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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第八章 異心迷走編
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閑話⑱ ASコンビの公都見聞録⑦

「うひひひっ、対応ご苦労っ!」


 暴れる合成獣(キメラ)もどきをどうにか取り押さえ、一人を除き肩を上下させながら荒い息を吐く一同の前には嫌らしい笑いを浮かべる老爺の顔。この叡智探求学院の終身名誉導師にして公国に於ける魔導工学の最高峰、そしてアデルとサリナ、二人の学院時代の直師匠でもあるファルス魔導師だ。

 御年七十越えという、このアルカディアに於ける人族の平均寿命から考えればいつお迎えが来ようと不思議ではないご高齢。だがその目には未だ活力の光が漲り、今もアデル達がやっとの思いで取り押さえた絡繰り仕掛けの合成獣をやたら軽やかな動きで解体し続けていた。


「相変わらず精力的だね、この人は」

「それは……同感、なのですが。はぁ、はぁ……」


 ファルスの知己であるアデル達ですらこの言葉に見られる通りの有様なのだ。客人である残る二人などは状況を理解する事すら頭が拒否をしてしまい、ただただ息を整えるばかりであった。まさか平和な公国の首都、しかも学び舎たる学院敷地内で大立ち回りをする羽目になってしまうとは。


「一体、何なのだ……これは」

「う~む?安全機構(セーフティ)に問題が発生した訳でもないな。はて、なんじゃろかいな?」

「先生、客人も居りますし玩具弄りは後にして貰えません?」

「相変わらず師を師とも思わん事を言う弟子だな。儂から魔導工学を取ったらただの世を拗ねた捻くれ根性しか残らんじゃろぉが……ぃよし!応急処置、完了じゃい。後でしっかり直してやるから奥に戻っとけ」


 サリナのそれなりに真っ当と思われる要求にぶつくさと言いながら、それでもファルスは手早く何かを施し、気合いの声と共に絡繰り仕掛けの獣へとその拳を力一杯に叩き付ける。それが再起動のきっかけとなったか、獣は不気味な唸り声を鳴らし始め……思わず臨戦態勢を取ってしまった一同を尻目に落ち着いた様子で立ちあがり、ゆっくりと裏庭の側へと歩いていった。


「あの――今の、どうやって指示したんです?魔法的な経路(パス)すら見えなかったのですが」

「あん?ヒトと同じく言葉で言う事聞かせただけだで?」

「………」

「あはは……どうやら先生はまた突拍子もない物の研究をしているみたいだね」


 あまりにも常識外れな事実をあっさりと言ってのけるファルスにさしもの弟子二人も目が点になってしまい、サリナに至っては理解に苦しむ顔で首を振るのが精々といった様子。同じく返す言葉に困るアデルは乾いた笑いを上げながらもつくづく思う。こちらのこの人には魔導工学という研究対象(おもちゃ)があって、本当に良かったと。先程の絡繰り仕掛けの獣などは単純な脅威度だけで言えば、彼の世界での攻防戦の折にまみえた合成獣(キメラ)達に匹敵すると感じられた程だ。

 先程のあの獣は見たところ魔導工学の賜物による人形(ゴーレム)の類だと思われるが、尋常な命無き存在に対し直接的な魔法を介さず言葉のみで命令を実行させる。つまるところ、それはあの獣には言葉を解する知能、若しくはそれに類する判断能力が存在する事を示唆しており――その意味が示す人類の未来への可能性、そしてそれと同程度に類似技術の軍事利用による世界への影響を連想させてしまう。

 たとえ世界は違えども、そしてその往きつく先が変わろうとも。この老爺の持ち得る、常人とは異なる目線というものへの空恐ろしさを感じずにはいられないアデル達であった。


「まぁええわい。ヘイホーにゃついこの前に顔を出したばかりだが、そん時はお前達も居なかったからよ。積もる話なんぞ土産に聞かせていかんかい」

「そうですわね。無用な問題さえ起こさなければ、先生は未だ(わたくし)の尊敬すべき良き師でありますから。ええ、問題さえ起こさなければ」


 多分に逆説的な物言いとなってしまうが、いわばこの弟子にしてこの師ありといったところか。自身の日頃の行いを顧みぬその発言に、サリナの現役時代を知る者が聞けば一体どう思った事だろう。幸いこの場にはそれに突っ込める者が共犯者である約一名程しか居なかったのもあり、特に事態が拗れることもなく一同はファルス工房へと招き入れられたのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「ほぉ~。そりゃまた随分と危なっかしい事が起きとるんだのう」

