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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第九章 無貌の女神編
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第182話 幼女が大人になりました:中編

 今、俺達の目の前の台にはそれぞれの用途に応じて割り当てられた、ライオスさん制作の装備品が置かれていた。各自、自分用に作られた装備を手に取り具合を確かめてみる。


「ぬう。ちびっ子の装備はこりゃあ、作り直しだなぁ」

「むぅ」


 やはり真っ先に不具合が出てしまったのはピノの成長による装備品のサイズ不足だった。何せ急な事で日常生活用の衣服すら用意出来ていない程だからな。


「でも、カイマンさんが言ってたわよね?今のピノちゃんと同じく適度にガス抜きをしないと大きくなっちゃう子も居るって。そのガス抜きっていうのがどういうものかは分からないけど、もしかしたらまた身体のサイズが変わっちゃうかも?」

「だよなぁ……」

「よく分からんが、そういう事なら一般に流通している素材だとまともな物は作れねぇぞ?次策としちゃ何か軽めの素材で装備を揃えて、予備のサイズを常に持ち歩く程度しかないだろうな」


 ううむ。ライオスさんが言う通りではあるのだが、ただの布だといざという時の防御力に難が有り過ぎるし、何より軽い素材とはいえ持ち運びで嵩張るのがなぁ。


「ちなみにですが、その場合の候補ってどんなのが有ります?」

「そうだな……ちびっ子は身体の方はそう頑丈そうには見えねぇからな。一般的には軽い絹地に極細の特殊加工をした白魔銀(ミスリル)でも張り付けて、要所要所を軽い部分鎧で覆う、辺りが無難だろ」


 鎖帷子の様なものか。それならば激しい動きにも慣れれば対応出来るだろうし、不意の一撃で重傷を負う危険も減りそうだ。少なくとも今までのただの布の服、といった脆さよりは余程安心というものだろう。だがしかしその案には一つ、現実的かつ重大な問題があった。


「……聞くからに値が張りそうな加工だなオイ」


 だな。参考までにオーダーメイドのお値段を聞いてみたら予想よりも桁が一つ多かった。満場一致で否決!


「それで駄目なら、もう霊樹(トレント)の皮でも引っぺがしてきて素材を直に持ち込んで、木工屋にでも加工を頼むしかねーだろうなぁ。これでも装備一式を一括で注文してくれたお前達だからこそ、割引での提示をしてやっての値段だからな」

「ぬぐぐ……装備品って金かかるんだな」

「アルシャルクさんが事あるごとにお金が欲しー、って言ってたのが分かるわね……」

「あの馬鹿は武器の使い方が荒過ぎるからな。毎度毎度研ぎ直す身にもなってみやがれってんだ」


 最後の愚痴は置いといて、だ。どうやら安く済ませるには複合素材タイプではなく全身一括タイプで作る必要があるらしく、しかもその素材を自前で確保しないといけないのだそうだ。理屈は分かるが、霊樹(トレント)なんてデンスの大森林でも竜種(ドラゴン)が出没する、最奥部付近に僅かに生息する程度って話だもんな。


『ヴィクトリアさん達って見た目は耳長族(エルフ)なんだし、ファンタジィ物のお約束で竜種(ドラゴン)との意思疎通を図って下僕の霊樹(トレント)達の皮の流通させる、なんて出来たりしませんかね?』

『むしろ古エルフの血を引く分、希少性から僕が竜種(ドラゴン)の餌にされちゃいそうだからやです!』


 傭兵の郷の一件が終わった帰りのこと。デンスエルフの村へ寄った折にふとそんな話題も挙がったのだが、力一杯拒否されてしまったからな。流石に俺達だけであの魔境に潜るのは無謀というものであるし、何より今はヘイホー領主による出雲歓待中の待ち時間だ。出雲が戻り次第、帝国へ向けて出発する事になるからそんな時間もないものな。


「――そういえばさ。アレ、素材に使えたりしないかな?」

「アレ、か」

「アレ、ねー」

「アレ、なぁ」


 ふとある事を思い出した風な扶祢の言葉に俺達一同、曖昧な反応を返しながら考え込み―――


 ・

 ・

 ・

 ・


「なっ……何じゃこりゃあ!?」

「これをボクの防具に、加工出来たりしないかな?」


 不本意ながらジャンケンで負けてしまった俺が宿屋(クレイドル)へとそのブツを取りに走り、そして一時間程が経った後。作業台の上には黄金色に震える、とある物体が置かれていた。


