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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第188話 地の底に眠るは、堕ちたる者

 同日投稿として、悪魔さん第33話投稿しました。

「――という流れで、仲間達と幻想世界へと潜り込みましてな」

「ふんふん、それで?それで?」

「そこでこいつの出番という訳ですよ」

「わんっ!」


 皆様こんにちは。引き続き洞穴サバイバル生活を満喫中の、頼太です。現在俺とミチルは元『堕ちたる者の棺』最深部、瓦礫と土砂に埋もれた玄室の壁へと揃って仲良く縫い付けられている真っ最中にてございます。

 誠に不本意ではあるものの、文字通り長い物には巻かれろといいますか、どちらかといえば現在進行形で物理的に巻かれているといいますか。


「……あの、ところでそろそろこの体中を蠢く不気味な黒い鎖を解いて頂けると、もっと良い塩梅のテンションで冒険活劇のモノローグ風に話せたりすると、思うのですがね?」

「小虫の分際でこのワタシに意見をしようとは、随分と大きく出たものだな。本来ならば初見で串刺しにし、そのまま喰らい尽くしてやっても良かったのだぞ?」

「オーケィ、ウェイト、モーメント。全てにおいて俺の思い上がりが甚だしかったという事実を痛感いたしましたんで、目の前で鎖を揺らめかせながら脅すのはまじで勘弁してつかーさい!?」

「わふぅ……」


 何と言いますか。謎の声に安心しろと誘われて、ホイホイ中へと入っていったらいきなり鎖に捕獲され、謎の存在と雰囲気満載の対面をする予定がばっちり今日のメインディッシュになりかけている真っ最中。理不尽極まりない現実に多大なる後悔を味わいつつ、常とは異なる状況に浸っていたつい先程までの俺に小一時間説教をしてやりたくなってしまうこの状況。冷静に考えればどうみても罠だよな、あの時の声ってさ!


「求む!英雄譚に於ける主人公の如き恰好良い展開、対象は俺で!」

「くっ、あはははは!馬鹿だコイツ!小虫の中でも更に平凡な奴が何を高望みしているのかしらねっ」


 シットッ!またしても凡人扱いされた悔しさに、縛られた状態で不自由ながらに遺憾砲をぶっ放すべく両手の中指をおっ立てる。しかし四肢が見えない程に黒鎖で雁字搦めに縛られているので結果、俺の変顔のみが柱に囚われているらしきヒトガタへと向けられるばかり。それを見て更に馬鹿受けした風な褐色の肌を持つ天使は、俺と同じく四肢を縛られた状態ながらにそれはもう愉しげに、特徴的な蛍光緑の瞳に涙を滲ませながら身体を仰け反らせ笑い続けていた。

 そう、天使だ。一瞬ジャミラやユスティーナを始めとする、天響族を彷彿とさせたその姿ではあるが……あいつらとは違い、その翼の色は全面に墨を落とした様な漆黒。ついでに言えば、馬鹿笑いをしてくれたその際に見えたこの天使の口腔は、瞳と同じく不気味なまでの蛍光緑を見せ付けてくれていたんだ。


「くっそう……封印と聞いて都合良く俺が解く展開をちょっとでも夢想したのが間違いだったぜ。だがカニバリズムは勘弁な。俺、至ってノーマルなのですから!」


 事ここに至って何をふざけているのかと思われるかもしれないが、とんでもない。俺は至極真剣なのだ。

 考えてもみてほしい。最近ちょっとした切り札の類を幾つか手に入れたとはいえ、俺は基本的に異能も何も無い一般人だ。それがこうして不意打ちで四肢を縛り付けられた時点でもう、完全に詰んでいる訳ですよ。ならば無駄な脱出の努力をして目の前の異形の怒りを買うよりも、ここは一つアプローチの方向性を変え、無様だろうとなんだろうと少しでもこの場を切り抜ける展開を探る方が現実的ではなかろうか。

 つまり俺はノリで変顔をしている訳ではなく、こうしている今も内心計算づくで必死に助かる道を探しているという事なのだよ!


