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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第192話 扶祢と残滓の検証会

「ふふん?お前、色々と混じっているみたいね」

「混じる……だと?」

「えぇ、先程の戦闘時に見せた黒で内面まで彩られているのかと思いきや、中身は憎たらしいまでの白一色というか。それでいて……んー、これは神霊?いや違うな、格が異常に引き上げられてはいるけれど、霊獣とヒトが混ざりあった様な――」

「格の異常に高い霊獣、は母さんの事として。我が身は狐妖であるから、人の要素が混ざる訳はないのだがな?」


 現在俺達が位置する遺跡の最深層では、この遺跡の名付け元となったであろう『堕ちたる者』そのひとによる扶祢の状態解析が行われていた。扶祢の頬を両手で挟み、むにむにとその感触を楽しんでいる風にしか見えない今一しまらない図ではあるが、本人曰くこれでも真面目に魂の精査とやらをやっているらしい。

 一方で、不審な顔をしながらもされるがままとなっている扶祢はリセリーが紡ぎ出す言葉に心当たりがあったのか、その後も詳細を語るリセリーにいちいち相槌を打ちながら話を聞き続けていた。まだまだ解析には時間がかかりそうではあるし、暇潰しを兼ねてこうなった経緯について振り返っておくとしようか。






 リセリーとの面会が成った事により俺の諸々の疑惑は解けこれで一安心と思うも束の間、残る扶祢の変質についての問題が立ちはだかっていた。


「もしお前が『残滓』が形を成した仮人格だったとして、扶祢自身は一体、何処にいっちまったんだろうな?」

「……済まない。我は自らの意志で再び眠りに付き、封印の揺り籠の中で微睡み続けるものとばかり考えていたのだが」

「わっかんねぇな。以前から精霊力が使えなくなっていたっつぅなら、それが何らかの予兆だったんだろうがよ」

「本当に、済まない……」


 わざわざ問題と論うからにはそうそう容易に解決する話でないのはやむなしとしてだ。俺達の何気ない言葉にこの通り、一々沈んだ表情で申し訳無さげに謝罪をされてしまうと、むしろ俺達の方がやる瀬ない心持ちとなってしまうのが困りものだな。事は決して軽いものではないのだろうが、当初と比較すればこいつもすっかり落ち着いて冷静に話し合いが出来る状況となってもいるし、こんな罪悪感に満ちた姿を見せられてまで批難をし続ける程には利己愛主義ではないつもりだ。


「魔力そのものは真っ黒ではあるんだけど、それ以外は特に異常って感じもしないからな~。ボクにはこれ以上は何も出来ないや」

「余など既に話に付いていける気がせんしなっ!部外者は部外者らしく、このエリアの探索にでも出る方が建設的な気がしてきたぞっ!」


 実際この二人などはこの件に関しては立ち入るつもりはないとばかりに、ピコとミチルを連れてさっさと最深層の探索へと出発してしまっていた。リセリーによれば上部に位置する中層とは違い、魔物も居ないし罠の類も存在しないとの事だから放っておいても良かろうが、何とも緊張感の無い事で。


「へぇ。面白そうね、ちょっとワタシに診せてみなさいよ。これでも元天使ですからね、魂の扱いに関してはちょっとしたものなのよ」


 そんな調子で俺達が思考の堂々巡りに陥ってしまった段階になって、今の扶祢の状態に興味を示したらしきリセリーがそんな事を言ってきた―――






 ―――そして精査が始まり、今に至るという訳だ。


「ふーん?お前、これまでの記憶はあるんだっけ?」

「あぁ、それについては一切合切な。初めて頼太と逢ったその日に着ていた服の柄から、デンスの森でのサバイバル生活のトラブル内容に至るまで、事細かに憶えているぞ」

「あれはきつかったな……」


 ある時、修行の一環という事で釣鬼にログハウス利用禁止を言い渡され、森の中で過ごした一週間で中った食材数知れず。虫や蟲などにも悩まされてしまい、ある時など寝袋に入り込んだ小型の蚯蚓(ワーム)らしきものを目の当たりにしてストレス極まった扶祢が半狂乱となって大薙刀を振り回し、危うく巻き添えで三枚卸しになりかけた事もあったっけ。


「ぷっ……どこまで笑わせれば気が済むのよ、お前達は」

「あれは本気でトラウマだったんだからな!?」

「……がくがく」

「うーん。でも聞いた感じ、互いの記憶に齟齬も無い、か」


 そう言ってリセリーは首を捻り、何やら考え込んでしまう。記憶の齟齬、とな?それが今の扶祢の状態に何か関係でもあるのだろうか。


「大有りよ。いい?仮にお前が別人格、もしくは何かが裏返ったモノと仮定して、それがたかが人間相手に同じ記憶を持つなんて有り得ない事なのよ。個の記憶というものには多分に主観が影響し、多かれ少なかれ齟齬はあって然るべきものなのだから」


 そんな疑問を口にしたのだが、リセリーからはどこか呆れた風に溜息を吐かれてしまった。むぅ……つまり、えぇと、どういう事だ?同じ物事でも人によって受け止め方が変わるという所までは分からなくもないが、もし今のこいつの中身が別物と化していたとしても、記憶そのものがあれば当時の認識についての齟齬などは生じないのではないか?


