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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第190話 白亜の巨像討伐戦

 本日9/17(土)より三日間、連休用の連日投稿となります。

 若者達は奮闘する。白亜の巨像による致命の一撃から既の所で身を躱し、時にはその身体を駆け上がりながら攻撃をしかけ――自らも少なからず傷を負う事を良しとしながらもその時を待ち続けていた。ある者は対物理に特化した渦旋の刺突を、ある者は吸収無効化上等とばかりに魔力(ちから)任せの打斬を放つ。

 やがて時は満ち、後方よりの合図を受けた若者達は一斉に散開をする。


「――穿て雷霆の道往(みちゆ)きよっ!!『電磁加速砲(マグネティックランチャー)』ッ!」


 物理法則に則り射出する事により通常の射出型魔法よりも遥かに安定し、結果強力な物理作用を齎す物質弾が巨像の大腿部へと命中する。その衝撃により体勢を崩した巨像は自重を支える為に両手を地へ付くも、そこに取り付いた狐耳の片割れが純物理効果を齎す槍を振るい、巨像の片側の手首から先を砕き落とした。

 それを見て俄かに湧く一同ではあったが、思わぬタイミングで限界が訪れてしまう。巨像の手首部分を砕いた槍より危険状態を報せる警告信号(アラート)が灯り、勢い込んだ一同はたたらを踏んでしまったのだ。


「ええいっ、動きを封じる絶好の機会だというのに!」

「こっちもそろそろ限界かな。効果自体はそれなりにあるみたいだけど、そもそもの質量差にあの巨像の材質自体の硬度も相まって、貫くまではいかないや」

「……これだけやって、やっとこ手首一つかぃ」


 辟易とした様子を感じさせる釣鬼のこの言葉に、場に面する全員の心が表れていた。兎に角堅すぎる。

 神秘力無効化能力もそうだが、人間大の損傷を与えたところで全長50mを超えようかといったその巨体からすれば軽微なものであり、現在の手札でこれをどうにかするには少しばかり火力に欠ける状況だ。それが証拠に、既に戦闘に突入してより幾度となくピノによる『電磁加速砲(マグネティックランチャー)』を命中させているというのにも関わらずだ。精々が衝突の衝撃で部分的な損傷が見られる程度であり、破壊に至るには程遠い。


「ちぃっ……しつこいにも程がある!」

「本気でしつけぇな。何でこいつはお前ぇばかり狙っていやがるんだ?」

「そんなの(わたし)が知るものか!あれだけの亀裂があれば、内部の核らしき神力の固まりにまでこの魔力(ちから)が届くというのにっ……」


 巨像へ対するもう一つの攻撃手段として見込まれていた、黒の波動を迸らせる『残滓』の娘。こちらも巨像の執拗な猛攻を往なすのに必死で、散発的な一撃程度を打ち込むのが精々といった様子だ。であればと作戦を変更し、ピノの砲撃と出雲の渦旋槍(トリアイナ)による純物理効果を主軸として地道に削る事にしたのだが――ここにきて出雲が脱落し、残るピノの側も精霊力の余力が心許なくなっていたのだ。


「扶祢に予備精霊力タンクをして貰うにも、そこまで狙われてるんじゃ上手くいきそうもないんだよね」

「くっ、はっ……とぉっ!それに、今の(わたし)は何故だか分からないが精霊力が使えないから、なっ!」

「精霊力が、使えない?」


 巨像の攻撃を紙一重で避け続けながらもピノの声へと律儀に返す『残滓』の言葉に、彼女を知る者達は皆一様に眉を顰めてしまう。


三つの世界(トリス・ムンドゥス)から戻る際、ピノの精霊力タンクを出来なかった事があるだろう?皆には隠していたんだが、実は翌日になっても使う事が出来なくてな。そのまま今日に至るんだ」

「ええっ!?何それ!」


 続く『残滓』の言葉にこの通り、ピノが驚愕をしてしまったのには訳がある。

 元来神秘力というものは、その者の資質を表す指標の一つとなるものだ。体調と同じく日によって出力などに多少の上下はあるものの、大きくその容量が変わる事はない。まして扶祢やピノといった高い神秘力を持つ者が、ある日突然それを失うなどといった事態は有り得えないのだ。それこそ、扶祢という存在の奥底に根付く彼の残滓に科せられた魔力封印の如き、異常な背景でもない限りは。


「気になる話ではあるけどよ、今はそんな事言ってる場合じゃねぇな。このままだとあのデカブツを破壊する以前に、逃げ出す事すらままならねぇぜ」

「ならばコタにシン。そろそろ出番だぞっ!」

「お頭、今さらっと捨て駒扱いしやがりましたね!?」

「元はと言えば、お頭の好奇心が招いた惨状なんだから全力で拒否します。せめて御国の為に死なせて下さいって」


 まさか狙ってやった訳でもあるまいが、再び場に降りかけた重苦しい空気が皇国出身の三人によって見事に払拭される。僅かながらにそれに気持ちを救われた一同ではあったが、目の前に立ちはだかる現実は如何ともし難く、変わらず有効な対策が見つからず仕舞いだ。次第に深刻化してくるこの状況に皆、疲労の色も濃く焦燥感といったものを表面化させてしまう。