「ククッ……いや、計算づくなのを差し引いてもここに至って心折れる事無くその気概を保てるとは、本当に面白いよ、お前。それにどうやら、この黒鎖による魔化の影響も全く受ける事のない、特異な事情を抱えている様だしな」


 おっふ……ばれてーら。途端に強くなった圧力に滝汗を掻きながら、それでも俺はまだ他に助かる方法が何かないかと必死で足掻き続ける。暫し無言のままにそんな俺の様子を見ていた天使の如き異形は、ふとニンマリといった厭らしい顔を浮かべ、唐突にその黒鎖を消失させた。


「ぬぉっ!?……っとおっ!」

「おー、不意の変化にもしっかりと対応するか。良いわねぇ、そこまで飽きさせてくれない奴は久々だよ」


 幾ら何でも高さ5m程の空中からいきなり地面への自由落下をさせられるのはどうなんだ。そう悪態を吐きかけたところで自らの身体に起きた変化に気付く。


「怪我が、治っている?」

「ふん、ここへ来る道中もずっと苦しそうにしていたからな。ワタシの目の前でみっともなく泣き叫ばれては鬱陶しいから、軽く処置してやったまでさ」


 言いながら、天使は何故か不貞腐れた顔でそっぽを向いてしまう。そうか、さっきの拘束は俺への害意からではなく、始めからそのつもりで―――


「――何だ、その目は。何か言いたい事でもあるのかしら?」

「いいや?単に優しいおねーさんだなという感想を抱いただけでございますよ」

「……ふん、もう良いわ。崩れてしまった地下通路の代わりの道は作ってあげるから、さっさと地上に戻りなさい」


 俺の生暖かくなった視線に若干鼻白むも、特に赤面をしたりはたまた怒り狂ったりもする事も無く、天使は淡々とした口調に戻る。あるいは俺達がその存在を知らないだけで、権能の殆どを封印されていると言う割にはここまでの癒しの力や黒鎖を行使出来る辺り、もしかして女神さまとかそういった存在なのかな、などと想像してしまう。


「……いらつくわね、そのにやけ顔。この身が長きに亘る封印で無聊に喘いでいなければ、即様消し炭にしているところだぞ?」

「そりゃ失礼をば。ところで解放してくれるのは嬉しいがね……話の続き、聞かなくても良いのかい?」

「え――」


 続く俺のそんな言葉に、その天使は呆気に取られた表情を見せてしまう。

 先の俺の話に相槌を打つ様に少しばかり話してくれたこのひとの昔語りからすれば、このひとはどうやら遥かな過去に人類により封じられ、この地に神殿を立てる事により強固となった結界効果で地の奥底に追いやられた存在らしい。それを聞いた時にはそんな存在と面した俺、終わったなと思ったものだ。

 しかしこのひとは、人類へ対する怒りや憤りといった感情を何故か俺にぶつけてくることはなかった。


『ワタシが怒りの対象としたのは、あくまでこの世界の人間だ。今の話が真実とすれば、お前自身は全くの部外者だろう?それに……そんな過去の感情などはとうに、封印されていた長い退屈な時の狭間に置いて来てしまったのよ』


 退屈凌ぎに俺の旅話を聞かせろといきなり黒鎖を突き付けられ、仕方が無しにこれまでの旅の話をし始めてより間もなくの頃。過去にあったと伝えられる三界大戦の話に入った辺りでこのひとは寂し気にそう呟いていた。その言葉には妙に実感といったものが込められており、いつしか俺の心からはこのひとに対しての警戒感というものが抜け落ちていたんだ。

