第176話 代理タンクに麻呂強襲
本日8/12より8/15までの四日間、連続投稿となります。投稿時間は不安定ですが。
という訳で一日目!
目の据わったサリナさんの操縦により、アクセルフルスロットルな自走車で突っ走る事、約二時間。予想以上の速度で異世界ホールへと到着しアルカディア側に抜けた後、そこでようやく休憩を取る事となった。あ、そういえばミチルとまだ合流してなかったな。サカミではその姿を見る事が出来なかったし、今は薄野山荘にでもいるのだろうか。だとすれば今の内拾っておかないとまずいよな。
「あの、サリナさん。せめてミチルだけでも回収しに行っておきたいんすけど……」
「ミチル君でしたら薄野山荘にお邪魔した際に回収済ですわ。今頃はヘイホー支部で看板犬でもやっているでしょうから安心なさいな」
おっふ、既に外堀の埋め立てまで完了していたらしい。その言葉の意味する所とはつまり、サキさん達にまでアルカディア側の大騒ぎが伝わっちゃっているという事で。
「こ、今回は大人しくヘイホーに行っておきましょうか!」
「……だな」
「ウン……」
母の雷が落ちる情景を想像したらしく慄く扶祢を筆頭として、きっとその巻き添えを喰らうであろう俺達もそれに同意し諦めて連行の旅を再開する事となる。
「ところでよ。国際問題ってな、どの程度のレベルにまで発展しちまったんだぃ?」
「出雲姫の子飼い達からサブマスのリチャード経由である程度の事情は流れていたから、本来ならばギルド内案件として処理されるだけでそこまで問題になる筈も無かったのだけれども。タイミングの悪い事に、皇国との連携が必要な事業にうちのギルド本部が調印しちゃっててね。その関係であちらさんの最高権力者が今、ヘイホーにやってきているのさ」
「へぇぇ。皇国って随分と閉鎖的な国に思えてたけど、思ったよりも行動的だったんですね」
詳細としては機密に関わる部分もあるので全てを開示出来る訳ではないが、現在冒険者ギルドとして皇国と何らかの協力作業を開始し始めているのだそうで。それで今現在、皇国に於ける最高権力者って人がヘイホーにいるらしい……おや?何だろうか、この違和感は。
「……聞くが、余が行方不明になっていた情報を、その最高権力者とやらはどうやって知った?というか、その者はまさか――」
「ご賢察ですわ。情報は当然、姫様の部下であるシノビ部隊より直接に。そして姫様直下の部隊に対してすら一部情報のみとはいえ、直々に開示を要求出来る相手と言えば……」
「これは、大殿御自らがやってきてしまわれた様ですな」
あぁ、違和感の正体はそれか。皇国のシノビが直轄の長を差し置いて他の者に従うなど通常有り得ない事だ。だが皇王その人、しかも娘の音沙汰が無く出向いた公都からわざわざヘイホーの側にまで心配で居ても立っても居られずに父自らが来たとなれば、流石の出雲直轄部隊と言えども情報開示を余儀なくされてしまうのも無理はない。そうか、出雲の父親がヘイホーに来ているのか。
「そんな話などは聞いておらぬぞ……何を企んでおるのだあの親父様は」
「ですが考えようによっては、御国までこの文を届ける必要が無くなり都合が良いとも言えますからな。まずは様子見といったところでしょうか」
一方の出雲はと言えば、自身の親が心配してヘイホーにまでやってきている事実にしかし、あまり喜ばしいという風には見えず。それからもトビさんと何やら相談を続けていた。トビさんって皇王から出雲のお目付け役を拝命されたと言っていた割には皇王へ対する忠誠というか、そういった姿勢が薄いんだよな。この人も謎の多い人だ。
「さて、頃合いですね。皆さん、後はヘイホーに入るまで休み無しと思いなさい。私は飛行術でお先にヘイホーに戻らせていただきますが、アデルが見張りとして残りますのでそのつもりで」
「うへーい」
「なに、道中のイワミ村まで出れば後は置いてきた荷台が使えるからね。それまでの辛抱さ」
「やったっ!頑張りまっす!」