「ちょっと遠方の迷宮(ラビリンス)で拾ってきた物なんだけどな。この通り、切っても叩いてもすぐにこのセル状に戻っちまうんだわ。どうしたものかと扱いに困っていたんだがよ」

「これ、元は金属板だったんですよね。頼太のこの……剣で斬り落としたらこんな風になっちゃったんですけど」

「む、むう……剣で金属を斬り落とすってのも理解出来んが、これ本当に金属なのかよ?」


 ライオスさんが驚くのも無理は無い。このセル状の謎物質は、彼の海洋世界でパピルサグの要塞内にあった、宝物庫の壁や棚に使われていた素材なんだよな。俺が振動剣を見付け手近の金属棚で試し斬りをした際、一部の破片が崩れ落ちてこの形になってしまったのだ。これは面白そうだからとマーフィーさんの許可を得て、こうして少しばかり貰ってきたのだが……やはり冶金に関わる立場から見れば非常識極まりない物だったらしい。


「これ、この剣以外じゃ斬れもしないし熱伝導もかなり悪くてどうやっても壊れないんですよね」

「そうそう。なのにほら、こうやって指で突っつくと――」


 ―――ぷにんっ。


 言いながらピノが突いた指はぷよぷよとした謎物質の中へと埋没し、やがて指を抜くと徐々に元のセル形状へと戻っていった。所謂、形状記憶合金的な性質を持っているらしいのだよな。


「どうせこの拳鍔も新調しちまうし、やってみっか。見てろよ、今度はこうして……フッ!」


 ―――カキンッ!


 釣鬼が元々使っていた拳鍔を右手に填め、勢い良く振り下ろす。先程とは正反対に妙に硬い音が響き、そして拳鍔を外した釣鬼が謎物質との接地面を俺達に見せる。やはり、僅かにだが欠けているな。そして謎物質の側には一切、瑕といったものが見られない。


「……分っかんねぇ。何だ、この非常識なブツはよ」

「でもこれ、巧く防具に出来たらピノちゃんにぴったりだと思いません?」


 そういう事なんだよな。当初はまだピノも幼女姿だったので特に良い用途も思い付かず、ずっと荷袋に入れっぱなしにしておいたんだが、いい加減長期間これを持ち続けるのも億劫になり始めていたんだ。だからこの際、鋼鉄製の拳鍔を填めた釣鬼の一撃にすら耐え得るこの形状記憶合金的な謎物質を使ってピノの防具を作れれば処理も出来るし、パーティ後衛の防御力も増してお得なのではなかろうかと考えた訳だ。

 だがやはり、どうにも理解し難いであろうと思えるライオスさんの反応からすると、この謎物質の加工は現実的では無いと結論付けざるを得ないか……。


「ぬぅ……ここで引いたら小人族(ドワーフ)の意地が廃るってモンだ!今日の鍛冶仕事はやめだ、こうなったら徹底的に究明してやるぜ!」

「「おお~!」」


 だがライオスさんの鍛冶屋魂に火を灯してしまった様だ。表で店員をやっていた弟子達を呼び、早速本日の店仕舞いの準備をしてから分析検証に入る事となった。


「それじゃその間に服屋さんでピノちゃんの服、新調してこよっか?」

「そだね、行ってくるー!」

「行ってらー」


 以前は二人が並んでも母娘といった感じにしか見えなかったが、ピノが大きくなったお陰か今は姉妹、あるいはぎりぎり齢の離れた友人の様に見えなくもない。元々仲の良かった二人だが、心なし扶祢の表情もいつもより嬉しそうに見え、今は同年代の友達とショッピングに行く感覚にでもなっているのだろうかね。微笑ましくて何よりだ。


「くふふ、大きくなったピノちゃんの着せ替え。何れはコラボ衣装でも付けて……夢が広がるのだわ」

「……その趣味だけは、やっぱりボクには理解出来そうもないよ」


 発言を訂正させて貰おう、ただのレイヤー脳を拗らせていただけらしい。ピノもそうだけど、こいつも相変わらず変わらないよネ。






 ライオスさん達が店仕舞いの準備をしている間、時間の空いた俺と釣鬼は実際に装備を試着した状態で軽く組手などをしながら装備の性能を体感する。


「ふむ、流石は黒鉄鋼(アダマンタイト)製ってところか。やっぱただの鋼鉄と比べると安定感が段違いだな」

「良いな、これ。腕周りの魔力の動きは阻害されるけど鋼鉄製よりも若干軽いし、何よりも――」


 言って中空に伸ばした俺の腕に、横合いから鉄鞭の一打が打ち鳴らされる。いでっ!?