「――そういう事か。その観点から言えば、不可解ではあるが今の(わたし)は確かに、扶祢そのものであるのだな」

「そ。記憶とは、心に(おさ)えて記すもの。同じ種族同士ですら心象によって受け止め方に齟齬が出るというのに、ましてや全くの別物であれば同じ出来事を目の当たりにしてさえそこまで似た様な心象を抱く訳が無いでしょう?」


 だがどうやら扶祢は今のやり取りで完全に理解をしたらしい。俺もリセリーの補足により朧げながらに言わんとしている事に想像が付きはしたが、やはり抽象的でよく分からないな。


「要するに、今ここに居るこの娘は『残滓』といったあやふやなモノなどではなく、内面までも紛れも無い本人だってこと。在り方が変質しているかどうかは心の問題だから、また別の話だけれどね」


 言われ、隣を見た俺と扶祢の視線が僅かな間交わる。その顔には困惑といった感情がありありと浮かんでおり、そしてまた俺の顔にも似た様な表情が映されていることだろう。


「そういう事かぃ。なら何の問題もねぇ訳だな」

「えっ!?釣鬼、今の解ったのか?」

「はっはっは。俺っちを誰だと思ってやがる?自他共に認める脳筋族だぜ」


 つまりは全く理解出来ていなかったらしい。そういえば釣鬼先生、この話の間えらい静かだったよネ。


「でもだな。そうするとこいつは、ずっとこのままだってのか?」

「……やはり(わたし)の様な半端なモノよりも、本来の扶祢(わたし)の方が良いに決まっているよな……」

「あっ、いやそうじゃなくてだな。だぁぁ、ややこしいなもう!」


 ふと俺が口にした言葉に落ち込みまくる扶祢。大体今の人格?と俺との接点なんて全く無かっただろうに、何でそこまで寂しそうな目で涙を浮かべて言うんだ可愛いじゃねぇかちくしょう!


「ばっかねー。心が揺れて不安定になってる時に優しくしておけば、ころっといっちゃったでしょうにね?」


 よし、こいつの口を早い事塞がんと主に俺の心が青春的な意味で再起不能になってしまう。しかしながらいざそれを実行に移そうとするも、リセリーからすれば俺の反応は折り込み済みの発言だったらしく、既に全方位からの黒鎖による包囲網を完成されてしまっていた。


「ククッ。不遜にも今、このワタシに何をしようとしたのかしら、小虫君?」

「……平身低頭、土下寝でも何でもするんでそろそろ勘弁して頂きたく。この哀れな小虫の分際ながらに感謝感激雨あられになる事請け合いでございますです、はい」


 駄目だ。悪足掻き補正とかそういうレベルじゃなくどうにも太刀打ち出来る気がしねぇっす……ちょっと洒落にならんモノを開放しちまったのかもしれないと今更ながらに慄くも、最早後の祭りというやつだ。


「あははは!ほらほら、もっと情けない声を上げて啼きなさぁい!」

「ぬぎぎぎ」

「……良いなぁ」


 扶祢さん、貴女もそんな物欲しそうな顔をしながら見てないで!そろそろシリアスに戻ろうか。


「そうね。時間も迫っているし、お遊びはこの位にしておきましょうか。その娘を元に戻したいなら簡単よ。本質は変わっていないのだから、今の状態はただの仮面の付け替えみたいなものね。戻るきっかけとして何か適度な刺激を与えてやれば良い」

「え……でもこいつ、今も封印された筈の魔力を平然と帯びているんだが?」


 先程の解析時に封印についても言及されていたのだが、残滓に対する封印そのものはしっかりと機能し続けているらしい。だとすればこの状況は、本来あるべきものとは矛盾をしていないか?


