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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第191話 騒動の後に

 ―――ひらひらと、ひらひらと。風に吹かれて儚げに。


 ()るべき風に弄ばれた、心はか弱き蝶々じみて。


 ひらひら、ひらひら、ひらひらと。わたしの心は舞い落ちる―――






「――それではこれより、主に事後処理諸々に関連する審議会を開始いたします」


 白亜の巨像の討伐に成功してより一時間程が過ぎて後のこと。俺達の治療も大まかには完了し、逃げた馬を落ち着かせて戻ってきたトビさんによりそんな宣言が為されていた。


(わたし)はそれでも……お前達を信じて、いたかったのに……」

「そんな悲劇のヒロイン風に浸った言葉を言おうとも、誤魔化されませんからね」

「ぐっ」

「頼太もだけどね。特にその悪のラスボスっぽく身の周りを蠢いている不気味な鎖とか、背後に憑いているっぽいソレの話とか。きっちりと説明して貰うからね?」

「うっ」


 名前こそ審議の場を意味するものを付けられてはいるが、実際の所は仲良く並んで正座をさせられている俺と扶祢に関する、説明要求と反省会の意味合いが強いのだろう。俺も扶祢も、互いの味方となる者は存在せずに冷たい視線で見つめられ。


《◇%^¥※×~?》


 ついでに言えばどこかの堕天使はこの通り。封印より開放された解放感からかは分からないが、今も地底奥深くよりテンションが振り切れた雑音を俺の脳内へと送信し続けてきており、そろそろちょっと鬱陶しい。


「うむ。良きに計らえ」

「ハッ、では議事内容へ移らせて頂きますぞ。お二方」


 この様に、出雲は姫様オーラを前面に押し出しながら、配下の二人に突貫工事で作らせた席へと座り裁判官ポジで大仰に語っていたし、トビさんはこの旅路での一行の懐を管理する者として、いつもの柔和な表情を貼り付けながらもその目は全く笑っていなかった。


「まずは扶祢殿からとなりますか。事情はどうあれ、あの特別拵えの馬車を大破させた事による我々の財政状況への懸念について、納得のいく説明をお伺い致したいものですな」

「い、いやっ。その、それはだな……」

「ここに挙げられた試算によれば、使い物にならなくなった馬車本体の損害額だけでも優に二百万イェンは下らんのだ。流石にこれは、余のポケットマネーだけで捻出するのは痛いのだぞっ!」

「う、あぅう……」


 ご丁寧にも簡易的な帳簿まで作成され、それを見せ付けられながら説明責任を求められているこの状況。最早威厳らしきものに満ちていた『残滓』の見る影も無く、場の勢いで無駄な破壊活動を行ってしまった事に対して唯々深く省みる証として、その狐耳を力無く垂れる娘の姿があった。


「だけどよ。やっぱりお前ぇ、その物言いは変わらねぇんだな」

「さっきまでみたいに吹き出してこそいないけど、魔力も帯びたまんまだよねぇ?」


 そうなんだよな。こうしてじっくり観察してみると、目付きも平時の扶祢に比べればややきつめではあるし、普段がゆるゆるなのを差し引いても全体的に隙が無い様子に見える。強いて言えば極度の緊張状態に陥った時の扶祢が、事が終わった後も常態化しているといった風か。


「……正直なところ、(わたし)自身にもよく分からないんだ。こんな状態になってはいても依然扶祢(わたし)としての記憶はしっかりと残っているし、一方で今の意識としてはやはり、(わたし)である様にも思う」

「ふぅむ」


 こいつの事情に関しては以前にも聞いた通り、どこぞの魔に属するモノの残滓が本質の側にこびり付いている様な状態であるらしい。当時の話を聞いた時点で既に「我」といったモノの存在は扶祢の中で再び眠りに付き、いつしかその存在すらも感じはしなくなっていたという事だったのだが……些か当時の話とこの現状に齟齬を感じてしまうんだよな。


「まぁ、お前達の事情は別に良い。結果的にはお前のあの謎の波動が決め手となってこそ、こうして今無事に居られるのだからなっ。それよりも大事なのは、だ」


 そこで出雲は一拍を置き、非常事態という事で抑え付けていた感情をここにきて昂らせるかの様な素振りで右の拳をわなわなと震わせる。


「これだけの損害を出してしまったというのにも関わらず、何の収穫も為し得ておらんという痛手の問題なのだ!具体的には、レアなお宝とか面白そうな発見をしたいのだあっ!」

「「……はぁ?」」

「流石にここまでの損害を出しておいて成果も無し。おまけにその発端がお頭の好奇心でしたと報告をしてしまえば、大殿でさえ渋い顔をするのは否めませぬからなぁ。いや、お頭にだだ甘となった今の大殿でしたらあるいは分かりませぬが」


 また随分とストレートな欲求を押し出してきたな。先程までの緊張感とは打って変わっての力が抜ける発言に、今の扶祢ですら素っ頓狂な声を上げてしまっていた。俺達に対する疑念がどうのといった話ではなく、要するに損害に見合うだけの何らかの成果が欲しいという事らしい。


「成果、ねぇ」

「なんだったら頼太が遺跡の地下で謎の地底生物に改造をされ、変身体質になったとかでも良いぞっ!その場合、サンプルとして我が御国でその身を接収しモルモットな余生を送って貰う事になろうがなっ!」

「アホか!こりゃ別にそんなんじゃなくて……謎の地底生物か」


 好奇心に目を輝かせながら胡散臭い事を言い始めた出雲に軽く突っ込みかけた所でふと我に返り、今もテンションアゲアゲで地底からぶっ飛んだ迷惑思念を飛ばし続けている、某堕天使の問題が残っていた事を思い出す。

 時間にすれば付き合いとも呼べない程の僅かな間ではあるが、リセリーには先程もそうだし色々と手伝って貰ったりもしてもう他人には思えないからな。本人が嫌じゃなければ紹介するのも有りではあるか。


(おーい。聞こえるかー?)