「っつぅ~。そっか、衝撃までは完全に殺せないんですね」

「まぁな。だがこれまでの鋼鉄製で今のを受けたら、拳鍔(ナックルダスター)ごと腕をもぎ取られかねんからな。これなら安心ってモンだろ?」


 ある程度片付けが終わり戻ってきたらしきライオスさんが背後より振るった鉄鞭を手元へと引き戻し、今度は台座の側へと振るう。その一打の対象となった元の装備である鋼鉄拳鍔は見事に拉げてしまい、その対比を見るだけでもこの黒鉄鋼(アダマンタイト)製の拳鍔の性能が分かろうというものだ。


「俺っちの場合、夜は魔弾掌の邪魔になるからどの道外す事になるし、ピノみてぇにサイズの違いを気にする必要もねぇからな。こりゃデカブツ相手にする時は大いに役立つだろうぜ」


 そうだな。後は衝撃対策に慣らしつつ、中の綿詰め等で調整していくだけか。これは良い買い物が出来たというものだ。

 他の部分の防具に関しては、やはり体術をメインとする俺達の場合身軽な方が良いからな。基本は白魔銀(ミスリル)製の各部分鎧だけを付けて、胴体と脚部分は従来通りの鎖帷子のみとなる。うん、これも慣らせばそれなりに動き易くて悪くはない。避け切れない攻撃などは打点をずらして白魔銀(ミスリル)防具部分で受けるという手も使えるし。

 俺と釣鬼の装備は大体こんなところか。拳鍔用の黒鉄鋼(アダマンタイト)もそうだが、白魔銀(ミスリル)ってお高いですからね……それが四人分ともなるとそれだけで前の報酬の魔煌石と引き換えでも足が出てしまう程なのでありました。とはいえ、これで全体的な防御力がこれまでとは段違いに上がる訳だ。命あっての物種とはよく言ったものだと思う。


「それにしても、あいつ等遅ぇな」

「扶祢があんな調子だったし、また色々拘ってんじゃねーの?」

「なら先に始めるとするか。さーて、腕が鳴るぜぇ!」


 それじゃあ、ライオスさんもこの通り冶工としての情熱に燃え上がっているみたいだし、さっさと実験を始めっか!


「まずは耐衝撃性については先の通りとしてだ。斬撃や刺突耐性からいくか」


 言ってライオスさんが取り出したのは赤黒く光る工作用のナイフだった。如何にもな雰囲気を帯びたその切っ先は、セル状の謎物質へと徐々に沈み込んでいき―――


「ぅあっぶねぇ!?」

「……切れる気がしねぇ」


 見事にぷにょんっ、といった擬音が似合いそうな反応を示した謎物質の表面を滑り落ち、結果ナイフを握ったライオスさんの腕が宙を切ってしまう。その際に切っ先が勢い余って釣鬼の首元付近を通り過ぎ、危うく必殺仕事人の如き惨状となりかけてしまった。


「やっぱコレは無傷、か」

「この虎の子の赤皇銅(オリハルコン)ナイフですら傷付けられないって、どんな組成してやがるんだこの金属……」


 その生産量の少なさから半ば伝説の金属とも言われている赤皇銅(オリハルコン)をライオスさんが持っていたのも驚きだが、黒鉄鋼(アダマンタイト)さえも傷付けられるそれですら歯が通らないとは。むしろあの弾性を見る限り、金属かどうかも怪しくなってきたな。オーパーツ、恐るべし……。


「だが今の反応を見る限り、素材としての加工さえ出来りゃただ硬いだけじゃなく、衝撃諸々も良い感じに分散出来そうではあるな――よし次だ、魔極持ってこい!」


 脇に控えて同じく興味深々にこの謎物質を見ていた弟子達がその言葉を受け、何本かの棒の様な物を持って来る。何だ、これ?