「そりゃあそうでしょ。どんな原理かまでは分からないけれど、その分今は精霊力が代わりに封印をされているのですからね」

「えぇっ!?」

「……あぁ、それで精霊力が使えなくなってたって事かぃ」


 それは驚きというか、そんな事が有り得るのか。リセリーですら不明と言い切る程の謎の現象ではあるが、これである程度の謎は解けたようだ。残るはどうやって元に戻すかなのだが……。


「だからこそ、ワタシはさっきお前の心の琴線を響かせる様に仕向けていたのだけれど。そこの小虫が予想外にヘタレ過ぎて、上手くいかなかったのよね」

「ぬぐっ」

「頼太……お前がヘタレであろうとも、(わたし)は見捨てたりしないからな……」


 リセリーの酷評にへこまされる俺に、扶祢は扶祢で『我』を押し出しながらも妙な慰めをしてくれていた。あまりヘタレヘタレと連呼しないで欲しいな!?

 それはそれとしてだ。刺激……刺激ねぇ。俺達が新たな問題に頭を悩ませ始めたその時の事だった。


「――ァァアア"ア"ア"ア"アアッ!!」

「うわぁぁああぁああっ!」

「うおおおおっ!!喰わっ、喰われっ!?」


 玄室の奥より聞く者の心を逆撫でする様な悍ましき金切り声と、切羽詰まった様子ながらも割と充実感溢れる、二律背反した聞き覚えのある声が響いてきた。あいつ等、今度は何をやらかした?


「あら?どうやらあの子達、この遺跡に眠る太古の死霊の集合体を起こしちゃったみたいね」

「さっき魔物居ないって言ってたじゃん!?」

「えぇ、だってあれは魔物などではないもの。ワタシを封じる為に当時の人類が自ら志願した、人柱達の成れの果てというものよ」


 当時の人類がリセリーを封じた後、その封印を長らくする為に対抗手段であったあの巨像を遺跡の一部と化し、完成されたのが『堕ちたる者の棺』という名の迷宮だ。こちらの世界の天響族に虐げられ、まともな文明を築く事も難しかった当時の人類達がこの規模の迷宮を作り上げるには、多大な労力と犠牲を強いられた事だろう。それでも当時の人類達はそれが正しい事だと信じて疑わず、自らを犠牲にしてまでリセリーの封印を盤石な物と化したのだ。

 それの正当性については後世の者達がとやかく言える話ではないし、既にリセリーは長い時の流れの果てに、こうして偶然の積み重ねにより封印より解放されている。だからそれについてはこれ以上論議する意味も無い。

 ここで取り上げるべきは、リセリー封印の際に出た犠牲者達の魂も纏めてこの遺跡の中で眠らせた事にある。故に長き眠りにより自我は希薄となれど、リセリーより漏れ出た世界の澱を溜め込んだ死霊達は力を蓄えながらも本来の目的を既に見失い、遺跡の内部へと入りくる無礼な侵入者達を許さない。そんなモノが居る領域に、あのお騒がせなお子様コンビが立ち入ってしまえば……どうなるかは想像に難くないだろう。


「にっ、逃げ……あれ、魔法効かないの!」

渦旋槍(トリアイナ)の攻撃も全てすり抜けるのだっ。もう駄目だ、余はここで喰われて死霊の仲間入りをしてしまうぅぅ!?」

「うわ面倒臭ぇ」


 見事に錯乱した二人を乗せて、二匹の犬たちが必死の形相で玄室へと雪崩込んで来る。流石は太古の死霊といったところか、物理も魔法も無効の癖に向こうの齎す呪いは多大ときた。


「仕方が無いわね……お前達、ワタシの浄化の準備が整うまで、一分程で良いから足止めをしてきなさい」


 この死霊の性質上、釣鬼先生も相手をするには分が悪いものな。ここはリセリーの言う通り死霊達と同質の狗神(ミチル)を使える俺と、後は丁度良く黒の力漲る状態である今の扶祢が足止めをするにが適任か。


「よっし、いくぜっ!」

「―――」

「……扶祢?どした?」


 これが終わったらあのお子様コンビにどう説教をしてやろうかと考えつつも、扶祢に呼びかけるが答えが無い。不審に思い傍らを見てみれば、そこにはこの世の終わりを見たかの様に顔を引き攣らせ、何かが決壊する寸前の御狐様がいた。


「――ふ、ふぎゃあぁぁああっ!?」

「ちょっ……お前も幽霊嫌いなのかよおっ!」


 次の瞬間、俺の視界に入ったのは……巨像を討伐した時のそれをも上回る程の輝きを持った、黒き閃光。その余波に曝されて盛大に吹き飛んでしまった俺がようやく意識を取り戻し、どうにか身体を起こしたその先に見えた光景は―――


「やだぁぁああ!悪霊退散!怨霊調伏!怖くないからあっちいってぇー!?」

「……どうやら無事に戻ったみてぇだな」

「あーびっくりした。咄嗟の防御が間に合っていなければ、今頃最深層全体が崩れ落ちていたわね。ワタシに感謝なさいよ、お前達?」


 物の見事に力尽くの死霊退治を完遂し、腰砕けになりながらもぷるぷると両手を前に突き出してイヤイヤと首を振る扶祢の姿に、俺達一同、今度こそ安堵と諦観の綯交ぜになった深い溜息を吐いてしまうのであった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「……えっと。お騒がせしました」