《○※$×△――っとと、何かしら?》

(何でもこっちのボスがアンタに会いたいんだと。俺の改造人間化疑惑も浮上しちまってるし、その辺りの説明も含めて、上まで来れるか?)

《……へぇ。姿を見せるのは構わないけれど、今までワタシが組み込まれていた地脈の整理作業もあってまだここから動けないのよね。それに、そういった話であればお前達の方からワタシに会いに、最深層(こちら)まで出向くのが筋というものじゃないかしら?》


 む、あの逝っちゃってる風な思念波は開放に基づいた何らかの手続き作業の一環だったのか。こりゃ失礼しました。

 ともあれ本人の了解を受けて、俺は軽くリセリーについての説明をする。お伽話にのみ登場する、堕天使というモノの実在を受け皆驚愕が隠せない様子ではあったが、何人かは俺と鎖を交互に見ながら納得をした様子でうんうんと頷いていた。これでどうにか俺の洗脳説や改造人間化説が台頭する事は避けられそうだな。


「そういえばピノ。あいつ(・・・)が俺のサポートに付いてたのが、よく分かったな?」

「まーねー。そういったモノを視るのは、昔から得意だったからさ」


 成程。こいつは元々、ヒトならざるモノ達との交信に並々ならぬ適性を持っていたんだっけ。神秘力感知能力の高さも相まって、俺に纏わり付いていたリセリーの気配も顕著に感じられたとでもいう事なのだろうかね。


 その後、馬車の補修作業の為にトビさんを含むシノビの三人は地上へ残り、残る面子でリセリーが新たに創り上げた最深層への直通路を降りていく。その道中で徐々に強まっていく尋常ではない圧力に、自然と皆の口数が減っていくのが分かる。ある程度慣れた俺でさえ、この圧力は相変わらず重く感じられる程だし、皆がこの様な緊張感に包まれてしまうのも無理からぬ事か。


「――よくぞここまで辿り着いたな、過去にワタシを封じた小虫共の末裔よ」

「この圧力は……あの時に感じた気配はやはり、お前のものだったのか……」


 玄室に入った時点でその圧力が最大限に膨らみ弾け、今や玄室全体を押し包む程の気配となったそれを持つ者が、俺達の目の前に顕現する。


「あれ?おま……はがっ!?」

「頼太っ!?貴様、何のつもりだっ!」


 その違和感に真っ先に気付いた俺が口を開くと同時に、リセリーの周囲を揺らめいていた黒鎖の群れにより、再び壁面へと張り付けられてしまった。

 いきなり何をしやがると苦情を言いかけたところで怖気のする程の圧力を中てられて、一瞬飛びかけた意識の中で見たものと言えば――初めて出逢った封印時の姿そのままに、いつの間にか復活させた巨大な柱へと自らの半身を埋め込み、その上から両の腕を黒鎖で雁字搦めにされたリセリーの姿であった。

 ばらしたら分かってんだろうな、お前?といった感じの底冷えのする微笑を湛え、ご丁寧にも吹き飛ばした俺の眼前に追加の黒鎖を突き付けてくる用意周到さ。それを目の当たりにした仲間の面々は当然ながら一斉に戦闘態勢に入ってしまうし、対するリセリーはそれはもう愉しくて仕方が無いといった様子でくすくすと嗤っていた。


《あぁ、イイわぁ。こういった雰囲気にあっさりと流され易い辺り、流石はお前のお仲間といったところよね?》

(……それについては黙秘を敢行させていただきやす)


 べ、別に言い返せなくて悔しい訳じゃないんだからねっ!


 ・

 ・

 ・

 ・


 その後、割と本気で扶祢が黒の波動をぶっ放しかけた辺りでネタばらしと相成った。危ねぇ、危うく俺達全員、巻き添えで生き埋めになるところだったぜ。


「なんつぅか、アンタがこいつと馬が合った理由がよく理解出来たわ……」

「トビ達を置いて来て正解だったなっ。あいつ等がおれば間違いなく、遭遇した直後に最期の切り札を切っていたと思うぞ!」


 トビさん達シノビの最期の切り札って、あれだよな。敵諸共ボンッ……って炸裂しちゃう感じの、不穏なやつ。こんなお芝居で無駄に命を散らされてしまってはトラウマになる事請け合いだ、地上に待機して貰っておいて本当に良かった……。


「ふふん、生憎と今のワタシはそこの小虫の働きのお陰で機嫌が良いですから。憎っくき小虫共の末裔であろうと無闇に害しはせずにおきましょう」

「……あの時は感極まって泣いてた癖にな」

「何か言ったかしら?」


 思わず正直に口に出してしまった俺はまたしても壁面へと張り付けられ、周りの面々はそんな俺達のやり取りを見てようやく緊張を解く事が出来たらしい。どうみても俺がオチ担当な扱いで納得のいかない部分は多々あれど、こうして皆も落ち着いて話し合える雰囲気となった事に内心ほっと息を吐くのでありました。

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