「ええ、それで(わたくし)共のみの調査に限界を感じまして。こうして先生のお力添えをいただきたく――」

「ふふん。あの正義感に満ち満ちた青臭い餓鬼んちょがよくもまぁ世の荒波に流されもせず、こうして二人共いっぱしの顔付きをしやがる様になりやがって」


 冒険者ギルドでの一件に始まりここ数日間の出来事を話し終え、いざ本題へと入った矢先にファルスによる茶化しの言葉が差し込まれる。やはり始まったかと当時を思い返し懐かしみつつも、努めて平静を装う努力を続けながらにサリナは話を進めようとする……筈だったのだが。昔を懐かしむが故につい、当時に倣う悪い癖が口を衝いて出てしまう。


「これも当時の文官達に主義主張で喧嘩を売りまくり、先王陛下より宮廷魔導師長の職を辞してくれと泣きつかれた程の先生の背中を見て育ったお蔭ですわ」

「へんっ。お蔭で一時期は導師の座まで追われて資金繰りが大変だったけどよう。そういや、どっかの弟子もヘイホーじゃ神殿から出禁喰らってるって聞いたよなァ~」

「ぐっ……」


 だがそこは年の功、あっさりと嫌味を逆手に取られ更なる追撃を受けてしまった。これまた思わぬ場所で勃発してしまったこのやり取りに、客人である男達は巻き込まれまいとひたすらに出された茶と菓子を食みつつ口を噤むのみ。


「ま、ま。サリナ落ち着いて――でもあの時の文官達の組織ぐるみの汚職を先生が自らの立場を引き換えに公にしたからこそ、今代の陛下の下で公都の治安や経済も回復した訳ですし。わたしも含め、あの頃は先生の在り方に憧れた者も多いんですよ?」

「へっ、所詮儂にゃ(まつりごと)は向かんかったってこった。宮仕えをしていた頃は随分と荒んだものだしよぉ」


 言葉の使い方こそやや汚いが、その本質としては竹を割った様な性格の好々爺。だからこそ二人共、当時より日常的にあったストレスが加速度的に溜りがちと思われるこの様なやり取りをしながらも、一貫してこの老爺へ対する師事を続け学院時代を過ごす事が出来たのだろう。

 現に当時の政権からの圧力により一度は最高導師の位を剥奪されたファルスではあったが、有志の声が高まった結果、学院からの追放は防がれていた。また暇を頂いた事により持て余した時間を全て自身の専門であった魔導工学の研鑽に費やした結果、数々の研究成果を世に放ち、今や学院を支える柱の一人にまで返り咲いていたのだ。

 公人としては瑕疵があったにせよ、魔導師としてはアデルの言葉にある通り多くの者を惹き付ける在り方であったと言えよう。


「まぁ儂のこたぁ別にええじゃろ。んで件の神官共だったか、そいつらの手掛かりをどうにかして掴みたい、ってこっちゃな?」

「ええ、その通りですわ。ですが遺留品の聖印を基点とした探査儀式に掛かる事もなく、目撃情報すら皆無でして……」


 であればこそサリナ達は、数少ない苦手とする相手であるこの癖の強い師匠の助言を得るべくここを訪れたのだ。その悔しさを素直に顔に浮かべる弟子の様子を見て、ファルスは暫しその皺に塗れた顎に手を当て何やら思案をし――やがてそれまで浮かべていた皮肉気な表情を消し去りサリナへと問うた。


「ふン?――おいもやしっ子。今回お前がエルフっ子と共に遮二無二なって動いてる理由たぁ、どっちなんだい?」

「……あ」


 そんな師の指摘にサリナは痛恨の声を上げてしまう。暫し現役を離れていたが故か、これでは鈍ったと言われても仕方が無いではないか。


「そういうこった、こりゃどっちかと言えばお前達雇われ者の本道じゃろぉが。ナリだけはそれなりにいっぱしの女臭くはなったが、まだまだだぁな?」


 対しファルスは再び厭らしい表情を顔に浮かべ、しかしながらそんな師に何を言い返す事も無くサリナは歯噛みをしてしまう。そして残る面子はと言えば、何かを悟った風な二人の様子にしかし戸惑った様子で首を傾げるのみであった。