 故に、だろうな。もう良いと言ってくれたこのひとと、こんな薄い縁故のままにお別れするのが勿体無いと思ってしまった。それに、傷を癒してくれた恩もある訳だからな。


「だから、お礼代わりといっちゃなんだがね。普段は異界同士の事情的にあまり語れない、俺の本音の旅話を聞いて貰うってのもありなんじゃあないかと思ってさ」

「……本当、奇特な人間だな、お前は。このワタシを前にして、自らのちっぽけさを痛い程に自覚しているだろうに畏れる事すら無いなんてね」


 そこについちゃ最近あまり否定出来ない自覚もあるんですがね。さて、どこまで話したっけな。今のこういった在り方を心がけるきっかけとなった俺の異界の旅路というものを、もう暫しの間ご拝聴願うとしましょうか。


 ・

 ・

 ・

 ・


「――そして、ここに至るという訳だ」

「どうでも良いが、何時の間にか敬語が消えてしまったな、お前」


 む……言われてみれば、そうだな。本来は俺みたいなちっぽけな人間が面する事すら憚られるらしき、目の前の存在。だが何と言えば良いのだろうか。このひと、口では色々と言ってくるし実際に危なっかしい拘束や恫喝などもしてくれたけれど、殺意とでも言うのかな。そういったどろりとした負の感情を一環として感じさせてくれなかった。だからこうして話している間に、自分でも気付かぬままに敬語が抜けてしまったのだろう。


「おっと、済みません。気分を害されちゃいましたかね?」

「いえ、それで良い……ううん、そのままにして欲しいな。もう世界(そと)では相当な年月が経過している様子でもあるし、当時のワタシを覚えている者など既に度重なる転生の果てに、魂すらも摩耗しきっているでしょうから。一個のモノとして扱われるのは――うん、悪くはない」

「そっか」

「……お前、そういう所は本気でいらつくわね。聞けばまだ人間としてもひよっこな齢の癖に、なに人生達観した様な受け答えしてんのよ?もうちょっとこう、あるでしょ!?」


 あぁそうか。このひと、どうにも憎めない感じだなと思ったらあれか。時々出る素が某狐姉妹に似ているんだな、そりゃ親近感も湧こうというものか……そういえばあの後、あいつ等は無事にこの大崩壊から逃げおおせたのだろうかね?釣鬼が扶祢をぎりぎりキャッチした所までは見えた様に思うが。


「――ちょっと、聞いてるの?」

「あっ、悪い。地上に残した仲間の安否が少しばかり気に掛かっちゃっててな」

「全く、お前と話していると調子が崩れるわね……残る二つの封印の内あと一つだけでも解ければ、周囲の状況程度ならば探ってやりも出来たのだがな。生憎今のワタシでは、この最下層付近を視るのが精々だ」


 うん?このひと、捜索を手伝ってくれる気だったのか。別にそんなつもりで言った訳ではなかったのだが――残る封印、ねぇ。


「そもそもの話なんだけどな。何故あんたは……名前なんて言うんだ?」

「今更に過ぎるわね……○※△×よ」


 ちょっと待て。今の発音、聞き取れなかったぞ。ワンモアプリーズ?


「あぁそっか。この世界では忌み語に属するから、人の身では聞き取れないのか。んーそうねぇ、それじゃあ近しい発音で、リセリーとでも呼びなさい」

「リセリーさんか。で、だな。あくまで興味本位なんだが、何故リセリーさんは当時のこの世界の人類に封印をされてしまったんだ?」

「お前の話にも出ていたでしょう?彼の世界で言う天響族に当たるこちらの存在との衝突のどさくさに、地を張っていた小虫共の罠にかけられてこの様って訳よ」


 やはり、か。だとすればこのひとは、本当の意味での天使。いや―――


「堕天使リセリー、か」

「ワタシ自身は別に堕ちたつもりはないけれどね。むしろこの神殿址の地下で世界の澱を吸い取る受け皿とされた結果が、この『黒』に染まった有様って事なのさ」


 成程。この世界に来た当時に釣鬼から聞いたお伽噺では確か、地下へと堕ちた天使達は魔の色を宿したという。リセリーさんが受け皿にされた世界の澱とはつまるところ、魔に属するモノという意味なのだろう。