「こいつはな……ほれ、魔力を流すとこの先に各種属性の効果が出る、魔法装備の実験用具なんだ」

「ほ~。こんなモンがあったのか」


 電極みたいなものか、名前もまんまだな。言われてみれば確かに、毎回実際に魔法をぶっ放して試すのも大掛かりになってしまうし、鍛冶屋全員が魔法を使える訳でもないからな。こういった小道具があれば装備作成も捗る事だろう。

 俺達が納得したのを見たライオスさんは改めて、弟子の人達と共に各種属性への耐性などを調べ始める。結果―――


「……完全物質過ぎんだろ、この金属」

「親方ぁ、三本目の魔極も魔力全部吸われて壊れっちまいました!」


 各種魔法効果に耐えるどころか、基となった動力源すらも吸収して一切効果無し。その見た目も心無し先程よりもつやっつやと麗しい色合いに変化しており、益々意味不明な物質に仕上がっていた。


「うーぬぬぬ、せめて切れ目の一つでも入れられればな……このサイズじゃ解析もままならねぇぜ」

「やっぱこいつを装備に転用するのは無理があるか」


 素材としては非常に役立ちそうに思えたんだけどな、そもそもが素材にすらならないのではどうしようもない。流石にこれ以上お願いするとライオスさん達の商売の邪魔になりそうだし、今回は諦めるしかないか。

 この惨状を見て釣鬼と顔を見合わせながらそんな結論を出そうとしたのだが、一方のライオスさんがどうにも引くに引けない状態になってしまったらしい。


「いやッ!こうなりゃ何が何でもこいつの中身を暴いてやる、加工代金は要らねえからこれで実験させてくれ!」

「親方、そんな事言ったらまたお嬢さん方にただ働きすんなってどやされっちまいやすぜ?」

「五月蠅ぇっ!女子供が怖くて鍛冶屋やってられっかぁっ!」


 この様にして、身近ではピノやサリナさんといったマッドや魔法脳の面々が時折見せる、研究者のそれな目付きと化してしまったのだ。


「そりゃ俺っち達としちゃ、渡りに船だがよ」


 なぁ?といった素振りで話を振られた俺もそれに同意の旨を示す。振動剣を使えばあっさりと切断する事も可能ではあるだろうが、あれを使っちゃうと二度と切断面が接合出来なくなるからなぁ……となればここは、もう一つのあれの出番かな?


「ではこちらにご注目~。ここに取り出したりまするは【ぷにキエール】、これをさっと塗り付ければあら不思議!」


 つい数日前にも似た口上を垂れた気がするが、今度こそこいつに役立ってもらうとしよう。懐から取り出したぷにキエールを謎物質に塗り付けた後、言葉のノリそのままに借り受けた赤皇銅(オリハルコン)ナイフで果物の薄皮を切るが如くスライスをする。


「うぉお!?何じゃあそれ!」

「……いや、まさか本当に切れるとは思わなんだ」


 この謎物質、そしてぷにキエールも同じ海洋世界の要塞内で見付けた物だ。もしかしたらとは思ったが、どうやらこのぷにキエールはパピルサグ達の殻の硬化用途のみならず、あの世界の加工全般に使える物だったらしいね。


「そんな常識外れの品があって良いのかよ……頼むっ、それ一本くれっ!」

「無理っす。数に限りがあるんで」

「ちっきしょう……それがありゃぁ、色んな加工が捗るってのによ」


 軽く説明をすると案の定、ライオスさんが食い付いてきたが、これは俺達が彼の世界での冒険の結果手に入れた、正当な報酬の一つだからな。残念ではあるが、ライオスさんには涙を呑んで諦めて貰うとしよう。


「くそっ、仕方がねぇ。それじゃあまずは、これと同じ物を十枚程作って貰えるか?徹夜で色々調べてみるぜ」

「うぇぇ……まーた徹夜っすか?」

「お前等だってこれ、気になるだろーが?少なくとも俺はとてもじゃねぇが、こんな敗北感を抱えたまま寝るなんて出来ねぇぞ!」

「そりゃそうっすけどー」


 こんな様子で弟子達を巻き込み、ライオスさんのやる気スイッチが完全にオンになってしまった様子。ともあれこのまま置いといても俺達にとっては猫に小判だものな。一晩だけぷにキエールを貸し出して、後は専門家に任せるとしようか。


 そんな感じに話が決まり、さて女性陣二人が遅すぎるなと気になり出した頃。店頭の側から聞き慣れた叫び声が響いてきた。


「えぇええエェー!?」

「ピノちゃんが、元の姿に戻っちゃった……」


 こちらはこちらでまた妙な事態が起きてしまったみたいだな。店頭の側へ赴き二人を出迎えてみれば、そこには新たに買い込んだ大人用の服が地面へとずり落ち、辛うじて身体に引っかかった下着を両手で抑えながら顔を真っ赤に染め上げ座り込む、元少女な幼女の姿があった―――

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