第177話 ヘイホー体験投獄記
お盆の連日投稿二日目、いきなり急用で大遅刻!
明日はしっかり昼過ぎには更新予定です。
「さっさと御国に強制送還されてしまえ!」
「そんな酷い事を言わんでくれぇ、ややぁ!」
「いやはや、大殿は一度こうなるとお頭と同じく意固地になってしまいますからなぁ。血は争えぬと申しますか」
ヘイホー正門前の一件より一時間程が過ぎ、場面はヘイホー警邏隊詰所にて。
あの後やはりと言いますか、事情を知らなかったとはいえ国賓クラスの相手をノックアウトしてしまった俺は警邏隊の面々に取り押さえられてしまい、こうして人生初の牢屋入りを果たしてしまったのだが―――
「何故この儂までがこの様なせせこましい牢内に押し込まれねばならんのだ?儂、皇王であるぞ?」
「お忍びで来たくせして、よりにもよって刃傷沙汰などに及ぶからであろうっ。しかもあんな見苦しく余の名を連呼しおって!御国の恥だっ!」
この様に、何故かワキツ皇王である早雲その人も同じ牢内にルームシェアをしているという奇奇怪怪な状況でしてな。正直何が起きているのか俺にもさっぱりだ。
「ともあれ、だ」
警邏の兵すらも戸惑うこの状況。そんな何とも言えない空気の中で、報せを受けて駆け付けたリチャードさんが口を開く。
「本来であれば皇王様にはすぐにでも出て貰うべきなんだろうが、こんなしょうもない事情ですからね。諜報部の立場としちゃ、残念ながら外交特使である姫さんの意思を尊重する事になるのはご容赦願いたい」
「ぬ、ぐっ……」
「坊主、お前も少しはその喧嘩っ早さをどうにか出来ねーのか?警邏の様子がおかしい事くらいは気付いていたんだろう?」
「はい……面目ないっす」
そんなリチャードさんの多分に呆れの色混じる両成敗により、俺と皇王は頭を冷やす意味合いも兼ねて一晩の牢屋入りが確定してしまう。正直な所、リチャードさんの側に控えているサリナさんの能面の如き無表情が本気で怖かったので、ある意味助かったとも思えるが。
そしていつだかの不審者の一件で顔見知りともなった警邏の衛兵隊長一人を残し、皆が退室していく。やがて牢内の一通りのチェックが終わったらしき衛兵隊長も俺達――というか皇王に対してだろうな、恭しく一礼をしてから牢の入り口へと立ち、外側へ向けた監視に戻っていった。
「………」
「―――」
気まずい。頭を冷やせとは言われても、それは互いに落ち着ける状況であればこその話であり、この様に同じ牢内にまとめて放り込まれたら纏まる話も纏まらないのではないのだろうか。
「何か、一国の要人が居るにしては不用心っすね。この扱い」
「………」
居心地の悪さを誤魔化す為に話しかけてはみたものの、やはり返事は無い。今になって振り返ってみれば、恐らく俺の出雲強制ブラッシングを見た皇王様が激昂してしまったという事なのだろうし、口をききたくないのも已む無しか。
「……仕方が無かろう。表だって争ってはおらんだけで、我がワキツ皇国とこのサナダン公国は国単位で言えば特に友好関係を築いておった訳ではないからな」
これは過ごし辛い一晩になりそうだと内心辟易としていたそんな折、皇王が渋々といった口調で口を開く。返事をしてくれたのも予想外ながら、そんな事情があったのか。言われてみれば確かに、出雲も公国入りをする際にはあくまでもお忍びという事で秘密裡に、と道中リチャードさんと話していた記憶があるものな。
「あれ、でもそうすると今の皇王様って無茶苦茶立場がまずくないっすか?下手すりゃこのまま公都まで送られて、皇国との政治的取引材料にーとか」
「ふん。仮にそうなった場合、差し詰めお前も口封じといった所だろうな」
「げっ……」
そりゃまずい……最近になってようやくこっち側で冒険者らしい仕事が出来始めてきたというのに、そんなしょうもない話で闇に葬られちゃ堪らない。
振動剣は牢屋入りの際に没収されてしまったものの、こんな事もあろうかと隠し持っていたぷにキエールは健在だ。ここは一つ、利害の一致しそうな皇王様と結託して脱獄イベントといくか!