「そりゃあ人類を恨みもしようものだよな。今こうして俺と普通に話せているのが不思議な程だ」

「さっきも言っただろう。そんな一時の感傷など、時の流れの彼方に置いてきたと。ただひたすらに退屈をしているんだよ、今のワタシは」


 敢えて腫れ物に触れた物言いをする俺にしかし、当のリセリーさんは冷めた調子でそんな言葉を返してくる。

 いち人間である俺にはこのひとの想いは分からないけれど、これだけは言える。ただの種族間の諍いを発端とした戦争の矢面に立たされたというだけで未来永劫に亘る封印を受け、こんな地の底でいつ来るとも知れぬ稀なる来訪者を待つのみの無為な時間を過ごすという、未だ世界の澱とやらの受け皿となり続けているこの状況。そんなのは、おかしいだろう。


「だからさ。せめてあと一つの封印ってのを何とか外せれば、リセリーさんも少しは暇潰しが出来る様になるんじゃあないか?それに、俺もリセリーさんの協力があれば仲間達の状況をすぐに把握出来て一石二鳥だと思うんだけどさ」

「……お前は莫迦か?このワタシが一体どれだけの年月を封印に囚われ続けてきたと思っているんだ。これまで解決の目を見る事叶わなかったそんな手段を模索する時間があればその間に地上まで歩いていって、直に自分の目で仲間とやらを探した方が早いに決まっているだろう」


 ぐぬ、真っ当な正論を返されてしまった。いやしかし、ここで引いては男が廃るっ!自分でも何言ってるかちょっと分からないが、強いて言えば謎の意地というやつだっ!


「良いから封印の概要を教えやがれっ。もしかしたらもしかするかもしれないだろ?」

「……もうここまで来ると面白いを通り越して、滑稽だな。あぁ、もう好きにすれば良いさ」


 遂には粘り続ける俺に根負けしたらしきリセリーさんは、呆れた風ながらも残った封印の概要とやらを教えてくれた。


「まずはこの黒鎖だな。今でこそ長き時の果てにある程度ワタシの思い通りに動かせる様にはなったが、これは元々はワタシへ対する拘束具だ。神気の類を一切受け付けず、そして澱から引き揚げた魔気により、触れるもの全てを侵食する」

「……ん?でも俺、それに雁字搦めにされたけど何ともなかったぞ?」

「だからお前が異常なんだよ。本来これに触れるどころか近寄っただけで須らく魔気に蝕まれ、数分も保ちはしないというのにな。それがお前と来たら、魔化する事もなくヒトのまま魔気に馴染んでいるのだもの。大体なんだその魔犬は?身体全体が魔気の塊の癖して、在り方はただの犬そのものじゃあないか」


 主人が主人なら犬も犬だとばかりにまたまた呆れの視線を向けられた俺は、しかしその言葉に成程と腑に落ちてしまう。深海市の一件でシズカにも指摘された通り、俺はどうやら瘴気を始めとする魔といった属性に対して恐ろしいまでの親和性を持っているという話だからな。今回もその性質が妙な方向に働いたという事か。


「で、残る一つは?」

「お前も実際に見ただろう?あの白亜の巨像こそがワタシ本来の力を吸い取り、それを動力源としてワタシ自身への対策と化した、最後の封印さ」


 あの大崩落の最中、どんどんとその姿を露わにしていった鎧姿の巨像。本来ミチルの助けがあってすら墜落死を免れなかったであろう俺が何故あの程度の負傷で済んだのかと言えば、あの巨像の埋まっていた下半身部分をどうにか足掛かりにして落下の勢いを相当に減じたからに他ならない。正に様々な偶然が重なって助かったという現実を改めて噛みしめ、今更ながらに冷や汗が吹き出してしまうのを感じる。


「お前の話の最後にもあった通り、あれに対しては神秘力全般が一切通用しない。その上で動作指令をしている内部の核を潰さねば、ワタシからの神力の吸収は何時までも続くのさ。この様な場所に封じられ、神力を吸われ続けているワタシにはどうする事も出来ず、今の時代の人間達にもあれと対峙し多大なる犠牲と引き換えにしてまでワタシを開放する理由が無い。ほら、お手上げだろう?」