「流石にこいつぁ、しんどいものがありやがるな……」

「く、そっ!せめてっ、せめて一撃だけでもあの核の神力に、(わたし)魔力(ちから)を入れる隙さえ出来ればっ!」


 不可能を肌身に感じてはいても、そう零さずにはいられない。全く歯が立たないのであれば諦めもするが、古代文明の遺産や異界の知識を基に作り上げた強力な攻撃手法、そして何よりも戦うと決めた覚悟を以て成し得た、巨像への損害度合いは今や軽んじれぬ程となっていた。故にこそ一同悔恨の念強く、このままでは死への一歩を踏み出すと理解すれどもその歩みは止まらない。


「……ここまで、か。奴の狙いである(わたし)が動ける間に、お前達だけでも――」

「チッ、言うと思ったぜ。お前ぇはあいつと対象的に、諦めが早すぎるんだよ」

「もう少し、だったんだけどなぁ……」


 遂には諦観の境地に至ってしまったのだろう。悲壮な決意を固めてしまったらしき『残滓』に仲間達は各々感情が赴くままの反応を返してしまう。そんな『残滓』を捕捉し直し、巨像が自らの凶器を振り上げたその時の事だった。


「――おーけぃ。ならそのタゲ取りを、俺がしてやるよ」


 その声にまず反応を見せたのは、意外にも白亜の巨像。拳を振り上げた状態で僅かに動きを止め、その後に目に見えて対象を変えた素振りで背後の地中へと向き直る。それに釣られた一同の視線の先には奈落の底を想わせる地底への洞がぽっかりと口を開けており、その奥から皆の聞き慣れた、やや緊張感に欠ける声が響き渡る。


「お、前……」

「よっ、今度は我ちゃんプレイをしてんのかよ。突っ込み処は山程あるけどな、まずはあの壊れかけのでかいガラクタをどうにかしてからだな」


 立ち位置の関係でいち早くそれを視認した『残滓』は著しく現実より乖離したその情景に思わず絶句をし、それだけを口にするのが精一杯といった様子となってしまう。他の面子にしても同様で、個人差はあれど各々の表情に貼り付けられたものと言えば、驚愕のそれ。

 そんな驚愕を引き起こした元凶の人影は周囲の視線を気にする素振りもなしに軽く場の状況を見回した後、今や対象を自らへと変更し迫り来る巨像の拳へ向けて全身に絡ませた蠢く鎖を解き放つ。

 信じ難い事に、あれ程の猛威を振るっていた巨像の腕がその黒鎖に巻き付かれただけで地面へと張り付けられてしまう。それらが巨像の腕の動きを一時的に止めている隙を見て人影は『残滓』を抱え、後方に位置する仲間達へと投げ放ったのだ。


「ごほっ……お前こそ、その体中に這わせた悍ましき鎖は、何なんだ……」

「そいつぁ企業秘密ってやつだな」


 その素振りは飽く迄シニカルに。得意気な笑みを浮かべながらも肩を竦め、『残滓』の問いかけに答えた人影は不敵な表情で愛剣を構える。そして、そのまま黒鎖に動きを封じられていた巨像の残る手首を斬り砕いた。


「さぁ、これで脅威は随分と減っただろ?作戦の詳細は分からないが、俺が潰れる前にやる事をさっさとやってもらって、そんでもって事態解決といこうじゃないか」


 人影――崩落に巻き込まれ地の底へと落下していった筈の頼太は、言うと同時に自らの内より呼び出した愛犬の成れの果てを身に纏う。その姿は先の『残滓』に比肩し得る禍々しさを湛えながらも、どこかシリアスになりきれない。『残滓』をして複雑な感情に涙ぐませる程に、憎たらしいまでの日常の顕れを感じさせていたのだった―――








 Scene:side 頼太


 ふっ、決まったぜ。再始動を果たす巨像の側へと走りながら、ミチルの鎧の内側で俺は一人ほくそ笑む。


《あはははは!莫迦だ、莫迦がいる!》

(うっせ!たまには俺だって格好付けたい時もあるんだよ!)

《はん、さっきワタシの前であれだけ格好付けてくれた奴がよく言うわね》


 ここで一つ種明かしという程でも無いが、軽く説明をしておこう。あの黒鎖は言うまでもなくつい先程に目出度く封印より解き放たれた、堕天使リセリーによる遠隔操作の賜物となる。

 巨像の動力源はリセリー本体より吸い上げ奪い取った神力だ。つまり元はリセリー自身の力であったという事もあり、未だ不完全とはいえ封印開放が一段階進んだリセリーの力をたっぷりと込めた黒鎖の干渉が見事に効いていた。お陰で大した抵抗も無しに振動剣で巨像の手首を叩き割り、こうしてドヤ顔を決められたという訳だ。