「先生、一体どういう事なんです?」

「仕方がねぇな。説明してやっから、久々にあの美味い茶を淹れやがれ」

「はいはい、喜んで」

「……別室で探査儀式の仕込みをしてきます。用具をお借りしますね、先生」


 その言葉を受け鷹揚に頷くファルスに一礼をし、サリナはどこか気落ちした様子で退室する。それを見た一同は益々首を傾げてしまい、暫しの間アデルによる陶磁器を扱う澄んだ音と湯の湧く落ち着いた響きのみが部屋を支配する。


「――はい、出来ました。皆もどうぞ」

「おっ、これこれ。お前は昔っから身体付き以外女っ気の欠片も無かったがよ、お前の淹れる茶だけは自慢出来るもんだよな」

「酷いなぁ先生。相変わらず名前で呼んではくれないし、今もそんな言い方をして。それで、一体どういう訳なんです?」

「おう、じゃああのもやしっ子の尻拭い話をしてやるか」


 改めて促されたファルスは語り出す。何故サリナがあそこまで気落ちをして退室していったかの理由を。


「まず、事の発端はそこのセントールの一件じゃろぉ?」

「あぁ……俺があの時姫を護りきれていれば……」

「そういうのは儂ぁ知らんがな。んでだ、その後もやしっ子が探査儀式をしたにも関わらず神官二人は見つからねぇときた。ここまでは事実だな?」


 そこで一旦言葉を切り皆が頷くのを見て取った後、紅茶の香りを楽しみながら飲み終えたファルスは再び言葉を続ける。


「先の話を踏まえて、物証まであるにも関わらずあのもやしっ子程の神職による(えにし)探査で引っかからねぇっちう事はだ、概ね二通りの可能性が考えられるやな」


 節くれた二本の指を立て、久方ぶりに愛弟子を試すかの目線を向けて間を作る。それを受けた弟子は師の言わんとする事を想像し――やがてはその結論へと辿り着く。


「相手はサリナの探査を掻い潜る程の凄腕か――もしくは、既にこの世に縁そのものが存在しないか」

「ちゅうこっちゃ」

「……何という事だ」

「それでは、探しようがないではないか!やはりあの時無理にでも捕まえておくべきだったっ」


 ファルスの示唆した可能性を、弟子であるアデルが言葉にする。その内容を知ったラファーガは介護を噛みしめる思いがありありと浮かぶ昏い貌で黙り込み、アルバはといえば対照的に激してしまう。だが、そこでアデルは一つの違和感に思い当たる。


「ん――ですが先程のサリナの表情は忸怩たる思いといった感じでこそあったものの、解決を見た素振りでしたよね」

「そりゃそぉじゃろ。そもそもがお前達、前提を間違っとるんじゃい。お前達の立場としちゃ、肝要なのはそのセントールの姫君とやらの救出で、別に神官共を追いかける必要はねぇだろが」

「「……あっ!」」

「言われてみれば……」


 あっさりと口にされたその指摘に、三人共が何故今までそれに気付けなかったのかとばかりに苦い面持ちを晒してしまう。

 それならば確かに、姫に最も縁深き一族の同世代の戦士がここに居る。確たる物としての縁こそ無いものの、ラファーガを基点とし探査をすれば、大まかな位置の把握程度ならば可能だろう。

 直後ラファーガは疾駆と呼ぶに相応しき勢いで扉を突き破り、サリナの下へと駆け出していく事となる。当然の事ながら神官達の奸計により絶たれてしまった姫との距離を取り戻さんと逸るラファーガが場の状況などを考慮に入れる筈も無く……結果、彼が座っていた床の板、加え駆け抜けていった扉も見事に拉げてしまっていた。そして僅かな後に隣の部屋より響き渡る、何かを力いっぱい張る様な乾いた音。


「――あぁ、そういえば探査儀式って」

「うひひっ!神託の如き真似をやるんだ、当然、禊祓(みそぎはらえ)で身体を清めにゃーならんでな。それにしてもなぁ、あの過激なもやしっ子の事だから即様焼き殺してもおかしくねぇたぁ思ったが、案外可愛い対応じゃねぇーの」