「皇王様、取って置きの脱獄話があるんすけどね?」
「ほう、言ってみるがいい」
良しッ!俺一人だけならばちょっとばかり倫理面での問題がありはしたが、これで出雲の父親である皇王を不当な圧力より救い出すという大義名分が出来たッ。皇王の気が変わらない内にとばかり俺は勢い込んでぷにキエールを取り出し、説明を開始する。
「この手に取出したるは【ぷにキエール】と申します。一塗りするとあら不思議、何であろうと短時間の間部分的に硬質化をし、この程度の石壁ならば容易に素手でもぶち破れる様になるという優れモノ!これを使ってですね……」
「成程な……衛兵!聞こえたか?」
「勘弁してくれよ、頼太君。そんな事やったらそれこそ本当に国際問題になるどころか、リチャード教官の狩りの対象にされちまうって……」
「ちょおおっ!いきなりの裏切り発生っすか!?」
嗚呼無常。皇王へと脱獄計画の説明をしている間にすぐ背後まで忍び寄っていたらしき衛兵隊長によりあっさりとぷにキエールが取り上げられてしまい、こうして俺の脱獄計画は未遂のままに終わる事となる。
「大体な、もし本当にそんな事になるならば儂がこんなに落ち着いていられる筈も無し。やや――出雲はどう出るか分からんが、トビが動かぬ筈がなかろう」
「う……言われてみれば」
「もう妙な真似されて大事になったら困るから白状しますけどね。皇王陛下の夕方の激昂っぷりを見たトビ殿が教官経由で原因の頼太君と落ち着いて話が出来る様、取り計らってくれたんですよ」
あぁ、そういう事だったのか。片や一国の王、片や表向きには出自すら怪しい一般市民では確かに、通常まともな話し合いなんて出来る筈も無いからな。
「儂もあの時は気が動転しておったやもしれぬ。よくよく考えてみれば我が娘がお前程度の頭の回転が貧弱そうな凡夫に心砕く筈も無かったか」
―――ざくっ。またまた容赦無き扱いの低さに涙するも、先程披露してしまった醜態の手前もあり強くは言えない俺。若干の自己嫌悪に陥るそんな俺を見た皇王はと言えば、先程までの憮然とした顔を何処へ隠したのやら、打って変わって人の悪そうな、それでいて何処となく憎めない表情を浮かべ笑い出す。
「わはははっ!そう気張るでないぞ小僧。我が御国の中であれば断罪ものの不敬であるが、ここは公国内だからなっ。儂とて幾許かの常識程度は持ち得ておる、先の件は不問に処してやらんでもないわ!」
「……あぁ、そういう所は確かに出雲の親父さんっすね」
「何!?ど、どの辺りがだ?ややはどの辺りが儂に似ておるのだっ!?」
出雲の話になった途端、これである。物の見事に食い付いて必死に我が子との共通点とやらを聞き出そうと苦心する皇王サマ。こりゃ、出雲の奴がうざがるのも無理は無い。
「あのねぇ、皇王サマ。そういうのが駄目なんすよ。いいすか?あの年頃の娘っていうのは……」
「なっ、何だとうっ!?ふ、ふむ……上奏を許す、とくと申してみよ!」
こうして牢内ではお互いに大した経験も持たない娘語りが展開され、当初予想されていた事態に比較すれば割り合い和やかで過ごし易い牢屋での一晩が過ぎる事となる―――
―――目覚めた時には牢内一面が氷に覆われていた。
「さッむ!?何だ何だ?」
「うぉおお……凍えるっ。冬も近いとはいえこれは冷え過ぎぞっ!」
「おはようございます。ぐっすりと眠れた様子で何よりですわ」
「あ、はい」
寒さに驚き飛び起きてみれば、目の前には氷の微笑を浮かべたサリナさん。だが脂汗を流す俺をひとしきり眺めた後、軽く溜息を吐きつつ牢の扉を開けてくれた。
「さ、出てらっしゃいな。そろそろ頭も冷えた事でしょう。皇王陛下も宜しければご一緒に。ささやかではありますが、ギルドにて歓迎の印として朝餉をご用意致しましょう」
