が終わったその時にでも、また顔を出せば良かろう!」


 そうだな。ここで一時の感傷に身を任せ一国の皇族が他国の遺跡を大破させた現場に居合わせた事実が公となれば、外交的に大打撃を受けてしまいかねない。延いては指名依頼を受けた俺達の依頼失敗をも意味し、ギルドの信用問題への悪影響も否めないだろう。一刻を争う緊急時でもあった事だし、リセリー本人も最深層への道は再び閉ざすとも言っていた。だから皆の心配も分かるんだが、ここはお言葉に甘えて夜闇に乗じ、とっととこの荒野地帯を離脱するのが無難だと思う。

 実のところ皆には内緒にしているが、俺としては全く心配をしてはいないんだよな。それはリセリーの力に直接触れた俺が、よりその本質の強大さについて本能的に理解が出来たという事もあろうし……何よりも、だ。


《ふふん?案外ワタシも気遣われていたのね。人間達にこんなに心配をされるなんて初めての経験で、何だかとっても新鮮ねぇ》

(………)

《何よ?その取って付けた様なあからさまな沈黙は。何か言いなさいよー》


 何だ、その……既に元『堕ちたる者の棺』のあった地点より二時間以上を馬車に揺られているというのに、未だリセリーからの思念がクリアに俺の脳内に響き続けていたんだよね。通信可能距離どんだけあんの!?


《あーやっぱり理解出来ていなかったか。言ったでしょ?通信路(チャンネル)を直接繋いだって。幽世の側からお前の魂情報をがっちりと掴んでいるんだから、現世の側でどんなに距離があろうとも無駄無駄ぁ~。その気になれば地の果てまで追っていけるわよ?》

(ニートの上にストーカーかよ……)

《誰が引き篭もりよ。この付近の地脈の整理が終わったらそんな不名誉なレッテル、力尽くで剥がしてやるんだから》


 これこの通り。自覚に関しては全くと言って良い程に無いのだが、どうやら俺の魂とやらは既にリセリーに捕捉をされており、いつでもぱくっといかれかねない状況だったらしい。あと、ストーカーの方は否定しないんすね。


(そういや、堕天使(あくま)と契約をしたものは魂を囚われ、その死後に魂を狩り取られるなんて言い伝えもあったよネ……)

《失礼ねぇ、どちらかと言えばこれは加護に近いんだから。これでも封印からの解放に多大に貢献してくれたお前には、感謝しているのだからね?》


 とは本人の言。俺、本気でとんでもないモノを解放してしまったのかもしれないぜ……その内強大な存在に曝され続けた俺の魂が砕け散ったりしないだろうな?


「頼太、大丈夫?顔色悪い様に見えるけど」

「む……いや、うん。取りあえずは気にしないでくれ」


 この夜闇の中でよく表情が見えたものだと感心しつつも、俺を気遣う声をかけてくれた扶祢へとそう返す。顔色が悪く見える理由が俺の場合、皆とは全くの別物だからな。未だ安全地帯への到達が確定していない以上、ここは頭を切り替えて目の前の状況に対応するべきだろう。


「もしかして、まだ……憑いてる?」

「………」


 しかし何かを察知したらしきピノのこの一言によりあっさりと周知の事実となり、馬車の内部は先程までとは別の意味での哀しい沈黙が降りてしまったのであった。これ、俺のプライバシーとかどうなるんすかね?


《命あっての物種、だっけ?お前達の故郷には良い言葉があるじゃないの》

(……え)

《大丈夫。人に言えない様な恥ずかしい事をしている時でも、見て見ぬ振り位はしておいてあげるからね?》


 見て見ぬ振りという事はつまりだ。若さ故の生理的なあーんな事やこーんな事のみならず、入浴時やトイレに至るまでプライバシーの保護すらなく常に見られ続けるという、人間としての尊厳破壊を意味する訳で―――