 それにしてもだ。流石はリセリーに対する対抗手段として、最後の封印とされたこの巨像と言うべきか。

 あいつ等の総力を挙げてさえようやく手首一つに体中の細かい罅程度という、馬鹿にはならない損傷度合ではあれど巨像は未だ健在で、その動作にも大した支障がない。そんな呆れた耐久力を誇る巨像だが、どうやらあいつ等はあれを打倒出来る策を持ち得るらしい。最深部でそれを聞いた時のリセリーの顔といったらなかったな。


『……お前達、一体どれだけの隠し玉を持てば気が済むのよ』


 白髪に褐色の肌、不気味な程に蛍光緑な瞳のコントラストも相まって、見る者を破滅に誘いそうな背徳感漂う美貌があんぐりと口を開けてしまうその様は、何というか若干の哀愁を誘ってしまったものだ。

 しかし隠し玉と言われてもな。リセリーを縛る黒鎖といい、巨像の動力源の性質といい、手元にたまたま相性の過ぎる対抗要素が揃ってしまっただけではあるんだよな。


《ふふッ、何なのこれ。面白過ぎて地の底で見ているだけでも全く飽きないんだけど?これって実は封印の眠りに付いたワタシが見ている、泡沫(うたかた)の夢だったりしないでしょうね》

(安心しろよ。あんたの行く先は千年単位で拗らせた、元引き篭もり天使という不名誉な経歴が待つ現実だからな)

《……それは御免願いたいわね。仕方が無い、そんなレッテルを貼られない為にも、お前が死なない程度には仕事(サポート)をしてあげるわよ》


 あぁ。こいつを破壊し終えりゃ、もうあんたを縛るものは何もない。だから精々、一個のリセリーとして俺に協力して貰おうか。


「てな訳でそろそろいくぜっ!この俺の鬱陶しいまでの蠅取り紙プレイ、味わってみやがれッ!」


 そして俺はリセリーの気配が強く宿る黒鎖を引き連れ、それに反応した巨像との鬼ごっこを開始する。生憎とまともな殴り合いではとても勝てる気はしないが、逃げ回って生き残るだけならば平時より身の周りに転がるうっかり死亡フラグで慣れたものだ。この程度ならきっと、死ぬ気で逃げまくれば少しは生き残る目も見えるってものさっ!


《ふふん?あの娘の黒の波動がどんどんと膨らんできているわね。そろそろかしら……二秒後に右へ2mステップ、その後に後転して掻い潜りなさい》

(あいよっ!)


 本人曰くチャンネルを繋いだ直会話とかいう、理解不能な脳内へ響くナビの声に従って俺は巨像の振り抜きを紙一重で躱す。その際に僅かに身をかすめただけの衝撃で一瞬息が詰まってしまうものの、そこは痛みに気付かぬ振りをして再び逃走を開始する。ミチルを纏った強化状態でこれじゃあ、解除したら痛みで卒倒するレベルかもしれないな。この戦闘後に我が身に訪れるであろう恐ろしい未来に慄きながらも、ひたすらに時が来るのを待ち続ける。

 やがて幾度目かを数えるのも億劫になる程の回数、アクロバティックな回避行動を取った辺りでようやく合図の声が鳴り響く。


「頼太っ!死にたくなければ死ぬ気で避けろよっ!」

「ただでさえ回避行動で精一杯だってのに無茶振りするんじゃねぇよ!?……とぁはっ!」


 いつもよりも随分と男前な物言いでそんな言葉を投げつけてくる扶祢に少しばかりぞくぞくと身震いするものを感じながらも、一瞬視界に入った光景にあいつ等の正気を疑ってしまう。あんなんどうやって避けろっての!?


(たすけてリセリーおねいさーん!?)

《はいはい。ちょっと息苦しいかもしれないけれど、我慢しなさいね?》


 自力での回避は不可能と判断し、情けなくもリセリーへと泣きついた俺を黒鎖が周りの空間ごと地中へと引きずり込んだ。それによりあわやといった所で至近距離より発生した、周囲を吹き飛ばす衝撃波の被害をぎりぎり免れる事が出来たらしい。


「ごほっ……ぺっ、ぺっ。ふぅっ、あいつ等ときたら何つぅ無茶をしやがる」

《本当ねぇ。お前も相当命知らずだけど、これも似た者同士ってやつなのかしらね?》


 辺りの空気を揺るがす程の轟音を伴い、音の壁を超えてしまった衝撃波が収まった後のこと。口の中にまで入り込んだ土砂諸々を吐き出しながら、俺は何とか地上へと這い出した。

 周囲に立ち込める埃が収まり視界が開けたのを確認してより巨像であったものの側を見れば、そこには動力部分付近が吹き飛び、膝を付いた形で動きを止めた巨像の姿。そして――その傍らではリニアモーター射出理論を実践し、瘴気の鎧を解いた俺に負けず劣らずなぼろ雑巾の如き状態となりながらも、達成感といったものですっきりとした表情を見せる我等が狐耳の姿があったのだった。

 何気に戦闘では初の電磁加速砲(マグネティックランチャー)使用だったらしいです。

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