 つまりは、そういう事らしい。恥じらう乙女の人誅を受けてしまった純真な闖入者の心境、推して知るべしといったところか。






 サリナの執り行った探査儀式により判明した地域をギルドの調査班を加え捜索した結果、公都郊外に建つ廃館にてセントールの姫君が無事に保護された。発見当時は随分と衰弱をしていたものの、気候の穏やかな平原地帯の秋だった事が幸いしたのだろう。命に別状もなく、発見の第一報を受け神速で駆け付けたラファーガの漢泣きにより抱かれ、感動の再会を果たす事となる。


「うぉおおおお、姫っ!御無事で何よりですっ!!」

「……ラファーガ……あつくるしい」

「姫ぇっ!?」


 何かと暑苦しいこの若者をセントールという種族の特徴と見ていた一同だが、この言葉にある者は吹き出し、またある者は密かに同情の涙を流しながら、ただの個人の性格であった現実を知る事となる。


「ぷっ……いや失礼。それにしてもこの惨状は凄まじいね」

「ええ。魔奏曲、ですか。見聞を広める為に拝聴したくもありますが、これを見た後では少々躊躇われますわね」

「ほぉ~?こりゃあ面白ぇのう。見てみ、こいつなんか眼球が萎びてんのに瞬き一つもせずに衰弱死してやがるぜ」


 若干慄いた様子の二人の横では、鼻を突く臭気を物ともせずに今やほぼ死に体と化した神官一派らしき者達の成れの果てを興味深げに調べ始める老魔導師の姿があった。ふむふむと何やら頷きながら大小垂れ流しで倒れ伏す者達を調べる目は研究者が実験体(モルモット)を見るそれであり、そんな倫理の欠片も無い挙動を目の前で見せ付けられた二人は揃って溜息を吐く。


「あちらの世界とは別人と分かってはいても、この先生(ひと)を見ると当時の人造人間(レプリカント)騒動の概要がありありと浮かんでしまうわねぇ……」

「う~ん。でもまぁこうして実験対象(おもちゃ)に目を向けている間は無害な人ではあるし、向こうは向こう、こっちはこっちって事でね」

「むゥん?何だその世界ってのは。何だかまだ面白そうな土産話を隠してるみたいだのう、今回の協力の見返りって事で聞かせんかい!」


 普段は一度研究対象にのめり込んでしまえば滅多な事では周りの言葉を聞く耳すら持たなくなってしまうというのに、こういう時の耳聡さだけは人一倍。つくづくこの癖の強い老爺との縁を感謝すれば良いのだか、それともこの縁を諦観の思いで受け入れるべきか、改めて悩んでしまう二人。


 ―――だが一つだけ、声を大にして言える事がある。


「うん。向こうで見たあの偽竜の顔、あんな憤りに狂った哀しそうな顔はやっぱり、この人には似合わないと思うんだ」

「そうね……生活能力皆無で家事はほぼ弟子達に任せっきり、酒も博打も大好きで奥方からは逃げられて。それでもどことなく憎めなくって、世を拗ねながらも人生そのものは満喫している。そんな師匠が大好き、とまでは言わないけれど。憎めない人ですわ」


 今度はアルバに絡み始め、ギルドの調査員達からは既に生暖かい目で見られている、過去に公都に蔓延った汚職撲滅の先駆けとなった元最高導師。彼の世界とは別の歴史を辿り、こちらでは狂う事無く生涯現役を謳い続けるその姿は危うさなどとは無縁であり。そんなファルスに対し弟子の二人はと言えば、苦笑と尊敬の念が入り混じった混じった柔らかい視線を向けるのだ。

 神聖国の神官らしき不審者達のその後の足取りを掴むには至らなかったが、セントールの姫君の誘拐事件はこうして解決を見た。そして、セントールという未開拓地を疾走る心強き協力者を得たサリナ達は幸先の良い出足を踏めた幸運に感謝をし、魔族の協力者でもあるアルバと共に次なる舞台への準備を進めていく事となる。


 秋も深まる時節のこと。次の祝年祭まで、あと五ヵ月―――

 あくまで見聞録なのでバトルっぽいのを期待していた方には期待外れだったかも。

 人間性に焦点を当てるこの章の閑話として書いてみましたが、如何でょうか?ご意見、ご感想等あればお待ちしておりますm(_ _)m


 次回(8/6)より通常のペースに戻ります。お盆に連日投稿するタイミングがあるかもですが。

 まずは楽屋裏、そして新章の流れとなります。

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