その言葉を聞き、主に移動ブーストの動力源となれる約二名は肉体労働からの開放を示唆され喜んでいたが、残る馬車馬担当としては有りがたくも何ともない情報だぜ……あぁ、アルカディア側でも自走車の実装が切に求まれる……。
こうしてアデルさんの言葉通り、イワミ村に用意されていたリヤカーを使い風魔法による移動ブースト効果を受けながら、俺は体力が底を尽くまでヘイホーへの道程を更なる激走に費やす事となる――筈だったのだが。
「――あれ?精霊力が引き出せない?」
「扶祢、どしたノ?ちゃんと補助してくれないともたないヨ」
「あ、うん……駄目だ。ごめんピノちゃん、何か今日調子悪いみたい」
「エ~」
どうも扶祢の奴、風ブースト用の精霊力がうまく引き出せず外部タンクの役割を果たせていないらしい。首を傾げてそう言いながら試していた霊力の方は問題無く使えているのに、精霊力だけが使えないっていうのは珍しい症状だな。
「う~ん、わたしは扶祢程には精霊力が高くないからすぐ息切れしちゃいそうだしね。それじゃあ時間はかかるけれど、休み休みいくしかないかぁ」
「ならば余が代わりを務めようではないか!」
やむなくピノ一人で行ける所まで行ってみようという方向で話が決まりかけたその時、最早最近恒例となりつつある出雲のこんな発言が飛び出してきたんだ。
「お前、精霊力なんて持ってたのか?」
「ふっ、余を誰だと思っておる?つい先日コヨウとかいうのの先祖返りと判明した、れっきとした狐人族の血を引く者なるぞっ!」
「そういえば母さんの手紙にそんな事も書かれてたっけ。前にサリナさんから狐人族は精霊力が高めって話も聞いた事があるし、やってみる?」
「うむっ!」
どうやら出雲はやる気満々の様だし、物は試しだ。その三尾を誇らしげにピンと立てながらドヤ顔を見せ付けてくる出雲の精霊力を臨時の外部タンクとして使い、早速風ブースト移動を開始する事に。これで引き手も増えるし、今回はいつもよりは楽が出来そうだ。
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「ひゅー、ひゅー」
「出雲ちゃあああんっ!?」
「やっぱりネ」
「知ってたなら止めとけよ」
―――ごちん。分かっていながら容赦無く出雲から精霊力を吸い出していたピノの頭に叱責の鉄拳が落とされるも、最早ピノも慣れたもので悪びれない様子でぺろりと舌を出していた。
「し、しぬ……死んでしまう」
「お頭は生まれてよりこの方神秘力になんぞ触れた事はありませんからな、それは無謀というものでしょう」
「お前も……分かって、いたなら、先に言ってお、け……ぜぇ、はぁ」
知ってた、という程ではないが。
霊力と精霊力という畑違いではあるが当時より神秘力の類の扱いそのものには慣れていた扶祢ですら、外部タンクをやった初日は相当気怠そうにしていたからなぁ。いくら資質の高い先祖返りだとはいえ、純血の狐人族でもなく今までそういった訓練すら受けてない者がいきなり上級魔法並の継続消費を体験すればこうなってしまうのも無理からぬ事か。
それにしても、トビさん割と容赦ねぇっす。何と言うか育て親としての愛情そのものは感じはするけれど、どちらかというと可愛い子には旅をさせよ的な体験育成型だよな、これ。
「でも、そのお陰で当初の予定通りにヘイホーに到着出来たからね。出雲姫には感謝感謝」
「う、むっ……もっと、感謝するが良い、ぞっ」
この期に及んで全身の脱力感に苛まれながらも、この充実感に満ちたドヤ顔を晒しての偉そうな態度。理由は分からないが、本当にこいつ、今を満喫していやがるな。
「どれ、それじゃあご褒美にその乱れた髪と耳とついでに尻尾も、もっふもふにブラッシングしてやろう」
「……や、やめっ。無礼者……うにぃいいっ!?」