「うわぁあああっ!?俺の人生終わったああああああっ!?」

「ちょ、ちょっと頼太落ち着いてってば!この馬車ぎりぎりの補修で騙し騙し走らせてるんだから、そんな暴れたりしたら……」

「ひぃぃー!あんな痛い思いしてまで開放したってのにこの仕打ち、あんまりだぁー!?」

「やむを得んな、口を塞いでおけっ!」

「悪ぃな。ちっとばかり手荒になるが、これも調査隊の連中に見つからねぇ為だ。我慢しろぃ」

「はぐっ……」


 流石にそんな俺の事情を察した上で、非情な判断を下すのは忍びなかったという所か。比喩的な意味合いとはならず物理的に口を封じられるに留められ、大破の影響により大分ガタのきた馬車の床で様々な感情要り混じる視線を受けながら、夜が明けるまでの間を涙ながらの逃避行で過ごす羽目になってしまった。


《冗談冗談。基本的に一度チャンネルを断線したら、再接続の際にはお前の許可が必要となるから安心しなさいって》

(嘘だ!?今度里帰りしたら、シズカとサキさんにお願いして絶対祓ってやるからな!)

《あらら、ちょっとやり過ぎちゃったかしらね。まぁお前達も無事に人里へ抜けたみたいですし、ワタシも一度休むわ。お疲れ~》


 翌朝、割と洒落にならない精神状態となってしまった後にようやくこの様なネタばらしが為されるも、それから数日間というもの、日がな一日何かに見られているかもしれない強迫観念といったものに駆られてしまう俺でありました。堕天使こわい……。








 東の地平線より朝の光が差し込む中。ボルドォ率いる調査隊は件の遺跡の存在したその場にて皆が皆、揃って呆けた表情を形作りそれを仰ぎ見続けていた。


「……何なんだ、これは?」

「時計、の様に見えますが」

「そんな事は見れば分かるっ!何故こんな馬鹿でかい像に時計が付いていて、しかも意味不明の恰好をしているんだよっ!?」

「私にそれを言われましても……」


 理解不能を前面に出し、昨夜の不満も含めて副官へ当たり散らすボルドォ。彼等の前には先日にこの場で伝説に謳われる真の巨人種も斯くやといった程の大激戦を演じた片割れである、白亜の巨像が変わらぬ威容を調査隊達へと見せ付けていた。

 否、変わらぬといった表現は些か正確さに欠けようか。ピノの砲塔から射出された扶祢による渾身の一撃で大破し風穴の開いた筈の胸部には、その穴へ見合う程の巨大な硝子に包まれた時計が填め込まれていた。更に言えば彼等が交戦状態へと入る以前の鎧姿とは異なり、下帯一枚にニヒルな笑い顔という謎の造形美を誇りながら、上腕三頭筋を殊更に強調した姿勢を今も取り続けている。

 その威容ならぬ異様に、然しもの勇猛で知られるボルドォ以下の武闘派獣人部隊も皆が皆、浮足立ってしまい、度重なる調査と作戦会議の間にも定期的に姿勢を変えていく巨像の姿を理解し難い様子で遠巻きに眺め続ける事となるのであった。


 ・

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 ・

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「ふん?あの子達の言った通りね。成程ヒトは目に見えた脅威よりも、見えぬ何かにこそ慄くもの。そこに脱力感を誘う謎の一つでもアクセントとして加えてやればこの通り、要らぬ妄想を膨らませ……結果見事に身動きが取れなくなってしまう、か」


 調査隊達が混乱極まり右往左往としている中、遥かな地の奥底では一柱(ひとり)の堕天使と呼ばれる存在が地上の情景を自らの前に映し出し、その様子を興味深げに眺めていた。


「既に封印が解かれたとはいえ、地脈の安定化まではまだ幾許かの時がかかるものね。この際ですし、暇潰しに地上の小虫共を使って色々と反応を楽しませてもらうとしましょうか」


 そう言って嗤う堕天使は、先日にこの玄室を訪れて自らを開放した一行より手渡された一枚の覚え書きを取り出し、次なる手法を見繕い始める。見る者が見れば邪悪極まるとも表されようその貌はしかし、遥かな過去に自らが見せた、人類へ対する昏き感情といったものからはかけ離れた色を灯していた―――

 サイドトライセップス!

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