「……そういう事か」


 その内容を理解した俺がぽつりと呟くのを見て取ったリセリーさんは今度こそ話は終わったとばかりに言葉を切り、玄室の脇に新たな道を創り出した。


「さぁ、もう行くが良い……お前の話は、これまでに聞いた小虫共の中でも望外に面白いものだったよ」


 最早その瞳は俺の姿を映す事も無く、これまでそれなりに喜怒哀楽を表していた貌も彫像の如く化してしまう、囚われの天使。やがて残った未練をも断ち切らんとするかの如く、リセリーはその瞼をも閉じ―――


「――まぁ待てよ。そう結論を急く事もないだろう?小虫には小虫なりに、あんたにとって利用価値があるかもしれないぜ?」

「……何のつもりだ?」


 今にも動作を凍結しようとしていた彫像が、その言葉に再起動を果たす。俺はそれを見た後に背に差していた振動剣の安全装置を取り外し、リセリーへと向かって得物を構え言葉を続ける。


「その黒鎖、神秘力の類を封殺すると言ったな?だけどな……神秘力に依らず、それら全てを容易に破断する手段がここにある。そしてその鎖に依る魔気の影響すら受けないどこぞの小虫の如き存在がそれを振るったとしたら、どうだ?」


 俺の言葉の意味する所を理解して、リセリーは信じられないものを見たかの様子で目を瞠る。俺の旅話を聞いた上で信じてくれたこいつなら、その可能性にはとっくに思い至っていただろうに。それを敢えて気付かぬ振りをして、自ら可能性を閉じてまで……。


「お前は、何を言っているんだ……?ワタシは、言わば人類の敵だったモノなのだぞ?」

「言葉は正しく使おうか、リセリー。あんたは『人類の敵』ではなく『敵とされた者』だろう?」


 言いながらも愛剣を振動モードへと切り替え、いよいよもってそれを大上段に構えた俺はリセリーへと、今ある想いの丈を込めた視線を向ける。


「やめろっ!?ワタシはとうの昔に人間(おまえたち)に対する希望を捨てたんだ!これ以上、もう……ワタシを惑わせないでくれっ!」


 対するリセリーはそんな俺を見返し懇願する様に首を振りながら、やっとその本音を吐露してくれた。この意地っ張りの怖がりさんめ、こんな地下で一人震え続けていたら、いつまで経っても次へ進むことなんか出来ないんだぜ。


「生憎俺は、その辺りの感覚が少しばかり人とはずれているらしくてね。人間としては不本意ながら、異形の者(おまえたち)に対する偏見ってものに薄いんだ。だからまぁ、こんな変人の凡人に絡まれたのが運の尽きと思って、俺の足掻きに付き合って貰おうか?」

「お前は、どうして……そこまでっ……」


 それまでの傲岸不遜な素振りは鳴りを潜め、その仮面が剥がれ落ちた下には気の遠くなる程の時間をたった独りで過ごしてきた悲哀、そして救いを求める一人の存在としての涙に濡れた貌があった。その貌を見るだけでも、痛い思いをしてこんな地の底にまで転がり込んできた甲斐があったというものだ。

 ではそろそろ、この意地っ張りな時の虜囚の枷を断ち切ってやるとしようか。


「前以て言い訳させて貰うけど、俺の剣の腕は道場で先生に倣った木剣の真似事レベルだからな。間違ってそのでっかい翼の一部を斬り落としちまっても、そこは自前の再生能力とかそんなんでどうにかしてくれよっ!」

「最後の最後で不安にさせる様な事を言うんじゃないわよ、この莫迦ぁっ!?」


 そんな悲鳴を聞きながら俺が迷い無く振り下ろした振動剣は、如何なる神秘をも縛り付ける魔の黒鎖の群れへとご自慢の純物理効果を発揮する。

 その結果がどうなったか、なんて野暮な質問はしなさんな。つまりは、この出逢いも必然だった――そういう事なのさ。

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