ともあれ、一応こいつのお陰でこうして日が暮れる前にヘイホーへと辿り着く事が出来た訳だ。口ではこう言いながらもきっと内心では俺の気遣いに感謝をしているだろう出雲に対し、労う様にブラッシングを始めながらアデルさんが代表してくれている入門手続きを待つ事に。何だか周囲の視線が突き刺さってくる気もするけれど、本当にまずい事ならきっと誰かしらが物理的に止めてくるだろうからな。そうじゃないって事はきっと問題は無いのだろう。
そして俺のブラッシング捌きで癒されたらしき出雲がそろそろ精根尽き果て、意識を失いかけたその時の事だった。
「そこへ直れ下郎!叩っ切ってくれるわっ!」
「――うぉおっ!?」
そんな怒声とほぼ同時に薙ぎ払われた大薙刀を倒れ込む様に紙一重で避け、慌てながらも距離を取る。何事かとそちらを見れば、そこには修羅も斯くやといった憤怒の形相でこちらを睨め付け、更なる一撃を加えようとする着物姿の―――
「麻呂だ!この人麻呂さんだ!」
「チョビ眉毛ダ!時代劇で見た事あるよコレ!」
そう。脇で騒ぐ二人の言う通り、病的なまでの白化粧に烏帽子を被り、トドメに剃った眉の根元のみを墨で描いた、所謂平安公家さんっぽい見た目のオッサンが俺に対して襲い掛かってきたのだ。
「いきなり街の往来で何て危ねぇ真似しやがる!?素手で殴りかかってくるならともかく、武器は犯罪だろうが!」
「黙れ下郎がっ、ややに何たる破廉恥な……くぉお怒り心頭、まかりならん、成敗ッ!」
「ぬぉ……とぉッ!?悪びれもせず性懲りもなしに薙刀ブン回してきやがったな。そっちがその気ならもう容赦しねぇ、骨の一本や二本、覚悟しとけよっ!」
「あ、頼太どの少々お待ち下さ――」
突発的に始まってしまったこの騒動。何故か警邏の面々の反応が鈍かったのが気になりはしたものの、明らかに殺気の篭もった攻撃をされては仕方が無い。正当防衛という事で俺も振動剣を取り出し、振動モードはオフのままオッサンの大薙刀と切り結ぶ。
オッサンの薙刀捌きは相当なものではあったし、俺はまだ慣れない剣を使っているのもあり相応に苦戦はしたものの、長柄を得意とする者を相手取る経験は身内の面々のお陰で豊富にある。故にそこまでの時間をかけることもなく振るわれた薙刀の側面を抑え、返す刀の形で手元を蹴り上げ武器を奪い追加のアッパーカットでオッサンをKOに至らしめたのだが……既視感というか、何処かで見た槍の型な気がするんだよな、このオッサン。
「あぁ、やってしまわれましたか……大殿、御健在ですかな?」
―――え?大殿、って。トビさん、何を言って……?
「ぬぐぐぐ……トビッ、お前ともあろう者が何故にこんな狼藉者をややの近くに置いておるのだっ!?」
「お、相変わらず打たれ強さだけは目を瞠るものがありますな。流石は娘との湯浴みに全精力を注ぎ込み、毎度毎度叩きのめされようとも心折れる事のない恥知らずな大殿でございますな」
「おま、うつけがっ!他国の往来でその様な事をばらすやつがおるかー!?」
遂にはこれまたつい最近によく聞いた様なやり取りに、ぼんやりと頭に浮かんだ各々の違和感や既視感が徐々に明確な形を取り、一つの確信を得てしまう。その確信を基に思わず後ろを振り返った俺と、その先で今も荷台の上にて息も絶え絶えながらに顔を上げた出雲の視線が絡み合い……そして、何故か出雲は不敵な笑いを浮かべて言うのだった。
「ざ、まあみろっ、助平親父め。年頃の娘である余の玉の肌をスキンシップと称し散々いやらしい目付きで覗きまくってくれた天罰だっ!」
「ややぁっ!?お前までそんな事を言うのか!儂は、儂はただお前が心を閉ざさぬ様にとっ……」
どうも、以前に出雲から聞いた父親像とは随分と違うというか……思春期に入り男親を無条件に毛嫌いする娘に何とか心を開いてもらおうと必死な父親にしか見えないよネ。
「つまり、頼太は出雲ちゃんのお父様――ワキツ皇国の王様を足蹴にして殴り倒しちゃったのね」
「これは牢屋で一晩、臭い飯コースが確定カナ?」
「ですよねー」
うん、つまるところそういう事でありまして。
さて……真面目に亡命準備、始めっかな!
駄目親父、強襲。しかしあっさりと撃破。
何とかお盆中にヘイホーを出発させたいものですね。