「本当にお騒がせだよ」

「うぅっ。でもでも、元はと言えば頼太があんな無茶をしたから!」

「むっ……いやあれは咄嗟の事でつい反射的にだな」


 俺と同じく玄室の土壁へとめり込んでしまい目を回していたお子様コンビを揺り起こし、扶祢が落ち着いたのを確認してから改めて一同揃って会合を再開する。一応これでどうにか元の鞘に収まった訳だが……何というか、今日一日で色々と有り過ぎて疲れてしまったな。身体的にも精神的にも。


「ふむ。どうやら魔力と精霊力の封印交換(エクスチェンジ)はスムーズに行われている様ね。黒が全面に出る前のお前を知らないからはっきりとは言えないけれど、元通りにはなっているんじゃない?」

「そう、ですね?霊力も問題無く使えてるみたいですし」


 リセリーの言葉に頷きながら、扶祢はいつもの見慣れた霊気を様々な手法で工夫を凝らしながら発揮する。傍から見ても特段以前とは変わらない様子に見えるな。


「そうそう、ずっと気になってたんだけどさー。水晶鑑定の記述だと魔力と引き換えに霊力が上がるって書いてたよね。あの時の扶祢さ、それなりに霊力もあった様に見えたけど、その辺りってどうなってるんだろ?」

「言われてみれば……若干出力は下がっていたけど、使おうと思えば使えてたかも」


 話が一段落したのを見て取ってピノが早速そんな質問をする。これで解決したかと思ってはいたが、まだまだ謎は残っているらしい。


《――これは推論になるのだけれど》

(うん?)

《お前達が話していた水晶鑑定ね、神秘力に対する認識の前提が間違っているのよ。いえ、間違っているというか霊力と精霊力の関係について認識出来ていないだけか》


 ああでもないこうでもないと、神秘力に詳しい面々により繰り広げられる議論に参加する事も出来ずそれを手持ち無沙汰に眺めていると、リセリーが何故か念話で直接話しかけてきた。水晶鑑定が間違っている?


《あの娘が魔力と引き換えに得たのは、恐らく霊力ではなく精霊力。先程の黒が表に出ている際に精霊力が使えなかったという事実が、それを物語っているわね》

(それじゃあ、魔力が強く出ている時に霊力が弱まっていたのはどういう事だ?その理屈だと出力が落ちる訳がないんだろ?)

《あの娘の場合はね、魔力の中でも黒――闇の色に特化しているからよ。霊力そのものは本来無色透明なのだけれども、あの娘が使う霊力の本質はその出自の影響か、真逆の白だからね。きっと相性が悪かったんじゃないかしら?》


 そうだったのか。それが分かったからといって何が変わる訳でもないが、何だか妙な話だな。


(もしかして、わざわざ念話で話しかけたのは――)

《そ、言っても仕方の無い話だからね。特にこの世界では霊力と精霊力が別個のものとして扱われているみたいだし。独り言の代わりに、都合良く聞いてくれるお前に語ったというだけよ》


 さいですか。その辺の壁の落書きと同類扱いをされた事実にやや釈然としないながらも、ちょっとした秘密を共有する独特の高揚感に浸ってしまう。霊力と精霊力の知られざる関係、か。


「どした?」

「ん、いや大した事じゃないさ」


 釣鬼の呼びかけに我に返れば、皆が俺の顔を覗き込んでいた。見ればリセリーなどは俺との念話の最中も口は口で動かしていたらしく、にやにやとしながら皆と一緒になって覗き込んでいやがった。またやられたぜ……。


「あぁいや、えーとだな。そ、そういえばリセリー。さっき時間が迫っているとか言ってなかったか?」

「ん。そうね、丁度良い機会だから今言っちゃうか」


 誤魔化す様に話題を変えた俺に、予想外にもリセリーは素に戻って話を合わせ、そしてこう言ったんだ。


「えぇと、帝国――だっけ?多分そこの軍隊が、遺跡の付近まで進軍してきているわよ。恐らくは後数時間もすればここの惨状を視認可能な距離にまで入ってくるでしょうね」

「「「……へ?」」」


 淡々としたその報告にたっぷりと数秒をかけてから、またしても俺達は声を揃えてそんな返しをしてしまう。ここ数日は暇で暇でイベントを心待ちにしていたものだが、幾ら何でも立て続けに事態が動き過ぎだと思うんだ。

 次回より、通常の投稿ペースに戻ります。

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