「むう、そこは大殿と呼んでもらいたいものなのだがな。で、毒味はおるのかな?」
「今朝のお食事は出雲姫様のお手製でございますが、毒味役も付けた方が宜しいでしょうか?」
「不要ぞっ!さぁ行くぞ、者共っ。ややの手作り飯が待っておる!」
うーん、昨晩の熱い語らいを聞いていても感じはしたが、何ともちょろい。そして言葉遣いと言い出雲に似過ぎていた。いや逆か、出雲がこの人そっくりなんだな。
サリナさんに先導され牢の外に出てみれば、そろそろ冬とも言える季節にも関わらず既に陽が結構な高さに昇っていた。昨日は遅くまでこの大殿の熱い語りを聞かされたからなぁ、随分と寝坊をしてしまったらしい。
そして俺達は宿直だった衛兵隊長と挨拶を交わし、守衛塔を後にした。
「お、戻ったな頼太!……あとついでに親父様も」
「おかえリ!」
「お前、本当にややに手を出してはおらぬのだろうな!?」
「してませんから!」
ギルドへ戻り、カウンター裏の小会議室へ通された俺達をエプロンを付け奥の厨房から出てきた出雲とピノが出迎えてくれた。
本当に出雲が朝飯作ってたのか。日本でも海洋世界でもそんな機会が無くって出雲が飯を作る所を見た事は無かったが、これが初の料理実験とかいう落ちにならない様に祈っておくとしよう。
「お帰り~。初の牢屋での一泊って、どうだった?」
早速出雲へと突撃した大殿――早雲さんの様子に苦笑いを浮かべながらテーブル席を見繕っていると、最後の仕込みが終わったらしき扶祢が声をかけてきた。
「咽び泣くオッサンの娘語りを丑三つ時まで聞かされ続けて、あまり牢屋って実感は湧かなかったな……」
「うわ……そ、それはご愁傷さまです。暖かい物作っておいたからゆっくり休んでね」
成程、扶祢も手伝っていたなら劇薬の如き怪奇食品が出てくる事だけはないな。うんうん。
「サンキュ。ところで出雲の奴、料理の腕前の方はどうだった?」
「……焼きお握りだけ担当して貰ったから、何とか形には」
「……お疲れさまっす」
うん、やはりそっち系だったか。扶祢が気を利かせてくれて助かったぜ、セーフセーフ。
「ほれほれっ!これは余が作ったのだぞっ。今日ばかりは特別に親父様にも融通してやるから感涙に咽び泣くが良い!」
「くぉぉ……これがややのっ、ややのっ……他の誰が何と言おうとも、たとえ死して屍晒そうともっ!この儂が全てを味わい尽くしてくれるぞ!」
「余はまだ経験不足なだけだ!まるで毒物製造機みたいな失礼な事を言うなー!」
「あぁ、自覚はあったんだな」
「ネ」
尚、ピノも一緒に作ったらしいが以前よりも格段に味わい深い料理となっていた。もう俺より味付けが上手くなっているんじゃなかろうか。
「ホント美味いな。牢の中じゃ飯抜きだったのを抜きにしても良い味付けになってるじゃないか……肉料理だけな」
「野菜なんか適当にちぎってサラダにすれば良いだけだシ~」
「あはは……サラダも盛り付け方とかそれなりに工夫は必要なんだけどね」
やはりピノは肉好きらしく、薄野先生によれば魚料理に関してはまだまだ改善の余地有りとのこと。自分の好きな料理のみ頑張っていたらしいネ。
まぁ好きこそ物の上手なれとの諺もあるし、料理という文化の薄い妖精族にしてはこの齢でここまでの物を作れれば上等か。一般的な妖精族というのはイメージ通り、一部の秘薬などを除けば自然のまま食物を頂くのが基本らしいからな。
さて、そうこうしている内にようやく機嫌の直った出雲が早雲さんに纏わり付き始め、あれだこれだと覚えたての料理の蘊蓄などを語り始めている様子。そんな微笑ましい二人の姿を楽しみながら、俺もじっくりと少しばかり遅めの朝食を味合わせて貰うとしますかね。




